悪魔の孫は時の王者となって世界最強   作:MTHR

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ティオの登場です。
今回も一気に進める為、駄文があるかもしれませんがご了承下さい。


30話 入間とティオ

 その竜の体長は7m程。漆黒の鱗に全身を覆われ、長い前足には5本の鋭い爪がある。背中からは大きな翼が生えており、薄らと輝いて見えることから魔力で纏われているようだ。

 空中で翼をはためかせる度に翼の大きさからは考えられない程の風が渦巻く。だが、何より印象的なのは、夜闇に浮かぶ月の如き黄金の瞳だろう。爬虫類らしく縦に割れた瞳孔は、剣呑に細められていながら、なお美しさを感じさせる光を放っている。

 その黄金の瞳が、空中より入間達を睥睨していた。低い唸り声が黒竜の喉から漏れ出している。

  その圧倒的な迫力は、かつてライセン大峡谷の谷底で見たハイベリアの比ではない。ハイベリアも一般的な認識では厄介なことこの上ない高レベルの魔物であるが、目の前の黒竜に比べればまるで小鳥だ。その偉容はまさに空の王者というに相応しい。

 

 蛇に睨まれた蛙のごとく、愛子達は硬直してしまっている。特に、ウィルは真っ青な顔でガタガタと震えて今にも崩れ落ちそうだ。脳裏に、襲われた時の事がフラッシュバックしているのだろう。

 だが、入間達バビルは何とも思わなかった。川に残した爪痕からそれなり強いとは予想しており、実際には黒竜から感じる威圧感は予想の上を行っており、奈落で例えるなら奈落の90階層に位置する程だろう。だが、ユエ達トータス組はビッグマシンという桁違いの存在を対峙した経験から、黒竜に驚異も何も感じない。そして、入間達魔界組ではこれより巨大で膨大な魔力を持った竜と対峙したことがある。あの害獣と比べれば目の前の黒竜など小動物同然だ。

 

 その黒竜は、ウィルの姿を確認するとギロリとその鋭い視線を向けた。そして、硬直する人間達を前に、おもむろに頭部を持ち上げ仰け反ると、鋭い牙の並ぶ顎門をガパッと開けてそこに魔力を集束しだした。

 

キュゥワァアアア!!

 

 不思議な音色が夕焼けに染まり始めた山間に響き渡る。ウィルや愛子達の脳裏に、川の一部と冒険者を消し飛ばしたというブレスが過ぎった。

 

 入間は回避を選択しようとしたが、チラリと後ろを見やると愛子や生徒達、そしてウィルがその場に硬直したまま動けていないのを見て舌打ちする。愛子達はあまりに突然の事態に体がついてこず、ウィルは恐怖に縛られて視線すら逸らせていなかった様だ。「面倒な…」と呟きながらも、入間はスッと右腕を上げた。

 

 直後、竜からレーザーの如き黒色のブレスが一直線に放たれた。音すら置き去りにして一瞬で入間に肉薄したブレスは、轟音と共に衝撃と熱波を撒き散らし周囲の地面を融解させていく。

 

「──喰らえ、“悪食”」

 

 その言葉と共に、入間の右手に嵌められた指輪から漆黒の靄が放出され、黒竜のブレスは瞬く間に靄に飲み込まれていった。

 これは、魔力を吸収・貯蓄する“悪食の指輪”の特性を利用した技で、魔力を伴っている攻撃なら問答無用で攻撃の魔力を吸収して自分の魔力とする技だ。

 

 黒竜のブレスを吸収した入間に、恐怖で固まっていた愛子とウィルは目をぱちくりさせて驚いた。ユエ達は、入間の反撃には予想できており、特にどうとも思わなかった。

 

「皆、()()()のついでにあれをぶっ飛ばしてくる。先生とウィルの保護は頼んだよ」

「……ん。任せて」

「了解した」

「はいですぅ!」

「OK!」

「承知いたしました!」

 

 そんな彼女達を尻目に、入間は仲間達にウィルの守りを頼みながらジクウドライバーを腰に巻いてジオウウォッチと、ライセン迷宮で手に入れたウォッチの一つ──“スーパー1ライドウォッチ”を取り出して起動した。

 

 

ジオウ!

 

スーパー1!

 

 

「変身!!」

 

 

ライダータイム!仮面ライダージオウ!

アーマータイム!スーパーワーンッ!

 

 

 何時もの行程でジオウに変身すると、【仮面ライダースーパー1】を模した銀色のアーマーがジオウ装置され、『スーパーワン』の文字が目に収まった。

 姿を変えた入間に目を白黒させる周囲など知ったことではないと、ジオウは腕と声を上げた。

 

「チェーンジ!レーダーハンド!」

 

 その言葉と共に、ジオウの腕が手の甲に青い円形のパーツと腕の甲に子機を取り付けた金色の腕に変化すると、ジオウは子機が取り付けられた腕を黒竜に向けた。

 

「レーダーアイ、発射!」

「グギャアアッ!!?」

 

 腕に装備された子機──“レーダーアイ”が発射され、再びブレスを撃とうとした黒竜の顔面に着弾すると同時に爆発を起こす。

 爆撃された黒竜だが、予想外な事にまだ死んでいなかった。並の魔物なら跡形もなく消し飛んでるだろうが、どうやらこの竜は並の魔物を遥かに凌駕するタフネスを誇るのだろう。

 

 すると、今までそれを眺めていたアスモデウスが、待ってましたと言わんばかりに何処からか『逢魔降臨暦』と書かれた本を取り出してページを開き、声を上げた。

 

「祝え!全ライダーの力を受け継ぎ、時空を越え、過去と未来をしろしめす時の王者。その名も【仮面ライダージオウ・スーパー1アーマー】!入間様が昭和ライダーの力を継承した瞬間である!!」

 

「あ、アスモデウスさん!?」

「……相変わらずか、アスモデウス…」

「え?アズくん、あんな事いつもやってるの…?」

「……誰に向かって言ってるの?」

 

 アスモデウスの祝福に、ユエ達トータス組が困惑したような表情となる。見れば、愛子達やウィルも怒涛の展開に呆然としていたのに、アスモデウスの祝福に目を丸くしている。

 一方、黒竜は体勢を戻すと、黄金の瞳でギラリとジオウを……素通りして背後のウィルを睨みつけた。

 

「…?チェーンジ!パワーハンド!

 

 ジオウはその行動に疑問を抱きつつも、射線上にウィルがいるのはやりづらいので、両腕を赤い腕──“パワーハンド”に変えて黒竜に突貫し、その赤い拳を腹部に叩き付けた。

 

「ハアッ!!」

 

ドォゴォオオオオオンッ!!!

 

「グガァアアアアアアッ!!?」

 

 最大で500tものパワーを発揮する拳の直撃を受けた黒竜はその場から吹き飛ばされ、地響きを立てながら後方の地面へと叩きつけられた。

 しかし、黒竜は倒れた木々や土埃を吹き飛ばしながら咆哮と共に起き上がると、何とジオウを無視してウィルに向けて火炎弾を撃ち放った。

 

 

ディフェーンド!プリーズッ!

 

 

 「ひっ!」と情けない悲鳴を上げながら身を竦めるウィルの前に、赤い魔法陣で出来た壁が出来上がる。飛来した火炎弾はユエの指輪の魔法によって形成された壁に阻まれて霧散した。それ以外のメンバーは、完全に傍観状態だ。あの黒竜が入間に勝てる筈がないと確信しており、黒竜の実力は確かだが、ジオウが黒竜を対峙するのは時間の問題でしかない。

 

「っ、て、手伝わないと!」

「お、応っ」

 

 だが、当然ながらそれを愛子達が分かる筈もない。

 怒涛の展開に漸く我を取り戻した優花が、必死な表情をしながら自身のアーティファクトである投擲用ナイフを取り出した。

 “投術師”の天職を持つ優花の十二個一式のナイフは互いに引き合う能力を持っており、一つでも手元に残っていれば何度でも呼び戻せる。そのナイフに魔法で炎を纏わせて一直線に投擲する。

 同時に、淳史もまた己のアーティファクトである二本の曲刀を取り出し振り抜いた。天職“曲刀師”を持つ淳史がこのアーティファクトを振るえば、それだけで鋭利な風の刃が飛ぶ。

 

 しかし優花の燃えるナイフも、淳史の風の刃も、まるで巨岩に小石を投げつけたかの様にその硬い黒鱗に阻まれ、あっさり弾かれてしまった。

 驚愕で悲壮な表情になりつつも、もう一度とナイフを手に取る優花と曲刀を振りかぶる淳史。そんな二人の姿を見て、未だ黒竜の威容に震えているものの昇や明人、奈々や妙子も其々ユエの守りの奥から遠距離攻撃を放つが……

 

「ゴォアアア!!」

 

 今度は黒竜の身体に届くどころか、咆哮による衝撃だけであっさり吹き散らされてしまった。しかもその咆哮の凄まじさと黄金の瞳に睨まれて、ウィル同様に「ひっ」と悲鳴を漏らして後退りし、妙子や奈々に至っては尻餅までついている。

 

「下手に手を出すな。巻き込まれても知らんぞ」

「っ、アメリさん……でも、鈴木君が……!」

 

 なけなしの勇気も空振りに終わり、恐怖に身を竦ませてしまった優花達を見て完全に戦力外だと判断したアメリは、余計な手出しをした優花達に苛立ちつつも愛子にこの場所から離れる様に声を掛け、愛子はそれに逡巡する。

 今黒竜と戦っている入間とて愛子の教え子である以上、強力な魔物を前に置いていっていいものかと教師であろうとするが故の迷いを生じさせる。

 

 だが、そこで“ディフエンド”の魔法で障壁を張り続けているユエが、こんな状況で何を言っているんだとに苛立ちを露わにしつつ不機嫌そうな声で呟いた。 

 

「……死にたくないなら、私達の後ろに」 

 

 ユエ達としては、最愛の人を蔑み続けた優花達がこの場で死んでもどうでもよかったのだが、愛子に関しては入間もそれなりに気にかけている人物でもあるから、一応死なせない様に声を掛けておく。序に邪魔になるから余計な事はするなと釘を刺すのも忘れない。

 妙子や奈々、それに昇や明人などはユエの冷たい言葉にも特に反応する事無く這う這うの体で傍に寄って来たが、優花と淳史、そして愛子は何も出来ない事、思う様に出来ない事に唇を噛み締めながら近づいていった。火炎球を弾く強力な障壁を維持しているユエ達の傍が一番安全と悟ったのだろう。故に、赤い魔力で出来た光の壁の向こう側を、優花達はただ見つめる事しか出来ないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入間が黒竜の相手を一人で担ったのは、簡単に言えば腕試しだ。大迷宮攻略のさいに手に入れた五つの昭和ライダーのライドウォッチは、何だかんだで実戦で使う機会がなかった。地上の魔物じゃ弱すぎるからだ。

 だが、この黒竜は他の魔物とは隔絶したスペックを誇る強敵である故に、昭和ライダーウォッチを使う相手としては丁度良いと考えたからだ。

 黒竜は空中に上がり、未だ、ユエの防御壁の向こうにいるウィルを狙って防壁の破壊に集中している。しかし、火炎弾では防壁を突破できないと悟ったのか再び仰け反り、口元に魔力を集束し始めた。

 

「チェーンジ!エレキハンド!」

 

 ジオウは両腕をパワーハンドから手の甲に金色の紋様、腕の甲に黄・赤・オレンジ・青・緑のラインが入っている青い腕──“エレキハンド”に切り替えると、即座にその腕に稲妻を迸らせる。黒竜は、流石にジオウの次手がマズイものだと悟ったのか、その顎門の矛先をジオウ向けた。

 

 死を撒き散らす黒竜のブレスが放たれたのと、ジオウの“エレキ光線”が撃ち放たれたのは同時だった。

 

 共に極大の閃光。必滅の嵐。黒と黄色の極光が両者の中間地点で激突する。衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、周囲の木々を根元から薙ぎ倒した。だが、3億ボルトの稲妻に黒竜のブレスが叶う筈もなく、やがて稲妻が必然的にブレスの閃光を突破して、その力を黒竜に届かせた。

 ブレスを放っていた黒竜の頭部が突然弾かれた様に仰け反るが、致命傷には程遠かった。ブレスの威力にエレキ光線の威力も削がれていたようで、本来なら体制の無い相手を分解する筈のエレキ光線をは鋭い牙を数本蒸発させながら、頭部の側面ギリギリを通過し、背後ではためく片翼を吹き飛ばすに止まった。

 

「グルァアアア!!」

 

 痛みを感じているのか悲鳴を上げながら錐揉みして地に落ちる黒竜。

 ジオウは即座にその跳躍力を活かして黒竜の頭上まで跳び、そのままエレキハンドによって拳に電撃を纏わせ、仰向けになっている黒竜の腹にその雷撃の豪腕を振り下ろした。

 ズドンッ!バチバチバチィッ!!という音が轟き、黒竜の体がくの字に折れ、地面は衝撃により放射状にひび割れた。体内に電流を流された黒竜が悲鳴じみた咆哮を上げるがダメージは大きいとは言えないだろう。

 

「チェーンジ!冷熱ハンド!」

 

 故にジオウは、エレキハンドから、右腕は配管がむき出しだが、左腕は外装に覆われている緑の腕に変化させると、黒竜の腹を足場に空中へ跳び、左腕から極寒の冷凍ガスを放った。

 

「グオォオオオオッ!!?」

 

 冷凍ガスに触れた瞬間、パキパキパキ…と音を立てながら一瞬にして黒竜の身体が凍りつき、強制的に地面に縫い付ける。首だけは凍らされなかった黒竜がバタバタと暴れる事で、ビシッという音を立てながら氷が罅割れていくが、完全に破壊するにはまだ少し時間が必要だが、それはあまりにも遅すぎる時間だった。

 ジオウは両腕を元の銀色の腕に戻して一度地面に着地すると、その強靭な脚力を活かして再び、だが先程よりも遥かに高く跳ぶと、空中で未だに氷で拘束された黒竜を捉え、ベルトを操作した。

 

 

フィニッシュタイム!スーパー1!

 

スーパーライダー!タイムブレーク!

 

 

 ジオウは空中後方に満月を描くように空中回転してキックの体制をとる。

 更に、“重量調整(フラクタル)”と重力魔法を自分自身に行使する事で自分の体重を倍増しさせ、一気に急降下する。

 重力魔法は、自らにかける場合は左程消費の激しいものではない。故に、体重が倍加した事で落下速度が増したジオウは、隕石のような速度で、黒竜の脳天に必殺技を御見舞いした。

 

「スーパーライダァー、月面キーーック!!」

 

ズドォオオオオオオオオンッ!!!

 

「グゥルアアアアアアアアアアッ!!!?」

 

 蹴り飛ばされた黒竜は頭部を地面にめり込ませ、突進の勢いそのままに身体を拘束していた氷を砕いて半ば倒立でもするように下半身を浮き上がらせ逆さまになると、一瞬の停滞のあと、ゆっくりと地響きを立てながら倒れ込んだ。

 

「……驚いた。これを喰らっても死なないなんて」

 

 地面にめり込んだ黒竜の頭部から地面に着地したジオウは、驚きに目を見張る。それもそのはずだ。黒竜の頭部は表面が砕け散り、大きくヒビが入っているものの、完全には砕けていなかったからだ。本当に恐るべき耐久力である。

 そこで、もう腕試しは終わったのでトドメと行こうとしたジオウは、ふとモットーの話していた“竜の尻を蹴り飛ばす”という諺を思い出し、“バロンライドウォッチ”を取り出して起動、ジクウドライバーに装填し、ベルトを回転させた。

 

 

バロン!

 

 

アーマータイム!

 

カモンッ!バ・ロ・ンーッ!

 

 

 【仮面ライダーバロン】の顔を模した物体がジオウの頭に被さって展開すると、ジオウは両肩に“バナナロックシード”を模した装甲を纏った【バロンアーマー】に変身すると、“バナスピアーZ”と呼ばれる皮をむいたバナナのような槍を装備した。

 

「祝え!全ライダーの力を受k……」

「くどい」

 

 それを見て再び祝福の声を上げようとしたアスモデウスだが、言い終えるよりも早くにアメリが疲れたような表情でアスモデウスの手から逢魔降臨暦を奪い取り、無理矢理それを中断させた。

 

 一方で、ジオウはバナスピアーZを持って黒竜の尻尾の付け根の前に陣取ると、まるでやり投げの選手のような構えを取る。手には当然バナスピアーZがある。

 全員がジオウのしようとしていることを察し、頬を引き攣らせた。鱗を割るのが面倒だからといって、()()から突き刺すのはダメだろうと。ハジメの容赦のなさにユエ達以外の者達が戦慄の表情を浮かべているが、ジオウはどこ吹く風だ。

 そして遂に、入間のバナスピアーZが黒竜の“ピッー”にズブリと音を立てて勢いよく突き刺さった。

 その瞬間、

 

『アッーーーーーなのじゃああああーーーーー!!!』

 

 くわっと目を見開いた黒竜が悲痛な絶叫を上げて目を覚ました。本当なら、半分ほどめり込んだバナスピアーZに必殺技を使ってぶち抜いてやろうと考えていたジオウだが、明らかに黒竜が発したと思われる悲鳴に流石に驚愕し、思わずベルトに近づけた手を止めてしまった。

 

『お尻がぁ~、妾のお尻がぁ~』

 

 黒竜の悲しげで切なげで、それでいて何処か興奮したような声音に全員が「一体何事!?」と度肝を抜かれ、黒竜を凝視したまま硬直する。

 どうやら、ただの竜退治とはいかないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ぬ、抜いてたもぉ~、お尻のそれ抜いてたもぉ~』

 

 北の山脈地帯の中腹、薙ぎ倒された木々と荒れ果てた川原に、何とも情けない声が響いていた。声質は女だ。直接声を出しているわけではなく、広域版の念話の様に響いている。竜の声帯と口内では人間の言葉など話せないから、空気の振動以外の方法で伝達しているのは間違いない。

 だが、そもそも人の言葉を話せる魔物自体が有り得ないのだ。一般的な認識でも人の言語を解する魔物など唯一の例外を除いて存在しないはずである。

 

 更に言えば、眼前の黒竜の存在自体がおかしい。いくらなんでも大迷宮以外で仮面ライダーの攻撃に耐えたり、逆に同等以上のブレスを吐けるような強力な魔物がこんな場所にいるはずないのである。もし生息していたのならその危険性故に広く周知されているはずだ。

 故に、ここで推測出来る可能性となれば二つだろう。この黒竜が、五つ目の山脈地帯よりも向こう側の完全に未知の魔物である可能性。そして、もう一つは……

 

「君……まさか、竜人族なの?」

『む?いかにも。妾は誇り高き竜人族の一人じゃ。偉いんじゃぞ?凄いんじゃぞ?だからの、いい加減お尻のそれ抜いて欲しいんじゃが……そろそろ魔力が切れそうなのじゃ。この状態で元に戻ったら……大変なことになるのじゃ……妾のお尻が』

 

 ジオウがまさかと思いつつ黒竜にした質問の答えは予想通りの大正解だった様であり、ジオウ(入間)は内心自分の“縁”というものに呆れた。

 この世界に来て一体何度“レアな存在”と出会うというのか。300年前の戦争で滅びたはずの吸血鬼族のユエ、シこの時代の“先祖返り(推定)”のシア、千年以上を生き続ける“解放者”のミレディ、眼前の黒竜は500年以上前に滅びたはずの竜人族である。

 

「……なぜ、こんなところに?」

 

 ジオウが自分に呆れている間に、ユエが黒竜に質問をする。ユエにとっても竜人族は伝説の生き物だ。自分と同じ絶滅したはずの種族の生き残りとなれば、興味を惹かれるのだろう。瞳に好奇の光が宿っている。

 

『いや、そんなことよりお尻のそれを……魔力残量がもうほとんど…ってアッ、止めるのじゃ!はぁあん!ゆ、ゆっくり頼むのじゃ。まだ慣れておらっあふぅうん。やっ、激しいのじゃ!こんな、ああんっ!きちゃうう、何かきちゃうのじゃ~』

 

 ユエの質問を無視して自分の要望を伝える黒竜だが、同時にジオウが刺さったままのバナスピアーZを引き抜こうとし、悲鳴を上げて身悶える。出会った当初の死神もかくやという偉容はまるで夢幻だったとでも言うように微塵も見受けられなかった。

 ジオウとしても、目の前の竜人族は流石に無視できないので話しやすいようにとバナスピアーZを抜こうと試みているのだが、思いの外みっちり刺さっているので、何度か捻りを加えたり、上下左右にぐりぐりしながら力を相当込めて引き抜いていくと、何故か黒竜が物凄く艶のある声音で喘ぎ始めた。ジオウはその声の一切を無視して容赦なく抉るように引き抜く。

 

ズボォッ!!

 

あひぃいーーん!!す、すごいのじゃ……容赦のかけらもなかったのじゃ……こんなの初めて……』

 

 そんな訳のわからないことを呟く黒竜は、直後にその体を黒色の魔力で繭のように包み完全に体を覆うと、その大きさをスルスルと小さくしていく。そして、ちょうど人が一人入るくらいの大きさになると、一気に魔力が霧散した。

 

 黒き魔力が晴れたその場には、両足を揃えて崩れ落ち、片手で体を支えながら、もう片手でお尻を押さえて、うっとりと頬を染める黒髪金眼の美女がいた。腰まである長く艶やかなストレートの黒髪が薄らと紅く染まった頬に張り付き、ハァハァと荒い息を吐いて恍惚の表情を浮かべている。

 見た目は20代前半くらいで、身長は170cm近くあるだろう。見事なプロポーションを誇っており、息をする度に乱れて肩口まで垂れ下がった衣服から覗く二つの双丘が激しく自己主張し、今にもこぼれ落ちそうになっている。

 シアがXLサイズのメロンでアメリが特大サイズのメロンなら、黒竜はスイカとでも形容できるだろう。

 

「なんてこった……こいつは凶悪だ」

「これが、これがふぁんたずぃ~かっ」

「くそっ、起きろよ! 起きてくれよ俺のスマホっ!」

 

 ティオの正体がやたらと艶かしい美女だった事に、特に淳史達男子勢が盛大に反応している。思春期真っ只中の淳史達三人は、若干前屈みになりつつ阿呆な事を口走っている。このまま行けば四つん這い状態になるかもしれない。優花達の淳史等を見る目は、既にゴキブリを見る目と大差が無い。

 

「ハァハァ、うむぅ、助かったのじゃ……まだお尻に違和感があるが……それより全身あちこち痛いのじゃ……ハァハァ……痛みというものがここまで甘美なものとは……」

 

 何やら危ない表情で危ない発言をしている黒竜は、気を取り直して座り直し背筋をまっすぐに伸ばすと凛とした雰囲気で自己紹介を始めた。まだ若干、ハァハァしているので色々台無しだったが……

 

「面倒をかけた。本当に申し訳ない。妾の名は【ティオ・クラルス】。最後の竜人族クラルス族の一人じゃ」

 

 黒竜──ティオが簡潔な自己紹介をすると、変身を解いて具現化させたままのバナスピアーZを川の水でジャブジャブと洗っている入間に、興奮しているような目を向けた。愛子達やウィル、バビルのメンバーも「洗うくらいならやらなきゃいいだろ」というような目を入間に向けている。

 それら視線に、入間は未だにバナスピアーZを洗いながら嫌そうな顔で振り向き、ティオを見据えて口を開いた。

 

「滅んだはずの竜人族が何でこんなところで一介の冒険者なんて襲っていたのか……僕も気になる。洗いざらい話して貰うよ?」

「う、うむ。勿論じゃ……。妾は操られておったのじゃ。お主等を襲ったのも本意ではない。仮初の主、あの男にそこの青年と仲間達を見つけて殺せと命じられたのじゃ」

 

 ティオの視線がウィルに向けられ、ウィルは一瞬ビクッと体を震わせるが気丈にティオを睨み返した。ジオウの戦いを見て何か吹っ切れたのかもしれない。

 

「どういうこと?」

「うむ、順番に話す。妾は……」

 

 ティオの話を要約するとこうだ。

 ティオはある目的のために竜人族の隠れ里を飛び出して来たらしい。その目的とは、異世界からの来訪者について調べるというものだ。詳細は省かれたが、竜人族の中には魔力感知に優れた者がおり、数ヶ月前に大魔力の放出と何かがこの世界にやって来たことを感知したらしい。

 竜人族は表舞台には関わらないという種族の掟があるらしいのだが、流石にこの未知の来訪者の件を何も知らないまま放置するのは自分達にとっても不味いのではないかと議論の末、遂に調査の決定がなされたそうだ。

 目の前の黒竜は、その調査の目的で集落から出てきたらしい。本来なら山脈を越えた後は人型で市井に紛れ込み、竜人族であることを秘匿して情報収集に励むつもりだったのだが、その前に一度しっかり休息をと思い、この一つ目の山脈と二つ目の山脈の中間辺りで休んでいたらしい。当然、周囲には魔物もいるので竜人族の代名詞たる固有魔法“竜化”により黒竜状態になって。

 と、睡眠状態に入った黒竜の前に一人の黒いローブを頭からすっぽりと被った男が現れた。その男は眠る黒竜に洗脳や暗示などの闇系魔法を多用して徐々にその思考と精神を蝕んでいった。

 当然、そんな事をされれば起きて反撃するのが普通だが、ここで竜人族の悪癖が出る。そう、例の諺の元にもなったように、竜化して睡眠状態に入った竜人族はまず起きないのだ。それこそ尻を蹴り飛ばされでもしない限り。それでも、竜人族は精神力においても強靭なタフネスを誇るので、そう簡単に操られたりはしない。

 では、なぜ、ああも完璧に操られたのか。それは……

 

「恐ろしい男じゃった。闇系統の魔法に関しては天才と言っていいレベルじゃろうな。そんな男に丸一日かけて間断なく魔法を行使されたのじゃ。いくら妾と言えど、流石に耐えられんかった……」

 

 一生の不覚!と言った感じで悲痛そうな声を上げる黒竜。しかし、入間は冷めた目でツッコミを入れる。

 

「調査に来ておいて丸一日、魔法が掛けられているのにも気づかないくらい爆睡していたって事じゃないの?」

 

 全員の目が何となくバカを見る目になる。

 ティオは視線を明後日の方向に向け、何事もなかったように話を続けた。ちなみに、なぜ丸一日かけたと知っているのかというと、洗脳が完了した後も意識自体はあるし記憶も残るところ、本人が「丸一日もかかるなんて……」と愚痴を零していたのを聞いていたからだ。

 その後、ローブの男に従い二つ目の山脈以降で魔物の洗脳を手伝わされていたのだという。そして、ある日一つ目の山脈に移動させていたブルタールの群れが、山に調査依頼で訪れていたウィル達と遭遇し目撃者は消せという命令を受けていたためこれを追いかけた。うち一匹がローブの男に報告に向かい、万一自分が魔物を洗脳して数を集めていると知られるのは不味いと万全を期して黒竜を差し向けたらしい。

 

 そして、洗脳された脳に強固に染み付いた命令に従って特攻を仕掛けたところ、ジオウのキックを脳天にくらって意識が飛び、次に尻に名状し難い衝撃と刺激が走って一気に意識が覚醒したのである。正気に戻れた原因が、脳天への一撃か尻への一撃かはわからない。

 

「……ふざけるな」

 

 事情説明を終えたティオに、そんな激情を必死に押し殺した様な震える声が発せられた。その場の全員がその人物に目を向けると、拳を握り締めて怒りを宿した瞳でティオを睨んでいるのはウィルだった。

 

「……操られていたから…ゲイルさんを、ナバルさんを、レントさんを、ワスリーさんをクルトさんをっ!殺したのは仕方ないとでも言うつもりかっ!」

「……」

 

 どうやら状況的に余裕が出来たせいか、冒険者達を殺された事への怒りが湧き上がったらしい。激昂してティオへ怒声を上げる。

 対するティオは、反論の一切をせず、ただ静かな瞳でウィルの言葉の全てを受け止める様真っ直ぐ見つめている。その態度がまた気に食わない様で、

 

「大体、今の話だって、本当かどうかなんてわからないだろう!大方、死にたくなくて適当にでっち上げたに決まってる!」

「……今話したのは真実じゃ。竜人族の誇りにかけて嘘偽りではない」

 

 なお、言い募ろうとするウィル。それに口を挟んだのはユエだ。

 

「……きっと、嘘じゃない」

「っ、一体何の根拠があってそんな事を……」

 

 食ってかかるウィルを一瞥すると、ユエはティオを見つめながらぽつぽつと語る。

 

「……竜人族は高潔で清廉。私は皆よりずっと昔を生きた。竜人族の伝説も、より身近なもの。彼女は"己の誇りにかけて"と言った。なら、きっと嘘じゃない。それに……嘘つきの目がどういうものか私はよく知っている」

 

 ユエはほんの少しティオから目を逸らして遠くを見る目をした。きっと三百年前の出来事を思い出しているのだろう。孤高の王女として祭り上げられた彼女の周りは、結果の出た今から思えば、嘘が溢れていたのだろう。最も身近な者達ですら彼女の言う“嘘つき”だったのだから。その事実から目を逸らし続けた結果が“裏切り”だった。それ故に、“人生の勉強”というには些か痛すぎる経験を経た今では、彼女の目は“嘘つき”に敏感だ。初対面で入間に身を預けられたのも、それしか方法がないというのも確かにあったが、入間自身が何の迷いもなく、ただ純粋に自分を助けようとしていたというのが、今にして思えば大きな理由だったのだろう。

 その目が、ティオの言葉を真実と判断したのだろう。

 

「ふむ、この時代にも竜人族の在り方を知る者が未だいたとは……いや、昔と言ったかの?」

「……ん。私は、吸血鬼族の生き残り。三百年前は、よく王族のあり方の見本に竜人族の話を聞かされた」

「なんと!吸血鬼族の……しかも三百年とは……成程、外界の情報から死んだものと思っておったが、主がかつての吸血姫か。確か名は……」 

 

 竜人族という存在の在り方を未だ語り継ぐ者でもいるのかと、若干嬉しそうな声音のティオ。ユエにとって竜人族とは正しく見本の様な存在だったのだろう。話す言葉の端々に敬意が含まれている。

 どうやら、ティオはユエと同等以上に生きているらしい。しかも、口振りからして世界情勢にも全く疎いという訳では無い様だ。今回の様に時々正体を隠して世情の調査をしているのかもしれない。その長きを生きるティオをして吸血姫の生存は驚いた様だ。愛子や優花達は言わずもがな、驚愕の目でユエを見ている。

 

「ユエ……それが私の名前。大切な人に貰った大切な名前。そう呼んで欲しい」

 

 ユエはそう言った。薄らと頬を染めながら両手で何かを抱きしめる仕草をしながら。

 ユエの周囲に、何となく幸せオーラがほわほわと漂っている気がする。皆突然の惚気に当てられて、女性陣は何か物凄く甘いものを食べた様な表情をし、男子達は頬を染め得も言われぬ魅力を放つユエに見蕩れている。ウィルも、何やら気勢を削がれてしまった様だ。

 だが、それでも親切にしてくれた先輩冒険者達の無念を思い言葉を零してしまう。

 

「……それでも、殺した事に変わりないじゃないですか……どうしようもなかったって分かってはいますけど……それでもっ!ゲイルさんは、この仕事が終わったらプロポーズするんだって……彼等の無念はどうすれば……」

 

 頭ではティオの言葉が嘘でないと分かっているが、だからと言って責めずにはいられない。心が納得しない。

 既にバナスピアーZを洗い終えた入間は内心「見事なフラグだな」と変に感心しながら、ふとここに来るまでに拾ったロケットペンダントを思い出す。

 

「ウィル、これはゲイルって人の持ち物じゃないの?」

 

 そう言って取り出したロケットペンダントをウィルに放り投げた。ウィルはそれを受け取ると、マジマジと見つめ嬉しそうに相好を崩す。

 

「これ、僕のロケットじゃないですか!失くしたと思ってたのに、拾ってくれてたんですね。ありがとうございます!」

「あれ、君の?」

「はい、ママの写真が入っているので間違いありません!」

「…マ、ママ?」

 

 予想が見事に外れた挙句、斜め上を行く答えが返ってきて思わず頬が引き攣る入間。

 

 写真の女性は二十代前半と言ったところなので、疑問に思いその旨を聞くと、「折角のママの写真なのですから若い頃の一番写りのいいものがいいじゃないですか」と、まるで自然の摂理を説くが如く素で答えられた。

 その場の全員が「あぁ、マザコンか」と物凄く微妙な表情をした。女性陣はドン引きしていたが……

 因みに、ゲイルとやらの相手は“男”らしい。そして、ゲイルのフルネームは【ゲイル・ホモルカ】というそうだ。名は体を表すとはよく言ったものである。

 

 母親の写真を取り戻したせいか、ウィルは随分と落ち着いた様子だ。何が功を奏すのか本当に分からない。

 尤も、落ち着いたとは言っても恨み辛みが消えたわけではなく、ウィルは今度は冷静にティオを殺すべきだと主張した。また洗脳されたら脅威だというのが理由だが、建前なのは見え透いている。主な理由は復讐だろう。

 そんな中、ティオが懺悔する様に声音に罪悪感を含ませながら己の言葉を紡ぐ。

 

「操られていたとはいえ、妾が罪なき人々の尊き命を摘み取ってしまったのは事実。償えというなら、大人しく裁きを受けよう。だが、それには今暫く猶予をくれまいか。せめて、あの危険な男を止めるまで。あの男は、魔物の大群を作ろうとしておる。竜人族は大陸の運命に干渉せぬと掟を立てたが、今回は妾の責任もある。放置は出来んのじゃ……勝手は重々承知しておる。じゃが、どうか妾に悲劇を止める機会を与えてはくれんか?」

 

 ティオの言葉を聞き、入間以外の全員が魔物の大群という言葉に驚愕を露わにする。自然と全員の視線が入間に集まる。このメンバーの中では、自然とリーダーとして見られている様だ。実際ここまで事を運んだのは入間なので、決断を委ねるのは自然な流れと言えるだろう。

 その入間の答えは、実にあっさりした物だった。

 

「知らないよそんなの。それに、敵じゃないって分かった以上僕らに彼女を殺す理由はないんだから」

「なっ、ですが!再びソイツがその黒ローブの男に操られでもしたらまた被害者が出てしまいます!だから殺して──ウグッ!!?」

 

 ウィルの反論は続かなかった。心底軽蔑したような目をした入間が、喋っている途中のウィルの胸ぐらを乱暴に掴んだからだ。

 愛子は入間を止めようとしたが、それはユエ達が制止する。そして、入間は侮蔑したような表情で口を開いた。

 

「見苦しいんだよ。また洗脳されたら驚異だから殺す?そんな理由で人殺しが認められるなら保安官はいらないんだよ。復讐したいなら復讐したいって素直に言いえば良いじゃないか」

「そんなっ、私は……」

「さっきも言ったけどね、冒険者になったのなら弱肉強食が掟だ。確かにその冒険者達を殺したのはティオだけど、過程や理由がどうであれ死んだのはその人達が弱いのが悪い。それが生温い温室を捨てて君が選んだ道だ」

「そ、そんな……」

「冒険者達の死を悲しむなとは言わないし、復讐心を持つなとも言わない。けどね、どんな理由があっても弱肉強食を選んだのなら最終的に“力”が全てなんだ。だから()()みたいな口先だけでいざという時には怯えて強い者に寄生してるだけの“弱者”に、部分相応に高望みする権利なんか無いんだよ」

 

 入間そのまま彼の胸倉を離してそう吐き捨てた。ウィルは最早何も言えず、その場に力なくドサッと地面に座り込んだ。入間がチラリと優花達の方に視線を向けると、優花達はその言葉がまるで自分達にも向けられているような気がしていたのか、冷めきった入間の視線にサッと目を反らした。

 

 それを見た入間はフンッと鼻を鳴らして、ティオに他に情報は無いかと聞くと、ティオは次いで黒ローブの男が魔物を洗脳して大群を作り出し町を襲う気であると語った。その数は既に三千から四千に届く程の数だという。何でも、二つ目の山脈の向こう側から魔物の群れの主にのみ洗脳を施す事で、効率良く群れを配下に置いているのだとか。

 魔物を操ると言えば、抑々入間達がこの世界に呼ばれる建前となった魔人族の新たな力が思い浮かぶ。それは愛子達も一緒だったのか、黒ローブの男の正体は魔人族なのではと推測した様だ。

 

 しかしその推測はティオによってあっさり否定される。何でも黒ローブの男は黒髪黒目の人間族で、まだ少年くらいの年齢だったというのだ。それに、黒竜たるティオを配下にして浮かれていたのか、仕切りに「これで自分は勇者より上だ」等と口にし、随分と勇者に対して妬みがある様だったという。

 黒髪黒目の人間族の少年で、闇系魔法に天賦の才がある者。

 ここまでヒントが出れば、流石に脳裏にとある人物が浮かび上がる。愛子達は一様に「そんな、まさか……」と呟きながら困惑と疑惑が混ざった複雑な表情をした。限りなく黒に近いが、信じたくないと言ったところだろう。

 

 そこで入間が突如、ス魔ホを取り出して画面を除き「おぉ、これはまた……」などと呟きを漏らした。聞けば、ティオの話を聞いてから、“コダマスイカアームズ”を起動して魔物の群れや黒ローブの男を探していたらしい。

 そして、遂にその視界がとある場所に集合する魔物の大群を発見したコダマスイカアームズが入間のス魔ホにビデオ通話を行ったのだが……その数は、

 

「これは三、四千というレベルじゃないね、桁が一つ追加されるレベルだ」

 

 ス魔ホのディスプレイに写る映像に全員が目を見開く。しかも、どうやら既に進軍を開始している様だ。方角は間違い無く【ウルの町】がある方向。このまま行けば半日もしない内に山を下り、一日あれば町に到達するだろう。

 

「は、早く町に知らせないと!避難させて、王都から救援を呼んで……それから、それから……」

 

 事態の深刻さに、愛子が混乱しながらも必死にすべき事を言葉に出して整理しようとする。

 いくら何でも数万の魔物の群れが相手では、チートスペックとは言え腰抜けの優花達と戦闘経験が殆ど無い愛子、駆け出し冒険者のウィルに、魔力が枯渇したティオでは相手どころか障害物にもならない。なので愛子の言う通り、一刻も早く町に危急を知らせて、王都から救援が来るまで逃げ延びるのが最善だ。

 と、皆が動揺している中、ふとウィルが呟く様に尋ねた。

 

「あの、入間殿なら何とか出来るのでは……」

 

 先程洗脳状態のティオを一方的にぶちのめした入間なら、万単位の魔物も殲滅できるだろう。しかも、この場には入間と同格のアメリやアスモデウス、更には人類最高クラスの実力を持つユエ、シア、ミレディがいる。

 その言葉で、全員が一斉に入間の方を見る。その瞳は、もしかしたらという期待の色に染まっていた。入間はそれらの視線を気にしていないのか、嫌そうな様な声音で返答する。

 

「だから、知らないって。行方不明者の捜索に来たのに、何で万単位の魔物と戦争しなきゃならないのさ?」

 

 入間の心底面倒臭いというような態度に反感を覚えた様な表情をする淳史達やウィル。そんな中、思いつめた様な表情の愛子が入間に問い掛けた。

 

「鈴木君、黒いローブの男というのは見つかりませんか?」

「さっきから群れを確認していますが、それらしい人影はありませんね。コダマスイカアームズは一つしかないから限界がありますし」

 

 愛子は入間の言葉に、また俯いてしまう。そしてポツリとここに残って黒いローブの男が現在の行方不明の清水幸利なのかどうかを確かめたいと言い出した。生徒思いの愛子の事だ。この様な事態を引き起こしたのが自分の生徒なら放って置く事など出来ないのだろう。

 しかし、数万からなる魔物が群れている場所に愛子を置いていく事など出来る訳が無く、優花達生徒は必死に愛子を説得するが、愛子は逡巡したままだ。その内、じゃあ入間が同行すれば…なんて勝手な意見も出始めた。

 

 いい加減この場に留まって戻る戻らないという話を聞かされるのも面倒になった入間は、愛子に冷めた眼差しを向ける。

 

「残りたいなら勝手にしろ。元々、怪我しようと自己責任って約束でしたしね」

 

 そう言って、ウィルを肩に抱えて下山し始めた。それに慌てて異議を唱えるウィルや愛子達。曰く、このまま大群を放置するのか、黒ローブの正体を確かめたい、入間なら大群も倒せるのではないか……

 入間が、溜息を吐き若干苛立たしげに愛子達を振り返った。

 

「さっきも言いましたけど、僕の仕事はウィルの保護なんですよ。保護対象を連れて大群と戦闘なんぞやてってられない。それに、仮にこの場で大群と戦う、或いは黒ローブの正体を確かめるとして、では誰が町に報告するんですか?万一僕達が全滅した場合、町は大群の不意打ちを食らう事になるんですよ?」

 

 理路整然と自分達の要求が、如何に無意味で無謀かを突きつけられて何も言えなくなる愛子達。

 

「まぁ、ご主じ……コホンッ、彼の言う通りじゃな。妾も魔力が枯渇している以上、何とかしたくても何も出来ん。先ずは町に危急を知らせるのが最優先じゃろ。妾も一日あれば大分回復する筈じゃしの」

 

 押し黙った一同へ、後押しする様にティオが言葉を投げかける。若干入間に対して変な呼び方をしそうになっていた気がするが……気のせいだろう。

 愛子も、確かにそれが最善だと清水への心配は一時的に押さえ込んで、まずは町への知らせと、今傍にいる生徒達の安全の確保を優先する事にした。

 

「頼むよ、アズくん」

「お任せを」

 

 アスモデウスが入間の頼みに頷くと、アスモデウスは何処からかストールを取り出してそれを放るとあら不思議、ストールがいきなり数十メートル単位まで延び、ドームのように入間達を包み込んだのだ。

 やがてドーム状に回転するストールがフッと消えると、そこに入間達の姿は残されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………まさか、鈴木入間がここに来ていたとは、本部に一度戻って計画を建て直さねば」

 

 そんな光景を、山脈の木々に隠れて密かに観察していた偉業の存在がいた。

 異形は顎に手を当ててしばらく考える素振りを見せると、異形の背後に銀色に揺らめくオーロラが出現し、異形は踵を返してオーロラの向こうへ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 




次回、先生のお話です。

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