フューレンの街の迷路花壇や大道芸通りを、入間とミレディの二人が歩いていた。入間とミレディは腕に露店で買った食べ物が入った包みが幾つも抱えて、もう片方の手にアイスクリームに似た食べ物を食べ歩きしていた。
今後の旅のために買い出しをすることにしたバビル一行だったが、元々入間が持つ“宝物庫”には必要な物が大量に入っているので、旅の中で消費した分を少し補充する程度の事であり、それ程食料品関係を買い漁る必要はなかった。よって、午前中に買い出しを終えた一行は、直ぐに街を出る必要もないとそれぞれお小遣いを手にして別行動で街を観光する事にしたのだ。
因みに、入間とミレディが一緒にいるのは偶然だった。
入間が露天の食べ物を食べ歩きをしていると、メアシュタットという地球でいう水族館を見て回っていたミレディと鉢合わせし、どうせならばと一緒に行動することになったのだ。その際に「あれあれ~?もしかしてデートのお誘い!?やだ、ミレディさんのモテっぷりが怖い!ユエちゃん達ごめんね!イルくんのハートを簡単に射止めちゃう空前絶後の超絶美少女で!」とかアホなことを言い出して、入間がかなりイラッとしたのは余談である。
そんな風に歩いていると、入間は突如訝しげな表情で足元を見下ろし、それに気がついたミレディが、「ん?」と首を傾げて入間に尋ねる。
「イルくん、どうかした?」
「いや、人の気配を感知してさ……」
「気配感知なんて使っていたの?」
「基本は常時発動してるから」
「う~ん?でも、何が気になるの?人の気配って言っても人だらけだけど?」
「いや、感知したのは下なんだ」
「下? ……って事は下水道?なら管理施設の職員?」
「だったら気にしないんだけど……気配がやたらと小さい上に弱い。これって……ッ!」
「い、イルくん!?」
言葉を途中で切り、驚いたように目を見開いた入間はミレディの腕を掴んで走り出し、地下をそれなりの速度で流れていく気配を追う。町の構造的に、現在いるストリート沿いに下水が流れているのだろうと予想し、一気に気配を追い抜くと地面に手を付いて“
入間とミレディは、躊躇うことなくそのまま穴へと飛び降りた。そして、下方に流れる酷い匂いを放つ下水に落ちる前に重力魔法で浮遊し、水路の両サイドにある通路に着地する。
「イルくん、私にも気配が掴めたよ。引っ張り上げるね!」
気配をつかんだミレディが水流に向かって手を伸ばす。その瞬間、水路を流されてきた気配の正体が下水から空中に浮き上がり、そのまま入間達のところまで降りてきた。
引き上げられたその気配の正体──小さな女の子の姿を見て、ミレディが驚きに目を見開き、ポツリと呟いた。
「…………ディーネちゃん?」
「?まだ息はある。取り敢えずここから離れよう。臭いが酷い」
「う、うん……」
名前と思わしきミレディの呟きに入間は少しだけ疑問を抱いたが、この場所は肉体的にも精神的にも衛生上この娘には良くないと場所を移動する事にし、ミレディは未だに少し驚いたままでありながらも頷く。
子供の素性的に唯の事故で流されたとは思えないので、そのまま下水通路に横穴を開けた。そして宝物庫から毛布を取り出すと小さな子供を包み、抱きかかえて移動を開始した。
とある裏路地の突き当たりの地面に突如ポッカリと穴が空く。そこからピョンと飛び出したのは、毛布に包まれた小さな子供を抱きかかえた入間とミレディだ。入間は穴を塞ぐと、改めて自らが抱きかかえる子供に視線を向けた。
その子供は、エメラルドグリーンの長い髪と幼い上に汚れているにも関わずわかるくらい整った可愛らしい顔立ちをした3~4歳ぐらいの女の子だった。
そして何より特徴的なのは、入間が内心驚いた理由である耳だ。通常の人間の耳の代わりに扇状の鰭が付いており、毛布からちょこんと覗く紅葉の様な小さな手には、指の股に折り畳まれる様にして薄い膜が存在していた。
「この子、海人族だよね……どうして、こんな所に……」
「まぁ、絶対に真面な理由じゃないだろうね」
海人族は、亜人族としてはかなり特殊な地位にある種族だ。
西大陸の果ての【グリューエン大砂漠】を超えた先の海の沖合にある【海上の町エリセン】で生活している。彼等はその種族の特性を生かして、大陸に出回る海産物の八割を採って送り出しているのだ。その為亜人族でありながら【ハイリヒ王国】から公に保護されている種族なのである。散々獣風情と差別しておきながら、使えるから保護するとは、相変わらずハイリヒ王国は身勝手で現金な連中の集まりだ。
そんな保護されている筈の海人族、それも子供が内陸にある大都市の下水を流れている等ありえない事だ。犯罪臭がぷんぷんしている。
入間とミレディが何とも言えない表情で顔を見合わせていると、海人族の幼女の小さな可愛らしい鼻がピクピクと動き始め、直後その目がパチクリと目を開いた。
最初は困惑した様に視線を泳がせていた海人族の幼女は、やがてその大きく真ん丸な瞳を入間にロックオンした。無言でじぃーっと入間を見つめ始める。
入間も何となく目が合ったまま逸らさずジーと見つめ返した。見つめ合う。まだ見つめ合う。まだまだ見つめ合う。
「二人供、何してるの……」
意味不明な緊迫感が漂う中、ミレディが呆れた表情で近づくと、海人族の幼女のお腹がクゥ~と可愛らしい音を立てる。再び鼻をピクピクと動かし、遂に入間から視線を逸らすと、今度は未だに持っていたミレディの露店の包みをロックオンした。
「ん?これ?」
ミレディが首を傾げながら串焼きの入った包みを右に左にと動かすと、まるで磁石の様に幼女の視線も左右に揺れる。どうやら相当空腹の様だ。ミレディが包みから串焼きを取り出そうとするのを制止して、入間は幼女に話しかけながら地面を叩いた。
「君、名前は?」
女の子はミレディの持つ串焼きに目を奪われていたところで突如地面が動き出し、四角い箱状の物がせり上がってくる光景に驚いた様に身を竦めた。そして、入間から名前を聞かれて視線を彷徨わせた後、ポツリと囁く様な声で自身の名前を告げた。
「……ミュウ」
「そっか。僕は入間で、そっちはミレディ。それでミュウ、あの串焼きが食べたいなら、まず体の汚れを落とそうか」
入間は完成した簡易の浴槽に魔術で清水を貯め、更に水温を調節して即席の風呂を用意した。下水で汚れた体のまま食事を取るのは非常に危険だ。幾分か飲んでしまっているだろうから、解毒作用や殺菌作用のある薬も飲ませておく必要がある。
返事をする間もなく、毛布と下水をたっぷり含んだ汚れた衣服を脱がされ浴槽に落とされたミュウは「ひぅ!」と怯えた様に身を縮めたものの、体を包む暖かさに次第に目を細めだした。
入間はミレディに薬やタオル、石鹸等を渡しミュウの世話を任せて、自らはミュウの衣服を買いに袋小路を出て行った。
入間がミュウの服を揃えて袋小路に戻ってくると、ミュウは既に湯船から上がっており、新しい毛布に包まれてミレディに抱っこされているところだった。抱っこされながら、ミレディが「あ~ん」する串焼きをはぐはぐと小さな口を一生懸命動かして食べている。薄汚れていた髪は本来のエメラルドグリーンの輝きを取り戻し、光を反射して天使の輪を作っていた。
「あっ、イルくん。お帰り。素人判断だけど、ミュウちゃん問題ないみたいだよ」
入間が帰ってきた事に気がついたミレディが、ミュウのまだ湿り気のある髪を撫でながら入間に報告をする。ミュウもそれで入間の存在に気がついたのか、はぐはぐと口を動かしながら再びジーっと入間を見つめ始めた。良い人か悪い人かの判断中なのだろう。
入間はミレディの言葉に頷くと、買ってきた乳白色のフェミニンなワンピース、それにグラディエーターサンダルっぽい履物、それと下着を取り出した。子供用とは言え、店で買う時は店員の目が不審なものになった。
入間はミュウの下へ歩み寄ると、毛布を剥ぎ取ってポスッと上からワンピースを着せ、下着もさっさと履かせる。そしてミュウの前に跪いて片方ずつ靴を履かせていった。更にドライヤーを取り出して魔術で電流を流すと、湿り気のあるミュウの髪を乾かしていく。ミュウはされるがままで未だにジーっと入間を見ているが、温風の気持ちよさに次第に目を細めていった。
「……何気にイルくんって面倒見いいよね」
「何さ、藪から棒に……」
「ん~?良い父親になるかな~ってね」
「………」
ミュウの髪を乾かしながらミレディの言葉に眉をしかめる入間だったが、その姿こそ文字通り面倒見がいい証拠なので、ミレディは頬を緩めてニコニコと笑う。何となくばつが悪くなって、入間は話題を逸らした。
「で、今後の事だけど……」
「ミュウちゃんをどうするかだね……」
二人が自分の事を話していると分かっているようで、上目遣いでミレディと入間を交互に見るミュウ。
入間とシアは取り敢えず、ミュウの事情を聞いてみることにした。
結果、たどたどしいながらも話された内容は、入間が予想したものに近かった。すなわち、ある日、海岸線の近くを母親と
そして、幾日もの辛い道程を経てフューレンに連れて来られたミュウは、薄暗い牢屋のような場所に入れられたのだという。そこには、他にも
いよいよミュウの番になったところで、その日たまたま下水施設の整備でもしていたのか、地下水路へと続く穴が開いており、懐かしき水音を聞いたミュウは咄嗟にそこへ飛び込んだ。3~4歳の幼女に何か出来るはずがないとタカをくくっていたのか、枷を付けられていなかったのは幸いであり、ミュウは汚水への不快感を我慢して懸命に泳いだ。幼いとは言え、通路をドタドタと走るしかない人間では流れに乗って逃げた海人族のミュウに追いつくことは出来なかった。
だが、慣れない長旅に、誘拐されるという過度のストレス、慣れていない不味い食料しか与えられず、下水に長く浸かるという悪環境に、遂にミュウは肉体的にも精神的にも限界を迎え意識を喪失した。そして、身を包む暖かさに意識を薄ら取り戻し、気がつけば入間の腕の中だったというわけだ。
「客が値段をつける、しかも海人族や人間族の子供まで……人身売買のオークションか」
「……イルくん、どうする?」
ミレディが辛そうにミュウを抱きしめる。その瞳は何とかしたいという光が宿っていた。
だが、入間は首を振った。
「保安署に預けよう」
「そんなっ……この子や他の子達を見捨てるの……」
入間の言葉に、ミレディがミュウをギュッと抱きしめてショックを受けたような目で入間を見た。
保安署とは、地球で言うところの警察機関のことだ。そこに預けるというのは、ミュウを公的機関に預けるということで、完全に自分達の手を離れるということでもある。なので、見捨てるというわけではなく迷子を見つけた時の正規の手順ではあるのだが、事が事だけにミレディとしてはそういう気持ちになってしまうのだろう。
入間は、そんなミレディに噛んで含めるように説明する。
「あのね、迷子を見つけたら保安署に送り届けるのは当然のことだ。まして、ミュウは海人族の子だ。必ず手厚く保護してくれるさ。それどころか、海人族だけじゃなくて人間族の子供までオークションに掛けようなんて大問題だ。正式に捜査が始まるだろうし、そうすれば他の子達も保護される。多分、これは大都市にはつきものの闇なんだ。ミュウが捕まっていたところだけじゃなくて、公的機関の手が及ばない場所では普通にある事なんだろう。つまり、これはフューレンの問題だ。どっちにしろ、通報は必要でしょう?……自分の手で何とかしたいという気持ちは分からなくもないけどさ……」
「そ、それは……そうだけど……でも、せめてこの子だけでも私達が連れて行けないかな?どうせ西の海には行くんだし……」
「その前に大火山に行かないといけないじゃないか。まさか、迷宮攻略に連れて行く気?それとも、砂漠地帯に一人で留守番させるの?大体、誘拐された海人族の子を勝手に連れて行ったら僕達も誘拐犯の仲間入りだ。あんまり無茶を言わないでよ」
「……うぅ、わかったよ……」
どうやら、ミレディはこの短い時間で相当ミュウに情が湧いてしまったようだ。先程呟いていた【ディーネ】という人物とミュウが似ているのだろうか?
自分の事で不穏な空気が流れていることを察したのか、ミュウはミレディの体にギュウと抱きついている。ミュウの方もミレディにはかなり気を許しているようで、それがまた、手放すことに抵抗感を覚えさせるのだろう。
しかし、入間の言っていることは当然の事なので、ミレディは肩を落としながらも頷く。入間は屈んでミュウに視線を合わせると、ミュウが理解出来るようにゆっくりと話し始めた。
「いいかい、ミュウ。これから、君を守ってくれる人達の所へ連れて行く。時間は掛かるけど、いつか西の海にも帰れるさ」
「……お兄ちゃんとお姉ちゃんは?」
「悪いけど、そこでお別れだ」
「やっ!」
「いや、やっ、じゃなくてね……」
「お兄ちゃんとお姉ちゃんがいいの!二人といるの!」
思いのほか強い拒絶が返ってきて入間が若干たじろぐ。ミュウは駄々っ子のようにミレディの膝の上でジタバタと暴れ始めた。
今まで割りかし大人しい感じの子だと思っていたが、どうやらそれは二人の人柄を確認中だったからであり、信頼できる相手と判断したのか中々の駄々っ子ぶりを発揮している。元々は結構明るい子なのかもしれない。
入間としても信頼してくれるのは嬉しいのだが、どっちにしろ公的機関への通報は必要であるし、途中で【大火山】という大迷宮の攻略にも行かなければならないのでミュウを連れて行くつもりはなかった。なので、「やっーー!!」と全力で不満を表にして、一向に納得しないミュウへの説得を諦めて、抱きかかえると強制的に保安署に連れて行くことにした。
保安署への道中、窮地を脱して奇跡的に見つけた信頼出来る相手から離れるのはどうしても嫌だったミュウは、入間の髪やら頬やらを盛大に引っ張り引っ掻き必死の抵抗を試みる。
隣に愛想笑いを浮かべるミレディがいなければ、入間こそ誘拐犯として通報されていたかもしれない。髪をボサボサにされて保安署に到着した入間は、目を丸くする保安員に事情を説明した。
事情を聞いた保安員は表情を険しくすると、今後の捜査やミュウの送還手続きに本人が必要との事で、ミュウを手厚く保護する事を約束しつつ署で預かる旨を申し出た。入間の予想通りやはり大きな問題らしく、直ぐに本部からも応援が来るそうで一先ず立ち去ろうとした。だが……
「お兄ちゃんは、ミュウが嫌いなの?」
幼女にウルウルと潤んだ瞳で、しかも上目遣いでそんな事を言われて平常心を保てるヤツはそうはいない。入間は「うっ」と唸り声を上げ、旅には連れて行けないこと、眼前の保安員のおっちゃんに任せておけば家に帰れる事を根気よく説明するが、ミュウの悲しそうな表情は一向に晴れなかった。
見かねた保安員達が、ミュウを宥めつつ少し強引に入間達と引き離し、ミュウの悲しげな声に後ろ髪を引かれつつも、ようやく入間とミレディは保安署を出たのだった。
当然、そのままバケーションという気分ではなくなり、ミレディは心配そうに眉を八の字にして、何度も保安署を振り返っていた。
やがて保安署も見えなくなり、かなり離れた場所に来たころ、未だに沈んだ表情のミレディに入間が気まずそうに何か声をかけようとした。と、その瞬間、
「イルくん。あそこって……」
「保安署…ミュウ!」
背後で爆発が起き、黒煙が上がっているのが見えた。黒煙の上がっている場所は、さっきまで入間達がいた保安署があった場所だった。
二人は互いに頷くと保安署へと駆け戻る。タイミング的に最悪の事態が脳裏をよぎった。すなわち、ミュウを誘拐していた組織が、情報漏洩を防ぐためにミュウごと保安署を爆破した等だ。
焦る気持ちを抑えつけて保安署にたどり着くと、表通りに署の窓ガラスや扉が吹き飛んで散らばっている光景が目に入った。しかし、建物自体はさほどダメージを受けていないようで、倒壊の心配はなさそうだった。
入間達が中に踏み込むと、対応してくれたおっちゃんの保安員がうつ伏せに倒れているのを発見する。両腕が折れて、気を失っているようだ。他の職員も同じような感じだ。
幸い、命に関わる怪我をしている者は見た感じではいなさそうである。入間が職員達を治療している間、ほかの場所を調べに行ったミレディが焦った表情で戻ってきた。
「イルくん!ミュウちゃんがいない!それにこれ!」
シアが手渡してきたのは、一枚の紙。そこにはこう書かれていた。
〝海人族の子を死なせたくなければ、金髪の女を連れて○○に来い〟
「これって……」
「どうやら、相手は想像以上の屑らしいね……」
入間はメモ用紙をグシャと握り潰すと、その目に怒りという名の炎を燃やす。
おそらく、連中は保安署でのミュウと入間達のやり取りを何らかの方法で聞いていたのだろう。そして、ミュウが人質として役に立つと判断し、口封じに殺すよりも、どうせならミレディも手に入れてしまおうとでも考えたようだ。
そんな入間の横で、ミレディは決然とした表情をする。
「イルくん!」
「わかってるさ。ミュウを助ける。ついでに、子供の人生を食い物にした屑共には、ママより怖いお仕置きを与えてやる……ミレディ、行くよ」
「うん!」
正直、危険な旅に同行させる気がない以上、さっさと別れるのがベターだと考えていた。精神的に追い詰められた幼子に下手に情を抱かせると逆に辛い思いをさせることになるからだ。
とはいえ、再度拐われたとなれば放っておくわけにはいかない。何より、何の罪もない無垢な子供の人生を奪って食い物にするのは、彼の逆鱗に触れる行為だ。挙げ句の果てには、
怒りに燃える入間とミレディは、愚か者達の指定場所へと一気に駆け出した。
瓦礫の山となった建物が、R18Gが付けられそうな程ミンチにされた屍の山から流れる血液や内蔵によって赤黒く染まっている。そんな地獄としか形容出来ない景色を背にして歩く七人の影があった。
「──それでね。指定された場所に行ってみれば、そこには武装した塵屑がうじゃうじゃいただけで、ミュウ自身はいなかったんだよ。大方、最初から僕を殺してミレディだけ頂く気だったんだろうね。取り敢えず一人残して、皆殺しにした後にミュウがどこか聞いてみたんけど知らないらしくてさ。他のアジトを聞き出してから全員始末して……それを繰り返しているところだったんだ」
「調べてみたら、誘拐犯は“フリートホーフ”っていうかなり大きい犯罪組織みたいだよ。それに、シアちゃん達も誘拐するつもりだったらしいんだ。それで、いっそのこと見せしめに今回関わった組織とその関連組織の全てを潰しちゃおうって事になってさ……」
影の正体は当然、返り血に染まった入間とミレディ、そしてユエ、アメリ、シア、アスモデウス、ティオのバビル一行だ。
一通り観光を終えたユエ達は、入間とミレディの二人を除いて偶然合流したので、どうせなら皆でお茶でもしようと思い入間とミレディを探している途中、近くの建物が爆破され、建物から見るも無惨な屍が飛んできたのを見て、満場一致で入間の仕業だと結論付け、その倒壊した建物に向かい、二人と合流したのだ。
そして入間とミレディから事情を聞き、唯の観光で何故大都市の裏組織と事を構える事になるのかと、5人はそのトラブル体質に何とも微妙な表情を浮かべる。
「入間さん。そう言うことでしたら、私も協力しますよ!」
そこへ、シアがガシャコンブレイカーⅡを担いで闘志を剥き出しにする。亜人族は捕らえて奴隷に落とされるのが常であり、ミュウの恐怖や辛さはシアも家族を奪われている事からも分かるのだろう。
「……それで、ミュウっていう子を探せばいいの?」
「うん。どうやらフリートホーフっていうのは結構大きな組織みたいで、関連施設も半端じゃないんだ。手分けしてミュウを探して……ついでに組織を壊滅させる。手伝ってくれる?」
「ん……任せて」
「勿論、私もやるぞ」
「お任せください、イルマ様」
「ふむ。ご主人様の頼みとあらば是非もないの」
ユエ達も躊躇う事なく了承する。入間は現在判明している裏組織のアジトの場所を伝え、入間とユエとミレディ、アメリとティオ、シアとアスモデウスのメンバー分かれてミュウ捜索兼組織潰しに動き出した。手分けしてミュウを探し、見つけたら入間のワープドライブでミュウを迎えに行くという考えである。
商業区の中でも外壁に近く、観光区からも職人区からも離れた場所。公的機関の目が届かない完全な裏世界。大都市の闇。昼間だというのに何故か薄暗く、道行く人々もどこか陰気な雰囲気を放っている。
そんな場所の一角に、十階建ての大きな建物があった。表向きは人材派遣を商いとしているが、裏では人身売買の総元締をしているフリートホーフの本拠地である。
いつもは静かで不気味な雰囲気を放っているフリートホーフの本拠地だが、今は騒然とした雰囲気で激しく人が出入りしていた。恐らく伝令等に使われている下っ端であろうチンピラ風の男達の表情は、訳の分からない事態に困惑と焦燥、そして恐怖に歪んでいた。
そんな普段の数十倍は激しい出入りの中、どさくさに紛れる様に頭までスッポリとローブを纏った者が二人、フリートホーフの本拠地に難なく侵入を果たした。
バタバタと慌ただしく走り回る人ごみをスイスイと避けながら進み、遂には最上階の一際重厚な扉に隔たれた部屋の前に立つ。その扉からは男の野太い怒鳴り声が廊下まで響いていた。それを聞いたローブを纏った者のフードが僅かに盛り上がりピコピコと動いている。
「ふざんけてんじゃねぇぞ!アァ!?てめぇ、もう一度言ってみやがれ!」
「ひぃ!で、ですから、潰されたアジトは既に五十軒を超えました。襲ってきてるのは二人組が二組と三人組が一組です!」
「じゃあ何か?たった七人のクソ共にフリートホーフがいい様に殺られてるってのか?アァ?」
「そ、そうなりま──へぶっ!?」
室内で怒鳴り声が止んだかと思うと、ドガッ!と何かがぶつかる音がして一瞬静かになる。どうやら報告していた男が、怒鳴っていた男に殴り倒されでもした様だ。
「てめぇら、何としてでもそのクソ共を生きて俺の前に連れて来い。生きてさえいれば状態は問わねぇ。このままじゃあ、フリートホーフのメンツは丸潰れだ。そいつらに生きたまま地獄を見せて、見せしめにする必要がある。連れてきた奴には、報酬に五百万ルタを即金で出してやる!一人につき、だ!全ての構成員に伝えろ!」
男の号令と共に、室内が慌ただしくなる。男の指示通り、組織の構成員全員に伝令する為部屋から出ていこうというのだろう。耳を欹てていた二人のフードを被った者達は顔を見合わせ一つ頷くと、室内の人間がドアノブに手をかけた瞬間を見計らって、一人が拳を振りかぶった。
尋常でない爆音を響かせて、扉が木っ端微塵に粉砕される。ドアノブに手を掛けていた男は、その衝撃で右半身をひしゃげさせ、更にその後ろの者達も散弾とかした木片に全身を貫かれるか殴打されて一瞬で満身創痍の有様となり反対側の壁に叩きつけられた。
「構成員に伝える必要はない。貴様らはここで全員地獄に行くのだからな」
「ふむ、外の連中は引き受けよう。手っ取り早く、済ますのじゃぞ?」
「任せたぞ、ティオ」
今しがた起こした惨劇などどこ吹く風という様子で室内に侵入して来たのは、アメリとティオだ。
いきなり扉が爆砕したかと思うと、部下が目の前で冗談みたいに吹き飛び反対側の壁でひしゃげている姿に、フリートホーフの頭──【ハンセン】は目を見開いたまま硬直していた。しかし、シアとティオの声に我に返ると、素早く武器を取り出し構えながらドスの利いた声で話し出した。
「……てめぇら、例の襲撃者の一味か……その容姿……チッ、リストに上がっていた奴らじゃねぇか。アメリにティオだったか?後、ユエとシアとミレディかいうのもいたな……成程、見た目は極上だ。おい、今すぐ投降するなら命だけは助けてやるぞ? まさか、フリートホーフの本拠地に手を出して生きて帰れるとは思って──」
好色そうな眼でシアとティオに視線を這わせながらペチャクチャと話し始めたハンセンの言葉を遮って、ザシュッ!という生々しい切断音が響いた。
「──“風刃脚”」
見れば、ゴミでも見るような目をしたアメリがその美脚を振るい、脚から“
当然、至近距離から凶悪に過ぎる破壊力を誇る斬撃を受けたハンセンは右腕を根元から吹き飛ばされ、血飛沫を撒き散らしながら錐揉みして背後の壁に激突した。そして一拍遅れて自分の状態を自覚したハンセンは、絶叫しながら蹲った。
更に、アメリは連続して“風刃脚”を放ち、致命傷で倒れている構成員達を一人残らず斬り捨てた。
「ボス!?今のは何の音ですか!?」
「無事ですか!?」
騒ぎを聞きつけて、本拠地にいた構成員達が一斉に駆けつけてくる。だが、
「子供を食い物にしてきたその所業……些か妾も苛立っておる。あの世で悔い改めよ」
そんな事を冷え切った声音で呟いたティオが、凄まじい火力を有する炎系魔法で階段を灰に変え上階へと至る道を無くした為立ち往生する。
直後、右往左往する彼等に向けて、竜の牙が剝かれる。竜人族の得意技“ブレス”だ。ティオの片手からの縮小版とはいえ、ベヒモスすは凌駕するそれが薙ぎ払われれば、木造の建物などひとたまりもないのは当然の事だった。
フリートホーフの本拠地は十階のハンセンの部屋を除いて見るも無残な有様へ成り果てた。辛うじて倒壊を免れながら玄関側の壁が綺麗に消失し、風通しどころか見通しも良くなっている。まるで観察用の蟻の巣の様だ。
トテトテと頼りない足取りで残っている屋内から出てきた構成員達は、茫然と上階を見上げる事しか出来ない。しかしそれも仕方のない事だ。いきなり自分達の本拠地が縦半分になったのだ、認識が現実に追いつかないのは当たり前の反応である。
しかし義憤に燃えるティオはそんな彼等に一切容赦しなかった。風刃や炎弾をガトリング砲の如く撃ち放っていく。容赦の欠片もない攻撃に、構成員達は蜘蛛の子を散らす様に逃走を図るが……それが叶う者は一人もいなかった。
『グゥオオオオオオオオオッ!!!』
「「「ギャアアアアアアッ!!!!!」」」
突如として、逃走する構成員達の姿を映したガラスから深紅の龍──ドラグレッダーが現れ、数人の構成員達に食らい付いた。構成員達は強靭な牙に食い千切られ、四肢の一部が口の端しから落ちた。
その悲惨な光景を見て、腰を抜かして失禁したり悲鳴を上げて逃げ出す構成員達。だがドラグレッダーもティオも容赦せず、腰を抜かした構成員達をティオが魔法を放って焼き尽くし、逃げ出した構成員達はドラグレッダーが尾で切り裂いたり火炎放射で燃やし尽くす。
そうして、フリートホーフの構成員達は一人残らず無惨な死体へと成り果てたのであった。
ティオとドラグレッダーが外の構成員を引き受けている間に、アメリは蹲ったまま動かないハンセンの下へ歩み寄った。そして恐怖と痛みで顔を歪めるハンセンの首を掴んで持ち上げた。
ハンセンは「ぐえぇ」と苦悶の声を上げながらも何とか逃げようと残った四肢をジタバタさせて藻掻くが、バビルの中で随一のパワーを誇るアメリをハンセン如きがどうこう出来る訳も無い。ハンセンに出来た事は無様に命乞いをする事だけだった。
「た、頼む、助けてくれぇ!金なら好きに持っていっていい!もうお前らに関わったりもしない! だからッグエェ!?」
「私達の質問の答え以外喋るな、耳が腐る。良いか?苦しんで死にたくなければミュウをどうしたのか答えろ」
「……アメリよ。お主、やっぱりご主人様の仲間じゃの……言動がよう似とる」
後ろを振り返りながらツッコミを入れるティオの言葉はさらっと無視して、アメリはハンセンにミュウの事を聞く。
ミュウと言われて一瞬訝しそうな表情を見せたハンセンだが、海人族の子と言われ思い至ったのか少しずつ重さを増していく首を絞める圧力に苦悶の表情を浮かべながら必死に答えた。どうやら、今日の夕方頃に行われる裏オークションの会場の地下に移送された様だ。
因みに、ハンセンは入間とミュウの関係を知らなかった様で、何故海人族の子に拘るのか疑問に思った様だ。その様子からすると、入間とミュウのやり取りを見ていたハンセンの部下が咄嗟に思いつきでミレディの誘拐を実行しようとした様だ。元々、シアやミレディ達の名前はフリートホーフの誘拐リストの上位に載っていた訳であるから、自分で誘拐して組織内での株を上げようとでもしたに違いない。
アメリは“ファイズフォンX”を取り出し、入間に連絡を取った。
「もしもし、イルマ。聞こえるか?私だ」
『アメリさん。どうしました?』
「ミュウの居場所が分かった。今お前は観光区にいたな?そっちの方が近いぞ」
『わかりました!』
入間に詳しい場所を伝えると、アメリは電話を切った。既に呼吸もままならないのか、青紫っぽい顔色になっているハンセンを見て、アメリはハンセンの首から手を放して乱暴に床に叩きつける。拘束からは解放されたものの、既に出血多量で意識が朦朧とし始めているハンセンは、それでも必死にアメリに手を伸ばし助けを求めた。
「た、助け……医者を……」
「お前達が食い物にしてきた者達の命乞いに耳も貸さなかった癖に、立場が変わればそれか?貴様のような下衆の命乞いなど耳に入れる価値もない」
「や、やめ──」
グシャっと生々しい音が響いた。アメリは頭目掛けて振り下ろした脚を上げ、ヒールをハンセンの服に擦り付けて付着した血を吹き取ると、テレビ放送なら間違いなくモザイクがかかるハンセンだった物を一瞥すらせずティオに向き直った。
「ティオ。ここは手っ取り早く潰して、早くイルマ達と合流するぞ」
「う、うむ……アメリも大概容赦ないの……ちょっとときめいてしもうた……」
「?……何か言ったか?」
「な、何でもないのじゃ」
ボソッと呟かれた言葉に、何となく悪寒を感じたアメリはティオに尋ね返すが、妙に熱っぽい表情をしているだけで何でもない様なので、首を傾げつつもフリートホーフ本拠地の破壊活動へと飛び出した。
二人が立ち去った後には、無数の屍と瓦礫の山だけが残った。
フューレンにおいて、裏世界では最大レベルを誇る巨大な組織フリートホーフはこの日、実に呆気なく壊滅したのだった。
アメリが使った“風刃脚”の元ネタは『ONEPIECE』の“嵐脚”。
感想、評価お待ちしております。