39話 迫る魔の手
──宿場町【ホルアド】。
勇者一行の光輝達が実力を伸ばすために攻略を進める【オルクス大迷宮】の入口には、博物館の入場ゲートの様なしっかりした入口があり、どこぞの役所の様な受付窓口まであった。制服を着たお姉さんが笑顔で迷宮への出入りをチェックしている。
入口付近の広場には露店等も所狭しと並び建っており、其々の店の店主が鎬を削っている。まるでお祭り騒ぎだ。
しかし──そんな平和は、ある日突然終わりを告げた。
ホルアドの
「…おっ、そろそろ魔力が集まった頃かな。じゃあ始めるか」
腕時計を見て時間を確認した青年は、懐からあるものを取り出した。
取り出した物は、卵だった。しかし普通の卵とは違って全体的に赤く、形状はエミューの卵のように楕円形であり、炎のような模様に小さな目玉がついていて、何処か気味が悪い卵であった。
青年はその卵を──投げた。
重力に従って落下する卵は、露天が賑わうメインストリートのど真ん中の地面に触れて、乾いた音を立てた。そして……
その瞬間、ホルアドの
そのうちの一つ、メインストリートでは、爆発の余波で露天や住人が吹き飛び、無事だった人々は悲鳴を上げるものや、呆然と爆煙を眺める者が続出する。
すると、モクモクと煙が立ち上る爆心地の地面が隆起し、そこから真っ赤な鱗で覆われた爬虫類の腕のような物が飛び出たかと思うと、やがてその赤い腕は大量の瓦礫を凪払い、その姿を現した。
その生き物の姿を目にした瞬間、住人達の表情は一瞬にして絶望に染まった。
『ヴロロロロロロロッ!!!』
その姿は──龍だ。
血のように深紅に染まった鱗と鉤爪を持ち、その体躯は目算でも40m以上はある。
点を突くように禍々しい咆哮を上げたその龍は、その巨大な足を持ち上げた後にズドォンッ!と振り下ろし、前に進み出した。その際に龍の足元にあった露天は一瞬で踏み潰され、店にいた商人もその際に地面の染みとなってしまった。更に、その龍はガパッと口を開くと、近くにあった建物に食らい付き、クッキーでも食べるかのようにバリボリと噛み砕く。
「ばっ、化物だぁああああああッ!!?」
「た、助け…ぎゃあああッ!?」
その凄惨な光景にようやく意識を取り戻した住人達は、先程までのお祭り騒ぎから一転して阿鼻叫喚となった。人々は我先にと逃げ出すが、龍の足に踏み潰されたり、龍が破壊した建物の瓦礫の下敷きになって圧殺される者が続出する。
「おーおー、迫力満天。……それじゃあ、そろそろ俺も行こうかな」
その龍が動き回る度に、建物は破壊され、誰かが死んでいく。更には、別の場所でも
そんな地獄絵図を笑いながら眺めていた青年は、ポケットからあるものを取り出すと、腰にベルトが装着され、ポーズを取って、あの言葉を叫んだ。
「──変身!」
その言葉と共にポケットから取り出した物をベルトにセットすると、男の姿が一瞬で変わった。
重厚な西洋甲冑のような外観で、基本カラーはグレー寄りの銀。左肩と仮面に犀を連想させる大きな一本角を携えた戦士の姿に変身した青年は、愉しげに呟いた。
「さあ、行こうかな……最高にスリリングで…命懸けの
そう言って、仮面の戦士は屋根から飛び降りて歩き出す。
彼と
淡い緑色の光が頼りの薄暗い地下迷宮に、激しい剣戟と爆音が響く。その激しさは苛烈と表現すべき程のもので、時折姿が見えない遠方においても迷宮の壁が振動する程だ。
銀色の剣閃が虚空に美しい曲線を無数に描き、炎弾や炎槍、風刃や水のレーザーが弾幕の如く飛び交う。強靭な肉体同士がぶつかる生々しい衝撃音や仲間への怒号、裂帛の気合を込めた雄叫びが、本来静寂で満たされている筈の空間を戦場へと変えていた。
「万象切り裂く光、吹きすさぶ断絶の風、舞い散る百花の如く渦巻き、光嵐となりて敵を刻め!“天翔裂破”!」
聖剣を腕の振りと手首の返しで加速させながら、自分を中心に光の刃を無数に放つのは、天職“勇者”の天之川光輝だ。
今正に襲いかかろうとしていた体長五十センチ程の蝙蝠型の魔物は、十匹以上の数を一瞬で細切れにされて碌な攻撃も出来ずに血肉を撒き散らしながら地に落ちた。
「前衛!カウント十!」
「「「了解!」」」
ギチギチと硬質な顎を動かす蟻型の魔物、宙を飛び交う蝙蝠型の魔物、そして無数の触手をうねらせる磯巾着型の魔物。それらが直径30m程の円形の部屋で、無数に蠢いていた。部屋の周囲には八つの横穴があり、そこから魔物達が溢れ出しているのだ。
場所は【オルクス大迷宮】の八十九層。前衛を務めるのは光輝の他、幼馴染である“拳士”【坂上龍太郎】、“剣士”【八重樫雫】、そして“重闘士”【永山重吾】、“軽戦士”【檜山大介】、“槍術士”【近藤礼一】だ。更に、どこかで遊撃を務めている“暗殺者”【遠藤浩介】がいる。
なんとか後衛に襲い掛かろうとする魔物達を、鍛え上げた武技を以て打倒し弾き返していく彼等に、後衛からタイミングを合わせた魔法による総攻撃の発動カウントが告げられる。
厄介な飛行型の魔物である蝙蝠型の魔物が前衛組の隙を突いて後衛に突進するが、頼りになる“結界師”が城壁となってそれを阻む。
「刹那の嵐よ、見えざる盾よ、荒れ狂え、吹き抜けろ、渦巻いて、全てを阻め──“爆嵐壁”!」
天職“結界師”を持つ【谷口鈴】の攻勢防御魔法が発動する。
呪文を詠唱する後衛達の一歩前に出た彼女の突き出した両手の先に微風が生じた。見た目の変化はない。蝙蝠型の魔物達も鈴の存在など気にせず、警鐘を鳴らす本能のままに大規模な攻撃魔法を仕掛けようとしている後衛組に向かって襲いかかった。
しかしその手前で、突如魔物の突進に合わせて空気の壁とでも言うべき物が大きく撓む姿が現れる。何十体という蝙蝠擬きが次々と衝突していくが、空気の壁は撓むばかりでただの一匹も通しはしない。
そうして突進してきた蝙蝠擬き達が全て空気の壁に衝突した瞬間、撓みが限界に達した様に凄絶な衝撃と共に爆発した。
その発生した衝撃は凄まじく、それだけで肉体を粉砕された個体もいれば、一気に迷宮の壁まで吹き飛ばされてグシャ!という生々しい音と共に拉げて絶命する個体もいる程だ。
「ふふん!そう簡単には通さないんだからね!」
クラスのムードメーカー的存在である鈴の得意気な声が激しい戦闘音の狭間に響くと同時に、前衛組が一斉に大技を繰り出した。敵を倒す事よりも衝撃を与えて足止めし、自分達が距離を取る事を重視した攻撃だ。
「後退!」
光輝の号令と共に、前衛組が一気に魔物達から距離を取る。
次の瞬間、完璧なタイミングで後衛六人の攻撃魔法をが発動した。
巨大な火球が着弾と同時に大爆発を起こし、真空刃を伴った竜巻が周囲の魔物を巻き上げ切り刻みながら戦場を蹂躙する。足元から猛烈な勢いで射出された石の槍が魔物達を下方から串刺しにし、同時に氷柱の豪雨が上方より魔物の肉体に穴を穿っていく。
自然の猛威がそのまま牙を向いたかの様な壮絶な空間では、生物が生き残れる道理などありはしない。ほんの数十秒の攻撃、されどその短い時間で魔物達の九割以上が絶命するか瀕死の重傷を負う事になった。
「よし!いいぞ!残りを一気に片付ける!」
光輝の号令で前衛組が再び前に飛び出していき、魔法による総攻撃の衝撃から立ち直りきれていない魔物達を一体一体、確実に各個撃破していった。全ての魔物が殲滅されるのに、5分もかからなかった。
戦闘の終了と共に、光輝達は油断なく周囲を索敵しつつ互いの健闘を称え合った。
「ふぅ、次で九十層か……この階層の魔物も難無く倒せる様になったし……迷宮での実戦訓練ももう直ぐ終わりだな」
「だからって気を抜いちゃダメよ、この先にどんな魔物やトラップがあるかわかったものじゃないんだから」
「雫は心配しすぎってぇもんだろ?俺等ぁ今まで誰も到達した事の無い階層で余裕持って戦えてんだぜ?何が来たって蹴散らしてやんよ、それこそ魔人族が来てもな!」
連絡手段がないから仕方ないとは言え、地上でホルアドがとんでもない事態になっているなど知る由もなく感慨深そうに呟く光輝に雫が注意をすると、脳筋腰巾着の龍太郎が豪快に笑いながらそんな事を言う。そして、光輝と拳を付き合わせて不敵な笑みを浮かべ合った。
他の連中もそうだが、会った事が無いとはいえ、相変わらず魔人族を魔物と同類か上位互換のような物だと思っている様だ。知的生命体が野生動物と同じ様に倒せる筈がないし、何よりあれだけ入間と愛子が指摘してやったと言うのに、自分達がやるのは魔物の
そんな何処までも幼稚な二人に溜息を吐きながら、雫は眉間の皺を揉みほぐした。これまでも、何かと二人の行き過ぎをフォローして来たので苦労人姿が板に付いてしまっている。まさか皺が出来たりしてないわよね?と最近鏡を見る機会が微妙に増えてしまった。しかし、他の連中と違って戦争の本質を理解している癖に、ストッパーを自負しておきながら四ヶ月も指摘しないで放置しているので、結局雫も現実から目を反らしているという事であり、光輝達と大して変わらなかった。
「檜山君、近藤君、これで治ったと思うけど……どう?」
周囲が先程の戦闘について話し合っている傍らで、香織は己の本分を全うしていた。すなわち“治癒師”として先程の戦闘で怪我をした人達を治癒しているのである。一応、迷宮での実戦訓練兼攻略に参加している15名の中には、もう一人“治癒師”を天職に持つ【辻綾子】がいるので、今は、二人で手分けして治療中だ。
「……ああ、もう何ともない。サンキュ、白崎」
「お、おう、平気だぜ。あんがとな」
香織に治療された檜山が、ボーと間近にいる香織の顔を見ながら上の空な感じで返答する。見蕩れているのが丸分かりだ。近藤の方も、耳を赤くしどもりながら礼を言った。前衛職であることから、度々香織のヒーリングの世話になっている檜山達だが、未だに香織と接するときは平常心ではいられないらしい。近藤の態度はある意味、思春期の子供といった風情だが……檜山の香織を見る目の奥には暗い澱みが溜まっていた。それは日々、色濃くなっているのだが……気がついている者はそう多くはない。
二人にお礼を言われた香織は「どういたしまして」と微笑むと、スっと立ち上がり踵を返した。そして、周囲に治療が必要な人がいないことを確認すると、目立たないように溜息を吐き、奥へと続く薄暗い通路を憂いを帯びた瞳で見つめ始めた。
「……」
その様子に気がついた雫には、親友の心情が手に取るように分かった。香織の心の内は今、不安でいっぱいなのだ。あと十層で迷宮の最下層(一般的な見解)にたどり着くというのに、未だ、入間の痕跡は僅かにも見つかっていない。
それは希望でもあるが、遥かに強い絶望でもある。自分の目で確認するまで入間の死を信じないと心に決めても、階層が一つ下がり、何一つ見つからない度に押し寄せてくるネガティブな思考は、そう簡単に割り切れるものではない。まして、入間が奈落に落ちた日から既に四ヶ月も経っている。強い決意であっても、暗い思考に侵食され始めるには十分な時間だ。
そもそも、入間はとっくの昔にオルクスを攻略して外へ出ているので、何も見つからないのは当たり前なのだが。
自身のアーティファクトである白杖を、まるで縋り付くようにギュッと抱きしめる香織の姿を見て、雫はたまらず声をかけようとした。と、雫が行動をおこす前に、ちみっこいムードメイカー谷口鈴が、不安に揺れる香織の姿など知ったことかい!と言わんばかりに駆け寄ると、ピョンとジャンプし香織の背後からムギュッと抱きついた。
「カッオリ~ン!!そんな野郎共じゃなくて、鈴を癒して~!ぬっとりねっとりと癒して~」
「ひゃわ!鈴ちゃん!どこ触ってるの!っていうか、鈴ちゃんは怪我してないでしょ!」
「してるよぉ!鈴のガラスのハートが傷ついてるよぉ!だから甘やかして!具体的には、そのカオリンのおっぱおで!」
「お、おっぱ……ダメだってば!あっ、こら!やんっ!雫ちゃん、助けてぇ!」
「ハァハァ、ええのんか?ここがええのんか?お嬢ちゃん、中々にびんかッへぶ!?」
「……はぁ、いい加減にしなさい、鈴。男子共が立てなくなってるでしょが……たってるせいで……」
ただのおっさんと化した鈴が気色悪い表情でデヘデヘしながら香織の胸をまさぐり、雫から脳天チョップを食らって撃沈した。ついでに、鈴と香織の百合百合しい光景を見て一部男子達も撃チンした。頭にタンコブを作ってピクピクと痙攣している鈴を、何時ものように【中村恵里】が苦笑いしながら介抱する。
「うぅ~、ありがとう、雫ちゃん。恥ずかしかったよぉ……」
「よしよし、もう大丈夫。変態は私が退治したからね?」
涙目で自分に縋り付く香織を、雫は優しくナデナデした。最近よく見る光景だったりする。雫は、香織の滑らかな髪を優しく撫でながらこっそり顔色を覗った。しかし、香織は、困った表情で、されど何処か楽しげな表情で恵里に介抱される鈴を見つめており、そこには先程の憂いに満ちた表情はなかった。どうやら、一時的にでも気分が紛れたようだ。ある意味、流石クラスのムードメイカー鈴おっさんバージョンと、雫は内心で感心する。
「あと十層よ。……頑張りましょう、香織」
雫が香織の肩に置いた手に少々力を込めながら、真っ直ぐな眼差しを香織に向ける。それは、親友が折れないように活を入れる意味合いを含んでいた。香織も、そんな雫の様子に、自分が少し弱気になっていたことを自覚し、両手で頬をパンッと叩くと、強い眼差しで雫を見つめ返した。
「うん。ありがとう、雫ちゃん」
雫の気遣いが、どれだけ自分を支えてくれているか改めて実感し、瞳に込めた力をフッと抜くと目元を和らげて微笑み、感謝の意を伝える香織。雫もまた、目元を和らげると静かに頷いた。……傍から見ると百合の花が咲き誇っているのだが本人たちは気がつかない。光輝達が何だか気まずそうに視線を右往左往させているのも雫と香織は気がつかない。だって、二人の世界だから。
「今なら……守れるかな?」
「そうね……きっと守れるわ。あの頃とは違うもの……ベヒモスと倒して、レベルだって既にメルド団長達を超えているし……でも、ふふ、もしかしたら彼の方が強くなっているかもしれないわね?あの時だって、結局、私達が助けてもらったのだし」
「ふふ、もう……雫ちゃんったら……」
入間の生存を信じて、今度こそ守れるだろうかと今の自分を見下ろしながら何となく口にした香織に、雫は冗談めかしてそんな事を言う。鍛練もなしに1人でベヒモスを圧倒した入間と違って、自分達は15人の連携による激闘の末にベヒモスを倒したと言うのに、まるで自分達が入間を越えているような口振りだ。先程光輝と龍太郎に油断しすぎるなと言っていた癖に、どの立場で物を言っているんだとしか言いようがない。
因みに、この場にいるのは光輝、龍太郎、雫、香織、鈴、恵里の他、永山重吾を含める5人及び檜山達4人の15人であり、メルド団長達は七十層で待機している。実は、七十層からのみ起動できる三十層と七十層をつなぐ転移魔法陣が発見され、深層への行き来が楽になったのであるが、流石にメルド団長達でも七十層より下の階層は能力的に限界だった。もともと、六十層を越えたあたりで、光輝達に付き合える団員はメルドを含めて僅か数人だった。七十層に到達する頃には、彼等は既に光輝達の足を引っ張るようになっていたのである。
メルド団長もそのことを自覚しており、迷宮でのノウハウは既に教えきっていたこともあって、自分達は転移陣の周囲で安全地帯の確保に努め、それ以降は光輝達だけで行くことにさせたのだ。
たった四ヶ月ほどで超えられたことにメルドは苦笑い気味だったが、それでも光輝達に付き合う過程で、たとえ七十層でも安全を確保できるほどの実力を自分達もつけられたことに喜んでいた。彼らもまた実力を伸ばしていたのである。
尤も、光輝達は“戦争”に参加するのだから、迷宮のノウハウよりも“人を殺す覚悟”を先に教えるべきだと言うのに四ヶ月も後回しにしているのだから、騎士としては半端としか言い様がなかった。
なお、光輝達のステータスは現在、こんな感じである。
天之河光輝 17歳 男 レベル:72
天職:勇者
筋力:880
体力:880
耐性:880
敏捷:880
魔力:880
魔耐:880
技能:全属性適正[+光属性効果上昇][+発動速度上昇]・全属性耐性[+光属性効果上昇]・物理耐性[+治癒力上昇][+衝撃緩和]・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解
坂上龍太郎 17歳 男 レベル:72
天職:拳士
筋力:820
体力:820
耐性:680
敏捷:550
魔力:280
魔耐:280
技能:格闘術[+身体強化][+部分強化][+集中強化][+浸透破壊]・縮地・物理耐性[+金剛]・全属性耐性・言語理解
八重樫雫 17歳 女 レベル:72
天職:剣士
筋力:450
体力:560
耐性:320
敏捷:1110
魔力:380
魔耐:380
技能:剣術[+斬撃速度上昇][+抜刀速度上昇]・縮地[+重縮地][+震脚][+無拍子]・先読・気配感知・隠業[+幻撃]・言語理解
白崎香織 17歳 女 レベル:72
天職:治癒師
筋力:280
体力:460
耐性:360
敏捷:380
魔力:1380
魔耐:1380
技能:回復魔法[+効果上昇][+回復速度上昇][+イメージ補強力上昇][+浸透看破][+範囲効果上昇][+遠隔回復効果上昇][+状態異常回復効果上昇][+消費魔力減少][+魔力効率上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動][+付加発動]・光属性適性[+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動]・高速魔力回復[+瞑想]・言語理解
香織の回復魔法と光属性魔法が極まっていた。特に回復魔法の方が、それはもう、物凄い感じで極まっていた。本来の技能数だけを見るなら香織は四人の内でもっとも少ないにもかかわらず現在の総技能数は勇者たる光輝すら超えるほどだ。それもこれも、全ては『入間を守る』という誓いを違えないようにするため。生存を信じて、今度こそ想い人を守るため。寝る間も惜しんで、ひたすら自分の出来ることを愚直に繰り返してきた結果だ。
尤も、香織など最初から入間の足元にも及ばない程の実力差があり、守る所か自身のストーカー行為が原因で迷惑を掛け続けた事で、当の入間から恨まれているので、その努力は全て無駄以外の何物でもなかった。挙句の果てには、イマジナリー入間と会話したり、入間がホルアドの宿に預けていた入間の制服を盗んで匂いを嗅ぐという奇行にまで及んでいるので、入間がそれを知ったら確実にドン引きか半殺しにされるだろう。
「そろそろ、出発したいんだけど……いいか?」
光輝が未だに見つめ合う香織と雫におずおずと声をかける。以前、香織の部屋で香織と雫が抱き合っている姿を目撃して以来、時々挙動不審になる光輝の態度に、香織はキョトンとしているが、雫はその内心を正確に読み取っているのでジト目を送る。その目は如実に「いつまで妙な勘違いしてんの、このお馬鹿」と物語っていた。
雫の視線に気づかないふりをしながら、光輝はメンバーに号令をかける。既に八十九層のフロアは九割方探索を終えており、後は現在通っているルートが最後の探索場所だった。
出発してから十分程で、問題無く一行は階段を発見した。トラップの有無を確かめながら慎重に薄暗い螺旋階段を降りていく。そうして体感で10m程降りた頃、遂に光輝達は九十階層に到着した。
一応、節目ではあるので何か起こるのではと警戒していた光輝達。しかし見たところ、今まで探索してきた八十層台と何ら変わらない造りの様だった。早速マッピングしながら探索を開始する。迷宮の構造自体は変わらなくても、出現する魔物は強力になっているだろうから油断はしない。
警戒しながら、変わらない構造の通路や部屋を探索してく光輝達。探索は特に問題無く、順調に進んだ。……進んだのだが、やがて、一人また一人と怪訝そうな表情になっていった。
「……どうなってる?」
かなり奥まで探索し大きな広間に出た頃、遂に不可解さが頂点に達し表情を困惑に歪めて光輝が疑問の声を漏らした。他のメンバーも同じ様に困惑の表情を晒しつつ、光輝の疑問に同調して足を止める。
「……何で、これだけ探索しているのに唯の一体も魔物に遭遇しないんだ?」
既に探索は、細かい分かれ道を除けば半分近く済んでしまっている。
今迄なら、散々強力な魔物に襲われてそう簡単には前に進めなかった。ワンフロアを半分ほど探索するのに平均二日はかかるのが常であったのだ。
にも拘らず、光輝達がこの九十層に降りて探索を開始してからまだ三時間程しか経っていないのに、この進み具合。それは単純な理由だ。未だ一度も、魔物と遭遇していないからである。
最初は、魔物達が光輝達の様子を物陰から観察でもしているのかと疑ったが、彼等の感知系スキルや魔法を用いても一切索敵にかからないのだ。魔物の気配すらないというのは、いくら何でもおかしい。明らかな異常事態である。
「………なんつぅか、不気味だな。最初からいなかったのか?」
龍太郎と同じ様に、メンバーが口々に可能性を話し合うが答えが見つかる筈も無い。困惑は深まるばかりだ。
「……光輝。一度戻らない?何だか嫌な予感がするわ。メルド団長達なら、こういう事態も何か知っているかもしれないし」
雫が警戒心を強めながら、光輝にそう提案した。
雫の提案に、光輝は逡巡する様子を見せた。何となく嫌な予感を覚えているのは光輝も同じだ。慎重を期するなら、確かに一度戻るのがベターだろう。
しかし何らかの大きな障害があったとしても、何れにしろ打ち破って進まなければならず、漠然とした不安感だけで撤退するのには僅かな抵抗感があった。また、八十九層でも余裕のあった自分達なら何が来ても大丈夫ではないかとも思う。
そうして光輝が迷っていると、不意に周囲を注意深く探っていた遠藤が、緊張を滲ませた声を上げた。
「これ……血……だよな?」
地面に這わせていた指先を見せながら、そう言った遠藤。光輝達はその言葉に、地面や壁を注意深く観察し始めた。すると、
「薄暗いし壁の色と同化してるから分かりづらいが……あちこち付いているな」
「おいおい……これ……結構な量なんじゃ……」
険しい表情で警戒感を露わにする永山と、引き攣り顔で周囲に視線を巡らせる野村。
他のメンバーも、今更ながらに気付いた周囲に飛び散る夥しい量の血痕に、顔色を青くする。
「天之河、八重樫さんの提案に従った方がいい。……これは魔物の血だ、それも真新しい」
指に付いた血を擦ったり嗅いだりして分析していた遠藤が、普段に無い強い口調で訴えた。光輝は少し唸りながら小さな反論をする。
「そりゃあこれだけ魔物の血があるってことは、この辺りの魔物は全て殺されたって事だろうし、それだけ強力な魔物がいるって事だろうけど……。いずれにしろ倒さなきゃ前に進めないだろ?」
光輝の反論に、首を横に振ったのは永山だった。永山は龍太郎と並ぶクラスの二大巨漢ではあるが、光輝の腰巾着でしかない龍太郎と違って非常に思慮深い性格をしている。また、遠藤とは付き合いも長く親友であるが故に、その言葉には大きな信頼を寄せていた。まあ、召喚された日に光輝に追従して戦争に参加したのだから、結局は龍太郎と大して変わらないが。
兎も角、信頼する遠藤の極度の緊張と言葉から即座に事態を読み解き、同じ様に臨戦態勢になりながら、光輝に自分の考えを告げた。
「天之河、よく聞いてくれ。魔物は何も、この部屋だけに出る訳ではないだろう。今まで通って来た通路や部屋にも出現した筈だ。にもかかわらず、俺達が発見した痕跡はこの部屋が初めて。それはつまり……」
「……何者かが魔物を襲い、その痕跡を隠蔽したって事ね?」
後を継いだ雫の言葉に永山が頷く。光輝もその言葉にハッとした表情になると、永山と同じ様に険しい表情で警戒レベルを最大に引き上げた。
「それだけ知恵の回る魔物がいるという可能性もあるけど……人であると考えた方が自然って事か。……そしてこの部屋だけに痕跡があったのは、隠蔽が間に合わなかったか、或いは……」
──ここが終着点という事さ。
光輝の言葉を引き継ぎ、突如聞いた事の無い女の声が響き渡った。男口調のハスキーな声音だ。光輝達はギョッとなって、咄嗟に戦闘態勢に入りながら声のする方に視線を向けた。
コツコツと足音を響かせながら広い空間の奥の闇からゆらりと現れたのは、燃える様な赤い髪をした妙齢の女。その女の耳は僅かに尖っており、肌は浅黒かった。
光輝達が驚愕した様に目を見開く。女のその特徴は、光輝達のよく知るものだったからだ。実際には見た事は無いが、イシュタル達から叩き込まれた座学において、何度も出てきた種族の特徴。聖教教会の掲げる神敵にして、人間族の宿敵。そう……
「……魔人族」
誰かの発した呟きに、魔人族の女は薄らと冷たい笑みを浮かべた。
この時、魔人族の女に注目していた光輝達は、彼女が現れた暗闇の中にもう1人、漆黒の鎧を纏った存在が佇んでいる事に気付いていなかった。
この存在が、光輝達の地獄を見せる存在であるという事を、まだ誰も知らない……。
ホルアドを襲撃した怪獣はライダーの怪獣ではなく、『魔入りました!入間くん』に登場した魔獣です。詳しい紹介は先となります。
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