※冒頭の内容を少し変えました。
『手術は無事…いや、
血に濡れたようなワインレッドのボディに、コブラを模した胸部とバイザーに、パイプのようなものを首に巻き、額から煙突のような角を持った怪人──ブラッドスタークは、とある部屋の入り口で、誰に向けるわけでもなく呟いた。
彼の視線の先には、様々な器具が置かれた手術室。しかし本来なら綺麗に整理整頓がされていなければならないその部屋は、まるで台風が来たようにメチャクチャにされており、赤黒い液体が飛び散ったような染みが部屋の至るところに存在し、まるで猛獣が暴れた跡のような爪痕があちこちに刻まれている。床には血で赤黒く染まった白衣や手術服、そして惨殺された死体が無数に転がっている。
ブラッドスタークは足元の引きちぎられた腕を拾い上げ、直ぐに興味をなくしたかのようにポイッと投げ捨てると、手術台の奥にの床に横たわる人影に目を向ける。
それは、返り血にまみれた白い布で生まれたままの身体を覆い隠している愛子だった。辺りに赤黒く染まった部屋のなかで、彼女の身体には一滴の血も、汚れた痕もない姿が、逆に不自然に感じる。
『聖教教会に連れていけ。信者達に見つからないようにな』
ブラッドスタークが声を上げると、【ガーディアン】と呼ばれるロボットが2体現れ、愛子を布でくるめて何処かへと連れていく。
ガーディアンに連れていかれる愛子の姿を眺めていたスタークは、手術室の隅にポツンと置かれた、銀色のアタッシュケースに、コブラを模したバイザーを向けた。
『さて、あとは時期が来たらコイツを渡すだけだが……あの女がどこまで出来るのか、見物だな』
そう言って、ブラッドスタークはアタッシュケースを開いた。
その中には、一本のベルトが納められていた。
赤銅色の世界。
【グリューエン大砂漠】は、まさにそう表現する以外にない場所だった。砂の色が赤銅色なのは勿論だが、砂自体がキメ細かいのだろう。常に一定方向から吹く風により易々と舞い上げられた砂が大気の色をも赤銅色に染め上げ、三百六十度見渡す限り一色となっているのだ。
また、大小様々な砂丘が無数に存在しており、その表面は風に煽られて常に波立っている。刻一刻と表面の模様や砂丘の形を変えていく様は、砂漠全体が“生きている”と表現したくなる程だ。
照りつける太陽と、その太陽からの熱を余さず溜め込む砂の大地が強烈な熱気を放っており、40度は軽く超えているだろう。舞う砂と合わせて、旅の道としては最悪の環境だ。
尤も、それは“普通の”旅人の場合である。
現在、そんな過酷な環境を知った事ではないと突き進む白くて長い乗り物──デンライナーが、砂埃を後方に巻き上げながら爆走していた。道なき道だが、空中に線路を作り出して走るデンライナーには関係のない話だった。
「……外、凄いですね……普通の馬車とかじゃなくて本当に良かったです」
「全くじゃ。この環境でどうこうなる程柔い心身ではないが……流石に、積極的に進みたい場所ではないのぉ」
「まぁ、この世界の文化ならば馬車で進むしかないだろうからな」
「おやつ出来たよ~」
車両内の取り付けられた座席で窓にビシバシ当たる砂と赤銅色の外世界を眺めながらシアとティオがしみじみした様子でそんな事を呟いた。いくらティオが末期の変態でも、流石にこの環境は鬱陶しいだけらしい。そんなティオとシアに、キッチンでおやつを作っていたアスモデウスはそう呟き、ミレディは皿に乗せられたおやつを全員のテーブルに運ぶ。
「前に来たときとぜんぜん違うの!とっても涼しいし、目も痛くないの!パパはすごいの!」
「そうか……ミュウはこの砂漠を横断してフューレンに連れてこられたんだったな。ジュース飲むか?」
「飲むぅ~、アメリお姉ちゃん、ありがとうなの~」
窓際の席でアメリの膝の上に抱えられる様にして座るミュウが、以前誘拐されて通った時との違いに興奮した様に万歳して、快適空間を持ち主である入間にキラキラした眼差しを送る。
それも当然と言えば当然の反応だろう。
海人族であるミュウにとって、砂漠の横断はどれ程過酷なものだったか。4歳という幼さを考えれば、寧ろ衰弱死しなかった事が不思議なくらいだ。そんな環境を耐えてきたミュウからすれば、ギャップも相まって驚きも一入だろう。なにせデンライナーには、冷暖房が完備されているだけでなく耐衝撃障壁や遮音機能、風呂やキッチンも備えられているのだから。
そして、それの所有者である入間を称えるミュウに賛同しながら、アメリはアスモデウスが配ってくれた砂漠では望める筈も無い冷たいジュースを普通に差し出した。
同時に、アスモデウスとミレディが焼いたクッキーがテーブルに乗せられ、一同はそれを頬張っていく(入間だけはおかわりしようとしたらアスモデウスに止められ、少し泣いた)。
「ん?何じゃあれは?ご主人様よ、三時方向で何やら騒ぎじゃ」
不意に、ティオが入間に注意を促した。窓の外に何かを発見したらしい。
入間が言われるままにそちらを見ると、どうやら右手にある大きな砂丘の向こう側にサンドワームと呼ばれるミミズ型の魔物が相当数集まっている様だった。砂丘の頂上から無数の頭が見えている。
このサンドワームは平均20m、大きいものでは100nにもなる大型の魔物だ。この【グリューエン大砂漠】にのみ生息し、普段は地中を潜行していて、獲物が近づくと真下から三重構造のズラリと牙が並んだ大口を開けて襲いかかる。察知が難しく奇襲に優れているので、大砂漠を横断する者には死神の如く恐れられている。
幸いサンドワーム自身も察知能力は低いので、偶然近くを通る等不運に見舞われない限り、遠くから発見され狙われるという事は無い。なので、砂丘の向こう側には運の無かった者がいるという事なのだが……
「……あの芋虫達、何であの辺をグルグルしてるんだろう?」
そう。ただサンドワームが出現しているだけなら、ティオも疑問顔をして入間に注視させる事はなかった。入間の感知系技能ならサンドワームの奇襲にも気がつけるし、デンライナーの速度なら直前でも十分攻撃範囲から抜け出せるからだ。
異常だったのは、サンドワームに襲われている者がいるとして、何故かサンドワームがそれに襲いかからずに様子を伺う様にして周囲を旋回しているからなのである。
「まるで、食うべきか食わざるべきか迷っている様じゃのう?」
「確かに…サンドワームにはそんな事はありえるの?」
「妾の知識には無いのじゃ。奴等は悪食じゃからの、獲物を前にして躊躇うという事は無い筈じゃが……」
末期の変態でミレディよりも年下のティオだが、ユエとミレディと異なり長い間迷宮の奥に籠っていた訳でも無いので、この世界に関する知識はこの中で一番深い。なので、魔物に関する情報等では頼りになる。その彼女が首を傾げるという事は、何か異常事態が起きているのは間違いないだろう。
しかし、態々自分達から関わる必要も無い事なので、入間は深く確認せず巻き込まれる前にさっさと距離を取る事にした。
と、その時。
「!皆、掴まって!!」
入間はそう叫ぶと、デンライナーは一気に加速した。直後、砂色の巨体が後方より飛び出してきた。大口を開けたそれは件のサンドワームだ。どうやら、不運なのは入間達も同じだったらしい。
デンライナー砂地を高速で駆け抜けていく。蛇の蛇行の様に走るデンライナーが駆け抜けた瞬間、デンライナーの隙間から二体目、三体目とサンドワームが飛び出してきた。
入間は慌てて運転車両に移動すると、取り付けられたデンバードに跨がって“ライダーパス”をセットし、デンライナーを操縦して襲いかかるサンドワームを避けていく。
「ひぅ!」
「わわわ!」
背後の車両からミュウ、シアの順に悲鳴が上がる。強烈な遠心力に振り回され、仲間達はバランスを崩す。
そうこうしているうち、現れた三体のサンドワームが、地中より上体を出した状態で全ての奇襲をかわしたデンライナーを睥睨し、今度はその巨体に物を言わせて頭上から襲いかかろうとした。
これが唯の馬車であったなら、その攻撃で終わっていたかもしれない。しかし、デンライナーは仮面ライダー電王と共に数々の巨大イマジンを葬ってきた時の列車だ。ただ食らいつかれたくらいでは、ビクともしない。
それに……
「そういえば、この機能使った事なかったよね!」
そんな事を言いながら、入間はデンバードに取り付けられたボタンを操作し、デンライナーに内蔵された機能を稼働させる。
同時に、デンライナーの車両が変形し、“ゴウカノン”、“ドギーランチャー”、“モンキーボマー”、“バーディーミサイル”が展開され、モンキーボマーがサンドワームに向けて近距離用の爆弾、“モンキーボム”を投げ放った。
大口を開けるサンドワームの、まさにその口内に飛び込んだモンキーボムは、一瞬の間の後、盛大に爆発し内部からサンドワームを盛大に破壊した。サンドワームの真っ赤な血肉がシャワーのように降り注ぎ、デンライナーの窓ガラスや正面にもベチャベチャとへばりついた。
「うへぇ……シア、ミュウが見ないようにしてあげて」
「もう、してますよ~。あんっ!ミュウちゃん、苦しかったですか?でも、先っぽを摘むのは勘弁して下さい」
更に、迫り来るサンドワームに連続で爆弾を放つ入間は、ミュウには刺激が強いだろうとシアに配慮を頼む。そのあたり、大分、入間と呼吸の合ってきたシアは、既にミュウを対面方向で胸元に抱きしめて見えないようにしていた。ただ、シアの巨乳に顔を包まれて苦しかったのか、ミュウが抜け出そうとしたようで、その際、シアの何処かに触ってしまったようだ。思わず、シアが喘ぐような場所を。入間は顔を赤くしてサッと顔を背け、聞こえなかったことにする。
三体のサンドワームをモンキーボムで粉砕した入間は、その爆音と衝撃を感知したのか砂丘の向こう側のサンドワーム達が動き出したのを見てもう一戦かと視線を鋭くする。
入間は砂丘の上へとデンライナーを走らせる。下方に地中の浅い部分を移動してくるサンドワームの群れが見えた。微妙に砂が盛り上がっており隠密性がない。向こうも入間達が気がついていることを察して、奇襲よりも速度を重視しているのだろう。
入間はデンバードに取り付けられたボタンを操作すると、デンライナーの武装が一斉に火を吹いた。射撃音を轟かせながら、数々の砲撃が赤銅色の世界を切り裂いた。
次々と打ち出される重火器の嵐は、もこもこと盛り上がって進んで来る砂地に着弾し、衝撃と共に砂埃を盛大に巻き上げた。その噴火の如き砂柱には当然、砂色の肉片と真っ赤な血が多分に含まれている。
デンライナーに装備された武装は、その後も次々と凶悪な砲撃を吐き出し続け、獲物を狩らんと迫っていたサンドワームの尽くを地中にいながら爆ぜさせ、不毛の大地へのささやかな栄養として還していった。
「……あれ?イルくん、あれ見て」
「……白い人?」
デンライナーの武装を納めて入間が車両に戻るのと、ミレディが窓の外に指を差すのは同時だった。ミレディが指を差した先には、ユエが呟いたように白い衣服に身を包んだ人が倒れ伏していた。おそらく、先程のサンドワーム達は、あの人物を狙っていたのだろう。しかし、なぜ食われなかったのかは、この距離からでは分からず謎だ。
「ちょっと調べてみたいんだけど…いい?」
「ん。問題ない」
何故あの状態で砂漠の魔物に襲われないのか興味が沸いてきた。何か、魔物を遠ざける方法やアイテムでもあるのかもしれない。実際、樹海にはフェアドレン水晶という魔除けの効果を持つ石がある。魔物が寄り付きにくくなるという程度の効果しかないが、もしかしたらより強力なアイテムがある可能性は否定できない。
そんなわけで、デンライナーを走らせ倒れている人の近くまでやって来た。その人物は、ガラベーヤ(エジプト民族衣装)に酷似した衣装と、顔に巻きつけられるくらい大きなフードの付いた外套を羽織っており、顔はわからない。うつ伏せに倒れている上に、フードが隠してしまっているからだ。
デンライナーから降りた入間が、倒れる人物に駆け寄り仰向けにした。
「!……これって……」
フードを取りあらわになった男の顔は、まだ若い20歳半ばくらいの青年だった。だが、入間が驚いたのは、そこではなく、その青年の状態だった。
苦しそうに歪められた顔には大量の汗が浮かび、呼吸は荒く、脈も早い。服越しでもわかるほど全身から高熱を発している。しかも、まるで内部から強烈な圧力でもかかっているかのように血管が浮き出ており、目や鼻といった粘膜から出血もしている。明らかに尋常な様子ではない。ただの日射病や風邪というわけではなさそうだ。
入間は、まるでウイルス感染者のような青年の傍にいる事に危機感を覚えたが、調べてみないことにはなにも分からないため、仲間達に青年から離れるように声をかけた後、“ゲームスコープ”と呼ばれる診断装置を使って青年の身体を調べる。この診断装置は、本来ならゲーム病にかかっているかを診断する機械だが、元々診断装置なため、少し改造するだけで問題ない。
そして、ゲームスコープで空中に表示された画面にはこう表示されていた
状態:魔力の過剰活性 体外への排出不可
症状:発熱 意識混濁 全身の疼痛 毛細血管の破裂とそれに伴う出血
原因:体内の水分に異常あり
「おそらくだけど、何かよくない飲み物を摂取して、それが原因で魔力暴走状態になっているみたいだね……しかも、外に排出できないから、内側から強制的に活性化・圧迫させられて、肉体が付いてこれてない……このままじゃ、内蔵や血管が破裂しちゃう。出血多量や衰弱死の可能性もあるね。有効な解決策は……」
そう呟いた入間は、青年の胸に右手を置く。すると、仲間達には聞こえないほどの小声で、右手に嵌まっている指輪に声をかけた。
「アリさん。お願いできる?」
「久々に呼び出したと思ったら雑用かい。…まっ、そんな場合じゃねえのは分かってるけどよ」
“悪食の指輪”から、彼の相棒であるアリクレッドがニュッと顔を出す。かなり久しぶりの登場に不満そうな顔をするアリクレッドだが、今はそんな事態ではないと理解してはいたので、彼は黒煙の状態になって青年に触れた。
悪食の指輪は、黒煙が触れただけでも、触れた相手の魔力を吸い取る事が出来る。ゲームスコープの診断結果から魔力に異常があり体外に排出できないとあったので、この手段を使ったのだ。
徐々に、青年の呼吸が安定してきた。体の赤みも薄まり、出血も収まってきたようだ。そこで入間は適当な回復魔術をかけて、損傷しているであろう青年の内蔵を治療する。
「とりあえず、これで今すぐどうこうなることはないと思うけど、根本的な解決は何も出来てない。魔力を抜きすぎると、今度は衰弱死しちゃうかもしれないから、圧迫を減らす程度にしか抜き取っていないんだ。このままだと、また魔力暴走の影響で内から圧迫されるか、肉体的疲労でもそのまま衰弱死する可能性が高いと思う。王宮の書庫にあった本には、こんな症状は書かれてなかったんだけど……ユエとミレディとティオは何か知らない?」
王宮にいたころ、アリクレッドの助言でトータスの地理や一般常識、更には現在確認されている病気や治療法まで調べていたが、それのどれとも一致しない症状を見た入間は、知識の深いユエとミレディとティオに助けを求める。3人も記憶を探るように視線を彷徨わせるが、該当知識はないようだった。結局、原因不明の病としか言い様がないという状況だ。
「念のため皆も診察しておこう。未知の病だというなら空気感染の可能性もあるからね。まぁ、魔力暴走ならミュウの心配は無用だけどね」
そう言って、入間がゲームスコープで全員を調べたが特に異常は見当たらなかった。その為、おそらく呼吸するだけで周囲の者にも感染するということはないようだと、入間達は胸を撫で下ろした。
そうこうしていると、青年が呻き声を上げ、そのまぶたがふるふると震えだした。お目覚めのようだ。ゆっくりと目を開けて周囲を見わたす。
「こ、ここは……」
「目が覚めたみたいですね。突然で悪いですが、貴方には少し事情を説明してもらいますよ」
入間は青年に何があったのか事情を聞く。
青年の着ているガラベーヤ風の衣服や外套は、【グリューエン大砂漠】最大のオアシスである【アンカジ公国】の特徴的な服装だったと入間は記憶している。青年が、アンカジで何かに感染でもしたのだというなら、これから向かうはずだった場所が危険地帯に変わってしまう。是非とも、その辺のことを聞いておきたかった。
入間の言葉で正気を取り戻した青年は、自分を取り囲む入間達と背後の見たこともない白くて長い巨大な物体に目を白黒させて混乱していたが、入間から大雑把な事情を聞くと、入間達が命の恩人であると理解し、頭を下げて礼を言うと共に事情を話し始めた。
その話を聞きながら、どこに行ってもトラブルが付き纏うことに、入間はよもや存在そのものが害悪でしかない神に嫌がらせを受けているんじゃあないだろうな?と若干疑わしそうに赤銅色の空を仰ぎ見るのだった。
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