悪魔の孫は時の王者となって世界最強   作:MTHR

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今回も殆ど原作通りになっています。


51話 アンカジを救え

 未だ体内に異常事態を抱える青年は、意識は取り戻したもののまともに立つことも出来ない状態だった。砂漠の気温も相まって相当な量の発汗をしており、脱水症状の危険もあったのでデンライナーに招き入れ水を飲ませてやる。

 

 青年は、デンライナーを移動用のアーティファクトだと無理やり納得したものの、車両の快適さに違う意味で目眩を覚えていた。しかし、自分が使命を果たせず道半ばで倒れたことを思い出し、こんなところでのんびりしている場合ではないと気を取り直す。そして、自分を助けてくれた入間達と互いに自己紹介をした。

 

「まず、助けてくれた事に礼を言う。本当にありがとう。あのまま死んでいたらと思うと……アンカジまで終わってしまうところだった。私の名は、ビィズ・フォウワード・ゼンゲン。アンカジ公国の領主ランズィ・フォウワード・ゼンゲン公の息子だ」

 

 驚いたことに、ビィズと名乗った青年はとんだ大物だったらしい。アンカジはエリセンより運送される海産物の鮮度を極力落とさないまま運ぶための要所で、その海産物の産出量は北大陸の8割を占めている。つまり、北大陸における一分野の食料供給に置いて、ほぼ独占的な権限を持っているに等しいという事だ。単なる名目だけの貴族ではなく、ハイリヒ王国の中でも信頼の厚い屈指の大貴族である。

 ビィズの方も、入間達の冒険者ランクを聞き、目を剥いて驚愕をあらわにした。そして、これは神の采配か!といきなり天に祈り始めた。入間は少し呆れながら事情説明を促すと、ビィズは咳払いしつつ語りだした。

 

 ビィズ曰く、こういうことらしい。

 

 4日前、アンカジにおいて原因不明の高熱を発し倒れる人が続出した。それは本当に突然のことで、初日だけで人口27万人のうち3000人近くが意識不明に陥り、症状を訴える人が2万人に上ったという。直ぐに医療院は飽和状態となり、公共施設を全開放して医療関係者も総出で治療と原因究明に当たったが、香織と同じく進行を遅らせることは何とか出来ても完治させる事は出来なかった。

 そうこうしているうちにも、次々と患者は増えていく。にもかかわらず、医療関係者の中にも倒れるものが現れ始めた。進行を遅らせるための魔法の使い手も圧倒的に数が足りず、なんの手立ても打てずに混乱する中で、遂に、処置を受けられなかった人々の中から死者が出始めた。発症してから僅か2日で死亡するという事実に絶望が立ち込める。

 そんな中、1人の薬師が、ひょんなことから飲み水に“液体鑑定”をかけた。その結果、その水には魔力の暴走を促す毒素が含まれていることがわかったのだ。直ちに調査チームが組まれ、最悪の事態を想定しながらアンカジのオアシスが調べられたのだが、案の定、オアシスそのものが汚染されていた。

 当然、アンカジのような砂漠のど真ん中にある国において、オアシスは生命線であるから、その警備、維持、管理は厳重に厳重を重ねてある。普通に考えれば、アンカジの警備を抜いて、オアシスに毒素を流し込むなど不可能に近いと言っても過言ではないほどに、あらゆる対策が施されているのだ。

 一体どこから、どうやって、誰が……首を捻る調査チームだったが、それより重要なのは、2日以上前からストックしてある分以外、使える水がなくなってしまったということだ。そして、結局、既に汚染された水を飲んで感染してしまった患者を救う手立てがないということである。

 ただ、全く方法がないというわけではない。一つ、患者達を救える方法が存在している。それは、“静因石”と呼ばれる鉱石を必要とする方法だ。“静因石”は、魔力の活性を鎮める効果を持っている特殊な鉱石で、砂漠のずっと北方にある岩石地帯か【グリューエン大火山】で少量採取できる貴重な鉱石だ。魔法の研究に従事する者が、魔力調整や暴走の予防に求めることが多い。この“静因石”を粉末状にしたものを服用すれば体内の魔力を鎮めることが出来るだろうというわけだ。

 しかし、北方の岩石地帯は遠すぎて往復に少なくとも一ヶ月以上はかかってしまう。また、アンカジの冒険者、特に【グリューエン大火山】の迷宮に入って“静因石”を採取し戻ってこられる程の者は既に病に倒れてしまっている。生半可な冒険者では、【グリューエン大火山】を包み込む砂嵐すら突破できないのだ。それに、仮にそれだけの実力者がいても、どちらにしろ安全な水のストックが圧倒的に足りない以上、王国への救援要請は必要だった。

 その救援要請にしても、総人口27万人を抱えるアンカジ公国を一時的にでも潤すだけの水の運搬や【グリューエン大火山】という大迷宮に行って、戻ってこられる実力者の手配など容易く出来る内容ではない。公国から要請と言われれば無視することは出来ずとも、内容が内容だけに一度アンカジの現状を調査しようとするのが普通だ。しかし、そんな悠長な手続きを経てからでは遅いのだ。

 なので、強権を発動出来るゼンゲン公か、その代理たるビィズが直接救援要請をする必要があった。

 

「父上や母上、妹も既に感染していて、アンカジにストックしてあった静因石を服用することで何とか持ち直したが、衰弱も激しく、とても王国や近隣の町まで赴くことなど出来そうもなかった。だから、私が救援を呼ぶため、1日前に護衛隊と共にアンカジを出発したのだ。その時、症状は出ていなかったが……感染していたのだろうな。おそらく、発症までには個人差があるのだろう。家族が倒れ、国が混乱し、救援は一刻を争うという状況に……動揺していたようだ。万全を期して静因石を服用しておくべきだった。今、こうしている間にも、アンカジの民は命を落としていっているというのに……情けない!」

 

 力の入らない体に、それでもあらん限りの力を込めて拳を己の膝に叩きつけるビィズ。アンカジ公国の次期領主は、責任感の強い民思いな人物らしい。護衛をしていた者達も、サンドワームに襲われ全滅したというから、そのことも相まって悔しくてならないのだろう。

 僥倖だったのは、サンドワーム達が、おそらくこの病を察知して捕食を躊躇ったことだ。病にかかったがゆえに力尽きたが、それゆえにサンドワームに襲われず、結果、入間達と出会うことが出来た。人生、何が起きるかわからないものである。

 

「……君達に、いや、貴殿達にアンカジ公国領主代理として正式に依頼したい。どうか、私に力を貸して欲しい」

 

 そう言って、ビィズは深く頭を下げた。車内にしばし静寂が降りる。窓に当たる風に煽られた砂の当たる音がやけに大きく響いた。領主代理が、そう簡単に頭を下げるべきでないことはビィズ自身が一番分かっているのだろうが、降って湧いたような僥倖を逃してなるものかと必死なのだろう。

 

 全員の視線が、リーダーである入間を向く。決断は入間に任せるということなのだろうが、ユエとアスモデウスとティオ以外は、皆、その眼差しの中に明らかに助けてあげて欲しいという意思が含まれていた。ミュウは、もっと直接的だ。

 

「パパー。たすけてあげないの?」

 

 そんなことを物凄く純真な眼差しで言ってくる。入間なら、何だって出来ると無条件に信じているようだ。ミュウにとって、入間は、紛れもなくヒーローなのだろう。そんなミュウの眼差しに、入間は「しょうがないな」と苦笑い気味に肩を竦めた。

 シアとティオとミレディは、そんな入間に「ふふ」と笑みをこぼし、アスモデウスとアメリは微笑んだ。入間がふと傍らのユエを見ると、彼女は……いつも通りだ。入間がどんな選択をしても己の全てで力になる。言葉にしなくてもユエの気持ちはっきり伝わった。

 入間は、そっとユエの頬をひと撫ですると、ビィズに向かって了承の意を伝えた。

 

 もともと、【グリューエン大火山】には行く予定であったし、その際、ミュウはアンカジに預けていこうと考えていた。いくら何でも、四歳の幼子を大迷宮に連れて行くのは妥当ではない。なので、大迷宮攻略ついでに〝静因石〟を確保することは全くもって問題なかったし、ミュウは亜人族の子であるから魔力暴走という今回の病因は関わりがないので危険もない。どちらにしろ、入間の道程の中で処理できる問題だった。

 

「イルマ殿が“金”クラスなら、このまま大火山から“静因石”を採取してきてもらいたいのだが、水の確保のために王都へ行く必要もある。この移動型のアーティファクトは、イルマ殿以外にも扱えるのだろうか?」

「まぁ、パスを渡せば誰でも使えますが……わざわざ王都まで行く必要はない。水の確保はどうにか出来るだろうから、一先ずアンカジに向かいたいんですが?」

「どうにか出来る?それはどういうことだ?」

 

 数十万人分の水を確保できるという言葉に、訝しむビィズ。当然の疑問だ。しかし、水は何も運搬しなくとも手に入る方法がある。それは、水系魔法で大気中の水分を集めて作り出すという方法だ。

 もちろん、普通の術師ではおよそ不可能だろうが、ここには魔法に関して稀代の天才がいる。そう、ユエとミレディだ。しかも、彼女達には魔力をすぐさま回復する手段も多数持ち合わせている。ビィズなりランジィなりがアンカジに残っている静因石をしっかり服用し体調を万全に整えて、改めて王国に救援要請をしに行くくらいの時間は十分に稼げるはずである。

 その辺りのことを掻い摘んで説明すると、最初は信じられないといった風のビィズだったが、どちらにしろ今の自分の状態ではまともに王国までたどり着けるか微妙だったので、引き返すことを了承した。

 

 砂漠地帯の空中に線路を生成して高速で走り出すデンライナーに再び驚きながら、ビィズは、なぜ海人族の幼子が人間族の入間をパパ、アスモデウスをお兄ちゃんと呼ぶのか、兎人族と和気あいあいとしているのか、なぜ黒髪の妙齢の女性は罵られて気持ち悪い笑みを浮かべているのかなど疑問に思いつつも、見えてきた希望に胸の内を熱くするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 赤銅色の砂が舞う中たどり着いたアンカジは、【中立商業都市フューレン】を超える外壁に囲まれた乳白色の都だった。外壁も建築物も軒並みミルク色で、外界の赤銅色とのコントラストが美しい。

 ただフューレンと異なるのは、不規則な形で都を囲む外壁の各所から光の柱が天へと登っており、上空で他の柱と合流してアンカジ全体を覆う強大なドームを形成している事だ。時折何かがぶつかったのか波紋の様なものが広がり、まるで水中から揺れる水面を眺めている様な、不思議で美しい光景が広がっていた。

 どうやら、このドームが砂の侵入を防いでいる様だ。月に何度か大規模な砂嵐に見舞われるそうだが、このドームのお陰で曇天の様な様相になるだけでアンカジ内に砂が侵入する事は無いという。

 

 入間達は、これまた光り輝く巨大な門からアンカジへと入都した。砂の侵入を防ぐ目的から、門まで魔術によるバリア式になっている様だ。門番はデンライナーを見ても少し目を見開く程度で、大した反応を見せなかった。

 アンカジの現状が影響しているのか暗い雰囲気で気迫も無く、どこか投げやり気味だ。尤も、デンライナーの窓際の席に次期領主が座っている事に気がついた途端、直立不動となり兵士らしい覇気を取り戻したが。

 アンカジの入場門は高台にあった。ここに訪れた者がアンカジの美しさを最初に一望出来る様に、という心遣いらしい。

 

 確かに美しい都だと、入間達は感嘆した。

 太陽の光を反射してキラキラと煌めくオアシスが東側にあり、その周辺には多くの木々が生えていてい非常に緑豊かだった。オアシスの水は幾筋もの川となって町中に流れ込み、砂漠のど真ん中だというのに小船があちこちに停泊している。町のいたる所に緑豊かな広場が設置されていて、広大な土地を広々と利用している事がよく分かる。

 北側は農業地帯の様だ。アンカジは果物の産出量が豊富という話を証明する様に、入間の目には多種多様な果物が育てられているのが分かった。西側には一際大きな宮殿らしき建造物があり、他の乳白色の建物と異なって純白と言っていい白さだった。他とは一線を画す荘厳さと規模なので、あれが領主の住む場所なのだろう。その宮殿の周辺に無骨な建物が区画に沿って規則正しく並んでいるので、行政区にでもなっているのかもしれない。

 

 砂漠の国でありながら、まるで水の都と表現したくなる……【アンカジ公国】はそんな所だった。

 

「これはまた……壮観だね」

「……ん。綺麗な都」

 

 思わず感嘆が漏れた入間に、ユエが同意する。他のメンバーも気持ちは同じ様で、息を漏らしている。

 

「でも、なんだか元気がないの」

 

 ぽつりと呟いたのはミュウだ。

 その言葉通り、その壮観さに反してアンカジの都は暗く陰気な雰囲気に覆われていた。

 

 普段はエリセンとの中継地である事や果物の取引で交易が盛んであり、また観光地としても人気のある事から活気と喧騒に満ちた都なのだが……今は通りに出ている者は極めて少なく、殆どの店も営業していない様だった。誰もが戸口をしっかり締め切って、まるで嵐が過ぎ去るのをジッと蹲って待っているかの様な、そんな静けさが支配していた。

 

「……イルマ殿にも、活気に満ちた我が国をお見せしたかった。すまないが、今は時間がない。都の案内は全てが解決した後にでも私自らさせて頂こう。一先ずは、父上の下へ。あの宮殿だ」

 

 一行はビィズの言葉に頷き、原因のオアシスを背にして進みだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「父上!」

「ビィズ! お前、どうしっ……いや、待て、それは何だ!?」

 

 ビィズの顔パスで宮殿内に入った入間達は、そのまま領主ランズィの執務室へと通された。衰弱が激しいと聞いていたのだが、どうやら治癒魔法と回復薬を多用して根性で執務に乗り出していたらしい。

 そんなランズィは、一日前に救援要請を出しに王都へ向かったはずの息子が帰ってきたことに驚きをあらわにしつつ、その息子の有様を見て、ここに来るまでの間に宮殿内で働く者達が見せたのと全く同じ様に目を剥いた。

 

 無理もない。なにせ、現在ビィズは、銀色のロボット──“オートバジン”に担がれているのだから。

 ビィズも衰弱が激しく、入間の処置で何とか持ち直し意識ははっきりしているものの、自力で歩行するには少々心許ない有様だった。見かねた入間がファイズウォッチを使ってバトルモードのオートバジンを呼び出して担がせたのだ。

 オートバジンに担がれながらという微妙に情けない姿でありながらも、事情説明を手早く済ませるビィズ。話はトントン拍子に進み、執事らしき人が持ってきた静因石の粉末を服用して完治させたビィズにミレディが回復魔法を掛けると、全快とまでは行かずとも行動を起こすに支障がない程度には治ったようだ。

 なお、完治といっても、体内の水分に溶け込んだ毒素がなくなったわけではなく、単に、静因石により効果を発揮できなくなったというだけである。体内の水分に溶け込んでいる以上、時間と共に排出される可能性はあるので、今のところ様子見をするしかない。

 

「それじゃあ行動開始だね。ミレディ、君って“廻聖”や“万天”は使える?」

「問題ないよ」

「よし、それじゃあミレディはシアと一緒に医療院と患者が収容されている施設へ。魔晶石も持って行って。領主、最低でも二百メートル四方の開けた場所はありますか?」

「む? うむ、農業地帯に行けばいくらでもあるが……」

「なら、ミレディとシア以外はそっちだね。シアは魔晶石がたまったらユエに持って来てやってくれ」

 

 入間がメンバーに指示を出す。入間達のやることは簡単だ。入間がビィズにやったのと同じように、ミレディがドレイン系の魔法“廻聖”を使って、患者たちから魔力を少しずつ抜きつつ、“万天”で病の進行を遅らせて応急処置をする。取り出した魔力は魔晶石にストックし、貯まったらそれをユエに渡して水を作る魔力の足しにする。

 入間は、貯水池を作るユエに協力したあと、そのままオアシスに向かい、一応原因の調査をする。分かれば解決してもいいし、分からなければそのまま【グリューエン大火山】に向かう。そういうプランだ。

 

 入間の号令に、全員が元気よく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、領主のランズィと護衛や付き人多数、そして入間、ユエ、ミレディ、ティオ、ミュウはアンカジ北部にある農業地帯の一角に来ていた。200m四方どころかその三倍はありそうな平地が広がっている。普段は、とある作物を育てている場所らしいのだが、時期的なものから今は休耕地になっているそうだ。

 未だ半信半疑のランズィは、この非常時に謀ったと分かれば即座に死刑にしてやると言わんばかりの眼光で入間達を睨んでいた。藁をも掴む思いで水という生命線の確保を任せたが、常識的に考えて不可能な話なので、ランズィの眼差しも仕方のないものだ。

 もっとも、その疑いを孕んだ眼差しは、ユエが魔法を行使した瞬間驚愕一色に染まった。

 

「“壊劫”」

 

 前方の農地に頭上に向けて真っ直ぐにつき出された右手の先に、黒く渦巻く球体が出現する。その球体は、農地の上で形を変え、薄く四角く引き伸ばされていき、遂に200m四方の薄い膜となった。そして、一瞬の停滞のあと、音も立てずに地面へと落下し、そのまま何事もなかったかのように大地を押しつぶした。

 凄まじい圧力により盛大に陥没する大地。地響きが鳴り響く。それは、さながら大地が上げた悲鳴のようだ。一瞬にして、超重力を掛けられた農地は200m四方、深さ5mの巨大な貯水所となった。

 

 入間がチラリとランズィ達を見ると、お付の人々も含めて全員が、顎が外れないか心配になるほどカクンと口を開けて、目も飛び出さんばかりに見開いていた。衝撃が強すぎて声が出ていないようだが、全員が内心で「なにぃーー!?」と叫んでいるのは明白だ。

 神代魔法を半分程の出力で放ったユエは、「ふぅ」と息を吐く。魔力枯渇というほどではないが、一気に大量に消費したことに変わりはなく僅かだが倦怠感を感じたのだ。ウルでの戦争時のように魔晶石からストックしてある魔力を取り出してもいいのだが、この後、【グリューエン大火山】に挑むことを考えれば、出来るだけ魔晶石の魔力は温存しておきたい。

 

 フラリと背後に体を倒れさせるユエだったが、体を支えようともがく仕草は見せない。自分からしたことであるし、そんな事をしなくても倒れないことはわかりきっているからだ。案の定、ポスンと音を立てて、ユエの体は入間の腕の中に収まった。

 ユエは嬉しそうに頬を緩め、入間の首に腕を回す。突然の不意打ちに顔を赤くする彼の身体を抱きしめて……

 

「……いただきm…」

「させるか!」

 

 頬をひきつらせる入間の首筋に噛みつこうとしたユエを、アメリが引き離した。

 ユエは不機嫌そうにアメリをジトーっと睨む。

 

「……アメリ、なにするの?」

「こっちの台詞だ馬鹿者!人前で吸血する奴があるか!」

「……魔力を補充しようとしただけ」

「私やイルマに交代すればいいだろう!少しは時と場所を弁えろ!」

「まぁまぁ…ユエ、アメリさんの言う通り、僕に任せてよ」

「……むぅ」

 

 入間にもそう言われてしまい、ユエは可愛らしく頬を膨らませた。

 

「……まぁ、最近血を飲ませる機会少なかったし、後で少しだけなら吸っても良いよ」

「……んっ!」

「「イルマ(様)!?」」

「吸うって何を?ユエお姉ちゃん、パパになにしようとしてるの?」

「ミュウよ、お主にはまだ早すぎるのじゃ」

 

 そんな下らないやり取りをした後、入間は一歩前に出て、グランドジオウウォッチを取り出して起動した。

 すると、オアシスの前に黄金のゲートが出現し、そこから【仮面ライダーフォーゼ・ベースステイツ】と【仮面ライダードライブ・タイプスピードミキサー】が召喚された。

 

 突然現れた仮面の戦士に再び驚愕するランズィ達を他所に、先ずドライブが一歩前に出て、胸に襷のように掛けられた灰色のタイヤの“ミキシングタンク”に貯蔵された特殊コンクリートを、発射機構“コンクリシューター”から発射。着弾と同時に硬質化するコンクリートが、貯水地の表面をガチガチにコーティングする。

 

 そして、次に前に出てくるのはフォーゼだ。フォーゼは、「23」と書かれたスイッチを取り出し、フォーゼドライバーの“ドリルスイッチ”と付け替えると、蛇口を捻る。

 

 

WATER ON

 

 

 電子音と共に、フォーゼの左足に巨大な蛇口“ウォーターモジュール”が具現化し、吐水口“シャワーポーリング”から放出された膨大な量の水が、一気に貯水池へと流れ込んだ。この貯水池に貯められる水の総量は約20万トン。ユエの魔法でさえ吸血や魔晶石による魔力の補給がなければ満タンに出来ない量だが、ウォーターモジュールはコズミックエナジーの供給が停止しない限り、無限に近い量の水を生成・放出し続けられる。攻撃力としてはユエの魔法が上だが、放出できる水の量はフォーゼが圧倒的に上だった。

 ほどなくして、200m四方の貯水池は、汚染されていない新鮮な水でなみなみと満たされた。

 役目を終えたフォーゼとドライブは、光の粒子となって消失した。

 

「……こんなことが……」

 

 ランズィは、あり得べからざる事態に呆然としながら眼前で太陽の光を反射してオアシスと同じように光り輝く池を見つめた。言葉もないようだ。

 

「取り敢えず、これで当分は保つ筈です。あとは、オアシスを調べてみて……何も分からなければ、稼いだ時間で水については救援要請すればいい」

「あ、ああ。いや、聞きたい事は色々あるが……ありがとう。心から感謝する。これで、我が国民を干上がらせずに済む。オアシスの方も私が案内しよう」

 

 ランズィはまだ衝撃から立ち直りきれずにいるようだが、それでもすべきことは弁えている様で、入間達への態度をガラリと変えると誠意を込めて礼をした。

 

 入間達は、そのままオアシスへと移動する。

 オアシスは、相変わらずキラキラと光を反射して美しく輝いており、とても毒素を含んでいるようには見えなかった。

 しかし…

 

「……ん?」

「……入間?」

 

 入間が、眉をしかめてオアシスの一点を凝視する。様子の変化に気がついたユエが入間に首を傾げて疑問顔を見せた。

 

「いや、何か、今、妙な気配ような……領主。調査チームってのはどの程度調べたんですか?」

「……確か、資料ではオアシスとそこから流れる川、各所井戸の水質調査と地下水脈の調査を行ったようだ。水質は息子から聞いての通り、地下水脈は特に異常は見つからなかった。もっとも、調べられたのは、このオアシスから数十メートルが限度だが。オアシスの底まではまだ手が回っていない」

「オアシスの底には、何かアーティファクトでも沈めてあるんですか?」

「?いや。オアシスの警備と管理に、とあるアーティファクトが使われているが、それは地上に設置してある……結界系のアーティファクトでな、オアシス全体を汚染されるなどありえん事だ。事実、今までオアシスが汚染されたことなど一度もなかったのだ」

 

 ランズィのいうアーティファクトとは“真意の裁断”といい、実は、このアンカジを守っている光のドームのことだ。砂の侵入を阻み、空気や水分など必要なものは通す作用がある便利な障壁なのだが、何を通すかは設定者の側で決めることが出来る。そして、単純な障壁機能だけでなく探知機能もあり、何を探知するかの設定も出来る。その探知の設定は汎用性があり、闇系魔法が組み込まれているのか精神作用も探知可能なのだ。

 つまり、“オアシスに対して悪意のあるもの”と設定すれば、“真意の裁断”が反応し、設定権者であるランズィに伝わるのである。もちろん、実際の設定がどんな内容かは秘匿されており領主にしかわからない。ちなみに、現在は調査などで人の出入りが多い上、既に汚染されてしまっていることもあり警備は最低限を残して解除されている。

 

「……へぇ。じゃあ、あれは何なんなんでしょうか」

 

 アンカジ公国自慢のオアシスを汚され、悔しそうに拳を握り締める姿は、なるほど、ビィズの父親というだけあってそっくりである。そんなランズィを尻目に、入間は首をかしげる。入間の気配関知には、魔力を発する“何か”がオアシスの中央付近の底に確かに見えていたのだ。

 あるはずのないものがあると言われランズィ達が動揺する。入間は“グレイトフル魂ライドウォッチ”を手にしてオアシスのすぐ近くまで来ると、右手を握りしめて二本の指を立て、顔の前に手を持っていき目を閉じる。

 次の瞬間、ウォッチから【フーディーニゴースト】【グリムゴースト】が現れ、2体のパーカーゴーストは驚愕するランズィ達を気にせずに、オアシスの中に飛び込んでいった。

 

シュバッ!

 

 その時、風を切り裂く勢いで無数の水が触手となって入間達に襲いかかった。咄嗟に、入間は弓矢を装備して無数の矢を放って迎撃し水の触手を弾き飛ばす。ユエは氷結させて、アスモデウスとティオは炎で即座に蒸発させて防ぐ。

 何事かと、オアシスの方を見たランズィ達の目に、今日何度目かわからない驚愕の光景が飛び込んできた。入間が呼び出したフーディーニゴーストとグリムゴーストが水面から飛び出してきて、フーディーニは鎖、グリムは緑色の紐を、空中に浮かんだ状態で引っ張ると、水面が突如盛り上がり、重力に逆らってそのまませり上がり、十メートル近い高さの小山になったのである。

 

「なんだ……これは……」

 

 ランズィの呆然としたつぶやきが、やけに明瞭に響き渡った。

 

 




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