原作通りな今回ですが、果たして原作と違ったハウリア族はどうなるのか……
眼下の八雲が流れるように後方へと消えていく。重なる雲の更に下には草原や雑木林、時折小さな村が見えるが、やはりあっと言う間に遥か後方へと置き去りにされてしまう。相当なスピードのはずなのに、何らかの結界が張ってあるのか風は驚く程心地良いそよ風だ。
そんな気持ちの良い微風にトレードマークのポニーテールを泳がせながら、眼下の景色を眺めていた雫は、視線を転じて頭上に燦々と輝く太陽を仰ぎ見た。
雲上から見る恵みの光は、手を伸ばせば届くのでは?と錯覚させるほど近くに感じる。雫は鬼の戦艦の後部甲板の上で手で日差しを遮りながら手すりに背中を預け、どこか達観したような、あるいは考えるのに疲れたような微妙な表情で空を仰ぐ。
「雫……ここにいたのか」
「光輝……」
雫に声がかけられ、雫がそちらに視線を向ければ、ちょうど扉を開いて光輝が顔をのぞかせているところだった。光輝は、そのまま雫の隣に来て、手すりに両腕を乗せると遠くの雲を眺め始める。
そして、ポツリと呟いた。
「これ……すごいな」
「そうね。……ホント、規格外を体現したみたいな人よね、鈴木君って」
当然、光輝が言っているのは鬼の戦艦のことである。しかし、その表情に感心の色はなく、どこか悄然としており、同時に悔しそうでもあった。
「みんなは?」
「鈴は先生や園部さん達と一緒にリリィと話してる。……鈴木は……イチャついてるよ。ブリッジでふんぞり返りながら……」
雫は、どこか棘のある光輝の物言いにチラリと視線を向けた。その横顔で、何となく心情を察した雫は、どうしたものかと苦笑いを零しながら頬をカリカリと困ったように掻いた。
「なによ、随分と不満そうね?鈴木君がモテているのが気に入らないの?」
「……そんなわけないだろ」
少し茶化すように声をかけた雫に、光輝がより不機嫌そうな表情になって素っ気なく返した。
「……こんな凄いもん作れて……滅茶苦茶強いくせに……なんであんな風に平然としていられるんだ。……なんで簡単に見捨てられるんだよ……」
「……」
どうやら光輝は、未だ入間が香織や恵里、トータスの人々を見捨てる判断をしている事に納得がいっていないらしい。これだけの力があるのなら、自分なら絶対世界を救うために神を倒すのに……と考えている事が、雫には手に取るようにわかった。
「……失いたくないものがあるのでしょうね」
「失いたくないもの?」
雫の呟くような返答に光輝が視線を雫に戻して問い返す。雫は、視線を遠くにやりながら、言葉を選ぶようにゆっくり語った。
「彼は……他の人に目を向ける余裕がなかったんじゃないかしら?自分にとって、絶対に失いたくない大切な物を守りたい。それが彼の戦う理由なんだと思うわ」
「……」
「彼も言っていたでしょ?力は使うものじゃなくて、求めるものだって。光輝が感じている“差”は、“力の差”じゃないわ。絶対に失いたくないもの為に掛けられる“覚悟の差”よ。……人々や世界を救うっていうのはとても立派な事だけど、同時にとても曖昧なものだわ。彼には、自分の守りたいものがハッキリとしている。世界の平和でも見知らぬ誰かの為でもない、もっと具体的で、もっと身近なものの為。その為なら、例え世界の全てを敵に回せる覚悟が、彼の強さの根幹だと思うわ。だから、力があるから何て言葉で彼は動かないわ。そんな理由で手に入れた力じゃないのだから」
「……よくわからない」
「う~ん。ちょっと違うかもしれないけど、ほら、ボクシングで世界王者になりたくて頑張ったのに、強いんだから街の不良を退治しろ!って言われるようなものって言えばしっくりこない?」
「む……そう言われると……でも、かかっているのはこの世界の人達の人生なんだぞ?」
半ば、意地を張るように反論する光輝に雫は眉を八の字にする。
「まぁ、困っている人がいたら放っておけないのは光輝のいいところではあるのでしょうけど……それはあくまで光輝の価値観なのだから鈴木君に押し付けちゃダメよ」
「……なんだよ、雫はあいつの肩を持つのか?」
「なに子供っぽいこと言っているのよ。ただ、人それぞれってだけの話でしょ?それに、忘れているわけじゃないでしょうけど、何だかんだで鈴木君はいろんな人を救っているわ。ウルの町もそうだし、愛ちゃん曰く、アンカジ公国も救っている。フューレンでは人身売買をしていた裏組織を壊滅させたらしいし、ミュウっていう海人族の女の子も救い出してお母さんと再会させたそうよ。……私達より、よっぽどこの世界の人達を救っていると思わない?」
「それは……でも、アイツは香織を助けるつもりはないんだぞ!」
「ッ!」
少し悲痛そうな表情をしながら、表情に影を落とした。香織の件は、未だに彼女の中で解決していない。王都で香織に裏切られ、インフィニットジオウから守ろうとした結果、より事態を悪化させてしまった事をアメリに指摘されたのは、雫の心に小さくない傷を作ってしまっていた。それを見て、地雷を踏んでしまった光輝はしまったと複雑そうな表情をする。
と、その時、今まで一定速度で飛行していた鬼の戦艦が急に進路を逸らし始めた。樹海までは真っ直ぐ飛べばいいだけのはずなので何事かと顔を見合わせる光輝と雫。
「……何かあったのか?」
「…………取り敢えず、中に戻りましょうか」
二人は、一拍おいて頷き合うと急いで艦内へと戻っていった。
雫と光輝が操縦室に入った時には、既に全員が集まって巨大モニターに映る映像に目を向けていた。本来の鬼の戦艦の操縦実は洞窟のような空間なのだが、入間の改造により近未来的な素敵空間に様変わりしていた。
「何があったの?」
「あっ、雫。どうも帝国兵に追われている人がいるみたいなの」
尋ねた雫に優花が答えた。その優花が指差したモニターには、峡谷の合間を走る数人の兎人族と、その後ろから迫る帝国兵のリアル鬼ごっこが映っていた。
雫が、そのディスプレイを覗き込めば、確かに、水の流れていない狭い谷間を兎人族の女性が二人、後ろから迫る帝国兵を気にしながら逃げているようだった。追っている帝国兵のずっと後ろには大型の輸送馬車も数台有って、最初から追って来たというより、逃がしたのか、あるいは偶然見つけた兎人族を捕まえようとしているように見える。
どうやら、入間達は、この状況を見て鬼の戦艦の速度を落としたようだ。本来なら無視するところなのだろうが、シアが同族ということで酷く気にしたので向かっているところなのである。
「不味いじゃないか!直ぐに助けに行かないと!」
光輝が、案の定、喚き立てた。ここは空の上だというのに今にも飛び出していきそうだ。
しかし、入間は急かす光輝には答えず、その眉を寄せて訝しげにディスプレイを眺めている。
「おい、鈴木!まさか、彼女達を見捨てるつもりじゃないだろうな!?お前が助けないなら俺が行く!早く降ろしてくれ!」
「ねぇシア、この人達って……」
「へ?……あれっ?この二人って……」
いきり立つ光輝を無視してシアに声をかける入間。シアも、よりズームされた映像を見て気がついたようだ。
「二人共、何をそんなにのんびりしているんだ!シアさんは同じ種族だろ!何とも思わないのか!」
「すいません、ちょっとうるさいんで黙っててもらえますか?……入間さん、間違いないです。ラナさんとミナさんです」
「やっぱり。……豹変具合が凄かったから僕も覚えてたんだよね。……こいつらの動き、表情……ふむ」
光輝は、自分の主張をシアにばっさりと切り捨てられて思わず口をつぐむ。
因みに光輝がシアを“さん”付けで呼んでいるのは、爽やかな笑顔で自己紹介と共に呼び捨てにした結果、「気持ち悪いから呼び捨てはやめろ」と言いいながら光輝をぶっ飛ばしたからである。そこへ、同じく勝手に呼び捨てにされてフラストレーションが溜まっていたアメリとミレディが光輝を蹴りつけたことで、光輝にはバビルの女性陣(呼び捨てにされても気にしないクララを含め)は全員さん付けで呼ぶことを確約させた。光輝はキレた女性の恐ろしさを初めて実感した。
そうこうしている内に、逃げていた兎人族の女性二人が倒れ込むようにして足を止めてしまった。谷間の中でも少し開けている場所だ。
それを見て、ハッと正気に戻った光輝が前部の甲板に出て行こうとする。距離はまだあるが、取り敢えず魔法でも撃って帝国兵の注意を引くつもりなのだ。
「まぁ、待っててよ。大丈夫だから」
「なっ、何を言っているんだ!か弱い女性が今にも襲われそうなんだぞ!」
キッ!と苛立たしげに入間を睨む光輝に、しかし、入間はフフンと笑うと、ディスプレイを見ながらどこか面白げな様子で呟いた。
「か弱い?まさか。あいつらは……“ハウリア”だよ?」
何を言っているんだ?と光輝が訝しげな表情をした直後、「あっ!」と誰かが驚愕の声を上げた。光輝が、何事かとディスプレイに視線を向けると、そこには……首を落とされ、あるいは頭部を矢で正確に射貫かれて絶命する帝国兵の死体の山が映っていた。
「……え?」
光輝だけでなく、ハウリア族を知らないその場の全員が目を点にする。その間にも、輸送馬車から離れて兎人族を追っていた部隊が戻ってこない事を訝しんだ後続が、数人を斥候に出した。
そして、その斥候部隊が味方の死体の山を見つけ、その中央で肩を寄せ合って震えている兎人族の女二人に、半ば恫喝するように何かを喚きながら詰め寄った。
彼等も、普段ならもっと慎重な行動を心がけたのかもしれないが、いきなり味方の惨殺死体の山を目撃した挙句、目の前にいるのは戦闘力皆無の愛玩奴隷。動揺する精神そのままに無警戒に詰め寄った。詰め寄ってしまった。
斥候の一人が兎人族の女のウサミミを掴もうとした瞬間、どこからか飛来した矢がその男の背後にいた別の斥候の頭部に突き刺さった。一瞬の痙攣のあと横倒しになった男の倒れる音に気がついて振り返る斥候。
その前で、恐怖に震えていたはずの兎人族の女が音もなく飛び上がり、いつの間にか手に持っていた小太刀を振るって、眼前の斥候の首をあっさり落としてしまった。
そして、もう一人の兎人族の女も、地を這うような低姿勢で一気に首を飛ばされ倒れる男の脇を駆け抜け、突然の事態に呆然としている最後の斥候の首を、これまたあっさり刈り取ってしまった。
まるで玩具のようにポンポンと飛ぶ首に、光輝達が「うっ」と顔を青褪めさせて口元を押さえる。リリアーナや愛子&愛ちゃん護衛隊達は、兎人族が帝国兵を瞬殺するという有り得ない光景に、思わずシアを凝視する。特殊なのはお前だけじゃなかったのか!?と、その目は驚愕に見開かれていた。
「いや、紛れもなく特殊なのは私だけですからね?私みたいなのがそう何人もいるわけないじゃないですか。彼等のあれは訓練の賜物ですよ。……入間さんとアメリさんが施したスパルタというのも生温い訓練によって、あんな感じになったんです」
「「「「「……」」」」」
全員の視線が一斉に入間に向けられる。その目は何より雄弁に物語っていた。すなわち「また、お前かっ!?」と。入間はスッと視線を逸らして口笛を吹いた。
その間にも事態は最終局面を迎える。後続の輸送馬車と残りの帝国兵達が殺戮現場に辿り着いたのだ。道を塞ぐようにして散らばる味方の変わり果てた姿に足が止まる帝国兵達。
まさか、何事もなかったように死体を踏みつけて先へ進むわけにはいかないし、何より動揺が激しいようでざわめいている。
そして、ハウリア族はその隙を逃さなかった。いや、全ては、その隙を作るための作戦だったのだろう。相手の帝国兵は残り十二名。対して両サイドの崖から飛び出したハウリア族は、いつの間にか姿を消していた先程の女性二人を入れてもたったの五名。しかし、帝国兵が、飛び出してきたハウリア族に対して明確な戦闘態勢をとったのは、三人の首が飛び、一人の眉間が矢で撃ち抜かれた後だった。
ハウリア族の猛攻は止まらない。流れる水のように、あるいは群体のように帝国兵に襲いかかる。
一人が正面から小太刀を振るい帝国兵が剣で受け止めた瞬間には、脇から飛び出した別のハウリア族があっと言う間に首を刈る。
帝国兵に正面から飛来する矢。初撃とは比べ物にならないほど遅く山なりに飛んできたそれを、見え透いているとばかりに切り払った瞬間、その帝国兵の矢を追う視線を読んでいたように、別の兎人族が死角から滑り込んで首を刈る。
雄叫びを上げて迫る帝国兵に、刈り取った兵士の頭部を蹴りつける。怒り心頭といった具合にその不埒なハウリアに視線が固定された瞬間、背後から突如現れた別のハウリアに首を刈られる。
右と思えば左から、後ろと思えば正面から、縦横無尽、変幻自在の攻撃に終始翻弄される帝国兵達。彼等の首が余さず飛ぶまで……そう時間はかからなかった。
「こ、これが兎人族だというのか……」
「冗談でしょ……」
「うさぎコワイ……」
鬼の戦艦の操縦室でそんな戦慄を感じさせる呟きが響く。
「練度が上がってる。サボってはいなかったみたいだね。……でも、まだまだだね」
唖然呆然とする光輝達を放って、入間は羽に魔力を送り、空間魔法を発動させ、光のゲートを作り出した。現場まではまだ五キロメートル程ある。ユエ達以外が目を丸くする中、入間は微動だにせずにスッと目を細めた。そして、静かに元を離した。
「ばちっ、こん!」
炸裂音と共に青い光を纏う黒紫の矢が空を一瞬で駆け抜けた。
そして、ちょうど馬車から飛び出てハウリア達を狙い魔法を発動しようとした帝国兵の頭蓋を寸分違わず消滅させた。帝国兵は馬車の中にもいたのだ。入間は伏兵が潜んでいることに気がつき、鬼の戦艦の上から狙撃したのである。
ディスプレイに、驚いたような表情で頭部を消失した伏兵を見ているハウリア族が映っていた。彼等は、すぐさま射線を辿って空高くを飛ぶ鬼の戦艦に気が付く。
普通なら、正体不明の飛行物体と、そこからの攻撃に警戒心をあらわにするものだろうが……次の瞬間には彼等の表情は喜色に彩られていた。
岩彼等は矢を放った者が誰なのか気がついたようだ。それも、当然といえば当然である。青とは、彼等が敬愛するボスを主張するイメージカラーのようなものなのだから……
少年にならって惚れ惚れするような敬礼を決めるハウリア族達。ディスプレイにデカデカと映ったその姿に、再びその場の全員が入間に視線を向けた。今度は、多分に呆れを含んだジト目で。何をしたら温厚の代名詞のような兎人族があんなことになるのだと、光輝達の目が無言の疑問を投げかけていた
「入間さん、入間さん。早く、降りましょうよ。樹海の外で、こんな事をしているなんて……もしかしたらまた暴走しているんじゃ……」
光輝達のジト目をスルーしてシアが入間を急かす。
ハウリア族は明らかに作戦を練って帝国兵の輸送部隊を狙っていたため、どうやら、樹海の外まで出張って帝国兵を殺すほど、また戦いに酔いしれて暴走しているのではないかと心配なようだ。
入間は、彼等の様子からそれはないだろうとは思っていたが、シアが憂い顔であることと、入間自身気になったため舵輪を動かして、鬼の戦艦を谷間に着陸させた。
入間達が谷間に降りると、そこにはハウリア族以外の亜人族も数多くいた。百人近くいそうだ。どうやら、輸送馬車の中身は亜人達だったらしい。兎人族以外にも狐人族や犬人族、猫人族、森人族の女子供が大勢いる。みな一様に入間達に対して警戒の目を向けると共に、見たことも聞いたこともない空飛ぶ船に驚愕を隠せないようだ。まさに未知との遭遇である。
「ね、ねぇシズシズ。鈴、あの亜人さん達みたいな顔、見た事あるよ。あれだよ、ほら、映画とかで宇宙人が宇宙船から降りてきた時の地球人の顔だよ」
「……正に、未知との遭遇という訳ね」
「宇宙人?妾は竜人じゃが?」
鈴のなんとも言えない表情での言葉に、雫が呟き、ティオが目をパチクリさせた。
と、そんな驚愕八割、警戒二割で絶賛混乱中の亜人族達の中からクロスボウを担いだ少年が颯爽と駆け寄り、入間の手前でザッ!と跪いた。
「お久しぶりです、陛下。再び陛下とお会いできる日を心待ちにしておりました。まさか、このようなものに乗って登場するとは…陛下の偉大さには頭が上がりません。それから先程のご助力、心より感謝致しますっ!」
「久しぶりだね。まぁ、さっきのは気にしなくていいよ。君達なら、多少のダメージを食らう程度でどうにでもできただろうし。……中々、腕を上げたじゃないか」
入間が笑みを浮かべてそう言うと、唖然とする亜人族達の合間からウサミミ少年と同じく駆け寄ってきたウサミミ女性二人と男三人が敬礼を決めつつ、感無量といった感じで瞳をうるうると滲ませ始めた。そして、一斉に踵を鳴らして足を揃え直すと見事にハモりながら声を張り上げた。
「「「「「「お褒めに預かり、光栄であります!!」」」」」」
谷間に木霊する感動で打ち震えたハウリア達の声。敬愛する陛下に、成長を褒められて涙ぐんでいるが、決して涙は流さない。入間、ユエ、アメリ、シアの四人は平然としているが、背後のティオやアスモデウス、光輝達と愛子達はドン引きである。ミレディとクララは面白そうにハウリアを見ていたりする。
「えっと、みんな、久しぶりです!元気そうでなによりですぅ。ところで、父様達はどこですか?パル君達だけですか?あと、なんでこんなところで、帝国兵なんて相手に……」
「シア様、どうか落ち着いてください。今、ここにいるのは我等六人だけでございます。色々、事情が込み入っており、詳しい話は落ち着ける場所に赴いてからお話致します。……それとシア様、私は今、“必滅のバルトフェルド”と名乗っております。これからはそう呼んでくださるようお願い致します」
「誰!?バルトフェルドってどっから出てきたのです!?ていうか必滅ってなに!?ラナさん達も注意して下さいよ!!」
ちょっと見ないうちに、忍者ウサギから中二台詞を吐く忍者ウサギに進化していたパル君(10歳)にツッコミを入れたシアは、ラナと呼んだハウリアの女性と他のメンバーにパルの厨二全開の名を改めさせるよう注意を促した。
だが、現実というのは常に予想の斜め上をいくものなのだ。
「……シア。ラナじゃないわ……“疾影のラナインフェリナ”よ」
「!?ラナさん!?何を言って……」
ハウリアでも、しっかりもののお姉さんといった感じだったラナからの、まさかの返しにシアが頬を引き攣らせる。しかし、ハウリアの猛攻は止まらない。連携による怒涛の攻撃こそが彼等の強みなのだ。
「私は、“空裂のミナステリア”!」
「!?」
「俺は、“幻武のヤオゼリアス”!」
「!?」
「僕は、“這斬のヨルガンダル”!」
「!?」
「ふっ、“霧雨のリキッドブレイク”だ」
「!?」
全員が凄まじいドヤ顔でそれぞれジョ○的な香ばしいポーズを取りながら、二つ名を名乗った。シアの表情が絶望に染まる。口から「うぼぁ」と奇怪な呻き声が漏れ出した。
どうやら、ハウリアの中では二つ名(厨二)ブームが来ているらしい。この分だと、一族全員が二つ名を持っている可能性が高い。ちなみに、彼等の正式名は、頭の二文字だけだ。
「う、うちの家族達が大変なことにぃ……!」
久しぶりに再会した家族が、ドヤ顔でポーズを決めながら二つ名を名乗ってきましたという状況に、口からエクトプラズムを吐き出しているシアの姿は実に哀れだったが、故郷で“主席キラー”だの“悪魔堕としのイルマ”だの二つ名を付けられまくっていた入間はこれは自分の魔改造のせいか?と考えたところで「ん?」とある情報を思い出し、シアに話し掛ける。
「シア、君って確か愛用の調理器具に名前着けてたよね。何て名前だっけ?」
「え?お玉の“タマーティアウス”と菜箸の“サイヴァシェルスタ”がどうかしましたか?」
「あぁ……血筋だね。この二つ名ブームは」
入間が納得したように頷くと、その会話が聞こえていたユエ達も皆「成る程」と心底納得したような表情を浮かべ、誰もがシアに生暖かい視線を向けていた。
しかし、そこでパルの方から流れ弾が飛んで来た。
「ちなみに、陛下は“碧海の
「……は?」
「陛下の二つ名です。一族会議で丸十日の激論の末、どうにかこの二つまで絞り込みました。しかし、結局、どちらがいいか決着がつかず、一族の間で戦争を行っても引き分ける始末でして……誠に勝手ながら、陛下に再会したときに判断を委ねようということになりました。ちなみに、私は“碧海の天災”派です」
「いや、何で最初から二つ名を持つことが前提になってるの?」
「ボス、私は断然“蒼天に舞いし狂飆”です」
「いや、話を聞いて。僕は……」
「何を言っているの疾影のラナインフェリナ。ボスにはどう考えても“碧海の天災”が似合っているじゃない!」
「ちょっと、いい加減に……」
「そうだ!海のように蒼く美しい魔力を光らせ、ありとあらゆる者を討ち滅ぼす様々な魔術を使いこなす様は、まさに“碧海の天災”!これ一択だろう!!」
「止めてっ!それ以上恥ずかしい解説はっ!!」
「待て、這斬のヨルガンダル。それを言ったら、あのトレードマークの蒼い髪と水色の服をなびかせて空を舞い、強力な武器を両手に暴風の如き怒涛の攻撃を繰り出す様は、“蒼天より舞いし狂飆”以外に表現のしようがないと、どうしてわからない!?」
「……」
入間の口からエクトプラズムが流れ出始めた。どうやら、余りにイタ恥ずかしい解説付き二つ名のサプライズプレゼントに精神の限界が来たようだ。仲良く揃って、正体不明のエネルギーを口から出す入間とシアの背後で、ブフッ!と吹き出す音が響いた。
「シ、シズシズ、ユウユウ、笑っちゃダメだって、ぶふっ!」
「す、鈴だって、笑って……くふっ…」
「厨二って感染する……のね、ふ、ふふっ」
「ねぇねぇイル君、今、どんな気持ち?手塩に掛けて育てた部下に痛々しい黒歴史作られるってどんな気持ちになるのぉ?ぶはっ!!」
入間がハッと我を取り戻して背後を見ると、雫、鈴、優花、ミレディの4人が肩を震わせて必死に笑いを堪えているところだった。全く堪えられていなかったが。
入間は、取り敢えず激論を交わし始めたパル達を魔術で飛ばした土塊でぶっ飛ばし、未だ小刻みに震えている4人に向かって恨めしげな眼差しを向けた。
「八重樫さん、貴女には後でスカートでランドセル背負った格好で一週間過ごさせます。勿論、撮影OKで」
「!?」
「谷口さん、貴女は僕の魔術で小人サイズにして過ごさせます」
「!?」
「園部さん、貴女には当分米料理禁止にします」
「!?」
「ミレディ、君は明日までにギャンブルに行く度に僕が立て替えたお金、全額返済してね」
「!?」
4人の笑いがピタリと止まり、表情には戦慄が浮かぶ。それがたとえ、理不尽極まりない八つ当たりだったとしても、入間が本気になったら彼女達に抗う術はないのだ。そして、入間の目は完全に本気だった。
「あの……宜しいでしょうか?」
地面でのたうつハウリア達をそそと避けながら、入間に理不尽だと猛抗議している雫達を尻目に、そう声をかけてきたのは足元まである長く美しい金髪を波打たせたスレンダーな碧眼の美少女だった。
耳がスッと長く尖っているので森人族ということが分かる。どこか、フェアベルゲンの長老の一人であるアルフレリックの面影があるな、と入間は感じていた。
「あなたは、鈴木入間殿で間違いありませんか?」
「ん?確かに、そうですが……」
入間が頷くと、金髪碧眼の森人族の美少女はホッとした様子で胸を撫で下ろした。
もっとも、細い両手に金属の手枷がはめられており、非常に痛々しい様子だった。足首にも鎖付きの枷がはめられており、歩く度に擦れて白く滑らかな肌が赤くなってしまっている。
「では、わたくし達を捕らえて奴隷にするということはないと思って宜しいですか?祖父から、あなたの種族に対する価値観は良くも悪くも平等だと聞いています。亜人族を弄ぶような方ではないと……」
「祖父?もしかして、アルフレリックの事?」
「その通りです。申し遅れましたが、わたくしは、フェアベルゲン長老衆の一人アルフレリックの孫娘アルテナ・ハイピストと申します」
「長老の孫娘が捕まるって……どうやら本当に色々あったみたいだね」
長老の孫娘と言えば紛れもなく森人族のお姫様ということであり、当然、その警護やいざという時の逃走経路・方法もしっかり確立してあるはずだ。それらを使用することもなく、あるいは使用しても捕まってしまったと言うなら、それだけ逼迫した事態に晒されたということだろう。
果たして、大樹にまで何かあったんじゃないだろうな?と、入間は顔をしかめて、益々、パル達から詳しい話を聞く必要があるなと視線を鋭くした。
その様子を、なぜかジッと見ていたアルテナの視線をさらりと無視して、入間はパル達に声をかける。
「皆。亜人達をまとめて付いてこさせて。ついでに樹海まで送ってあげるよ」
「はっ!あっ、申し訳ありませんが、陛下。帝都近郊に潜んでいる仲間に連絡を取りたいのですが、途中で離脱させて頂いてもよろしいですか?」
現在、入間達がいるのは帝都のかなり手前の位置だ。そんな場所で亜人族達の輸送馬車がいたということは、この輸送は樹海から帝都へ行くものではなく、帝都から他の場所へ向かう途中だったということだ。つまり、パル達は帝都に何らかの情報収集をしに行って、輸送の話を知り、追いかけてきたということだろう。
「ああ、それなら構わないよ。帝都から少し離れた場所で一緒に降ろしとくよ」
「有難うございますっ!おいお前達、 陛下が直々に樹海まで送って下さるそうだ! 帰還を望むものは付いて来い!」
10歳のウサミミ少年の張り上げた声に、大の大人も含めて亜人族達はビクっとなった。とはいえ、家に帰れると言われれば不安と恐怖はあれど期待してしまうもの。
亜人達は、パル達の先導に従っておずおずと歩き始めた。それを見て、入間達も鬼の戦艦に戻る。
「きゃ!」
と、その時、入間の近くで可愛らしい悲鳴が上がった。アルテナが、足枷の鎖のせいで躓いたようだ。わたわたと両手が宙をかき、咄嗟に、近くにあったもの──すなわち、入間の背中にしがみついた。
亜人族達が一瞬で青褪めて硬直する。帝国兵が相手だったなら、支え代わりにした瞬間、平手でも飛んでくるところだ。「なに許可なく触ってんだ、薄汚い獣風情がっ!」とか何とか怒鳴りながら。なので、アルテナもそうされるのではないかと、殴られる姿を幻視したのだろう。
しかし、入間がそんな低俗なことをするはずもなく……
「ん?……あぁ、そう言えば忘れてたよ。ゴメンね」
肩越しに振り返った入間は、自分の視線にビクッと身を竦ませたアルテナの手と足の枷を見て納得し、軽く謝罪するとスッとアルテナの前に跪いた。その事に、亜人族達がざわっと動揺したように騒めく。
「あ、あの……」
「いいから、ジッとしててね」
同じく、いきなり跪かれて動揺するアルテナだったが、次ぐ、入間の行為に更に動揺が激しくなった。
というのも、入間がアルテナの足に触れたからだ。正確には足枷だが、ビクンッと震えるアルテナ。未だかつて、男に跪かれた挙句足に触れられたことなどないので、動揺のあまり硬直しつつも目が泳ぎまくっている。
と、次の瞬間には、驚きで目が丸くなった。青い魔力光が迸ったと思ったら、音もなく足枷が外れたからだ。
入間は立ち上がると、今度はアルテナの両手を持つ。その時点で、入間が何をしているのか理解したアルテナは少し落ち着きを取り戻した。そして、再び迸った蒼い輝きに目を奪われる。
音になるかならないかというほど小さな声で「綺麗……」と呟く。最近、入間の魔力が研ぎ澄まされてきているのか、以前より鮮やかになっているようだ。
直ぐに外された手枷を放り捨てて、最後にアルテナの首筋に触れる。奴隷用の首輪が着けられているからだ。真剣な眼差しで、自分の首筋に手を這わせる入間に、なぜかアルテナの頬が熱を持った。
「これでよし。次は……」
あっさり首輪を外した入間は、同じ様に枷を付けられた亜人達に歩み寄り、流れ作業のようにポンポンと亜人達の枷に触れていき、三分も掛からぬ内に全員の枷に触れると、途端に亜人達に掛けられていた全ての枷が、最初から示し合わせたようにボロボロと外れて地面に落ちた。
「よし、これで全部だ。やっぱり自由な方がいいよね」
一人納得すると、何事もなかったようにくるりと踵を返す。
と、妙に自分に視線が集まっていることに気がつく入間。亜人族達は、不思議な者を見るような目で、アスモデウスとクララとハウリアは誇らしげに、光輝達はどこか複雑そうに、そしてユエ、アメリ、シア、ミレディ、ティオ、愛子、優花は呆れと鋭さの両方を含んだ眼差しでこちらを見ていた。
入間は、若干たじろぎながら「何ですか?」と尋ねる。
しかし、それに対して、若干頬を染めるアルテナの姿をチラリと見た女性陣の反応は……
「「「「「「「……別に(じゃ)(ですぅ)」」」」」」」
何とも冷たいものだった。
オリジナルが入ってくるのは、帝都に入ってからなので、現時点ではほぼほぼ原作通りです。
感想、評価お待ちしております。