ウマ娘編は、『馬、人の記憶があるライト(よそだとシマカゼタービン)』なのか、アフターザライトという1人のウマ娘(ウマソウル=アフターザライト(馬)+バスケ選手(レジェンド)の馬主+騎手及び関係者+ファンたちの思い)という感じのどっちでやるのかは特に決めていません。
なのでウマ娘編を本格的にやるときには全く違うかもしれないことをお忘れなく。
ただ1つだけ決めてるのは、ウマ娘編の主人公(そもそもアフターザライトにするか、他の4頭か別の誰か、トレーナー目線かもしれない、それすら未定)のウマ娘は、中央で走ることにも地方で走ることにも特に価値を見出してない、走るのよりはバスケとかその他のスポーツやったり走るにしてもトレイルランとかクロスカントリーやったほうが楽しいっていうタイプのウマ娘です。無価値だとか嫌ってるとかじゃなくて「他の事が好きだし走るのは別に良いか」ぐらいのノリ。母親は街のレースで凄い人だったって話は聞くし中央で活躍した祖母の話も聞くけどそれはそれみたいな。
そういう、ウマ娘ならレースで走るのが当たり前の世界観の中で、全く違う方面で鍛えてきたウマ娘がレースの外でどんな活躍をするのか、あるいは、レースを走るウマ娘やURAから見てどう見えるのか、そしてどうレースの世界に引き込まれて走っていくのかなどが見たいのでそういう方針にしてます(シマカゼタービンはほんと偉大やでえ)
『行けー!!』
『逃げ切れー!!』
『そこだ刺せーー!!』
大勢の観客の声が、たった16人しかいないターフに響く。
一周2000メートルの芝の上を走るのは、16人の少女たち。
ただの人間ではない。頭上についた動物の耳と、そして尻尾。『ウマ娘』という、人とと似て非なる少女たちが、ターフの上を人ではあり得ない速度で。
否。
(人の形してんのに速さは馬なんだよなあ。物理法則大丈夫かあれ)
観客席の前からスタートし、向正面を通ってぐるりと一周コースを周って再びスタンドの前でゴールする2400メートルのレース。本来東京レース場で行われるそれが、今。北海道のとある街で行われていた。
それを見つめる少女の瞳には、周りの観客たちにあるような熱はない。ただ純粋に、今行われているレースを観察している。そんな目線。隣で少女の手を握っている、少女と同じウマの耳を持つ母親が微笑ましげにレースを見つめているのとは対照的に、少女は少しばかり退屈げだ。
そうやって見ているうちに、長い最終直線で競い合っていた若いウマ娘たちが相次いてゴール板の前を駆け抜けてレースが終わる。
「あ! ライト、お隣のアイちゃん勝ったみたいだよ」
「凄いのか?」
「うーん、そうだね。アイちゃんが一番強かったってことだから、凄いことだよ」
少女、のその中に成熟した精神があることを知らない母親は、ウマ娘レースで重要視されるレースのグレードやコースのことなどを含めずに、目の前のレースで勝ったウマ娘を称える。
「そっか」
「後でおめでとうって言いに行こうね」
「うん。なあ、もう帰らない? 父さん帰ってくるんだろ?」
「帰ってくるって言っても夕方だからね。まだ時間あるよ?」
「でも家で待ってたいよ。帰ってくるの」
家に帰りたい、という娘に、母親は頭を撫でた後立ち上がった。
「それじゃ帰ろっか。ご馳走の準備、手伝ってくれる?」
「うん」
手を繋いだ母と子は、レースの熱と余韻でざわつく競馬場を出て、帰路についた。
******
こうしてまた生まれ変わって、6年ほど。今年から小学校に通い始めた俺の体は、なんの因果か3度めの生で初めて女になった。それも一度目、俺の精神を形作っている人間と、二度目、今の俺の記憶を形作っている馬の両方の特徴を持つ『ウマ娘』という種族の少女だ。
転生なんてファンタジーなことを経験しているので今更驚かないし、人間だった頃の記憶にはファンタジーで人間と獣の特徴を併せ持つ『獣人』なんていうのもいたという知識がある。ウマ娘というぐらいだから、『馬』の特徴を盛った人間ということだろう。
つい今母さんと見てきたレースもそうである。前世、前前世では『馬』という四足歩行の大きな動物が、人を背中にのせてレースを行っていた。それに対して、今世では馬という動物自体が存在せず、代わりにウマ娘という人の姿と馬の速度を併せ持つ種族の少女たち(なぜか性別的に雌しか存在していないという不思議な種族だ)が、きらびやかな服を着て、レースという形で競馬を行っている。もっともウマ娘レースでは賭けは行えないようだが。
「ライブ見なくて良かったの?」
「うん、別に」
代わりにウマ娘のレースでは、レース後にアイドルのようなライブを行っている。今日のレース後もそれはあったのだろうが、生憎と俺は興味が無かった。
「父さん今度はどれぐらいいるの?」
「1月ぐらいはいるって言ってたよ」
「ふーん」
父は、前世でもよく知っているあの人だった。知っている人物が父になっているというのは衝撃だったが、父が仕事の関係で家にあまりいないのもあって、今のところ記憶を思い出してから特にギクシャクすることなく過ごせている。
それはさておき。
ウマ娘という、人でも馬でもない種族に生まれてしまった今生だが、これまでの生で無かった新しい悩みが俺にはあった。
『俺は、何をすれば良いのか』という、人生に関わる大きな悩みが。
一度目の人生では、そもそも考えもしなかった、と思う。記憶的な記憶、つまり知識意外の記憶がもうほとんど薄れてしまっている人生だが、おそらく普通に人として何かやりたいことがあって、そして娯楽とかも楽しんで生きて死んだのだと思う。
二度目の馬生では、競争馬や競馬に対する知識が人生においてあったので、競走馬として成績を残して、周りに報い、走るという行為を俺自身ある程度楽しみ、そして死んだ。走るということを定められたのが馬生だった。
今生。俺は何をすれば良い。
何をして良いのだろう。
馬は、動物だった。家畜だった。人に飼われ、養われることで生を繋いでいた。だからこそ、人の指示に従い、思いを受けて走るのが定めだったし、俺自身そう思って走ることを楽しんでいた。
一方、ウマ娘は馬の特徴を持つが『人』だ。己の意思があり、やりたいことをやっていい。人権も保証されている。競走馬のように走らなければ馬肉なんてこともない。
だから、『ウマ娘には総じて走りたいという欲がある』としても、俺がそれに従う必要はない。そう思っても、周りのウマ娘に対する思いのようなものは、母の目を盗んでパソコンで調べたウマ娘に対する情報わかった。
『ウマ娘は走るもの』。
そういう認識が、世間一般には存在している。
けれど。
(別に……運動はしたいと思うけど、レースしたいとか全っ然思わないんだよなあ)
今生の俺が、馬だった時のようにレースを走りたいと、全く思えないことが問題だった。人生の知識によれば、そもそも俺は走るだけのスポーツとすら言えない競技が好きでは無かったらしい。前世では馬になった時点で競走馬の覚悟が出来ていたが、今生は改めて選ぶ権利が生まれたせいで悩んでいる。
そんな状態だ。
「ライトはバスケットしないの?」
「バスケット?」
「そう。お父さんから教えてもらったら?」
ふむ、と母の提案を考える。俺の前世の記憶や人格が戻ってきたのはここ1年ぐらい。つまり、父とこの人格で会うのは初めてだ。その俺が父にどう接するか、感じるか。実は俺にもわからない。電話越しに話したことがある程度だ。
でも、そうだ。
せっかくウマ娘という特殊な体に生まれたのだから、別にレースじゃなくても、良いんじゃないだろうか。
「うん、教えてもらう」
それが俺の出発点。ウマ娘なのに、レースよりも他のスポーツが好きな、アフターザライトというウマ娘の出発点だった。
β版の公開は第21話まで+αです。ライトの新馬戦の話や、+αに掲示板形式の話も入っております!
ファンボックスの説明記事のURLはこれ
https://amanohoshikuzu.fanbox.cc/posts/6347909
あと一応、これそれぞれの競走馬の名前も募集します。活動報告作るのでそちらにお願いします。
URLはこれ
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=300994&uid=363075
【取り直し】 現在書いているアフターザライトが本作の馬主の方の主人公の第一世代の馬になり、それ以降の世代に何頭も馬が登場していくことになります。馬主の持ち馬は全て架空馬です。 そのアフターザライトのデビュー年を何年にするかをアンケート取ります。デビューは2歳なので、デビュー年の翌年のクラシック世代に割り込んでいきます(勝つかは未定)。これによって史実馬の勝鞍が変わります
-
2歳で2014年デビュー
-
2歳で2015年デビュー
-
2歳で2016年デビュー
-
2歳で2017年デビュー
-
2歳で2018年デビュー
-
2歳で2019年デビュー
-
2歳で2020年デビュー