かなり暑くなってきた6月の下旬。
朝かなり早くから馬運車に乗って、競馬場らしき場所に運ばれてきた。
阪神競馬場の新馬戦、芝の1600メートル。それが俺が初めて走るレースだ。馬主様は、親父にずっと話しかけていたことがあるせいか、割と俺に対してもペットとかに対するように独り言っぽく話すのではなく普通に人間相手にするように話しかけてくる。
『ブルルル(正直外から見たらただのやべーやつじゃね?)』
馬相手にレースの場所から距離、俺の現在の調整具合とか細かく話すか普通。
「おっとと、どうしたライト?」
鞍を乗せられて、口取りをしている厩舎での厩務員のザッキー(矢崎)に引かれて進んでいく。厩舎では馬1頭1頭に担当の厩務員がいて普段の面倒を見てくれるのだ。馬主様や拓哉相手はともかく、厩舎に来たら一応仕事場だと思っているのでザッキーや調教師のガミー(戸上)相手には真面目にやっているし脱走もしないようにしている。
「今日のレースは、数が多いけどビビるなよー」
今更馬に囲まれたところでビビリはせんわ。
とは言うものの、正直多頭数と走るのがどうなるかはわかったものではない。生まれた牧場では親父としか走らなかったし、育成牧場では年上の馬に追いかけ回されるか、少頭数の群れを率いて走るばかりだったので、レースほどの数相手に走る感覚がわからないのだ。
というかそもそも自分の脚質なんかも理解できていなかったりする。牧場で追いかけっこをしていたときは先頭を走っていたが、あれは別に本気の走りではないし。
かと言って後ろから行く走りが一番得意かと言われても、実際にレースのように走ったことが無いのでわからない。
見る側はともかく走る側の素人からすれば、ずっと先頭をとばし続ける大逃げぐらいしか体力なんかのイメージがわかないし、そしてそのペースなんかもはっきりいってわかっていない。どれだけのペースでどれだけの距離飛ばせばバテるかなんて、自由にコースを走れない状況ではわからないから。
だがまあ、そこはあんまり心配していない。
なんのために、馬の背に人を乗せて走るのかという話だ。
パドックでは、見に来ている馬主様の方に視線をじっと送ってザッキーを慌てさせながら他の馬の様子や、掲示板に表示されているオッズを見る。100.3倍。ポッキリ百倍。
まあそらね……むしろドンケツじゃないことに驚くべきか、と思ったが、1頭小柄な俺から見ても更に小さい馬がいて、そっちが最下位人気になっている。俺これでも体重がなかなか増えないでまだ420キロしか無いんだけどな……前世で競馬を見ていた頃は300キロ代のアイドルホースがそれなりに走っていたりしたので、軽いからと言って一概には言えないのだろうが。
ついでに言えば、俺の血統がそもそもかなりのあれなので。父方はもはや途絶えていると思われたヒカリデュールの直系で、母方もまた産駒が全く走らなかったナリタタイシンが母父らしい。血統的に見て見るところが全く無いのだ。競馬はブラッド・スポーツという。血で紡がれた能力をいかに発揮させるかという競技だ。人間がスマホを使っているところをよく見かけるのでおそらく今は2010年以降だと思うが、それならばステゴ産駒かキンカメディープ、ハーツクライなんかの産駒が血統的な期待度大、といったところではないだろうか。
だがあいにくと俺は前世人間なもので。トレーニングと技術でひっくり返す人間のスポーツをやってしまっても、構わんのだろう?
ついでに俺に賭けてくれたお馬鹿さんたちに恩返しをしてやる。そう意気込んでいると、『止まれ』と合図が出されて足を止め、騎手が俺のところにもやってくる。
「池沿さん、よろしくお願いします」
「うん、勝たせてくるわ」
そう、俺の今日の騎手はなんと、あの『グランプリ男』池沿さんである。ちょうど調教で同じ厩舎の馬に乗りに来ていたときに俺を見かけ、調教で乗って気に入ってくれたらしい。そこから調教師と馬主様に頼み込んだというのだから、行動力のある人だ。
「よーし行くぞライト」
『ブルルル(指示頼むぞー)』
騎手にも上手い下手があるのは知っている。新人とかなら特に技術的に拙い可能性は高い。その場合俺が1人で走れるようになるべきかと考えていたのだが、この人が乗ってくれるならば心配無い、と安心した。
まあそれでも俺は俺自身でレースの仕方について考えるつもりではあるのだが。オペラオーが単独で馬群を割ったようなことがいつか必要になるかも知れない。騎手の指示をしっかり聞きつつ、どうしても訴えたいことがあるときには聞かない、という手段を取ろうと思っている。
『阪神競馬場の第5レース、2歳新馬戦、芝の1600メートル。まもなく発走時刻となります』
大外枠を引いた俺のゲート入りは一番最後。逃げをするなら不利な気もするが、さて騎手の指示はどうなるだろうか。
「良いぞー落ち着いてる」
『最後に大外枠、アフターザライトが収まりました。……スタートしました』
ゲートが大きな音を立てて開くと同時に前に勢いよく飛び出す。出してから下げることはできるが、後ろから逃げを狙うのはきついからな。
『バラバラっとしたスタート、好スタートを切ったのは13番アフターザライトですがそのまま下げます池沿騎手。前に出ていったのは6番タガノアラシ、10番セイウンクロエと7番グランカマラードが並んで追走……』
なかなかいいスタートが切れたと思ったが、池沿さんは俺に後ろからの競馬をさせたいらしい。厩舎で並走なんかもやったが、後から飛ばす方が楽だったかもしれない、程度の自分の認識なので、大人しく指示に従って最後方から2つ前の外側につけておく。後方2頭がすでに離れつつあるので、集団の最後尾についた形だ。
先行どころか差しですら無い追込の位置。なかなかおもしろいじゃないか。結局親父の本気の走りがどういうものかは見れなかったが、父父であるヒカリデユールも、母父であるナリタタイシンも最高方からの追込を武器とした名馬だ。まあヒカリデユールもナリタタイシンもレース映像は一個しか見たこと無いが。
「おーしおし、良い子だなお前」
中身人間入っとりますからね。わかる指示をしてくれればきっちり応えますとも!
『3コーナーから4コーナー、以前先頭は6番タガノアラシ、10番セイウンクロエと7番グランカマラードが続くという展開、一番人気1番ポルトドートウィユは後方集団の一角、1000メートルの通過タイムが1分0秒~1秒といったところ……』
コーナーではうちから1頭分外を周りつつも位置取りはあげない。もう少しあげても良い気もするんだが……まあ何かしら思惑があるのだろう。
『直線に向いて、依然タガノアラシが先頭、外からグランカマラードが並びかけてくる! 先頭粘るタガノアラシ、外からグランカマラードが前に出た! 1番人気ポルトドートウィユが追走! 更に間を割ってフェアラフィネとジューンロディ! そして先頭──大外、大外から、凄い脚──』
阪神競馬場外回りのコーナーはゆるく広く。カーブで膨らむことは殆どない。そこをつく指示に従って、直線に飛び出す直前から加速を始め、飛び出すと同時に大外に躍り出る。
前方に馬影なし! 視界良好! ぶっ飛ばしていこう!
『アフターザライト! 凄い脚! 一気に先頭、突き放す! 1馬身、2馬身リードでゴールイン!! タイムは1分36秒9。2番手7番グランカマラード、3番手に1番ポルトドートウィユ。12番人気アフターザライト、素晴らしい末脚で、人気を覆す走りを見せました!』
自由に飛び出した大外一気の直線がけ。ゴール前の登り坂も、軽い馬体重にそれなりの筋肉を積んだ今の俺にとってはむしろ周りを離すアドバンテージにしかならない。
「ナイス、ライト、いい脚だ!」
大外から先頭を差し切り、更に突き放したところでゴールイン。やはり騎手というのは馬に乗るのが上手い。調教助手と比べると非常に走りやすいのだ。首筋をガシガシと撫でてくれるその手に今後も応え無ければ。
そのままウイニングランで観客席の前へと戻ってくる。一瞬どよめいたのはブービー人気の馬が勝ったことに大してだろう。そしてその後拍手と歓声で迎えてくれる。
俺自身馬に夢を見讃えてきた人間だが。
夢を見せて讃えられるというのも悪くはない。このとき初めて、強くそう思った。
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「アフターザライトで新馬戦を勝った池沿騎手です。素晴らしい走りでした、池沿騎手」
「ほんとに、新馬とは思えない走りをしてくれました。調教から乗ってたんですけど、本当に良く指示を聞いてくれる馬で。特に末脚が強い感じしたので今日はそういう乗り方をしました」
「後ろから行く、というのは最初から決めていたんですか?」
「そうですね。アフターザライトはまだまだ成長すると思っているので、今日は今後のためにも彼の末脚を覚えさせる意味でも後方からの競馬をするつもりでした。調教のときから言うことを良く聞いてくれるので暴走する心配はしてなかったですけど、落ち着いていて良かったです」
「まだまだ伸びる馬だ、と」
「そうですね、はい。まだ小柄な馬ですが両親は平均以上あるそうですし。まだまだ大きくなってもっと早くなってほしいなと思います」
「最後、ファンに一言お願いします」
「応援していただいて、ありがとうございます。アフターザライトはいいところまで走っていく馬だと僕自身思っていて、オーナーと調教師にはこれからも乗せていただけるということで、次のレースが楽しみです。ファンの皆さんも応援お願いします」
ファンボックスでの先行公開ではダービーまで書き終えて半月ほどの休止期間に入っています。現状第33話+掲示板3つ+α
ハーメルンでもぼちぼち投稿していきます。
https://amanohoshikuzu.fanbox.cc/posts/6347909
他にもファンボックスではボツ案や雑に書いた文章なども公開しています。興味がある方は是非。
【取り直し】 現在書いているアフターザライトが本作の馬主の方の主人公の第一世代の馬になり、それ以降の世代に何頭も馬が登場していくことになります。馬主の持ち馬は全て架空馬です。 そのアフターザライトのデビュー年を何年にするかをアンケート取ります。デビューは2歳なので、デビュー年の翌年のクラシック世代に割り込んでいきます(勝つかは未定)。これによって史実馬の勝鞍が変わります
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2歳で2014年デビュー
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2歳で2015年デビュー
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2歳で2016年デビュー
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2歳で2017年デビュー
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2歳で2018年デビュー
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2歳で2019年デビュー
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2歳で2020年デビュー