父父の名で帰ってきた   作:アママサ二次創作

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第17話

 6月の下旬。初めて自分の馬が出走するということで、阪神競馬場の馬主席に朝から行く。すでにいる他の馬主の方々と軽く挨拶をする。その中で数名俺のことを知っている人がいて、以後よしなにと言ってもらえた。

 

 競馬のレースを見つつ英美里とポツポツ話していると、後から来た馬主の方が挨拶をしにくる。

 

「こんにちは、大幸商事の笹井和人です」

「あ、こんにち、笹井さん?」

 

 挨拶をされて、席から立ってそちらを向き直ろうとした途中で、その名前と聞き覚えのある声に驚く。振り向いた先には、初老の男性が立っていて、俺の顔を見ると目を丸くする。

 

「君は、NBA選手の市宮司くん、だよね? 面と向かって顔を見るのは5年ぶりくらいかな」

「ええ、はい、お久しぶりです笹井さん。元になりましたがNBAの市宮司です。こちらはマネージャーを任せている川崎さんです。川崎さん、挨拶を」

「あ、はい! 市宮のマネージャーなどを努めています、川崎英美里です。よろしくお願いします」

 

 なんとびっくりの、俺の数少ない知人と言える人物であり恩人でもある笹井さんとの再会が、まさかの競馬場という落ちだった。実のところは今年の年賀状にでもアドレスをのせて連絡を取って、そこから会おうと思っていたのに。

 

「いや、しかし驚いたよ。まさかここで会うとは」

「俺も驚きました。それと、直接の連絡が取れなくなってしまってすいません。番号が変わってしまったもので」

「ああいや、構わないよ。元気な姿はニュースでも良く見れたからね。それに私も見ていたよ、君の動画サイトの日誌とやら」

「ほんとですか? いや、恥ずかしいな……」

 

 笹井さんは、俺がアメリカでまだGリーグに拾われることなく修行していた頃に世話になった方だ。世話になったというか、彼がいたから今の俺があるというか。端的に言えば、彼の伝手によって、俺はNBAのスカウト陣や選手に見てもらうことが出来、お眼鏡にかなって拾ってもらうことが出来たのである。それが無ければNBAに行くのは厳しかったのだろうと今ならばわかる。

 

 そんな大恩のある方だが、あくまで事業で渡米していた笹井さんとNBAの世界に踏み込んでからより一層バスケットに時間を費やした俺はなかなか会うことは出来ず。それでも数年に一度程度は俺の方から会いに行っていたし、毎年年賀状も出していたが、ここ5年ほどは俺のバスケ生活も終わりに向かうということで、顔を出すことが出来ていなかったのだ。

 

「ああ、でもそうか、君の故郷のことを考えると、馬主になっててもおかしくないか」

「まあ、そうですね。それが無かったら馬主になってなかったでしょうし」

「良いねえ、私も久しぶりに行こうかな」

「是非いらしてくださいよ。俺も長い間開けてたので案内出来るかはわからないですけど」

 

 元々笹井さんは北海道の方で、俺と同じ街出身の人と知り合いであり、そこから俺の故郷の牧場を知っていたし、競馬にも興味を持っていったらしい。俺が助けてもらえたのもその縁があったからだ。

 

「市宮くん、今日夜はなにかあるかい?」

「第5レースに自分の始めての馬が出走するのを応援したら後は特に無いですね」

「そうか、それだったら夜食事に行かないか? 私も第10レースを馬が走るんだけどね。その後は時間があるんだ」

「ああ、良いですね。是非ご相伴に預からせてください。彼女も一緒でも?」

「もちろん良いとも。彼女は彼の後継者かな?」

「資産運用はまだ彼に任してますけどね。彼女も色々と手伝ってくれて、頼りになりますよ」

 

 久しぶりの会話に、朝早くからレースを見ておこうかと思ったものの話が弾む。今日は大きなレースも無いということであまり馬主席に人が入っていなくて良かった。

 

「君、相変わらずお酒は呑まないのかい? もう現役は退いただろう?」

 

 朝からだがビールを口にしている笹井さんは、オレンジジュースを飲んでいる俺にそう問いかけてくる。

 

「笹井さんこそ、朝からビールですか」

「今日は仕事も無いからね。ゆっくりするに限るよこういう日は」

「酒は、飲んではみたんですけどね。この歳になって初めて飲むせいかあんまり美味しさがまだわからないんですよね」

「ああ、それは仕方ないね。けど安酒を飲んでないかい? 良い酒は全く違うよ。良ければ後に案内しようか?」

「是非お願いします。こう言うとあれですけど、馬主やってく以上はお酒の入る席もあるでしょうし、飲めないほどじゃないけど好まないのは問題かなと思ってて」

「そうだねえ。席によっては飲めたほうが良いことも多い。そちらのお嬢さんは飲めるかな?」

 

 我関せずと競馬場の方に視線をやっていた英美里は、声をかけられて慌ててこちらを振り向く。

 

「あ、はい。学生時代は良く飲んでましたので大丈夫です!」

「ははは、なら今日は上手い酒をご馳走させてもらうよ」

「いや、こちらこそご馳走させていただきたいぐらいなんですけど」

「気にするなと言っているだろう? 君が成功したならそれで満足だよ私は。今困っているというわけでもなし。まあいずれ、今度は競馬の話でも付き合ってくれれば満足だよ」

「それは付き合いますよ。俺だって競馬好きですから」

「それに、あれだろう? 君なにか建てようとしてるそうじゃないか」

「ご存知でしたか」

 

 ニヤリ、とこちらに視線を向ける彼は、俺とは違う世界でのし上がった怪物だ。俺の動きに注視していたというし、独自の情報網があるのだろう。

 

「なにか噛ませてもらえるなら、それで私は満足だよ」

「ははは、抜け目の無い方だ。俺としても聞いてもらえたら助かります。バスケットしかしてこなかったものですから」

「ならそれも食事のときに聞こうか。今はとりあえず、この再会を喜ぼう」

 

 

 

******

 

 

 

 しばらくは、のんびりと互いの思い出話だとかを話した。といっても主に笹井さんが俺のNBA生活を聞きたがったので、俺が話して彼が聞くという形が多かったのだが。それぞれの世界の裏側の話なんて入った人間にしかわからないものだし、純粋に興味と、後は商機があるかと見ていたんだろう。なお英美里は空気になっていた。まあ未だに偉い人には緊張するって言ってたし、何より馬主なんてNBA関係と比べても偉い人ばっかりだからな。

 

 そして一段落したところで、ちょうどよくライトのパドックの時間が近づいてきた。

 

「そろそろパドックの時間なので行ってきます」

「む、もうそんな時間か。ああ、待っているよ。いや、レースまで出走表を見ながらどの馬が君の馬か予想しておこうか」

 

 馬主用のパドックには、今パドックに愛馬がいる馬主しか入ることは出来ないので、笹井さんをパドックに連れて行って自慢することは残念ながら出来ない。まあ正直言うと今のライトの馬体は一般的に見て見るところがあまり無いので自慢しても伝わらないかも知れないが。

 

「あ、英美里さんもついてこれないからここで待っててもらえる?」

「えっ……?」

「馬主パドックは馬主しか入れないから」

 

 着いてこようと立ち上がった英美里さんが、『ここに置いていくの!?』という目で見てくるが、馬主席には連れていけないので大人しく待っていて欲しい。

 

「お嬢さん、君はどれぐらい競馬に興味があるかな?」

「え、は、私ですか!?」

 

 後ろから悲鳴のような声が聞こえるが、俺は無視してパドックへと向かった。

 

 

 

******

 

 

 

 パドックでは取り立てて何があるというわけでもなく。俺はライトの馬体があまり成長していないことをかなり気にしていたが、この時期にデビューする馬は大概がそうであるらしい。他の馬も、馬体は大きいものの筋肉が出来ていなかったり、なんなら今のライトよりも小さい馬すらいた。

 

「市宮くん、これ、血統を見たら1発だったね」

「ははは、明らかに異端ですからね」

「うん、これはねえ……この血が繋がってるなんてあそこしか無いじゃないか。もう少し『結構珍しい』ぐらいの血統だったら良かったのに」

 

 パドックから馬主席に戻ると、魂が若干抜けた英美里と、言葉と裏腹に楽しそうに笑う笹井さんが待っていた。

 

「1頭目はそいつ、っていうかそいつの父の子供って決めてたんですよ」

「父というと、このヒカリという馬の? 血統を見てかな?」

「いえ、シンプルに親父の方が好きで、馬主になれたらこいつの産駒を走らせようって思ってたんですよ。だから俺が馬主になる頃に生まれるように種付けしてもらってって感じです。親父の方は生まれるところを見てから一目惚れですね」

「一目惚れか。良いね、それなら私もわかるよ。あの牧場ってことは、父馬は中央や地方では走ってないのか」

「ですね」

 

 魂の抜けている英美里の背中を軽く叩いて気付けをしながら笹井さんとの競馬談義に入る。彼も、俺と同じ街出身の友人がいて深い交流があるということでこちらの事情を知っているために話しやすいのだ。

 

「しかし、走りそうかい? この血統で」

「実は結構良いんですよ、そいつ。まあまだ馬体の成長は全然なんですが素質はあって」

「なるほどねえ。いやしかしこの血統で走ったら本当に面白いよ。種牡馬入り出来たら、私も産駒を買わせてもらおうかな」

「種牡馬入りは俺がプライベートでもさせるつもりですよ。まあ競走馬を出すって言うよりは牧場に血を保存するっていう意味ですけど。笹井さんはどういう血統を買ってるんですか?」

「うーん、私もあまり血統では買っていないんだよね今は。それこそ馬主初めて1年ぐらいはバリバリ中央でやろうと思ってたんだけどね。ほら、君の街だと馬は地方にしか出さないだろう?」

「俺も詳しくはないけどそうみたいですね」

「君の街、というか私の場合は友人の牧場から馬を買いたかったし、そうして訪問しているうちにもっと夢を見始めてしまってね」

「というと?」

 

 俺の問に笹井さんは、ニヤリ、と笑う。

 

「私の手で、オグリキャップとメイセイオペラを育てたい」

「それは……」

 

 笹井さんが言っているのはつまり、地方から中央移籍で活躍する馬(オグリキャップ)地方所属で中央G1を取る馬(メイセイオペラ)を育てたいということだ。

 

「ついでに言えば、あの街の考えに賛同してね」

「地方競馬を盛り上げる、ってことですか」

「鋭い! そう、私はそれをやりたいんだよ。もちろん地方のレベルが上がることで強い馬がどんどん出て、その中から私がオグリキャップやメイセイオペラの再来を育てたいっていうのもあるけどね。元々私は逆張りとか下剋上が好きなんだ。明らかに弱いと見なされてた地方の馬が中央の馬を倒してくれないかなって。そう思って今は、ほとんど地方で馬主をしているよ。まあ中央でも馬主資格が失効しないように1頭は所持してるけどね」

「今日走る馬はその中央の馬ですか?」

「いや、今日走るのは九州の芝でかなり強かった馬でね。中央に移籍してきて今はめでたくオープン馬だよ」

 

 そんな話をしているうちに、いよいよライトのレースの発走時刻が迫ってきた。

 

「そう言えば、君の馬は池沿騎手に乗ってもらえるみたいだね」

「ありがたいことに、調教にいらしてたときにライトが別で調教しているのを目撃されたみたいで乗ってみたいと言っていただけました。ちょうど厩舎所属の騎手が怪我して調教師も騎手に悩んでいたそうで、これは都合が良いから乗ってもらおうと」

「ほう! ということは調教の内容が良かったってことかな」

「かなり良い評価を貰えて、気に入ったと。このままいい走りが出来ていれば池沿騎手のお手馬ですかね」

「池沿くんほどの騎手なら、G1でも申し分ないだろうね」

「後はどうやら後ろからの競馬を仕込んでみようというので、池沿騎手はそういうのが得意なのでそれも合ってると」

「おっ。ファンファーレだね」

 

 池沿騎手とは、ライトに乗りたいと直談判をされた際に少しだが話した。早い時期や一時ではなく、最後に最強だったと言われる馬に育ててくれとお願いもしてある。こういう言い方はあれだが、池沿騎手は去年まで乗っていたオルフェーヴルでクラシックもG1も勝っているので、無理に気負うことも焦りすぎることも無い、と願っている。

 

 そしていよいよレースの発走。馬主席にも場内アナウンスが響く。

 

『最後に大外枠、アフターザライトが収まりました。……スタートしました』

 

 ポンッ! というほどではないが、素晴らしいスタートを決めたライト。あいつは賢い馬らしく調教などにも従順だそうだが、ゲートを嫌わないというのもその一環らしく、おそらくスタートは得意な方になるだろうと事前に言われていた。

 

 そしてそのまま前を走っても良いのだが、ライトの一番得意な走りを覚えさせるため、ということで後ろへと下げる。

 

「下げたね」

「後ろから行きますよ」

 

 そしてそのまま後ろから3頭目の位置でコーナーに突入。曲がり始めはコーナーによりつつ、少しずつ外に出てコースを確保していく。

 

「大外一気か! 新馬戦でこれとは思い切ったね」

「いけっ、いけっ……!」

 

 笹井さんと英美里が声に出して応援をしてくれる中、俺は1人、ライトの走りをじっと、息を止めて見つめていた。

 

 そしてそのまま、外に飛び出したライトは障害のない直線を一気に駆けて、坂も難なく乗り越えて。先頭を捉えて2馬身離してゴールへと飛び込んだ。

 

「よしっ……!」

 

 止めていた息を吐き出して小さくガッツポーズをする。俺はどちらかというと感情を外に吐き出さないタイプなので周りで応援している馬主の方のように大声を出すことは無い。少なくとも今は自分の脳内麻薬がドバドバ出てハイになっているわけでもないので。

 

 それでも緊張で体が浮くような心地がして、ライトが先頭でゴールを駆け抜けた瞬間痺れるような心地がした。

 

「おめでとう市宮君。良い走りをする馬だね」

「ありがとうございます」

「おめでとうございます! ライトくん凄い子ですね!」

「ありがとう」

 

 なんというか、英美里は俺に着いてきてくれているのでライトと接する回数も多く、まるで自分の甥っ子が大会で優勝したぐらいの勢いを感じる。彼女も、俺の払っている収入的には馬主は普通に出来るが、したら1頭1頭を愛する良い馬主になりそうだ。

 

 他にも、周りの方々から称賛を受けてそれに礼を返す。馬主席の礼儀というべきか。勝ち馬のオーナーは、負けた馬のオーナーでも祝うのが通例で、俺も以前来たときに学んで他のレースでは祝うようにしている。

 

「いや……ほんとにいい走りをしてくれますね」

「馬を見る目があるね」

「改めて惚れ直しましたよ。いや、あいつの親父に惚れた結果あいつに惚れたようなところがまだありましたが、今回のレースであいつに惚れ直しました」

「ははは、レースの空気は、全く違うだろう」

 

 笹井さんの言葉に頷く。調教などでも走りは見ていたが、本気でゴールを目指す走りというのは、全く違う。練習をしているときのバスケット選手ち、試合終盤の研ぎ澄まされた選手が別物であるように。レースを走っているライトを、俺は今日、初めて知った。

 

「英美里ちゃん、口取り式行こう」

「え、私もですか?」

「口取り式は関係者も一緒に写真映れるから。映らない?」

「いいいい行きます!」

「そんな焦らんでも大丈夫だって。それじゃあ笹井さん、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

 さあ、まずは、全力で走ったライトをねぎらってやろう。

 

 そして同時に、ライトはまだまだ伸びる。むしろ成長の余地しかないのが現状で、それでも2馬身離して勝ってくれた。ここからライトがどこまで伸びるのか、俺も楽しみだ。

 

 




次は新馬戦の掲示板です。

【取り直し】   現在書いているアフターザライトが本作の馬主の方の主人公の第一世代の馬になり、それ以降の世代に何頭も馬が登場していくことになります。馬主の持ち馬は全て架空馬です。 そのアフターザライトのデビュー年を何年にするかをアンケート取ります。デビューは2歳なので、デビュー年の翌年のクラシック世代に割り込んでいきます(勝つかは未定)。これによって史実馬の勝鞍が変わります

  • 2歳で2014年デビュー
  • 2歳で2015年デビュー
  • 2歳で2016年デビュー
  • 2歳で2017年デビュー
  • 2歳で2018年デビュー
  • 2歳で2019年デビュー
  • 2歳で2020年デビュー
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