どうも。2週間近い移動を乗り越えたアフターザライトです。
「六さん、めっちゃ元気なんすけどこいつ」
「だなあ……拓哉、こいつズブいの?」
「いやあ、俺もちょっとわかんないっす。結構活発なんでズブいことはないと思うんすけどね。ストレス耐性高いのかな」
ここまで俺と一緒に移動してきた3人組。馬運車の運転を2人で担ってくれたロクさんとカズヒト、そして俺の隣に座ってずっとストレスを感じてないかと見ていてくれたタクヤ。おそらくは北海道の牧場からはるばる九州は宮崎の牧場までの輸送はそれだけの大事だったのだ。
「そういやお前よくカメラ構えてるな。レポート書くんか?」
「ちゃいますよ。ライトのオーナーから動画撮って送ってくれって指示来てるんすよ」
マジ? あの馬主さんそんなに俺の事期待してくれてるんか。これはしっかり競走馬やらんとな。
そう思っていたんだが。
『ああ゛ん? なんだお前見ない顔だな』
『なんだコイツ』
『チビすけだ! なんでちびすけがいるの?』
なんというか、この。
あっちでは親父と放牧されてたからまったく幼駒と関わっていなかった。
だから俺は知らなかったのだ。
幼駒とはつまり、人間で言うところのガキであるということを。
******
『おーい待たんかーい!』
『なんで追っかけてくんのお前は!?』
『なんか珍しいやついる!』
『お前もぉぉぉぉ!?』
まだついて2時間も経ってないんだけどおぉぉぉぉ!? てかお前ら2歳馬だろガタイが違いすぎるぞ!?
『待て待てー!!』
『待たんかわれぃ!!』
『いーやあぁぁぁぁ!!』
しかも1頭怖いぃぃぃ!!
「めっちゃ追いかけられてますね」
「だなあ」
隣の調教助手の言葉に応えつつ戸上は、目の前で繰り広げられる鬼ごっこにため息を吐いた。ここに来たのは、以前九州の地方競馬で調教師をしていたときの伝手で預かることになった幼駒の様子を確認するためだ。
今日運び込まれたばかりということで、ちゃんと見るならもう少し日を開けて馬が落ち着いてからの方が良かったのだが、今日は用事のついでに見に来ただけなのでタイミングが噛み合わなかったのは仕方が無い。
重い溜息が出てしまうのは、そんな預託依頼にもすがらなければいけないほど困窮しつつある厩舎のことだ。
今回なんて馬主と顔を合わせることすらなく電話だけで話を受けることになってしまった。馬主側にも事情があったのは聞いているが、それでも顔すら見せないのは失礼な話だ。大量にかかえている馬主ならともかく相手は馬主なりたての新人だという。
それでも、地方から中央へと移転して満足に預託を受けれていないうちの厩舎においては救いの手になる、かもしれない。送られてきた血統からしたらとても走ってくれるとは思えないが。
「あ、もう10分前ですよ」
「おう、行くか」
調教助手の加賀美に言われてもたれていた柵から立ち上がる。今日預かる馬を運んできたメンバーの中にその馬を世話していた者がいるらしく、一応タイミングが被ったので話だけ聞いておこうという形だ。
育成牧場の本舎の方に移動すると、こちらを確認して手を上げながら駆け寄ってくる相手がいてそれを待つ。
「こんにちはっす。牧牧場の志賀です。戸上厩舎の方ですか?」
「ええ、私が戸上です。そんでこっちが助手の加賀美」
「加賀美です。よろしく」
「よろしくお願いします」
互いに挨拶を交わし、ついでにメッセージアプリのIDを交換しておく。一昔前までは電話かメールだったのだが、付き合いが続く相手とはこうして繋がっておくと楽になるのだ。
「それじゃあ、早速で悪いんですが馬を見せてもらっても?」
「あ、そうっすね。案内します」
そう言って志賀と名乗った生産牧場の人間があるき出した方向は、何故か馬房ではなく放牧場ののぞける場所だった。
「あの、なんでこちらに? 馬房で休んでるんじゃないんですか?」
「あいえ、こっちで大丈夫です。あとこちらが無理にお願いする形になっちゃったんで、敬語は無しにしてもらえると気が楽っす」
「ああ、そう? ならそうするけど。大丈夫ってのは?」
「あー、ライトは、なんていうか……めちゃくちゃ輸送耐性タフネスだったみたいで」
「で?」
「馬房に突っ込んでも落ち着かなかったので放牧に出してもらってます」
「は?」
志賀の言葉に思わずぽかんとしてしまう。
「2時間前についたばっかりって聞いたけど」
「それであってるっす」
「1歳馬で輸送慣れもしてないよね?」
「してないっすね」
「それで放牧」
「はい」
「2週間かけて輸送してきたって聞いたんですけど……タフネス過ぎません?」
「だいぶ人懐っこい様子はあったので人間に対するストレスには強いとは思ってたんすけど、ここまで輸送に強いのは想定外っすね」
脅威の輸送耐性を示した馬に皆で恐れおののきつつ半信半疑になりながら向かった先。
未だに追いかけ回される1頭の馬がいた。
「ああ、めっちゃ追いかけられてる……」
「さっきからずっとだよ。何があったのかね」
「あ、いや、あの追っかけられてるのが、ライトです」
「……は?」
「え、いやこれ2歳馬の放牧だよね?」
「1歳馬がまだ集まってないらしくて、ライトはあっちだと仔馬同士の放牧が出来てないのでとりあえず慣らすために突っ込まれてる形です」
加賀美と志賀が話しているが、戸上はそれを無視して追われている馬に視線をやった。明らかに小さな馬体は、それがまだデビューには遠い1歳馬であることをしている。
しかし他はどうか。
速度では劣っているものの左右に急カーブすることで追手を躱す運動能力。先程から数分間ではあるが、追われ続けて足色の鈍らないスタミナ。そして曲がった直後に跳ねるように飛び出す加速力。
「加賀美ぃ」
「はい? なんですか?」
「おめえ、あれ見て何も思わんか?」
「え、はあ……1歳馬が追われてるならトラウマにならないかと心配になりますけど」
「いや……確かにそれもそうか」
「とりあえず呼んでみましょう。ライトーーー!」
志賀が呼びかけると、追われていた1頭が耳を動かし、直後にこっちに向かって突っ込んできた。追手の方は人間が見えたためか足が鈍ったが、それに気づいていないのか追われてた馬だけが突っ込んでくる。
「おいおい!」
「ぶつかる!」
戸上たちが制止にもならない声を上げる中、志賀だけが数歩柵から離れていた。そこに向かって突っ込んできた馬の馬体が宙を舞う──!
「なっ!」
「と、飛んだ……」
『ブルル、ブヒンブヒン!(何あいつら! めっちゃ追っかけてくるんだけど! なんで!?)』
「おーよしよし」
頭を突っ込むようにして擦り付ける馬のパワーを体でしっかり受け止めた志賀は、いつものことなのか普通にその頭を撫でていた。
「って脱走してんじゃねえか!」
「すんません、ちょっと落ち着くまで一旦このまま」
「俺牧場の人呼んできます」
加賀美がそう言って走っていった間に、志賀が頭を抱えるようにしながらその馬に話しかけていた。
「大丈夫か? あいつらもなーまだガキで好奇心があるんだろ。新しいやつが急に来たらそうなる。つってもそういうのは元気なやつだけだから、なるべく落ち着いたやつの陰に隠れると良い」
『ブルルル(えー、本当にござるか?)』
「ほい、落ちついたな?」
その後、慌てて出てきた牧場のスタッフに連れて行かれてその馬は再び放牧場にいれられたが、今度は追いかけていた彼らも飽きたのか追われることは無かった。
「……あれがうちに預けてもらえる馬だって?」
「ですね」
「いや……未調教であの動きすんのか」
「あ、いや……」
「なんだ?」
「あいつ、ずっと両親と放牧してたんですよ。それ自体はうちの方針なんですけど。そしたら父親の方が楽しくなったのか走り方とか教えてたみたいで」
「馬が教えた? ギャグじゃなくか?」
「追いかけっこしたり並走したり、後は跳び回るようあ動きしてる感じもあったので多分がちで教えてるなと」
「まじかよ……」
そう呟いた戸上だが、視線は牧草を食んでいる馬から外すことが出来ない。
「逸材、だな……」
「血統はあれですけど、馬体だけ見たらいいところ行きそうなんすけどね、っと失礼」
確かに今の段階であれならどこまで行くのか。早熟何ていうのがあるが、見る限り馬体は全く完成していないので熟していない段階であれだ。満ちればどうなるか。少なくとも条件馬で止まるような馬ではない。
久しぶりに自分のもとに来る素質馬に、戸上は高ぶる感情を抑えられなかった。
と。
「あの、戸上調教師」
「なんだ?」
「ライトのオーナーが今電話で話したいと」
「は?」
******
「ヘイツカサ! お前がスマホ見てるなんて珍しいな!」
「うっせーぞジャズ。俺だって連絡する相手ぐらいいるわ」
「は!? 連絡!? もしかしてやっとあんた彼女出来たのか!?」
「んでそうなる。ちげーよ。見てみろ」
準決勝に向けての練習の後。送られてきた動画を見ていると、若手有望株のチームメイトが話しかけてきた。ちょっとやんちゃで押しは強いが気のいいヤツだ。
「なんだ、馬……? 普通こういうのって猫とか犬じゃね?」
「いやちげーよこれ俺の馬」
「あんたの?」
「競馬って知ってっか? それで日本で走らせる馬だよ」
俺が動物の動画を見て癒やされてるとでも思ったのかずれたことを言ってくる。いやまあ確かに牧場の猫とか可愛いとは思うが。
「競馬? あれだろ、馬でレースするやつ。あれって賢い奴らがやることじゃねえのか?」
「アメリカは知らねえが日本はちげえよ。馬主、つまり馬の所有者は金出すだけでいい。後は馬鍛えるコーチとか背中に乗る騎手とかがやってくれる。専門家にお任せってな」
「へえー、楽しいのかそれ」
「人によるだろ。俺は生まれが牧場のある街でな。ガキの頃から馬見てきたから好きなんだよ」
「まじで? ただの畜生じゃん」
「お、喧嘩売ってるか?」
「あいや、ちげーけど……悪い、言葉間違えたぜ」
「まあ好きなやつにしかわからんよ。お前も見てみるか?」
口が悪いのにこういうところですぐ撤回出来るのは本当に良いやつだと思う。ジャズみたいにやんちゃで学が無いやつだとこういうところで退けないやつもいて、そういうときは一瞬険悪な雰囲気になってしまう。
「馬を?」
「それでも良いけど、走ってんのをだよ。お前動物撫でこ撫でこするようなやつじゃねえだろ」
「おもしれーのか?」
「人間の陸上見るよりは遥かにスリリングだぜ? 500キロある四足歩行の動物が時速70キロとかで走るんだ、近くで見たら心臓バクバクだぞ」
「ふーん……見てみようかな」
適当に話していたので、前向きの返答が帰ってきて思わず振り返ってしまった。
「マジ? 自分で言ってなんだけどお前そういうの興味ねえだろ」
「なんもかんも興味ねえからさ。バスケしてねえと何していいかわかんなくなんだよ」
「……急にシリアスになんなよ」
「いやあんた追っかけてたせいだからな!? このバスケギークが!」
「俺はちゃんと趣味あったから。あったけどバスケが一番だから封印してるだけだから」
「はたから見ててもそんなのわからねえよ」
「……まあ、興味あるなら連れてってやるよ。つっても俺アメリカの競馬はわかんねえけど」
「普通に見に行ったら良いんじゃねえの?」
「お前有名人だろうが騒ぎになるわ。まあ現役から馬主やるのはあんまいねえが、良いか。競馬ってのは金がかかる。馬っつう犬猫なんかより馬鹿でかい動物を飼う上に、それにコーチとか監督とかがつくわけだ。そんなもんだから、馬主になるには大金がいる。だから、競馬に興味のある金持ちってのは競馬やってる側からしたら絶対引き込みたい客なんだよ」
「お、おう?」
「だからな、俺が興味ある風にして競馬関係者のお偉いさんにお願いしたら競馬協会のスタッフかなんかが多分案内してくれるだろ。そこにお前を連れていけばいいって話なんだよ。日本ではな」
「なるほどな。 ん? 日本?」
「アメリカのそのあたりの組織がどうなってんのかわからねえんだよ」
日本に連れていってしまうわけにもいかないしな、と言いながら考える。運の悪いことに、去年馬主申請が完了出来なかったことでそういう伝手が一個も出来てない。競馬、特に馬産は海外との関係もあるのでそのあたりの伝手があれば多少は、とも思うのだが。
「マジで興味あるんだな?」
「お、おう。興味あるっつうか、興味持ちてえって感じだ。金貰ってるのに使い道もあんまわかってねえし」
「わかった。ならなんか探しといてやるよ」
「サンキュ」
と。そこで新たにメッセージが届く。タクヤから、これから調教師と会うが何か話しておくことはあるか、という内容だ。
「その馬、ってのはレースすんだろ? あんたの馬は強いのか?」
「ガタイが良いとかムキムキだとか手が長いみたいな、強そう、って要素はあるが、実際は走らねえとわからねえってのが競馬だ。まあ見た目どおりに行くことの方が多いけどな。だから俺の馬がどうかは、走るまでは俺にもわからん」
「じゃあなんでそいつを選んだわけ? 流石にくじ引いたわけじゃねえんだろ? 強いと思ったから選んだんじゃねえの?」
「こいつはちげえな。ガキの頃、こいつの親父と仲良くてな。競馬っつのはブラッド・スポーツなんて言われて、ようするに強い馬の子供は強い、って世界だ。そんで俺の友達だったそいつは、血の関係とか色々でそもそもレースに出してもらえなかった。それが俺には悔しくてな。だから絶対にそいつの子供を俺がレースに出してやるって思ったのよ」
「あーと、つまり?」
「ダチの子供が走ってるところが見てえ。それだけだ」
「そういうのもあるのかよ。レースで勝ちたいとかじゃねえの?」
「大半はそうだろうよ。でも中には、そうだな、競馬知らねえお前には難しいかもしれねえが、昔の強かった馬の子孫がレースに勝って、その血が更に繋がって欲しいって思うやつもりう」
「……理解出来ねえ」
まあそうだろうよ、と返しながら、タクヤに、時間がありそうなら調教師と電話で話させて貰えないかと頼む。
すると、少し後にメッセージが帰ってきた。
「俺やお前がバスケにかけてる情熱だって、同じ選手ですら理解しねえやつはいるだろ? それとおんなじだよ。こだわりなんてわからんやつにはわからんのさ。ちょっと電話するから黙っててくれよ」
「誰とだよ。つか今?」
「今。俺の馬のコーチがちょうど馬見に行ってくれてるらしいから、ちょっと挨拶をな」
「ふーん……」
ジャズが座り込んでスマホをいじりだした横で、俺も電話をかける。
『もしもし、調教師の戸上です』
「アフターザライトのオーナーをしている市宮です。直接お会いして話すことが出来ず申し訳ありません」
『いや……気にはしてますが事情があるのは理解しましたので』
「そう言ってもらえると助かります。そして改めて、こんな誠意に欠ける形でお願いして申し訳ありません。8月末までには一度厩舎の方に顔を出させていだたきますので」
『まだ馬はうちの厩舎にはいませんが』
「いえ、まずは遅ればせながらですが挨拶をと」
『そうですか……わかりました。こちらとしても新人のオーナー様とは顔を合わせて話したいので、そうしてもらえると助かります。それで、話というのはなんでしょう?』
「ライトのことについて、のつもりだったのですが。方針など話し合うのは対面の方が良いでしょうか」
『そうでしょうな。こういうのは信頼関係も大事ですから、やはり顔を合わせて話を聞いていただき聞かせていただけると良いかと』
「わかりました。でしたら方針はその時ということで。ひとまず、ライトをよろしくお願いします」
『……』
「もしもし?」
元々こっちがかなり失礼なことをしていると理解はしていたが、通話の向こうが黙ってしまったので何か粗相をしたかと心配になる。
『オーナーさん』
「はい」
『正直に言えばね、顔も見せない新人馬主なんて私は信用しておらんのですよ』
「それは、理解しています」
『ですがね、あんたには感謝もしている』
「はあ?」
『このライトっつう馬、ここまで幼駒から素質を見せてる馬を私は初めて見ました。こんな馬を見れるのは調教師冥利につきますよ』
「……」
『ですので、一度あなたとは面と向かってしっかり話したいと思っております』
「……ありがとうございます。絶対に伺わせて頂きます」
改めて調教師の戸上さんに感謝を伝えて電話を終える。
「何の話だったんだ?」
「馬のコーチに、うちの馬をよろしく頼む、ってな」
「金は払ってんじゃねえのか?」
「金がかかる世界になるほどなあ、金だけじゃすまなくなんだよ。互いのことを知ってるか、信頼してるか、信用しているか。そういうのが大事になる」
「……まじで? そんなだりいの?」
「お前面倒みんのに1日20時間かかって1月3000ドル払わせるようなもんを、ちゃんと金払うかもわからねえ相手から預かれるか?」
「んなのごめんに決まってんだろ」
「そういうことだよ。俺はお前がきっちり決めると知ってるからパスを出す。けどそれはお前のスタッツを見たからじゃねえ。一緒にプレーして練習で合わせて終わった後にこうやって話して、それでこいつは信頼出来るなと思ってパスを投げてる」
「スタッツ見てよけりゃあ良いだろ」
「バスケならそれはたった2点、多くても10点ですむけどな。競馬でそれやると数千数万ドルが軽く吹っ飛ぶ上に馬の命もかかる」
「……そりゃあ自分の目でみないと賭けられねえか」
「よっぽど周りから認められてるなら別だけどな。さ、飯行くぞ」
今度こそ残り僅かなプロ人生。最後にもう一度、きっちり決めきりたいものだ。ついでに後輩どもに背中を見せてやれれば、なおのこと良い。
【取り直し】 現在書いているアフターザライトが本作の馬主の方の主人公の第一世代の馬になり、それ以降の世代に何頭も馬が登場していくことになります。馬主の持ち馬は全て架空馬です。 そのアフターザライトのデビュー年を何年にするかをアンケート取ります。デビューは2歳なので、デビュー年の翌年のクラシック世代に割り込んでいきます(勝つかは未定)。これによって史実馬の勝鞍が変わります
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2歳で2014年デビュー
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2歳で2015年デビュー
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2歳で2016年デビュー
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2歳で2017年デビュー
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2歳で2018年デビュー
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2歳で2019年デビュー
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2歳で2020年デビュー