「それでは、本日の対談は以上となります。お二人共お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした。今日はありがとうございました」
雑誌の記者さんの言葉に頭を下げる。
俺、市宮司は本日、東京にやってきていた。改めて完全に現役を引退した身ではあるが暇ではない。いや、むしろ現役を引退し、バスケットに全ての時間を費やすことが無くなった今だからこそ、雑誌の取材やテレビ番組の出演など現役時代に断っていた多くの仕事に駆り出されている。
今日も今住んでいる北海道の実家から飛行機で飛んできて3日目だ。CMの撮影とかテレビ出演とか色々色々……。疲れる。まあバスケットの人気が高まるならなんでも良いが。
「瀧さん、今日はありがとうございました」
「いえこちらこそ、色んなことを学ばせてもらいました」
その中でも今日は、日本の様々なトップアスリートだったベテラン達が今後のスポーツ界について語り合うという雑誌企画の第三段として対談に参加させてもらった。
「ときに市宮さん、この後何かご予定ありますか?」
「いえ、今日はこれで終わりですね」
「そうですか。でしたらこの後、食事でもどうですか?」
対談の相手だったのは、まさかの競馬のレジェンドとも言われる瀧裕ジョッキー。対談の直前まで互いに相手は秘密とされいて、ここ数日牧場に通い詰めていたタイミングでのこの相手に、牧場通いが縁を呼んだのかと思わず笑ってしまった。
「是非お願いします。といっても僕はあんまり東京には詳しく無いんですが」
「ああ、それなら僕がいい店を知ってるので案内しますよ」
対談が終わった後。今後の馬主活動や馬に関する活動もあるので、自分の馬に乗ってもらうかどうかはともかく仲良くなっておきたいなと思っていたら、向こうの方から食事に誘ってもらえたのでありがたくご一緒させてもらう。
軽い雑談をしつつ、スタジオから徒歩5分でつく料亭に移動して個室に入る。俺はこれまでバスケに全振りしていたせいでこういう関わりもほとんど持っていなかったのであまりこういう場所には詳しくない。以前スポンサー企業の役員に連れてきてもらった時以来だろうか。とはいえ馬主としての活動をしたり、それ以外にも事業を広げていったリする際には人付き合いもたくさんあると思うのでしっかりと学んでおかなければならない。
「なかなか良い店ですよここは。落ち着いた会話も出来ますし」
「あ、いえ、すいません。さっきも言った通りバスケットに集中しすぎて人付き合いというものをしてこなかったものですから、こういう場所は珍しくて」
部屋の中をキョロキョロと見ていると瀧さんにそう声をかけられてしまう。
「人付き合いが苦手というわけでは?」
「いえ、いえ。そういうわけでは。これまでは機会が無かっただけですので。幸い僕の場合は過去の成績もあって話を聞いてもらえる場合が多いですからつかみも問題ないですし。ただ初めての相手だと、どこまで丁寧に話せば良いのか測りかねていまして」
こういう立場になって色々考えると、コネというか、そこまで利用できないにしても人脈という人とのつながりはかなり大事なものなのだなと思うわけだ。そういうのの中で積み上げられる経験というのもあるだろう。
「そうですか。じゃあまず、もうちょっと砕けた感じでも大丈夫ですか? あんまり堅苦しいと息が詰まっちゃうから」
「ありがとうございます。そのあたりも、まだ勉強しないといけないんですよね……。向こうだと敬語なんて無いもんだから日本に帰って来てから加減がわからなくててんやわんやですよ。あ、流石にこれ以上砕けるのは無理ですよ? 瀧さんの方が年上なので自分なりの最低限です。むしろ瀧さんは敬語も無しにしてくれたほうが気分的に助かります」
「そうかい? それじゃあお言葉に甘えてこの場はそうさせてもらおうかな。あまり他所でまではそうもいかないけどね」
自然と誘導してくれた瀧さんには頭が下がる。俺は話し初めてしまえば話せるとはいえ、例えば敬語の程度であるとか距離感だとか、そういうところをうまく合わせるチューニングのような作業があまり得意ではないのだ。
「やあ、それにしても、凄いね」
「というと?」
「その歳で、あそこまで未来を見ているというのがね。いや馬鹿にしてるわけじゃないよ。アスリートは大抵その時の自分に必死な人が多いから。今回の企画でも、第一段第二段で引退した若手さんを呼んだらしいけど、うまく盛り上がらなかったらしくて」
「ありがとうございます。こればっかりは性分ですかね。もともとバスケットの道に進むことを決める前は別の道に進むことを想定してたのでそっちの関係で考えてました」
「高校生の頃にバスケットにはまったんだよね?」
「そうですね。高校で都会の学校に進学してそこで部活で初めてやって。気がついたらやめられなくなってました」
食事を待つ間、そんな当たり障りのない会話が続く。
「その前は何を目指してたんだい?」
「普通に大学まで進学して勉強して、故郷に戻るつもりだったんですよね。これがしたい、っていうのが明確には無かったので。ああでも」
「なんだい?」
言っても良いものだろうか、と悩んだが、相手は競馬界のレジェンドであるし構わないだろうと考えて口にする。故郷のことが表に出回っていないとはいえ、それは閉ざされているゆえに関わりが薄いからであって、守秘義務があるほどではない。
「漠然とした憧れ程度ですけど、馬主になりたかったですね」
「へえ? 詳しく聞いてもいいかい?」
「いや単純な話なんですけど、地元の牧場に一目惚れしたサラブレッドがいて。その時は子供だったのでそいつを走らせてやることは出来なかったですけど、そいつの子供を走らせたいなと子供ながらに思ってたんですよ」
「そういうことか。1頭のために馬主になろうということは、よほどいい馬だったのかい?」
その質問に応えようとしたところで扉がノックされ、食事が運ばれてきた。旬の食材をふんだんに使った和食メニュー。
一旦話を中断し、それぞれに食事に手をつける。
「おいしい……」
「だろう? 普段はこういうところには1人でも来たりしないのかい?」
「現役の頃は意図して栄養補給のためだけの食事にしていたのもあって、なんでも美味しいと思えるんですよ。なのであまり高級な店にはまだ言ったことが無くて。でも、これ食べるとまた食べたくなりますね」
「はは、本当にストイックだったんだね」
「故郷に帰るのをやめてバスケットを選んだときに、覚悟の形として決めたんですよ。プロになって引退するまでは生活の全てをバスケに捧げてほかは考えないって」
そこまでする必要があったかと言われると微妙だ。実際俺は15年間のNBA生活でトップクラスの選手にまでなれた。あるいは、多少緩めてもかなりいいところまでは行けただろう。
けれどあのときの俺はそれだけバスケに飢えていて、そして覚悟がガンギマリしていた。
「ところで、市宮くん」
「はい?」
「さっきの話の続きになるんだけど、本当に馬主になってみるつもりはないかい?」
瀧さんがそう切り出してきたのは、食事もほとんど終わろうというときだ。
「馬主ですか」
「うん。せっかく興味を持っていたなら、実際にやってみるのはどうかな。馬主を考えたということは、一応競馬自体にも興味があるんだよね?」
「まあ、そうですね。でもなんで俺なんです?」
元々馬主になるのは決めていたところではあるのだが、瀧さんが何を思って俺にすすめてきたのかが気になったので一応話を聞いてから説明することにする。
「はっきり言うと、市宮くんが馬や競馬に関心があって、そして馬主をするだけのお金を持ってるからだね」
「確かに、それはあてはまりますね」
「それにさっきの対談で色んなスポーツの発展を支援したいって言ってくれてたからね。競馬もスポーツであることを考えれば、芽はあるかなと思ってお願いしてるよ」
金持ちに対する馬主への勧誘のそれだ。とはいえかなりあけすけである。
「随分あけすけですね?」
「いや、うん。対談も含めて、色々と気を回しても市宮君は気づきそうだから、あえて正面から行ってみようと思って」
そういうことであれば納得だ。確かに自分は会話のときに裏の意図など色々と考えてしまう。というかこれはもう癖だ。人間関係をこじらせた高校時代から自然とやってしまっている。だからこそ、心置きなく話せる相手として先代マネージャーや英美里を雇ってるわけだし。
「競馬はどれだけファンがいても馬主がいないと成り立たないからね。今はクラブがあるからましになってるとはいえ、馬主の確保っていうのはいつの時代も欠かせないんだ」
「わかります。中央の馬主は少なくとも一般のサラリーマンじゃあ難しいですもんね」
「うん。そこまでわかってくれてるなら助かるよ。その点、この言い方だと金目当てに思うかも知れないけど勘違いしないで欲しいんだけど、プロスポーツ選手っていうのは実はかなり馬主に向いていてね。馬主と言っても馬の世話やトレーニングなんかはそれぞれの役割をする人がしてくれるから、君に手間を取らせることはない」
だから、どうだろうか。
なんて。聞かれたので、俺も本当のところを話すことにした。
「正直に教えてくれてありがとうございます。まあ実際、俺は普通のスポーツ選手と比べてお金もありますしね」
「うん」
「実のところ、馬主をやるつもりは最初からありましたよ。というか申請を昨日済ませてますし」
「え?」
そう言うと、瀧さんは驚いた顔をした後に笑い始めた。
「ははは、これは一本取られたね。元から馬主になるつもりだったのかい? それはまたどうして?」
「一個はさっき言った理由ですよ。俺が一目惚れした馬、そいつが生まれたときに俺が一目惚れしたのでまだ生きてるんですよ。そいつの子供が去年生まれてて、そいつを走らせたかったので。後は今年も当歳馬を数頭選んでって感じで」
「え、そうだったのか!? てっきりもうどこかで走ってる馬なのかと思ったよ。こういうと悪いかも知れないけど、出走しなくて良く今まで生きてたね?」
「うちの地元が結構特殊な牧場で……。それともう一個の理由は、元々馬が身近にあって競馬にもそれなりに関わってたので、稼いだら競馬に還元しようと思ってたんですよ。バスケットの方は僕自身のイベントとかでも盛り上げれますけど、競馬の方はやっぱり馬主がいて馬を買って走らせるのが一番ですから」
「いや……凄いね君。いきなりそこまで競馬のことわかってくれる人なかなかいないよ」
あいにくと、あの街で育ったやつはだいたい全員がそうだろう。競馬があそこまで身近な街というのも他に絶対ないと言い切れる。
「故郷がちょっと特殊な街でしたから」
「特殊……じゃあもう馬の目処は立ってるのかい? 後は厩舎や騎手なんかも。こういうとあれだけど、競馬はなかなか初見じゃあつなぎが取れない世界だから、もしあれなら僕から紹介しようか?」
「ありがとうございます。今1歳の1頭目だけ牧場の伝手でもう決まってて他は未定です。ただ、ちょっと……どうだろう」
「ん、何か問題があるのかい?」
「いや……なんて言うんですかね。血統がちょっと、普通の厩舎じゃ預かってくれるか分からない馬ばっかりですし、生産牧場もそうですし、そもそも地方で走らせるか中央で走らせるかも決まってないので」
「何頭かいるのかい?」
「さっき言った絶対に走らせたい子含めて、今は4、5頭ですかね」
そう応えると、瀧さんは何か少し考え込む。
「その馬は、君が全部選んだのかい? 調教師の人ではなく?」
「自分の目で見て選びました」
「そうか……」
少しどこかを見るような目をした後、改めて真面目な顔で俺の方を見た。
「いきなりこういうのは失礼かもしれない。でも、競馬関係者として言わせてほしい。普通初心者の馬主は、調教師と一緒にセリを見に行くんだ。馬主になったとはいえ馬そのものに関しては素人だからね。だから調教師が、馬主の予算を聞きつつ良い馬を探す。もちろん馬主の中には自分で走る馬を見つけるんだ、っていう人もいるけどね。でもそういう人は本当に少数なんだ。なぜかわかるかい?」
「馬主よりも調教師の方が馬のことをわかってるから、ですよね?」
「うん。わかってるのか……。とにかく、馬ってのは高い。それに加えて預託料で毎月何十万円もかかる。その分レースに勝たないと馬主としては赤字になってしまう。それで破産する人もいるぐらいだ。だからあまり自分の目を過信しすぎないように、と言いたいところなんだけど……その様子だと理解してるよね」
そう問われると返答に困る。理解はしている、が、そこを目的に競馬をやるつもりはない。とはいえ、それを説明して理解してもらえるとは思えない。
ならいっそ、見せてしまうのが良いだろうか。
「色々と理由はあるんですけど……説明すると長くなるんですよね」
「気になるから聞くよ? 今日は時間もあるし」
「いえ、それも良いんですけど。瀧さん、2、3日の休みとか取れますか?」
「……一応今週は平日オフだけど」
「なら、もし良かったら僕の故郷に来ません? 競馬関係者なら、まあ割と楽しめると思います。多分」
「え? 君の故郷に? 何かあるの?」
「さっきも言った通りかなり特殊なんですよ。あ、もちろん競馬関係の施設がありますよ。ただ口で説明するのも長いし正直聞いても信じがたい話だと思うので。ついでに僕の気になってる仔馬達も瀧さんから見てどうか聞いてみたいです。1歳の子はもう育成牧場に行ってるのであれですけど」
そう尋ねると、少し考えた後、瀧さんは顔を上げて笑いながらこう言った。
「君の馬に僕を乗せてくれるなら、考えようかな」
【取り直し】 現在書いているアフターザライトが本作の馬主の方の主人公の第一世代の馬になり、それ以降の世代に何頭も馬が登場していくことになります。馬主の持ち馬は全て架空馬です。 そのアフターザライトのデビュー年を何年にするかをアンケート取ります。デビューは2歳なので、デビュー年の翌年のクラシック世代に割り込んでいきます(勝つかは未定)。これによって史実馬の勝鞍が変わります
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2歳で2014年デビュー
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2歳で2015年デビュー
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2歳で2016年デビュー
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2歳で2017年デビュー
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2歳で2018年デビュー
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2歳で2019年デビュー
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2歳で2020年デビュー