え?一年後にメス奴隷にされるんですか?   作:胡麻野すり子

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5話

 

 隠し部屋に転がる惨死体を一瞥し、私は内心で作戦の成功を喜びました。

 

 私の立てた作戦はこうです。

 1.捕まったフリをして社長の元へ潜り込む。

 2.奇襲で皆殺しにする。

 

 まぁ奇襲は上手く行かなかったため社長をぶち殺すことは叶いませんでしたが。

 

「ちくしょうがよぉ。

 察しがいいオークがいやがったのは誤算だったなぁ」

 

「ですね。それがなければ近づいて首を刎ねられたのですが……」

 

 切っ先を社長に向けたまま、小さくため息をつきます。

 

「ほれ、鞘は返しとくぞ。

 んでもって、お次は……」

 

「ありがとうございます。

 それで次は……えぇ、鬼門ですよ」

 

 投げ渡された鞘を受け取り、一旦腰に差します。

 そして私は、視線だけを移動させます。

 

「さすがは市蓮家のお嬢様。剣の腕も一流ね」

 

 黒いベビードールに身を包んだ橙髪の少女が――屋田間繚花が、虚ろに笑います。

 その姿は、豊満な体型も合わさり、否応なしに性の欲望を掻き立てますが……。

 

「一瞬で幾度の突きを放ったのかしら?

 剣技で言えば、秋山凜子や獅子神自斎に並ぶんじゃない?」

 

「そう言ってもらえるのは嬉しいですが……過大評価が過ぎますよ。

 私は、彼女たちのような天才の足元にも及びませんから」

 

 …………身体が、重い。

 喉が乾いて、背筋に汗が垂れます。

 

 私は、対魔忍と戦うのが死ぬほど嫌でした。

 仲間だから、ではありません。

 やってられないから、戦いたくありませんでした。

 

 “対魔忍はすぐ罠にかかる頭の悪い集団”。

 転生した当初、私は対魔忍に対してそのような認識を抱いていました。

 が、それが不適切であったと、すぐに気づきます。

 

 彼女たちはすぐ罠にかかる馬鹿なのではありません。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 陵辱調教されるシーンのほうが多いため私たちは忘れがちですが、そもそも対魔忍はバチクソ強いのです。

 それこそオークみたいな化け物や銃火器を持った兵士と普通にやり合える……どころか一方的に殺せるくらいに。

 加えて、忍法とかいう異能まで使ってくるのだから始末が悪いです。

 

 光と同速の高速移動、超高火力の雷撃、防御無視の空間跳躍する斬撃、凍結する冷気……。

 少なくとも私は、こんな化け物連中と正面切って戦いたいとは思いません。

 

(……人は蟻を潰す際、どうやって潰すかは考えても、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 もっとも、蟻の隠し持った毒に手痛い反撃を食らうこともあるのですが。

 とはいえそれも、不意の隙間を縫ってようやく叶うことです。

 大抵は毒を刺す前に、力で踏み潰されておしまいですから。

 

(さて……私と彼女は、どちらが蟻で、どちらが人でしょうね)

 

 ふと見れば、安良木トウカの頬には汗が浮かんでいました。

 良かった。息が詰まるようなプレッシャーを感じているのは、私だけではなかったようです。

 

「……繚花先輩。退いてくれると、嬉しいのですが」

 

「そういうわけにはいかないわ。

 ご主人さまを守らないといけないから……」

 

「そ、そうだ! こ、こいつらをどうにかしろ!

 絶対に、私に近寄らせるな!」

 

「はい、かしこまりました……」

 

 腰を抜かした社長が上ずった声で命令すれば、繚花先輩は従順に頷きます。

 そんな彼女の胸元には、拳大の脈打つ肉塊がへばりつき、蠢いていました。

 

「……その肉の塊で、繚花先輩を操っているのでしたね」

 

「そうだとも! この肉塊を埋め込みさえすれば、みんな私の奴隷になるのだ!」

 

「ということはよぉ、ソイツを引っ剥がせば社長さんの言いなりじゃなくなるんだな」

 

「だ、だからどうした! お前たちは、ふ、触れることすら叶わんぞ!」

 

 社長の男がそう言うと、肉塊は体内に潜り込んで見えなくなりました。

 どうやら繚花先輩を支配するあの肉の塊は、身体に同化することができるようです。

 

「身体の中に潜りやがったな。

 まぁそれはオレがどうとでもできるが……」

 

「……問題は、その身体の持ち主です」

 

 社長が講釈を垂れていた横で、当の繚花先輩は警備兵の死体の側にしゃがみ込み、装備を漁っていました。

 

「武器は……拳銃とナイフが数本あればいいか。

 ご主人さまが武器を取り上げなかったら、もっと確実にお守りできたのだけど……」

 

「な、なんだ貴様! 今私に文句を言ったのか!?」

 

「そんな、滅相もございませぇん……」

 

 どこか媚びるような声で謝った後、繚花先輩は立ち上がります。

 その手にはセミオートの拳銃が一丁。それと鈍色に輝くいくつかのナイフ。

 

「傭兵の男は殺せ! 結々楽ちゃんは生け捕りだ!

 たっぷりとお仕置きして身の程を分からせてやる……!」

 

「はぁい、かしこまりましたぁ…………さて」

 

 甘えた女の声が、冷たく変わりました。

 刹那、繚花先輩が銃を構え迷うことなく引き金を引きます。

 

「そういうわけだから大人しく捕まってちょうだいね!」

 

 響く銃声に、火薬の赤光。

 躊躇なく放たれた弾丸は、私たちを狙って真っ直ぐに飛んできました。

 

「危ねぇ!? なにが捕まってちょうだいだ!

 確実に殺す気じゃねぇかよぉ!」

 

「本当ですね……! 手心が欲しいものです……!」

 

 互いに銃弾を刃で弾き、私たちは別方向に駆け出しました。

 まとまって戦うより、撹乱したほうが善いという判断です。

 

「挟み撃ちにしましょう! どちらかが近づきさえすれば私たちの勝ちです!」

 

「了解だぁ! だがこいつは……!」

 

 部屋を駆け回る私たちを追うように銃弾が迫ります。

 回数は最小限に、私たちの進行方向に丁度ぶつかるような狙いすました射撃です。

 

「ふたり同時に相手取ってこの精度かよぉ!」

 

「完全に動きを読まれてますね……!」

 

 当てにきている、というより鉛玉を置いた位置に私たちが勝手に当たりに行っているような感覚です。

 まさしく正確無比。有り合わせの武器でここまでの銃撃ができるなんて、驚愕するばかりです。

 

(ただ、これはまだ回避できます……!)

 

 さりとて私も訓練を積んできた対魔忍。

 そして男の方も修羅場を掻い潜ってきたであろう傭兵。

 高精度なだけの射撃であれば、対応は可能です。

 

「そう簡単にはいかないわね」

 

「ぎゃはははぁ! 知ってるか対魔忍のねえちゃんよぉ!

 銃は弾が切れたら撃てなくなるんだぜぇ!」

 

 弾丸を紙一重で避け、安良木トウカが笑います。

 その粗野な笑い声に混ざって、空を切った鉛玉が床を抉る音が鳴りました。

 

「つまりよぉ、弾切れの瞬間がお前の終わりだぁ!」

 

「じゃあ、試してみる?

 弾切れの後に、貴方が生きていられるかをね!」

 

 男の挑発に応えるかのような一発の銃声。

 放たれた弾丸は真っ直ぐに――安良木トウカの足元の死体を撃ち抜きました。

 外した。そう思った次の瞬間、死体から飛び散った血が彼の目を覆い隠したのが見えました。

 

「ぐぁっ!? なに……死体の血で目潰ししたのかぁ!?」

 

「大正解。さて、貴方は追撃を躱せるかしら?」

 

 空虚に笑う繚花先輩が銃を投げ捨てます。

 そして、()()()()()()()()()()を、男に向けて投げ放ちました。

 

「確かに目は見えねぇが、攻撃くらい勘で弾いて――――」

 

「駄目です! 避けてください!」

 

「っ!?」

 

 彼もなにかを感じ取ったのか、直前で身体を捻り無理矢理にナイフを回避しました。

 狙いが外れたナイフはそのまま壁に突き刺さり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「はぁぁ!? ふざけんなバカ!」

 

 壁から跳ね返り襲い来る、橙色の花火に似た熱鉄の弾幕。

 爆発音で異常を察知したのか、男は声を荒らげました。

 安良木トウカは無理にナイフを避けたせいで体勢が傾いています。

 つまり、燃える鉄から逃れるのはほぼ不可能――――

 

「っああぁあ! 内臓重心移動!回避回避回避ィィッ!!」

 

 傾いた男の身体が異様な挙動で元に戻り、彼は床を蹴って弾幕から逃げました。

 おそらくは内臓の位置を偏らせることで重心を動かし、体勢を修正したのでしょう。

 

 そうやってどうにか回避した安良木トウカは、血が入った目を擦ります。

 それにより視界を取り戻した彼が最初にしたのは、数瞬前に自分が立っていた場所を確認することでした。

 

「死ぬかと思ったぜ……。

 うおっ、死体が焦げてやがる」

 

 飛び散った熱鉄を浴びた死体が、じゅうじゅうと焼けていきます。

 人肉が焦げる不快な臭いがする度に、死体から原型は失われて、やがてはただの炭になり果ててしまいました。

 

「なるほどなぁ、これが話に聞いてた対魔忍のねえちゃんの忍法か」

 

「はい。対魔忍、屋田間繚花は火遁の使い手……。

 金属を熱し、爆散させる術を操ります」

 

 カーペットに散った、未だ赤く熱を発する鉄の欠片をちらりと見ます。

 

「彼女の術で超高温となった金属は、接触などの衝撃で爆発します。

 それにより金属は無数の小さな雫となって拡散、熱鉄の弾幕を形成します」

 

 仮に巻き込まれたらどうなるかは、焼け焦げた死体を見れば一目瞭然です。

 融けるほど高温の金属を浴びるのは、私も勘弁願いたいものですね。

 

「ふぅん。これを避けるのね。

 それに、私のことをよく勉強してるじゃない」

 

「……あなたの情報を共有しなければ、勝てないと思いましたから」

 

「ぎゃははは! 助かったぜ嬢ちゃん!

 鉄が爆発する話を聞いてなかったらこんがり焼けてただろうからなぁ!」

 

 一緒に仕事をする対魔忍の情報は、一応頭の中に叩き込んでいます。

 それを私は、ここに来る前に安良木トウカに教えていました。

 情報漏洩という言葉はよぎりましたが、全滅しては元も子もないからです。

 

「……私の判断は、正しかったと思いますか?」

 

「生きてれば正解だろうよぉ」

 

「……そうですか。では、ふたりとも死んだら?」

 

「大間違いだったんだろうなぁ。

 そのときは地獄で詫びてもらうぜ。

 裸踊りとか全裸土下座とかしてもらってよぉ」

 

「なら、正解にするしかありませんね……!」

 

 さすがにあの世で全裸土下座は嫌ですね。

 いえ、あの世に逝くのも嫌ですが。

 

「うふふ。貴女はなにも心配しなくていいのよ?

 貴女は死んだりなんかしないで、私と一緒にご主人さまの性奴隷になるんだから……」

 

「御免被りますよ、先輩。

 私は、そのご主人さまとやらを始末しに来たので」

 

「そう……」

 

 両手にナイフを携えた繚花先輩が、すっ、と目つきを鋭くしました。

 

「名乗りなさい、下郎ども。

 私が……性奴隷の屋田間繚花が鎮圧してあげる」

 

「……対魔忍、市蓮結々楽。

 とりあえずあなたは連れ帰って、対魔忍だってこと思い出させます」

 

「傭兵、安良木トウカ。

 成り行きでこうなっちまったが、最後まで付き合わせてもらうぜぇ」

 

 ナイフの赤熱。

 鯉口の音。

 刃の煌めき。

 

 第二ラウンドが始まり、私たちは目一杯に床を蹴って駆け出しました。

 

「逃さない――火遁の術、“絢爛業火(けんらんごうか)”!」

 

 熱を持ち橙色に変色したナイフたちが、繚花先輩の手から放たれます。

 それらはまるで打ち上げられた小さな尺玉。

 床に、壁に、天井に、死体にナイフは突き刺さり、轟音と共に熱鉄の花が咲きます。

 

 ――――ドォンッ、ドォンッ! ドオォォォンッッ!!

 

「クソがぁよぉ! 近づけねぇ!

 オレは花火を間近で浴びたいんじゃねぇんだよぉ!!」

 

 安良木トウカに集中して、花火に似た弾幕が襲いかかります。

 彼は殺すように命じられていたからでしょう。容赦など微塵もありません。

 

 反対に、生け捕りを命じられていた私には牽制程度の攻撃しか飛んできません。

 仕留めることを目的としない、ただ近寄らせないための攻撃です。

 

「というかおいおい! 部屋を燃やす気かぁ!?」

 

 既に隠し部屋は滅茶苦茶。

 高級そうな赤いカーペットは所々焦げて黒くなり、豪奢な雰囲気の壁紙は溶けた鉄がこびり着き、トドメとばかりに火が回りつつあります。

 

 ですがそんなことはお構いなしに、繚花先輩は融ける鉄を撒き散らします。

 これは不味いですね。早く倒さなければ、みんなまとめて荼毘に付すはめになりかねません。

 

「っ!? やべぇ……!?」

 

「はい、追い詰めた。焼け死になさい!」

 

 壁際に追い込められた安良木トウカに、六本のナイフが迫ります。

 周囲には燃え盛る炎。橙色の刃を前にした彼の焦った表情が、今回ばかりはどうにもならないと物語っていました。

 

「させるものですかぁ!」

 

 近くに転がっていたオークの死体の首を斬り、思いっきり蹴り上げます。

 オークの生首は宙を飛び、安良木トウカと迫るナイフの間に割り込みます。

 すると当然、男の代わりに生首がナイフと接触し、眩い閃光と共に大爆発を起こしました。

 

「オークの頭……! サンキュー嬢ちゃぐあああぁぁぁぁ!?!?」

 

 男の声と姿は、大爆発に覆われて見えなくなりました。

 

(これ、生きてますよね……!?

 私、助けられましたよね……!?)

 

 想定以上の破壊規模に男の安否が心配になりましたが、それは一旦置いておきます。

 おそらく今は千載一遇。爆発の光と音が、私の気配を隠してくれるからです。

 

「シッ……!」

 

 息を吐き身を低くして、床を踏み抜く勢いで疾駆します。

 目指すは屋田間繚花の懐。

 爆発を隠れ蓑にし、私は一気に距離を詰めました。

 

(間合いに入りました! ご覚悟です……!)

 

 先輩を斬ってしまわないように刃を裏返し、刀の背で殴りかかります。

 神速、そして不意打ち。反応はほぼ不可能。

 これで繚花先輩を無力化して――――

 

 ――――ガキィィィンッ!!

 手に伝わったのは、金属の硬い感触でした。

 

「完璧な不意打ちだったわね。今のはヒヤッとしたわ」

 

「……なら、受け止めないでいただけますか!」

 

 刃の背は先輩の胴に入ることなく、逆手で持たれたナイフに受け止められていました。

 最悪です。舌打ちをして、私はそのまま近接戦に持ち込みます。

 

 上に下に左に右に。頭から首、腹や鳩尾、手と足。

 とにかく一撃ぶち込もうと、私は先輩に刀を振るいました。

 ですがその全てが、肉にめり込む寸前で止められてしまいます。

 

「速いし力も強い……やっぱり過大評価じゃないと思うわ。

 気を抜けばやられてしまいそうだもの……!」

 

「そうは言いますがね……!

 こうして受けられては逆に自信がなくなりますよ……!」

 

 連続する金属音と舞い散る火花の中で、私は歯噛みしました。

 フェイントを混ぜた一太刀も、高速の一閃も、防がれてしまいます。

 反応速度がずば抜けている―――。

 投げナイフ使いが近接戦まで強いのは反則ではないでしょうか。

 

「自信がなくなるとか言うけど……くっ!

 やっぱり貴女、相当なやり手ね……!

 剣を追うので目が疲れるし、腕も痺れてきたわ……!」

 

「でないと、困ります……!

 私の立つ瀬がなくなるじゃないですか……!」

 

 繚花先輩の反応は早くはありますが、白兵の技量は私が上です。

 こっちは生まれてから剣術の訓練に打ち込んできたので、上回ってなければ泣いていましたが。

 

(ともかく、繚花先輩の腕は把握できました……!)

 

 この人は、攻撃に対処するセンスが突出しているのでしょう。

 だから接近戦でも戦えますが、その技術の精練はやや甘いように見受けられます。

 でしたら、分はこちらにあります。

 

(繚花先輩は必ずボロを出すでしょう……!

 そこに一撃を叩き込んで失神させてやれば……!)

 

 勝ち筋は見えました。

 ここが正念場と私は柄を握る手に力を込めて、刀を振り下ろします。

 

「このまま打ち合えば私は負けるわね……ッ」

 

「えぇ、勝たせていただきますよ……!」

 

 振り下ろした刃をナイフで受け止めた彼女と、鍔迫り合いを演じます。

 持続的な腕力は私の方が上。さらに先輩は疲弊気味です。

 これなら、仕留められるはず……!

 

「負けちゃうから――――火遁の術 “手折線香(たおりせんこう)”」

 

 繚花先輩のナイフが熱を持ち始めます。

 その熱は私の刃に伝わり、刀身を徐々に橙色に染め上げて……。

 

「………は?」

 

 ぽとり。

 気づけば、刀身が床に落ちていました。

 

「まさか、熱で刃を折って……!?」

 

 普通なら刀剣などそうそう折れるものではありません。

 ですが、金属は高温になれば柔らかくなります。

 繚花先輩は私の刀を加熱し、硬度を失った刃を根元から折ったのです。

 

「これで物騒な物はなくなった。

 さ、貴女もご主人さまの奴隷に――――」

 

「ぎゃははははぁ! お前らが楽しそうにしている横で、オレは社長さんをぶち殺していくぜぇー!!」

 

「ッ!」

 

 安良木トウカのわざとらしい大声に繚花先輩の表情が変わります。

 見れば、服が所々焦げた男が刀を振りかぶり社長に襲いかかろうとしていました。

 

「クソね……!」

 

「ぐぅっ!?」

 

 先輩は即座に私を蹴り飛ばし、握っていたナイフを男に向けて放ちました。

 が、安良木トウカも攻撃が飛んでくることは分かっていたのでしょう。

 彼はすぐに後退し、難なくナイフを回避しました。

 

「大丈夫か嬢ちゃんよぉ!」

 

「大丈夫です、助かりました……!」

 

 突き飛ばされてごろごろと数メートルほど後方に転がった私の側に、男が駆け寄ってきます。

 その行動を見るに、やはり先程の動きは私を助けるためのものでしたか。

 

「このままやり合っても埒が明かねぇ!

 悪いがお前のプランしかないみたいだなぁ!」

 

「ですね、事前打ち合わせの手順でやりましょうか……!

 申し訳ありませんが、よろしく頼みます……!」

 

「心が痛むぜぇ……!」

 

 今度は散らばるのではなくまとまって、私たちは繚花先輩に突撃します。

 私が前で、安良木トウカが後ろ。

 丁度、私を盾にするような陣形です。

 

「さぁ、ご主人さまとやらの命令どおりに私を生け捕りにしてみてください……!」

 

「なるほどね、確かに市蓮結々楽を盾にされるのは困るわ。

 だけど、それくらいなら余裕で対応できる――――」

 

「――――おらッ、爆散しろぉ!」

 

 次の瞬間、安良木トウカが私の横腹を爆発させました。

 

「いぎゃっ!? あがぁぁっ!!」

 

「はぁっ!? え? な、なんで……!?」

 

 腹の肉が爆ぜる激痛に、思わず苦悶の声を漏らしてしまいます。

 銃で撃たれるなんかとは比べ物になりません。

 肉と神経そのものがぐちゃぐちゃに千切れて吹っ飛び、それにより空いた穴から流れる空気が臓器を撫でる痛苦。

 そのあまりの痛みに頭の奥がちかちかして、吐き気さえしました。

 

「ぎゃははははぁ! このままじゃコイツは死ぬぜぇ!

 生け捕りにしないといけなかったんじゃないのかぁ!?」

 

「このッ……!」

 

 繚花先輩の動きが、一瞬止まります。

 急に私のお腹が爆ぜて驚いていることに加え、命令遂行のためにどうすればいいのか分からなくなっているのでしょう。

 

 彼女は、私を社長に生きた状態で差し出さなければなりません。

 だが、このままでは私が死んでしまいます。

 それを回避するには、私に応急手当を施さなければいけません。

 しかし、安良木トウカは確実にそれを邪魔するでしょう。

 

 私が死ななくなっていることを知っていれば、“安良木トウカの鎮圧に専念する”、が最適解であると判断できるでしょう。

 ただ、彼女はそのことを知りません。

 だってつい数十分前に、私はその状態になったのですから。

 知れるわけがないのです。

 

「今度こそ、覚悟です……!」

 

 盾にされたまま先輩に近づき、私は必死に右腕を伸ばします。

 彼女が動揺しているこのチャンス、絶対に掴まなくてはなりません。

 

「くっ……イかれてるでしょ……!」

 

 ですが彼女は腐っても対魔忍。

 動揺して反応は遅くなったものの、その身体能力で後ろに下がります。

 そして私の手は、虚しく空を掴む……はずでした。

 

「がっ!?」

 

 距離を取ったはずの彼女の喉を、私の手が掴んでいました。

 明らかに人間の腕の長さ以上は離れていたにも関わらず、です。

 喉を掴まれた先輩は呻き、そしてなにが起きたのか理解して、目を見開きました。

 

「なぁ知ってるかぁ! 人間の腕ってなぁ、骨を外したら結構伸びるんだぜぇ!」

 

 安良木トウカは肉体を自由に操れます。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()こともお茶の子さいさい。

 故に私の右腕は、数倍の長さに引き伸ばされたことで、繚花先輩に届いたのでした。

 

「戻って、きて……ください……!」

 

「っぐぅ、あぐぁ!?」

 

 伸ばされた右腕の筋肉にありったけの力を込めて、先輩をこちらに引っ張ります。

 それはまるでロープを引くみたいに、彼女は抗う暇もなく、私の目の前に連れてこられました。

 そのまま空いていた左腕で彼女を抱きしめ、逃げられないように固定してやります。

 

「頼み、ます……ッ!」

 

「任せなぁ! 悪い夢から覚ましてやらぁ!」

 

 安良木トウカが繚花先輩の額を掴み、能力を発動させます。

 

「肉塊を埋め込んで洗脳してるって言ったなぁ!

 なら問題ねぇ! 物理的に排除できるんだからよぉ!」

 

 先輩の首元が盛り上がっていき、徐々にあの肉の塊が露わになっていきます。

 それに伴い、繚花先輩の口からは異音が鳴り、身体ががくがくと痙攣し始めました。

 

「これで、自由になりなぁ!」

 

 のたうち回るように肉塊が脈打ちます。

 それを最期に拳大のちんけな肉の塊は泡立ち、無様に血肉を撒き散らして爆ぜました。

 

 これで、女対魔忍を蝕み操り人形にしていたものは、消えてなくなりました。

 繚花先輩の身体から力が抜け、私にもたれかかってきます。

 

「あ、ぁ…………」

 

 忌々しい肉塊がなくなったからか、繚花先輩の顔は、今までのような虚ろさが消えていました。

 彼女は光の灯った瞳で、真っ直ぐに私を見つめてきます。

 

「………………ごめん、ね」

 

 ――――繚花先輩は、泣いていました。

 

 その涙に籠もっているものは、罪悪か、後悔か。

 あるいは正気に戻った頭に去来する、陵辱の傷跡か。

 

「構いませんよ……先輩のほうが、辛かったでしょう」

 

 僅かでも苦しみが和らげばと、私は抱きしめる腕に力を込めます。

 それに意味があったかは分かりません。

 ただ繚花先輩は、ほんの少しだけ安心したように、眠りにつきました。

 

「……お疲れ様でした、先輩」

 

 胸の中で意識を失った彼女に、聞こえもしない言葉を投げかけます。

 それから私もまた、重くなった瞼を閉じるのでした。

 

 

 

 

 





 今回も読んでくださりありがとうございます!
 前回、とても多くの方に読んでいただけたようで、とても嬉しかったです!
 たくさんの評価、感想、お気に入り登録ありがとうございました!
 すごく励みになりました!
 (トウカに対する感想が多くて嬉しかったです)

 今回もよければ、感想、評価などお願いします!
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