迫真転移! ~異世界の主人公と化した先輩!~ 作:ゼフィガルド
鈴木がタクヤと死闘を繰り広げている中、トルノは赤豚と白豚から逃げ回り、森の中へと戻っていた。心臓が早鐘を打ち、全身が恐怖と疲労に蝕まれて行く。
鬱蒼と茂る森林は蜥蜴人(リザードマン)達の狩場でもあるが、同時に赤豚と白豚のフィールドでもあった。頻りに鼻を鳴らし、トルノの方へと向かっていた。
「(そうだ。赤豚と白豚は、必ずヒゲクマの元に戻って来れる程に嗅覚が発達しているんだ)」
呼吸を整え、思考を整理していく。自分には鈴木の様な超常的な力はない。だが、これまでの生活を通じて培ってきた知恵がある。正面から挑むことだけが戦いではない。
樹上から周囲を見渡す。狂乱状態のインム君が赤豚と白豚に襲い掛かり、森のおやつと化していく。乱雑に残骸をまき散らしながら、片っ端から捕食していく姿に理性は感じられなかった。
「(いや、待てよ?)」
インム君達は大混乱に陥っており、逃げる者も居れば、仲間を蹴落とす者、襲い掛かって捕食される者、あるいは突然交尾を始める者達も居た。その殆どは二頭の胃袋に収まっていた。
いずれ、ヒゲクマに捕食される為に何処までも肥え太り続ける。その為に、目に映る物を見境なく捕食しているのだろう。付けこむが隙があるとすれば、ここだと考えた。狂乱状態のインム君がトルノの胸元に飛び込んで来た。
「ヴォー…」
「よっし、オイル塗りましょうか」
トルノは懐から取り出した小瓶に入ったオイルをインム君に塗って、赤豚達へと投擲した。当然の様に捕食された。
樹上を飛び回り、インム君達を捕獲してはオイルを塗りたくって赤豚達へと投擲する。幾度も繰り返している内に赤豚達はトルノを嬲る様な仕草をし始めた。
例えば、彼が飛び移っている樹を体当たりで揺らしたり、威嚇する様に咆哮を上げたり、さながら餌を強請っているペットのようでもあった。
「欲しけりゃ、くれてやりますよ!」
「ヴォー!!!」
仲間を捕縛され、投擲される姿を見続けていたインム君は矛先を変えていた。だが、トルノは一切慌てなかった。オイルを塗り付けたナイフを用いて、次々とインム君達を切り裂いて地表へと落としていた。
赤豚達も、追いかけるだけで餌が手に入る楽さに慣れて延々とつかず離れずの距離で追いかけていた。明らかに足取りが重くなっていることにも気づかずに。
「良いよ! 来て下さいよ!」
これは、トルノが常に一定の距離を保っていたと言うこともあった。そうとも知らない赤豚達は延々と放り込まれる餌を貪り続けた。
次第に症状が出始めた。嚥下が困難となり、足が痺れて立ち上がる事すらできない。飲み込もうとしていたインム君の残骸が気道に詰まり、呼吸すら危うくなっていた。
「(体がデカいから毒が効くまで時間が掛かったけれど)」
トルノは手にしていた小瓶を見た。中に入っていたのは、捕縛を目的とした狩用の物ではなく、外敵や猛獣の排除に使う猛毒だった。
一滴飲み込むだけで全身が動かなくなるほどの効能を有しており、赤豚程の猛獣にも有効だったようだ。徐々に弱っていく彼らの姿を見ながら、トルノは胸中を痛めていた。
「(本来なら、僕らは交わるべき相手じゃなかった)」
赤豚は雑食性の獣であるが、基本的に蜥蜴人(リザードマン)と対峙することは少ない。お互いに交戦する益が少なすぎるからだ。
関わらない。と言う関り方は、タクヤによって無残にも歪められた。未だに死にきれず喘いでいる彼らを楽にしてやろうと降り立った先。
「ギィ。ェエエエエ。アマァ。ザザ。ァマ」
目を疑った。赤豚達に埋め込まれていた巨大な眼球がズルリと転げ落ちた。トルノはこれを知っている。GOが祝福の為に持って来た、例の眼球だった。
目玉からは尻尾の様に神経が伸びており、まるで蛇の様にズルズルと這って移動していた。生理的嫌悪感を催さずにはいられないが、この衝動に駆られて潰してはいけない。と、トルノは自らを律した。
「これが、祝福に使われている物なら」
鈴木の戦闘は激しすぎて、この様な形として残ることは殆ど無かった。これは自分でなければ、起こりえなかった状況だ。
赤豚と白豚。2対の目玉を回収すべく、慎重に近寄る。すると、死体となった2頭に気付いたインム君が地上へと降りて来た。
「ヴォー…」
「マママァ」
長く伸びた尾で絡みつき、眼球へと押し入ろうとする。小型動物であるインム君の眼球に入る訳も無いのだが、既にある眼球を押し潰さんばかりにめり込む。耐え切れずに砕け散った頭蓋骨の破片が突き刺さった。
「ギィイイイイイイイイイ!!!」
膜が破れたのか、白濁色の液体が漏れ出て地面へと解けて行った。後には、白い液体と赤黒い何かが残っていた。
残された1体が動き出すよりも先に、トルノは目玉を掴み上げ瓶へと詰め込んだ。内部で暴れてはいたが、瓶を割る程の力はなかったようだ。
「これは一体、なんなんだ?」
森で色々な生物を見て、他種族とも関わりの多かったトルノでさえ見たことが無い生物だった。目玉と胴体とも尻尾とも取れないような視神経が伸びた生物。何処に発声器官があるのか、どの様に食事を取るのかも全く分からない。
ただ、一つ分かることがある。これは『祝福』に使われる物であり、人間以外の種族を弄ぶ、忌むべき存在であるということだ。
「イギギ。タシマァ。レレレ」
「こんな化け物を使って、何が祝福だ!」
これが仲間に埋め込まれ、連れ去られた女子供にも埋め込まれるかもしれないと思うと、先ほどまでの恐怖も疲労感も吹き飛んでいくようだった。
戦いを終えて一息吐いていると、向こうから鈴木がやって来た。全身血塗れであったが、問題は無さそうだった。
「お、大丈夫か大丈夫か」
「はい。僕の方は……。そうだ! タクヤはどうなりましたか!?」
「あーさっぱりした」
スーヴに関する恨みを晴らしたのだろうか? だが、自分達はかたき討ちの余韻に浸っている場合ではないのだ。
「鈴木さん。この村を超えて、更に先に行きましょう! 時間を稼がれてしまいましたが、まだ間に合います!」
「おかのした」
鳴き声の様な相槌を受け、トルノ達は再び駆け出した。背後に横たわる赤豚達の遺体にはインム君が群がり、皮を、肉を、骨を、臓器を余すことなく食されて行き……最後には自然へと還って行った。