迫真転移! ~異世界の主人公と化した先輩!~ 作:ゼフィガルド
ライカンの拠点へと向かう旅路は過酷を極める物になる……かと思われていたが、人間達の襲撃も無ければ野犬を始めとした獣達が近寄って来ることすら無かった。
「僕は王道を征く」
「はぇ~。まるで、家の中だぁ」
鈴木が歩む道は、王が征く道の如く厳かな物であり、歩いた場所が自分達の領域……さながら家の中へと変わっていく様な感覚さえ覚える物だった。
森に居た時は、クソザコ知能しか持っていなかった生物達が無謀にも襲い掛かっては大地の染みになっていたが、平生であれば獣達も戦力の彼我を理解してか、近寄ろうとすらしなかった。
「グゴゴッ」
「ヌッ」
「なんて言っているか分かるんですか?」
「んにゃぴ。よく分からないです」
どうやら、鳴き声に反応しただけらしい。しかし、言葉を交わさずとも意思は汲み取っているのか、順調に進んでいた。
「流石に、今まで散々返り討ちに会って来たから襲撃もありませんね」
トルノの予想としては、案内役の二人。あるいは交渉役の自分が狙われ続けると考えていたが、不気味な位にアクションが無かった。鈴木から手を引いたのか、あるいはもっと別の作戦があるのか。
「もしくは、僕達の跡を付けているのか」
「ゥウウウ……」
その点に関しては案内を任された豚人(オーク)達も警戒していることで、頻りに鼻を動かしていた。鈴木も周囲をチラチラと見ているし、トルノも風に混じる気配、味、臭いを感じながら進んでいる。
姿を消したり、気配を遮断するアイテムの数々は見ているが、全てを隠し通せる存在などいるはずがない。何処かの情報から存在が漏れる、と言うことは今までの経験から理解していた。
「(考え過ぎか? あるいは、既にライカン達の拠点に襲撃を掛けているのかもしれない)」
この世界における人間の強みは個々人の戦力は元より、圧倒的な繁殖力による個体数である。人海戦術であぶり出された異種族の拠点は数知れず、今も何処かで理不尽に虐げられている存在が居ると思うと、胸が痛んだ。
「お、大丈夫か大丈夫か」
「大丈夫です。行きましょう」
少しでも早く。まだ見ぬ、ライカン達と無事に接触できることを願いながらトルノ達は進んで行く。少し遅れて、鈴木はチラチラと周囲を見回し……最後に足元を見て声を上げた。
「こ↑こ↓」
~~
陽が傾き、辺りが暗くなった所で、トルノ達はようやく腰を下ろした。初日から飛ばしたこともあり、かなり進みはしたが疲労も相応に溜まった。
「なんか、夜中腹減んないすか?」
「お腹減りましたね。どうぞ、先輩の分です」
トルノが取り出したのは、長期の旅向けに作られたビスケットだった。保存性の為に水分の殆どは飛ばされており、ガッチガチだった。
「硬くなってんぜ?」
「すいません。保存の為に食味は良くないんです」
三浦に渡したショートブレッドとは違い食味には一切こだわっていない。そもそも、硬すぎて歯も立たない。
「まず、食べ方なんですけれど。唾液で湿らせて柔らかくしてから……」
バギッ。と、まるで骨でも折れたかのような音が響いた。鈴木がガチガチビスケットを噛み砕いた音だった。暫く、鈍い音が繰り返し鳴らされていたが、やがて音も無くなり、嚥下してから一言。
「うん。美味しい!」
「ブギギッ!」
鈴木の頑強な顎に、豚人(オーク)達は手を叩いて笑った。そして、何を思ったのか彼らは鈴木にビスケットを差し出した。
「グゴ。グギギ」
「おかのした」
次の瞬間。鈴木は豚人(オーク)から受け取ったビスケットを噛み砕き、暫く咀嚼した後、彼らの両手に向かって吐き出した。
「何をやっているんですか!? 不味いですよ!」
「暴れるなよ、暴れるなよ」
「え?」
彼らは、吐き出されたビスケットの欠片を自らの口に放り込んでいた。一瞬、何をしているのか理解し難かったが、程なくしてトルノは理解した。
「(そうか、鈴木さんに砕いて貰えば直ぐに食べられるってことか)」
親鳥が雛に口移しをするのと原理は同じだ。口中の水分が奪われることを防ぐことも考えれば、合理的な方法ではあったが。
「ちょっと歯当たんよ~」
ちょっと所ではなく、噛み砕かんばかりの勢いでガチガチビスケットとぶつかり合っている。飛び散る破片、唾液。覗き見られる口内……は思いの外、綺麗だった。歯並びは整っており、歯も真っ白だった。
「えぇ……」
合理的かもしれないが、一度、誰かの口に入った物を再び自分の口に入れる勇気はなかったので、トルノは口中の水分を使いながらガチガチのビスケットをチビチビと齧っていた。
ビスケットを齧り終えた後、鈴木は周囲をチラチラと舐め回す様に見回していた。警戒しているにしては、あまりに落ち着きがない。
「鈴木さん。付けられているんですか?」
「これもう分かんねぇな」
トルノも追手やストーキングには注意していたが、そう言った気配は感じられない。その上、鈴木にさえ姿を捉えられないとなれば、いよいよお手上げであった。
「ひょっとして、誰も付いて来ていないのは」
既に誰かに付けられているなら、これ以上追加しても余計でしかないということか。トルノ達も警戒するが、一向に気配すら感じられない。本当にそんな奴がいるのだろうか?
「鈴木さん、やっぱり誰もいないじゃ……」
振り返る、頬に生暖かい物が降り掛かった。見れば、豚人の胸が貫かれていた。剣や槍の穂先ではない、人間の腕だった。
トルノが恐怖で硬直する中、案内役として付けられていた豚人(オーク)は目を見開いた。死しても使命は果たせねばならぬと、彼は自らの腕から生えている腕に血を吐き掛けた。
「やりますねぇ!」
何処に潜んでいたのか、何処に居たのか。様々な疑問がトルノの中を過っている間に、鈴木は姿の見えない相手に拳を叩きつけていた。何かが吹き飛び、地面に転がった様な気配がした後、声が上がった。
「争いなんて止めよう! ラブ&ピース! 平和が一番!」
ようやく、トルノにも相手が視認できた。
白い布切れだけを装着し、後は何も着ていない。贅肉が見当たらない程に引き絞られた体に、この世界の人間達と同様に肥大化した眼球はあらぬ方向を見ていた。
「平和? この行いの、何処に平和があるんですか!?」
胸を貫かれた豚人(オーク)はグッタリとして動かなくなっていた。まだ生きていたとしても、自分達に助ける術はない。
「良いのか! GO陛下の威光を無視する奴は死刑だ! 死刑に処す! そうしたら、ラブ&ピース! 終わりっ! 平定!」
現支配体制における暴力性の権化だった。歯向かう者が居なくなれば、平和。と言う、独善に満ちた考えだった。
「おっ、そうだな」
構えた。これから、彼が提唱したルールに則るという姿勢の表明だった。
お前が、邪魔な存在を始末して平和を騙る。と言うのなら、同じことをされても文句はないだろう? 言外に、語っていた。
「え~、…裁き、裁きはいらんかね~?」
男の姿が霞む。姿、気配、臭いまで掻き消えていく様な気がした。まさに超常とも言える能力を目の当たりにして、思わず零していた。
「異能【スキル】……!」
倒れていた豚人(オーク)の死体が中空へと浮かんだ瞬間、バラバラに引き裂かれて周囲に打ち捨てられた。体液や破片が周囲にばら撒かれる。
「(そんな! こんなことをされたら、彼の死が!)」
今際の祭に自らの命を賭して臭いを塗り付けたというのに、彼の覚悟から尊厳まで全てを侮辱する振る舞いにトルノは怒りを覚え、鈴木は咆えた。
「死んで、どうぞ」