迫真転移! ~異世界の主人公と化した先輩!~ 作:ゼフィガルド
「(鈴木さん以外の異能【スキル】を見るのは、これで二人目だ)」
タクヤと言う男が持っていた異能【スキル】は、周囲の猛獣を従わせるという物だった。トルノは思考を働かせる。
「(恐らく、あの男の能力は、自らの存在を消す類のものだ)」
姿や臭いを消すだけではない。気配を含めて、自分に関するあらゆるものを消し去る能力だろう。
唯一の手掛かりであった豚人(オーク)が今際に吐き出した血の臭いは周囲に散らばっており、捜索の手掛かりになりそうには無かった。
「これもう分かんねぇな」
鈴木はそう呟いていたが、彼は大きく周囲を見渡す。と言うことは無くなっていた。まるで、ある程度の当りを掴んでいる様だった。
「(そもそも、あの男はどうして仕掛けて来たんだ?)」
自分達を排除するというのなら、もっと適したタイミングがあったはずだ。
皆が寝静まった後でも良いし、これからもっと旅路を続けて疲弊した所を狙ってもいい。あるいは、ライカン達の拠点に辿り着いた後に行動を起こせばもっと被害の拡大も狙えたはずだ。だというのに、態々仕掛けた理由は?
「見とけよ、見とけよ~」
トルノと残った豚人(オーク)も鈴木の視線を追いかける。まるで何かが居る気配もないが、彼には何かが見えているのだろう。
「(ひょっとして、鈴木さんに存在を気取られて焦ったのか?)」
思えば、彼は道中から周囲を頻りに気にしていた。アレは追手が来ていないかと慎重になっていただけではなく、件の襲撃者の気配を感じ取っていた為だと言うのか。そして、今。彼は相手を捉えている。
「(もし、僕が襲撃者なら)」
自分が襲撃者と言う立場にいるなら、真っ先にやることがあるとすれば逃走だろう。既にターゲットの片割れは始末しているのだから、任務の一部は成功していると言ってもいい。
存在が補足されているというのなら、次の機会を狙ってこの場を脱するのが合理的な選択だった。だが、鈴木と言う怪物相手に逃げられるかどうか。
「(あるいは、完全に存在が捉えられる前にアドバンテージを活かして始末しようという算段か)」
残った豚人(オーク)も始末されてしまえば、自分達はライカンの拠点に向かうことも適わなくなる。相手の勝利条件の多さに対して、こちらはあまりにも不利だった。
「ヌッ!!」
鈴木が動く。繰り出した上段蹴りが中空で停まった。と、同時に相手の姿が見えた。
「おい! みんな見てみろよ!」
「頭いきますよ!」
蹴撃による応酬が行われていた。恐らく、常人ならば命中した箇所がそのまま粉砕される程の一撃を避け、受け流し、あるいは相殺していた。
タクヤは身体能力と駆け引きによる戦いだったが、目の前の中年は明らかに格闘技の有段者であり、技によるやり取りが行われていた。
「こうだゾ!」
「危ない!」
地面がえぐれる程、強く踏み込まれた。次に繰り出されるのは必殺の一撃だ。距離を取るか防御行動に出るか。鈴木が取った判断は、相手が攻撃を放つよりも先に蹴りを繰り出すことだった。が。
「コン↑ギョ↓」
中年が深く沈みこむような態勢を取り、まるで鳥人(ハーピー)の様な飛翔と見間違わんばかりの跳躍を伴った蹴りを放った。鈴木の一撃を跳ね飛ばし、彼の鋼の様な肉体に明確に打撃痕を刻み込んでいた。
「鈴木さん!?」
「ウーン……」
こんな光景はトルノにとっても初めてだった。今まで、野獣の如き強さと暴力を誇っていた鈴木が傷を負っている。
「終わりっ! 平定!」
トルノの顔から血の気が引いて行く。このままでは全員が殺されてしまう。何かできることはないか?
短剣が使い物になるとは思っていなかった。蜥蜴人(リザードマン)が誇る毒もひどく頼りなく思えた。以前にやった不意打ちの様に、近くに接近したのを見計らって口に含ませておくか。吐く間もなく、殺されそうだった。
「(どうして、僕には力がないんだ)」
今までは知識と発想だけで敵を打ち倒して来たが、地力の差がある相手にはどうしようもない。何か手段は無いかと考えていると、腰に提げているポーチがカタカタと揺れた。中を確認すると、いつぞやに確保していた巨大な目玉が瓶の中で揺れていた。
「イギギ」
「(生きていたのか)」
危険故、捕獲してからはずっと放置していたが不思議なことに飢えも乾きもしていなかった。……ふと、トルノは考えた。
「(タクヤもそうだった。人間達もそうだ。彼らはこの巨大な目玉を宿すことで凄まじい力を得て来た。……だったら、僕も)」
埋め込んだとして、どうなるのか? 同じ様にして埋め込まれた仲間達は今までの価値観を捨て、自分達の家族さえも差し出す変貌を起こしていた。
今、この場で目玉を埋め込むことで恭順を示せば命は助かるかもしれない。それは全てを投げ出すことを意味していたが。
「ヨォ! 蜥蜴人(リザードマン)! 俺はお前の味方だゾ! 頑張れ!」
いつの間にか、例の男が目の前に立っていた。今、ここで恭順の意を見せなければ、何が起きるかなど想像に容易いことだった。
瓶を開ける。巨大な目玉が這いずりだし、腕を伝って昇って来る。蛇の様に伸びた視神経を眼窩に潜り込ませると、眼球付近の骨が破壊された。
「アッ…アアッ」
激痛から悲鳴にもならない声が漏れ出た。巨大な眼球はトルノの眼球を呑み込むように同化し、彼の中に収まった。残された巨大な眼球の片割れも同じ様に侵入を試みて。
「う、うぉおおおお!」
余りに咄嗟の行動で眼球はおろか、中年の男も反応できなかった。トルノはポーチから取り出した短剣で侵入しようとした巨大な眼球の片割れを刺し潰したのだ。
「ギィイイイイイイイ!!」
「ギッ」
悲鳴を上げながら片割れは消えていく。トルノの方に残った眼球は連動して消滅することを避ける為か、消えゆく視神経を切り離していた。
「アッ…アアッ!」
「どうなっちゃうんだよこれ? こんなんで? いいのかよこれ?」
トルノの中に様々な物が錯綜していた。GOに敬服し、従うべきだという自分の物とは思えない感情。目の前で怯えている豚人(オーク)に対して、沸き上がる殺意にも等しい嫌悪感。……そして、目の前の中年に対して沸き上がる恋慕にも似た激しい思い。
「(なんだ、これは)」
だが、そう言った考えに支配されない部分も残っている。自分の中の価値観と激しくぶつかり合い、自己矛盾に陥っていた。
そして、もう一つ。自分の中で目覚めた何かがあることに気付いていた。この力が何なのかは理解できなかったが、トルノは混濁した思考のまま倒れている鈴木の元へと向かった。
「ウーン…」
「うわ、ブッサ」
今までは恩人であり、恐怖の象徴でもあった人物の顔を見る。死の間際に瀕して立っていた愚息が萎えていく程に、美的感覚に反した顔をしていた。
だが、今は躊躇っていられる状況ではない。トルノは気を失って、昏睡している彼に対して口づけをした。
「!?」
「ねぇ! どうなっちゃってんのよ!」
豚人(オーク)が戸惑い、中年も何かを感じたのか急いで始末するべく鈴木達の元へと駆け寄る。だが、一手遅かった。
トルノからの口付けを受けた鈴木は立ち上がり、迫って来た中年の男を殴り飛ばした。
「ヤバイヤバイ」
鈴木は周囲を見て瞬時に状況を把握した。そして、未だかつて見たことが無い程に俊敏な動きで中年の男へと肉薄していた。その体には、先ほどの傷跡は一切残っていなかった。