迫真転移! ~異世界の主人公と化した先輩!~ 作:ゼフィガルド
鈴木達を襲撃した男、名を『花岡』と言う。巨大な眼球を除けば、如何にも冴えない中年と言った風貌ではあるが肉体は徹底的に絞られていた。
また、これは鈴木やトルノは知らなかったことだが、彼は跳躍からの蹴り技を主体とした格闘技、テコンドーの達人だった。暗殺向きの異能【スキル】と鈴木を凌駕する戦闘能力を持つ彼が派遣されたことは、GOから本気の殺意を感じる物であった。
ただ、彼らはおろか鈴木さえも予想していなかったイレギュラーが事態を揺り動かしていた。
「ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ン! フゥゥゥウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ン゛ン゛ン゛!!」
口付けを受け取った鈴木の全身は怒張していた。全身に血が滾り、真っ赤に染まっている風体は勃起した生殖器を連想させた。
「ねぇ! どうなっちゃってんのよ!?」
ここに来て、花岡と言う男は冷静だった。明らかな異変と戦力の変化を確認した彼は、異能【スキル】を再発動させて自らの存在を掻き消した。
普通の人間ならば、焦って追撃を掛けた所で返り討ちに遭っていたのだろうが、彼は引き際を心得ていた。実際にこの判断は正解だった。姿を掻き消して、逃走を始めた花岡にとって予想外があったとしたのなら。
「こ↑こ↓」
彼の異能【スキル】を嘲笑う様にして、鈴木から完全に捕捉されていた。と言うことだろうか。
何故、こうまでして自分の存在を捉えられるのか。先程、豚人(オーク)に吐き掛けられた血は、改めて周囲にばら撒いたので自分の臭いは攪乱させることが出来たはずだ。だとすれば、どうやって? と思った時、花岡は改めて自分の臭いを嗅いだ。
「まさか、こんなんで?」
血の臭いの中に僅かに混じっているのは唾液の臭い。それは、豚人(オーク)達が襲撃される直前、糧食を食べやすい様に噛み砕いて貰った際に移った臭いだった。口内に残っていた鈴木の臭いが、血と一緒に吐き出されていた。
「ヌッ!」
動物においてもマーキングと言う行為がある様に、自分の臭いが分からない者はいない。もはや逃げることも不可能だと判断した花岡は、改めて始末する方向で動いていた。
「死刑だ! 死刑に処す!!」
「良いよ! 来いよ!!!」
花岡からの殺意に対して挑発を返す鈴木。先と同じ様に肉弾戦へと移るが、先と違って鈴木の攻撃は圧倒的だった。
「ホラホラホラホラホラ!!!」
息も吐かせぬラッシュを前に花岡は防戦を強いられていた。その膠着も長くはもたず、花岡のガードは破られて激しく打ち付けられていた。
「ピースだよ! ピース!」
この期に及んで平和を訴えるが、空々しく響くだけで鈴木は一切手を緩めなかった。
「胸に掛けて! 胸に!!」
顔面が変形するまで殴られ、胸に対して集中的に浴びせられた攻撃は胸骨を破壊し、折れた骨が臓器へと突き刺さった。夥しい量の血を吐き出しながらも、倒れる直前。花岡は両手を拡げながら言った。
「終わりっ! 閉廷! …以上! 皆解散!」
そして、彼は倒れると二度と動かなくなった。戦いがひと段落したことで、トルノはようやく安堵の溜息を吐き出したが、自分に起きた不可逆の変化を前に戸惑っていた。
「(僕に、一体何が)」
花岡に脅される形で、例の巨大な眼球を埋め込むことになった。片方だけしか入らなかったことでどの様な弊害が起きるかは分かったことではないが、少なからずの変化が現れていた。
「フゴ。ブギギ?」
自分のことを心配してくれる豚人(オーク)が酷く醜悪な物に見えた。寝床に這う虫を見ているかのような生理的嫌悪感とも似ていた。
「(まさか、これが人間達の見ている光景なんだろうか?」
とすれば、彼らは自分達のことを喋る虫けらのようにしか見ていないということならば、彼らの容赦の無さも腑に落ちた。
「お、大丈夫か大丈夫か」
「自分でも何が起きているか分からないんですが」
今までよりも一層、不細工に見える鈴木の手を取りながらトルノは立ち上がった。案内役である豚人(オーク)の片割れは殺され、自分にも異変が起きている。
このままライカン達の元へと辿り着けるかどうか、自分はこのままでいられるのか。肥大化した眼球で見えたのは世界の広さではなく、見なくても良かった不安や猜疑心ばかりだった。