迫真転移! ~異世界の主人公と化した先輩!~ 作:ゼフィガルド
野犬の群れからすれば、鈴木と言う男の戦力は規格外だった。こんな怪物に衝突してしまった彼らは、獣であるがゆえに和解や示談に持ち込むことも出来ず、捌かれ調理されていた。
食用に育てられていた訳でもない、ただの犬が美味い筈もないのだが、何事にも縛られない解放感から特別な物の様に思えた。
「うん。美味しい!」
「気に入って貰えてよかったです」
トルノからすれば不味い位なのだが、ご満悦な表情を浮かべる鈴木の気分を害するのも躊躇われたので、やんわり同意した。
周囲に散らばった血の臭いから他の獣が訪れるかもしれないと思っていたが、不思議なことに1匹たりとも寄りつこうとしていなかった。……流石にこの参上に対して、危機感の働かない生物はいないらしい。
「ビール! ビール!」
当の本人には危機感所か焦燥感すら見られなかった。骨に付着した肉を舐り取る様子が絶望的に汚く、ジュボジュボと音を立てている様子には威厳の代わりにタップリと不快感が詰まっていた。
「何やってんですか! 本当、止めて下さいよ!」
「しょうがねぇなぁ」
味がしなくなったことで飽きたのか、彼は咥えていた骨を取り出した。手持無沙汰なのか、彼は暫く手元で骨を弄んだ後、ポツリと呟いた。
「なんか、犬っぽくねぇんだよなぁ……」
「そうなんですか?」
鈴木にとっての犬とは愛玩動物であり、野生に生息している物とは考えていなかった。これは偏に日本の治安の良さ故であったが、このBB世界では話が違っていた。
ここでふと思い出したのは、スーヴの話だった。彼は他種族の中に人狼(ライカン)が居ると話していた。もしも、ライカンが居るというのなら、この野犬との違いは何なのだろうか。とも、考えていた。
「その境界は凄く曖昧な物です。僕達、蜥蜴人(リザード)マンの相棒に『炎蜥蜴(サラマンダー)』とかも居ますけれど、彼らは言葉を話せませんし」
「これもうわかんねぇな」
パッと考えられる違いはやはり、脳の大きさか。そこら辺にいるトカゲとトルノでは当然、脳の大きさは違う。だが、野犬とライカンはそこまで違うのか?
「脳。ですか? 余り詳しくはないんですけれど、物を考えたりする場所なんですよね?」
「そうだよ」
現代においてはふんわり把握している知識でも、この世界では違う。むしろ、脳と言う概念を知っているだけでも、トルノは相当博識な方なのだろう。
この世界の者達は、例の巨大な目玉のせいで脳が縮小してしまっている。実は人間と思っている者達は犬と変わりないのではないか? そんな可能性を考えると、薄ら寒い物を感じた。
「GO陛下は何を考えているんだろう。あの目玉を使って、皆を犬の様にジュージューな存在に仕立て上げるつもりなんでしょうか?」
「ワン……ワン……」
鈴木が場を和ませるつもりで犬の鳴き真似をしてみたが、トルノはこれをスルーした。
「怖いですね。ひょっとしたら、僕達の仲間も攫われて同じ様なことをされるかもしれません。鈴木さん、急ぎましょう!」
「おかのした」
食事と休憩を挟んで、気力も体力も充実した鈴木はトルノと共に歩き出す。幾ら、鈴木の身体能力が凄くとも山を渡れるかどうかは別だった。自然には、鞭を呑み込むだけの脅威がある。
その点、トルノは賢者であった。蜥蜴人(リザードマン)の次期代表の肩書は伊達ではなく、山の歩き方から食べられる野草や昆虫の見分け方。脅威となる獣との接し方まで熟知していた。
「あそこにいるのは赤豚と白豚です。と言うことは、近くにヒゲクマも居ますね」
「誰だよ」
赤豚と白豚と言う名前通りの毛色をしていたが、口の端から生えた剛健な牙はイノシシを彷彿とさせた。奇妙なのは、二頭がゴロリと横たわっていることであり、彼らの体にはツタが這っていた。
だが、注視して見れば、豚達の体を貼っているツタが彼らの体表で幾何学模様を描いていることが分かるだろう。つまり、これは自然に絡まった物ではないと言うことだ。トルノが指を差した。
「見て下さい。アレが、ヒゲクマです」
「ファッ!?」
現れたのは3m近くある巨大なクマだった。彼は豚達を殺さない程度に叩き、嬲り、相手の反応を見つつ鳴き声を堪能していた。
「赤豚ァ! 白豚ァ!」
咆哮を上げながら叩くのと同時に、二頭の豊満なボディがブルンと揺れた。あまりにも魅力的な光景に、鈴木は生唾を呑み込んだ。
「ああやって、赤豚と白豚を捕食する前に嬲るのが特徴なんです。そうすることで旨味が増すことを、あのヒゲクマは知っているんです」
先程の野犬とは違い、豚は食い慣れた食材だ。喉が鳴る。両手に力を込めた所で、トルノに肩を叩かれた。
「駄目です。僕達は既に必要な命を借りました。これ以上はやり過ぎです」
「なんか足んねぇんだよな」
「それでもです。僕達は自然にイカされているんです。これを冒しては災厄に見舞われる。それが、僕らの教えなんです」
「おかのした」
まだ、食い足りぬと感じた所はあったが、トルノの表情があまりにも真剣だったので、鈴木も頷かざるを得なかった。
たわわな肉を諦め、トルノの後を付いて行く。野草や昆虫と言う質素な物を口にしながら、偶に我慢できずに襲い掛かって来る動物を返り討ちにしては口にしていた。
「ヴォー……」
「うん。美味しい!」
「どうして、インム君が?」
「誰だよ」
「森の中に住まう獣です。本来は、自分より体躯の大きい相手を襲うことはしないんですけれど」
耳をすませば、辺りには『ヴォー…』と言う消え入りそうなインム君の鳴き声が響いていた。
「頭に来ますよ!」
「確かに。頭に響いてくるような鳴き声です」
何かから逃げている様な動き方だった。トルノは焦燥感に駆られていた。何か、途轍もないことが起きているのではないのだろうかと。
「鈴木さん。僕達の拠点はこの近くにあるんです。急ぎましょう」
「おかのした」
逸る気持ちを抑えるようにして、今までの慎重さを最低限にして歩を進める。
進んだ先。トルノにとって見覚えのある木々が立ち並ぶ場所に立ち入った時から、異変は起きていた。血の跡が点々と続いていたのだ。
「不味いですよ!」
「ヌッ!」
既に事は起きている。駆け出そうとしたトルノを鈴木が押し倒した直後である。彼らの頭上を風の刃が通り抜けた。周囲の草が舞い、怒涛の勢いで火球、氷柱、落石が降り注いだ。
「アッー!!!」
「暴れるなよ。暴れるなよ」
あの血痕は罠だった。この付近に控えていた者達は、明確な殺意と共に待ち構えていた。トルノに攻撃が当たらぬ様に鈴木が身を挺して庇っていた。
何一つとして彼を傷つけるには至らなかったが、攻撃の手は緩まなかった。続いて戦斧を持った大柄な男性と両手剣を構えた少女が飛び掛かって来た。
「死ねぇ!!」
既に両者は興奮状態にあるのか、彼らは巨大な目玉を限界まで見開いていた。必殺の一撃が迫るが、鈴木は慌てることなくトルノを放り投げた後、少女の足を掴んだ。
「見とけよ、見とけよ~」
もう片方の足も掴んだ鈴木は、両足を外側に向けてあらん限りの力で引っ張った。力を入れ過ぎた為か足首の骨は砕け、内出血が起き、大腿骨頭が股関節から引き剥がされ、筋線維が引き延ばされ、限界まで引き伸びブチブチと千切れて避けていく。
「ギャァアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
「FOO↑ 気持ちい~!」
「ハッハッハァ!!」
前回の洞窟での戦いと違い、目の前の男は戦意喪失することも無く。むしろ、この猟奇的な光景を見て興奮さえしていた。湯気が立ち込め、あまりの熱量から周囲の光景が歪む。
「良いよ! 来いよ!」
ここにいるのは獣が2匹。先程の様な赤豚、白豚、ヒゲクマの様に捕食されるだけの関係には非ず。戦斧と凶器と化した五体での接戦が繰り広げられていた。
一方、突然の襲撃に冷静さを失っていたトルノは爬虫類特有の冷静さを取り戻してた。目の前で上半身だけになりながら足掻いている女の頭部を、近くにあった石で叩き割った後。彼女の武器を奪った。
「はぇ~、ここは僕らの家の中だぁ」
自分達のテリトリーに入って愚を犯すことの代償が以下程の物か。先程まで、賢者然としていた彼の瞳孔は、狩人然として引き絞られていた。