幸薄少女の世話係   作:直江

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掃除

「私の部屋で少し休んでく?」

 

 学校帰り、土砂降りの雨の中、家の鍵を落として家の前で落胆していた俺、立石与一(たていしよいち)に、ちょうど窓から外を眺めていた少女、宵崎奏(よいさきかなで)が声を掛けてくれた。

 奏にしては中々気が利くなと関心したものの、招かれた家の中は滅茶苦茶だった。

 どの程度滅茶苦茶かを説明すると、床一面ゴミばかりで、逆にゴミがない場所を探すのが難しいくらい滅茶苦茶な状態で、足場というものが一切ない。

 正確に言えば、ゴミというか、奏が書いた譜面の没案なのだが。没と言っても奏が手掛けているから、完成度はそれなりに高いだろう。人によっては宝の山に映るかもしれない。

 だが、価値があろうとなかろうと、こうしてバラまかれ部屋の景観を損ね、ゴミ部屋を形成する一因になっているのは事実。

 ゴミ部屋に人を招くとは失礼ではないだろうかと思考してみるものの、大雨の中、家の中で雨宿りさせてくれるという100%の善意である以上、強く責めることができないのが悲しいところだ。

 

「なあ、何で一日でこんなにゴミが増えてるんだ?昨日、俺がちゃんと掃除してやったろ」

 

「…………」

 

 奏は無言で目を逸らしている。どうやら言い訳を考えているらしい。しかし、思い浮かばなかったらしく、すぐにこちらを見て言った。

 

「昨日鑑賞した映画が凄く衝撃的で、インスピレーションが湧いて、それで作業に没頭しちゃって...気が付いたらこんなになってた...」

 

 前髪を指でくるくると弄りながら、奏は申し訳なさそうに言った。

 いっそ悪びれず、あっけらかんとされれば怒れたものを、こんな弱った態度を取られると、こちらが困る。

 

「それはいいんだよ。熱が入って、次から次へと没譜面が生産されることはしょうがないし、大量の譜面はむしろ努力の証みたいで格好いいと思う」

 

「...な、なら」

 

 僅かに期待が篭った目を向ける奏だが、話はまだ終わっておらず──

 

「けど、問題なのはゴミ箱に捨てたりファイルに収納するんじゃなくて、床面に散らばってることだ。そこにあるゴミ箱は飾りか?ゴミを入れることのない空っぽのゴミ箱なんて、もうそれはゴミ箱としての存在意義を失っているんじゃないかと俺は思うわけだが」

「う......」

 

 奏が言葉に詰まる。

 俺は溜め息をついてから、散らばった譜面に手をつけ、部屋の片づけを始めることにした。

 それから一時間が経って、ようやくゴミ部屋は綺麗になり、足の踏み場も無かった床の上には、スズランテープで纏められた譜面と、ゴミ袋だけが残っていた。

 

「ごめんね……いつも」

 

 またもや申し訳なさそうにする奏に、俺は呆れながら言う。

 

「全く……今度からはちゃんとゴミを捨てるようにしてくれよ。じゃないとまた俺はこのまま毎日ここに来る羽目になる」

 

「......じゃあ、綺麗になったら、うちにはそんなに来なくなるってこと?」

 

 少し悲しげな表情を見せる奏。

 なんだか会話が嚙み合っていない気がするが、一応首肯しておいた。

 

「綺麗になったら、来る頻度は少なくなるだろうな。まあ、たまには来るよ。一週間に一度くらいは確認の為にな」

 

 そう言うと、悲しげだった奏の表情が更に色を失っていった。

 

「部屋が綺麗だと、一週間に一回で...部屋が汚いと、毎日来てくれるの?」

 

「ん?まあ、そうなるな」

 

「う、どうすればいいの...」

 

 奏は頭を抱えて、悲壮感を漂わせるように俯いた。

 

「...これはもう、掃除しないで部屋を汚くし続けるしかない」

 

「おい、どうしてそうなった」

 

「これで毎日会えるね」

 

「そんな清々しい顔で言われても」

 

 ゴミだらけの部屋に毎日足を運ぶのは嫌だが、奏に会いに行くこと自体は別段構わないと俺は思っている。

 むしろ、奏と話すのは好きなくらいだ。

 ただ、こうして甲斐甲斐しく世話をしてしまえば、奏をより堕落させてしまうのではないかという懸念がある。

 幼馴染として、奏には自立してほしいと俺は常日頃から考えているのだ。

 だが、この様子では当分先になりそうだ。

 いっそ一週間くらい放置してみるのはどうだろうと考えたこともあるが、万が一奏に何かあった時のことが怖い。

 なので、甘すぎず厳しすぎずの適度なサポートが理想なのだが、そう上手くはいかないようだ。

 

「...今まで何となくほぼ毎日来ていたが、これからはきちんとした日数を決めようと思う」

 

「週に七日来るのがいいと思うよ」

 

「毎日じゃねーか。それじゃ駄目だ」

 

「駄目じゃないと思うよ」

 

「...決めた。三日に一度だ」

 

「勝手に決めないでほしい...私の意見も尊重してほしい」

 

 奏が不満の声を上げる。

 これでも抑えた方なのだ。

 本当は五日に一度くらいにしようと思ったが、そうなると恐ろしいレベルのゴミ部屋が誕生する可能性があるからな。

 なんせ、昨日の今日であの惨状だ。

 奏は音楽の天才であると同時に、部屋にゴミを発生させる天才でもあるのだ。

 神は二物を与えず。そのくらいの短所があって、やっと奏の音楽の才能が成立するのだろう。

 

「文句言うなら、一週間に一度にするぞ」

 

「わかった……それで我慢する」

 

 奏は渋々といった感じで了承してくれた。

 

「良い子だ。じゃあ、雨も止んだことだし、俺はもう行く。次は三日後にくるからな──って、どうした?」

 

 奏の頭を撫でてから、玄関口に向かおうとした俺の袖を、奏が掴む。

 その目はどこか不安げに揺れていた。

 心がズキリと痛むのを感じた。

 もういっそ、ずっと奏の傍にいて、何でも言うことを聞いてやった方が、俺の気持ちは楽になるのかもしれない。

 が、そんな馬鹿な考えは瞬時に捨てて俺は言った。

 

「...本当に辛かったら、すぐに呼べ。絶対に駆けつけるから」

 

「うん...ありがとう」

 

 こくりと奏は頷いた。

 

 ────

 

 学校から家までの道を辿ってみると、幸いなことに鍵は見つかってくれた。

 落とした時にすぐわかるように、派手なストラップをいくつもつけていたことが功を奏したようだ。

 家からそこそこ距離がある交番まで行く手間が省けてよかった。

 

「...こういう時、家族と一緒に住んでる奴は、親だったり兄弟だったりに開けてもらえば、家に入れるんだろうな」

 

 所持品管理の責任は全て自分に委ねられる。一人暮らしの辛い所である。

 鍵を失くした時の絶望感はヤバい。

 庭の鉢植えの底とかに合鍵を隠して、緊急時に取り出すという方法を取っている者もいるだろうが、俺には恐ろしくてできない。

 万が一、悪い奴が鍵を見つけたらと思うと、ゾッとする。

  

 そういえば、俺は小学生の頃にも鍵を失くしてしまったことがある。

 その時はどうしたっけ。

 ...ああそうだ。宵崎家にお邪魔になったのだ。

 まだあの家に人が二人住んでいた頃に。

 俺は家に向かいながら、宵崎家との出会いを、記憶の中から掘り起こしていった。

 

 ─────

 

 ピンポーンという軽快な音が鳴った。

 珍しい。誰かがこの家のインターホンを押すなんて。

 父さんがまた気まぐれで何かを送ってきてくれたのだろうか。

 ゲームを中断し、ハンコを持って玄関を開けた。

 

「えっ...」

 

 予想が外れ、唖然としてしまった。

 ドアを開けた先にいたのは、配達員さんではなかった。

 

「誰...ですか?」

 

 物腰柔やかそうな男の人と、女の子がいた。

 目の前にいる二人が親子であることはすぐにわかった。顔立ちが似ているから。。

 父親の後ろに隠れるようにして立っているのは、自分と同じくらいの年頃の女の子だ。というかクラスメイトだった。話したことはないけど。

 確か『かなで』と呼ばれていた気がする。名字は覚えていないが、他に聞いたことのない珍しいものだったと思う。

 僕は疑問に思った。なぜこの親子は僕の家を訪れたのだろうかと。

 そうして固まっていると、柔和な笑みを浮かべた『かなで』の父親が身を屈めて、僕と目線を合わせると、こんにちはと挨拶した。

 

「...こんにちは」

 

「ごめん、少し驚かせてしまったかな。今日は君に直接お礼を言いに来たんだ」

 

「お礼?」

 

「ああ。昨日、クラスの子にちょっかいをかけられていた奏のことを助けてくれたんだろう」

 

 思考を巡らせてみるが、思い当たる節はなかった。

 昨日の昼休みにクラスメイトと言い合いになって、帰りのホームルームで先生に叱られたのは覚えている。けれど、その背景にこの女の子がいたかどうかなんてことは忘れた。

 助けた覚えがないのは事実だ。

 言動なのか行動なのか、何となく相手のことが気に食わなくて、突っかかった。それだけのことで、誰かを助けようとしたなんて、褒められた理由で喧嘩したわけじゃない。

 

「別に助けたつもりなんてない。だから、お礼を言われる筋合いもない」

 

 否定すると、父親の後ろでモジモジしていた『かなで』が僕の方に歩み寄った。

 

「...お礼が言いたかった。あ、ありがとう」

 

「うん、本当にありがとうね。ところで、今、親御さんはいらっしゃらないのかな?親御さんの方にもお礼を言いたいんだ」

 

「......親は、父さんは出張で家にいません。だから、家には僕一人です」

 

 そう告げると、『かなで』の父さんは少し考える仕草をしてから、再度僕に目線を合わせた。

 

「......そうか。もし、君が良かったらなんだけどね、うちでご飯を食べていかないかい?お礼も兼ねて」

 

 お礼を言われる筋合いは無いと言ったはずなのに...

「いえ、結構で───」

 断ろうとしたところで、ぐうう、とお腹が鳴ってしまった。

 僕は赤面しながら、視線を逸らす。

 

「どうかな?」

 

「.........はい。お願いします」

 

 空腹を悟られてしまった手前、食事の誘いを断るのは、何だか意地を張っているようで、子供っぽいと思い、僕は宵崎家の食卓に招かれることになった。

 

 ─────

 

 これが奏との出会いだった。

 この頃の俺はいつも家に一人で、自暴自棄になっていたせいか、友達が全くできなかった。

 遊びと言えば、父さんがくれる大量のお小遣いで買ったゲーム機を一人でプレイするだけだ。

 面白そうなソフトが発売されたらすぐに買って、それを何度も繰り返して、一人遊びに飽きることはなかった。

 同年代の中では、相当ゲームをやりこんでいたから、上手い方だったと思う。対戦する友達はいなかったから、ゲームの上手さなんて何の意味もなかったけど。

 だけど、そんな俺に奏という友達ができた。

 奏も友達が多い方ではなかったから、俺達はいつも一緒にいた。

 付き合いは中学に進学してからも続いて、それから奏の方で色々とあって、一時期疎遠になったけど、今はまたこうして関わりを持っている。

 小学生の頃から、ここまで長く交流を持っていると思うと、何だか感慨深いものがある。 

 

 過去の思い出を懐かしんでいたら、家に着いてしまった。

 もう失くすまいと財布にしまっていた鍵を取り出し、俺は誰もいない家に帰還するのであった。




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