幸薄少女の世話係 作:直江
『BAD DOGS』が出場したイベントは、控え目に言って最高だった。
失礼な話ではあるが、正直言うと、俺はそこまで冬弥のバンドに期待をしていなかった。
中学生コンビなんて彼ら『BAD DOGS』の一組だけで、他は大人ばかりだったから、ぱっと見場違い感があった。
冬弥の歌唱力は高さは知っていても、結局は場数をたくさん踏んできたベテラン組の実力の前に霞んでしまうのではないかと思っていた。
けど、冬弥は──否、彼らは大人顔負けの歌唱力、パフォーマンス力を発揮し、連中と肩を並べて見せた。
そして、何より凄いのは彼ら、冬弥と彰人君の互いの信頼によって成り立つ結束力だ。
コンビ結成からそれほど時間が経っていないという事実を、本当かと疑いたくほど二人の歯車は上手く嚙み合っていた。
丁寧に研ぎ澄まされた歌唱力で観客を吃驚させる冬弥、そして、会場を沸かせる熱烈なパフォーマンスと情熱的な歌を披露する彰人君。それらが上手く交差し、あの日一番の盛り上がりを作っていた。
スタイルは対照的なのに、相性は抜群。
しかも、まだ中学生でまだまだ成長段階にある将来性の塊だ。
所謂、金の卵というやつだろう。
ライブが終わると、俺と寧々は舞台袖で『BAD DOGS』の二人と挨拶をさせてもらった。
冬弥も礼儀正しい方だが、彰人君は輪にかけて、折り目正しい子だった。
舞台の上ではパッションに溢れた熱い男というのもあって、そのギャップにやられる女性ファンは多い事だろう。
ちなみに寧々に聞いたところ、「裏表がありそう」と一言だけ。全く、もう少し人を見る目を養えと言いたい。
あんな気の良さそうな奴に裏があるわけないだろ。
そんなこんなで俺の初ライブというかイベント参加は成功に終わった。
全体的に陽属性の観客が多い為、空気の合わなさは若干感じてたものの、最終的には楽しむことができたのだ。
───────────
インターホンが鳴った。
モニターに映っているのは、奏の姿だ。
普段と変わらないジャージ姿をしている奏は、なんだか浮かない顔をしている。
昼夜問わず日がな一日、作曲活動に勤しんでいる奏だが、急に調子が出なくなることが稀にあるらしい。
そんな時は決まって、羽を休めに俺の家を訪れてくる。
ここ最近は好調だったのか、来ることはなかったが──よし、盛大にもてなしてやろう。
タイミングの良い事に、さきほどTSU〇AYAで面白そうな映画をいくつか借りてきたところだ。
「よ、久しぶり」
「あ、今日はいるんだ...」
奏の言葉の意味がわからず、俺は唖然としてしまう。
まるで家にいることが珍しいみたい言い方だと思ったが───考えてみれば、最近の俺は確かに一日のほとんどを外で過ごしている。
平日は学校に塾に、たまにゲーセン。
休日は冬弥と彰人くんの行きつけらしいカフェ『WEEKEND GARAGE』に行って、晩飯を食いつつ、ライブ鑑賞に興じたりと。
部屋でダラダラ過ごすのが至高だと信じていたインドア思考の俺が、いつの間にか結構アクティブな人間になっていたみたいだ。
「今、大丈夫?」
「ちょうど暇してたとこだ」
「はいるね...」
促すと、奏は若干ふらつきながらも慣れた所作で靴を整え、居間の方に入っていった。
これは相当憔悴しているな。目にクマがあることから、あまり眠れていないみたいだし。いつにも増して気力が感じられない。
「元気ないな。また、作曲のことで悩んでるのか?」
ソファに腰を下ろした奏は、黙したまま俯き加減で床を見つめている。
何度見ても、痛ましい姿で、俺の胸も同時に締め付けられる。
奏は自分の生活の大半を犠牲にして、人の心を救う為の音楽を作り続けているのだ。
父親を追い詰めてしまったという後悔から生じた、作曲という名の『義務』は、同時に奏の生きる目的でもある。
それが失われたとあれば、今の奏の胸中はドロドロとした苦痛に溢れていることだろう。
そんな大切な幼馴染でもある奏の為にできることが、こうして家に招きいれるだけというのは口惜しい。
俺の力では、根本的な問題を解決するには足りないのだ。
ならば、せめて奏の一番の味方として、悩みのはけ口となり、少しでも不安を和らげてあげたい。
「違う...」
違うらしい。
「最近ね......やっぱ、何でもない」
零しかけた言葉を打ち切り、口を閉ざした。
何でもない──というには、表情が暗すぎる。
作曲のことで悩んでいないというのは、本当だろう。
別のことで悩んでいて、だけど、俺には言いにくい。
もどかしい。奏が思い悩んでいるなら解決はできずとも、何かできることがないかと模索したい。
けど...言いたくないなら、無理に聞き出すのはよしておこう。
しばらく沈黙が続いた。
奏との静かな時間は俺にとって心地よいものだったはずが、今日は若干のきまずさを感じていた。
声を掛けられず、かといってこの場を離れるわけにもいかない俺と、曇った顔で床に視線を落としている奏。
「...あまり掃除しにきてくれなくなったけど、やっぱり忙しいから?」
膠着状態が続く中、沈黙を破ったのは奏だった。
手持無沙汰で視線をちらちら泳がせていた俺に対する気遣いか、それとも奏の悩みに関係している質問かはわからないが、せっかくの奏からのパスだ。
「...忙しいっていうのもあるが、やっぱり女の子の部屋は女の子が掃除した方がいいかと思ってな。穂波ちゃんに一任することにした」
いくら気心の知れた幼馴染と言っても、もう高校生だ。
作曲過程で生まれた没譜面ならまだしも、脱ぎ捨てられた衣服を恋仲でもない男子が片付けるのは良くない気がした。
やましい気持ちは抱いていないつもりだが、たまにドキッとすることがあるのも事実。
穂波ちゃんともだいぶ親しくなっているみたいだし、もうそれは俺の役割ではないと判断したのだ。
「そうなんだ。ならもう、わたしの家に与一が来ることはほとんど無くなるんだね」
「え?いや、そんなことないぞ。ほら、たまには一緒に映画見て、息抜きしたりさ」
「ここ二か月くらい、そんな息抜きした覚えない...」
奏の言葉に俺ははっとした。
考えてみれば、確かにそうだ。
だけど、それは日がな一日、作曲に没頭している奏の邪魔をしたくないという心遣いの結果で。
スランプに陥った時のように、奏が俺の家に赴いてくれば、存分にもてなす心の準備はしていたのだが。
俺は受動的に構えすぎていたのかもしれないと、思い直す。
外出頻度を増やし、人との交流を増やすようになったが、奏に接する時間は少なくなっていた。
奏のことは常に意識し、何かあればすぐに助けに駆け付けるつもりでいた。
けど、困っている時だけじゃなく、困っていない時にでも奏に会いに行くべきだったのかもしれない。
普段、あまり外出しない奏は人との交流が他の同年代に比べ格段に少ない。
なら、数少ない話し相手である俺と会う機会が少なくなったことは、奏にとって──。
「寂しかったのか?」
「...うん」
半ば確信めいた質問に、奏はこくりと頷いた。
「高校生になってから、与一......楽しそうで、わたしの家に来ることも少なくなって...」
ぽつりぽつりと、言葉を零していった。
力のない声で、どこか震えているような気もして。
「もう...わたしのことも......興味なくなっちゃったのかなって」
奏の言葉を一言一句聞き逃すまいと、耳を傾けている俺の胸中は後悔でいっぱいだった。
心の中で、俺は奏のことを強い女の子だと思ってしまっていた。
『人を救う音楽を作り続けなければいけない』
16歳の女の子が持つには、大きすぎる使命をその身に宿し、有り余る才能を持って、作曲に心血を注ぐ奏の姿を見て、忘れていたのだ。
誰より繊細で、寂しがり屋な女の子だったということを。
「ごめんな。本当に、寂しかったよな」
後悔を胸に、俺は奏の頭を撫でた。
こういうことも、本来はするべきではないかもしれない。
でも、一番甘えられる相手が目の前からいなくなってしまった奏には、多分必要だ。
穂波ちゃんだけで十分だなんて、勝手な俺の思い違いだった。
奏から拒絶されない限りは──ずっと傍にいよう。
少しでも俺が奏にとって寂しさを紛らわせられる存在であれるなら。
「久しぶりに一緒に映画でも見て、ゆっくりしようか」
──────────
映画を見終わった俺達は、そのままソファに横並びになって座っていた。
感想を少し語って、それから会話はない。
だけど、その沈黙はさっきと違って、心地いいものだ。
ただ気になることが一つだけある。
「あの、奏さん。なんか近くない?」
「そう?いつもこのくらいの距離だったと思うけど」
「そ、そうだったかなぁ」
思い返して見ても、こんなぴったりと密着していたことは今までで一度もなかったんだが。
──いや、一度はあったか。
怖すぎて号泣必至と噂のホラー映画を一緒に見て、奏が震えながら、肩を寄せてきたことならある。
けど、これ感動モノのドキュメンタリー映画だからな。
でもまあ、すごい幸せそうな顔してるし、いいか。
「...寂しかったの認めちゃったから、もう甘えたいのも隠さないことにする」
「隠す必要なんてなかったのに」
「迷惑かなって思って」
「奏のことを迷惑だなんて思ったことない」
「そっか。じゃあ、これからはたくさん与一の家に遊びに行くからね」
「こいこい」
結局のところ、どちらも遠慮していたのかもしれない。
親しい間柄だからこそ、無遠慮に相手に対して踏み込めなくなってしまった。
迷惑をかけたくない、嫌われたくない。
言葉を介して、相手の気持ちを理解することを忘れていたのだ。
だけど、もう大丈夫だろう。
だって俺達は───。
ピロン、と軽快な音がスマホから鳴った。
バナーに表示されたのは、
寧々「次の日曜日、秋葉原の方まで行こ。10時にハチ公前集合だから。破ったら罰ゲーム✖」
なんだ、寧々か。
罰ゲームってなんだろう。ろくでもない罰には違いないだろうが。
予定も聞いていないにも関わらず、決定事項のような連絡に嘆息していると、何やら隣からじーっと視線を感じる。
「いたっ...ちょ、いきなりつねるなよ」
「つねってないよ」
「そんな堂々と嘘つかれても...今、この部屋に俺と奏以外いないだろ」
「おばけがいるかもしれない」
「ははは」
「何笑ってるの」
「い、いたぁ!こ、これ。痛いって!」
可愛い言い訳に笑ってると、再度つねられる。今度は横っ腹だ。
おかしいな。
ビンの蓋を開けるのもままならないほど非力な奏が、ここにきてとんでもない怪力を発揮している。
「誰?」
怒りと不安が同居した絶妙な表情で、奏が尋ねてくる。
横っ腹を掴んだ手は離れていないままだ。
「一つ下でよくゲームセンターで遊ぶ子です」
あまりの剣幕につい敬語になってしまった。
「どこで会ったの?どういう関係?」
一段と掴んだ手に力がかかる。
まだ余力を残しているとは末恐ろしい。
もしかしたら、次の返答次第では、俺の横っ腹が千切れるかもしれない。
慎重に、俺は言葉を選ぶことにした。
「渋谷にある、とあるゲームセンターで会いました。関係は...友達ですね」
意識したことはないが、寧々との関係はゲーム友達であっているだろう。
ただの知り合いと言うには、交流を持ちすぎている。
改めて関係性を言葉として定義づけてみると、むず痒いものがあるな。
これは友達が少ないゆえの感覚なのだろうが。
「彼女じゃないの?」
「違います」
否定すると、横っ腹にかかった力が緩んだ。
どうやら、許されたらしい。
ピロン。
体の部位が欠けずに済んだことに安堵していると、またスマホが鳴った。
表示されたバナーには、またもや寧々のメッセージがあった。
寧々「返信早く。忠犬でしょ?」
先ほどと同じく、奏もばっちり端末画面を確認していた。
でも、今度は奏の表情に怒りなんてものはなくて、あるのは困惑だった。
眉をひそめ、どういった意図のメッセージかを考えているようだ。
そりゃあそうだろう。年下の女の子に忠犬と呼ばれているのだ。
誰だって気になる。
「忠犬...?」
「忠犬...」
沈黙すると後ろ暗いことがあるのかと邪推されるかもしれないし、かといって余計なことを言って、また奏の顰蹙を買ってしまうことを恐れて、取りあえず復唱だけしておく。
いや、後ろ暗いことなんてないんだけどね。
忠犬もあいつが勝手に言ってるだけで、俺は忠義を誓ったこともないし、犬でもない。
「忠犬なの?」
「違います」
「何で、忠犬って呼ばれてるの?」
「知りません」
「本当に?何も心当たりもない?」
奏の質問、もとい尋問は奏が納得するまで続きそうだ。
このまま要領を得ない答えを返し続けていれば、あの怪力によって、俺の体が千切られる事態が起きるかもしれない。
ここは、多少俺の予想でもいいから、整合性がありそうな解答を考えないと。
「寧々はさ」
「名前呼びなんだね」
一瞬、殺気が注がれるのを感じて、ぞわっとしてしまった。
けど、怯めば逆に怪しく思われそうなので、無理やり冷静さを装う。
「まあ、それは置いとこう。あいつは少し生意気な奴でさ、年上の俺に対しても、横柄な態度を取るんだ。それで、たまにだが俺のことを『忠犬』って呼ぶようになったんだ。全く、だったらお前は俺の飼い主かっての。ははは」
「そうなんだ」
誰にでも生意気な態度を取るわけじゃなく、あくまで俺に対してだけなんだが、それは伏せておこう。
実際に、奏と会うような機会があれば、俺の話と齟齬が生じてしまうだろうが、幸なことに奏はあまり外に出ない。
奏と寧々が鉢合わせることなんてまずないだろう。
「納得した?」
「...一応した」
奏の怒りの根源はわからなかったが、取りあえずは難を逃れることができたことに俺は胸を撫で下ろした。
行間について
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頻繁に開けた方がいい
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適度に詰めた方がいい
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詰め詰めでいい