幸薄少女の世話係 作:直江
恋愛要素の描写は自分には難しいかもしれません(´;ω;`)
PCを起動した。
ウィーンと起動音が鳴ってから、ディスプレイに画面が表示された。
パスワードを慣れた動きで打ち込むと、一秒も経たずにホーム画面が立ち上がった。
今の作曲の主流はDTM───デスクトップミュージックと言って、パソコンを利用するものだから、作曲効率を上げる為には、CPUの処理速度の高いものを選ぶ必要があった。
通販で評価が高く、性能が高いものをとりあえず選んだだけだが、今のところは快適に使えていて問題ない。
現代の作曲家にはこういった機械の知識も要されるのだ。
逆に言えば、それに適応できない───わたしのように幼い頃からそれらに触れてきたデジタルネイティブではない世代の人間からすれば、作曲一つするだけでも骨を折る。
科学技術の発展が著しい時代だ。
時代の流れに取り残されない為にも技術力だけでなく、技術の変遷への適応力も求められるのだ。
ホーム画面にショートカット表示させている大手動画配信プラットフォームのアイコンをクリックすると、画面全体にわたしが管理しているアカウントのダッシュボードが表示された。
ここでは、アナリティクスと言って、わたしが投稿した動画について───視聴回数、総再生時間、登録者の増減等を一目で確認することができる。
数値自体にはそこまで拘泥しないが、数値と言う指標は、わたしの曲がどれだけの人に届いているかを確認することができるから、重要な要素ではある。
だからこうして、適度にアナリティクスを確認することにしている。
一番はコメントを貰うことだけど、誰しもが、直接言葉にして伝えてくれるわけではない。
数値は物を言わないけど、より多くの人がわたしの曲に関心を持ってくれているのだと思うと、嬉しい気持ちになれる。
わたしの作った曲が一人でも多くの人にとっての救いになるといいな。
曲の投稿を始めたばかりの頃に比べれば、だいぶ再生数が伸びてきた。
この調子で上昇していけば、近い内にわたしのもう一つの目標に手が届くかもしれない。
以前、与一がぼやいていた言葉を思い出す。
「高校生だからまだまだ先の話だってことはわかるんだけどさ...働きたくねーなぁ。どうにかして社畜になる選択を回避することってできないかなぁ」
「与一は働きたくないの?」
「まあ、無理だろうけどな」
「わかった。わたしが何とかしてみる」
「え?何とかしてみるって言ってもな」
「任せて」
「あ、ああ。じゃあ任せる」
あの約束を果たせるかもしれない。
わたしを信頼して、確かに任せると言ってくれた与一に応えたい。
頑張り次第では、与一は働く必要がなくなり、願いを叶えてあげられる。
それに、わたしにも十分すぎるほどの利があるのだ。
たまに、ある考えが不意に頭を過ることがあった。
それは一つの可能性の話に過ぎないけど。
いつかは与一はこの街から巣立って、わたしと別の人生を送っていくのかもしれないということ。
その先で大切な人と巡り会って、一生を添い遂げたり────
そんな未来を考えただけで、胸が締め付けられるように痛くて、とても寂しい気持ちになった。
控え目ではあるが、好意を示しているはずなのに、どこか与一はわたしのことを一人の女の子として、見てくれていないように感じる。
だけど、わたしが与一の願いを叶えてあげられるなら。
もしかしたら、振り向いてくれるかもしれない。
ありがとう、よくやった、と頭を撫でてくれるかもしれない。
可能性の話に過ぎないけれど、自然と頬が緩んでしまう。
わたしは今と変わらず、作曲を続けていて、与一ともいつでも会える。
望月さんにもずっと居て欲しいけど、それは少し欲張りかな。
それで─────お父さんも。
行動次第でどんなようにでも変容する未来に思いを馳せていると、ピコンとPCから音声が鳴った。
「雪からだ。えと──今日はミーティングできないんだ。用事でもできたのかな?」
雪───少し前からわたしがネットを通して、関係を持つようになった人だ。
出会いは、雪がわたしの曲に対して送ったあるコメントが発端だった。
コメントと言っても、URLが添付されているだけのものだったけど。
何気ない気持ちでリンクを開いて、その曲を聴いた瞬間、私の脳内に衝撃が走った。
原型はわたしの曲のはずなのに、雪によってアレンジされたそれは、曲としての性質が全く異質なものへと変化していた。
絶望が塗り固められたような──いや、その絶望の先にある何も存在しない空虚な世界がそこにはあった。
アレンジの技術としては未熟と言わざるを得ないはずなのに、音の使い方が独特で、わたしが考えもしなかったようなイメージがそこには広がっていた。
これは───わたしの曲に応用できる。
時間はかかったが、雪のアレンジから得られたインスピレーションを自分なりに噛み砕いて、何とか納得できる曲として落とし込むことができた。
当時は自分が作る曲に限界を感じていて、相当気が立っていたのを覚えている。
そんな中、雪との接触を経て、わたしの曲に更なる可能性があるのだと実感できたのだ。
それで、早くその新しい感覚をモノにしたいと、連日連夜、作曲に打ち込んでいたせいか体にガタが来てしまい、倒れてしまったのだ。
病院で目を覚ますと、おばあちゃんが心配そうな顔でベッドに横たわるわたしの顔を見ていた。
倒れていたわたしを助けてくれた人───望月さんとはその時に出会ったのだ。
家事代行は正直気が進まなかったけど、この出会いがわたしにとって貴重なものだったと今となってはわかる。
それまでの不健康そのものだった生活が一変して、お父さんの見舞い以外でもたまに外に出るようになって、その結果与一とも再会できた。
酷い突き放し方をしたのに、そんなこと忘れたような顔をして、昔みたいにわたしに笑いかけてくれて、嬉しかったな。
───与一のことを考えてたら、会いたくなってしまった。
作業もひと段落ついたところだし、遊びに行こう。
いつでも来ていいって言ってくれたし、もう学校も終わってる頃合いだ。
また一緒にソファでゆっくりしたいな。
──────────
学校からの帰りがてらに何となく『WEEKEND GARAGE』に寄ってみたら、思いのほか楽しくて、つい長居してしまった。
マスターの娘──杏ちゃんと言うんだが、これが本当に聞き上手で、本来人様に聞かせるものでもない私情までベラベラと喋ってしまった。
幼い頃から、父親が経営するカフェで大人たち相手に上手くコミュニケーションを取ることで磨いてきたであろう会話術には俺もすっかり圧倒され、虜になっていた。
加えて、あの恵まれたルックスだ。
同じクラスの男子なんかは全員、杏ちゃんに惚れてしまうのではないか。
そう思ってしまうくらいには、中学生離れした魔性の魅力を持っていた。
それはさておいて、俺は現在、とても困った状況に立たされている。
「.........」
現在の時刻はおおよそ17時。
家に帰ると、不貞腐れているのか、両腕で膝を抱えるようにして体を丸めている奏が、ソファの上に鎮座していた。
この間、合鍵を渡したから、家に居ること自体に疑問は感じない。
居間に入ってきた俺をちらりと横目で流し見ると、不快感を表すように唇を尖らせた。
怒っている奏も可愛い───とか言うと、更に怒らせてしまいそうだな。
そもそもなぜ怒っているか全く見当がつかないが。
さて、どうしたものか。
怒りの原因を把握できていないから、弁解のしようもないし。
かといって、黙しているわけにもいかない。
「なあ、奏」
柔らかなトーンを意識して、声を掛けてみる。
「.........」
「おーい、聞こえてるか?」
「.........」
俺の呼び声には見向きもせずに、丸めた膝に頭を埋めて、ますます殻に籠ってしまった。
これは相当に不機嫌のようだ。
中々見ることのない奏の珍しい様子に戸惑いを感じるも、俺は次の手段としてソファに乗っている奏の隣に腰を下ろした。
俺の接近に逃げないあたり、仲直りの余地はあるらしい。
膝を抱えた腕の隙間から、奏のじとっとした瞳がこちらを覗いているのが見えた。
次の俺の動きを観察しているようだ。
「なんで怒ってるのか、教えてくれないか?」
柔やかな声のトーンはそのままに、膝に埋まった頭から見える可愛いつむじの上から髪の毛の流れに沿うようにゆっくりと撫でた。
表情がよく見えないが、不機嫌なオーラが少し弱まり、若干顔に赤みを帯びた気がする。
「...いつでも来ていいって言った」
絞り出すような小さな声が聞こえた。
この距離でなければ、聞こえなかっただろう。
もしかしたら、さっきもなにか言っていたのかもしれない。
いつでも来ていい。
それは多分、この間のことだ。
奏が俺にちゃんと甘えるようになった転換期でもあるあの日に、確かにそのような旨のことを言った。
これからはたくさん遊びに行く、という奏の宣言に対して、俺は一も二もなく了承したのだ。
予想になるが、奏は今日のいつ頃かに俺の家に遊びに来たのだ。
あの宣言通りに。
だけど、俺は中々帰ってこずに、裏切られたような思いをしたのだろう。
「またゲームセンターに行って、あの子と遊んできたの?」
「違うよ」
あの子───寧々のことだろう。
この間、奏といる時にメッセージを送ってきた以来、謎のライバル心を燃やされ始めた草薙寧々さん。
当人は全くそのことを関知していないが。
「そうなの?」
半ば確信しての質問だったのか、予想外の俺の否定に顔を上げて、奏は安堵したような表情を見せる。
「ああ、そうだよ。贔屓にしてるカフェに寄って、そこの聞き上手なウェイターさんと話し込んじゃっただけだよ」
「そ、そうなんだ」
「あとな、俺に早く帰ってきてほしかったなら、前もって連絡するか、電話でもしてくれればよかったんだ」
奏がしょぼくれていたせいか、なぜか俺が悪いみたいな流れになっていたが、冷静に考えて俺は何も悪くないと思う。
反省するべき点があるとすれば、奏の寂しがり屋レベルを甘く見過ぎていたことだ。
しかし、これも友人と言える友人が俺と穂波ちゃんしかいない現状が招いた事象。
奏の孤独を埋める存在がこの二人しかいないというのは正直絶望的だ。
前々から計画していた『宵崎奏お友達増量大作戦』の決行を早めた方がいいかもしれない。
「うん...ごめんね。与一は何も悪くないのに...けど、与一が放課後に女の子と楽しそうに遊んでる姿を想像したら、凄く嫌な気持ちになっちゃって」
女の子と楽しそうに遊んでいる、か。
あながち間違っていないけど、奏の脳内では俺が女遊びにうつつを抜かしてるみたいな認識をされてそうで嫌だ。
実際、寧々は俺にとって、あくまでゲーム友達に過ぎないのだ。
現行の問題は一先ず解決したけど、後々の為にも奏の俺に対する誤った認識を正した方がいいかもしれない。
「ご主人様との遊びが楽しくて、私に構ってる暇なんてないのかなって思った」
「なんだよ、ご主人様って」
ご主人様という、全く心当たりのない単語が出てきて一瞬困惑したが、考えてみると、思い当たる節がないわけでもなかった。
おそらくご主人様とは寧々のことだろう。
この間の寧々からのメッセージの内容が未だに奏には引っかかっていたらしい。
俺→忠犬、寧々→主人
この馬鹿みたいな関係性が奏の脳内で構築されているようだ。
一応、説得はできたつもりだったんだが。
あいつが悪ふざけでしている呼び名がここにきて、俺を追い詰めているとは──寧々め、恨むぞ。
「他にもたくさんご主人様がいて、与一をみんなでシェアしてたりしない?」
「なんか、話がだんだん肥大してない?」
不安から生じたものとは言え、奏の見当違いの想像力にも驚かされる。
これはそろそろちゃんと本当に否定しないと、奏の中での立石与一像が大変なことになってしまうかもしれない。
現状の、奏の頼れる幼馴染的ポジションを死守する為にも、今一度奏の中での俺の印象を真っ当なものへと再定義させるべく、説得を試みることにした。
「俺って全然モテないんだよ」
「え?」
「奏も知っての通り、そもそも俺は小学生時代はほとんど友達がいなかった」
「う、うん」
事実だが、改めて振り返って見ると結構悲しい気持ちになってきた。
「そして、中学時代も同じく。あー去年はともかく、中学二年次までの俺に友達がたくさんいた覚えがあるか?」
「ない、かな」
「同性の友達すらできない暗い中学時代を送っていた俺が、一年も足らずにモテるわけないだろ」
「確かに...」
「ほら見ろ。L〇NEの友達欄だって、12人しかいない。通知も滅多に鳴らないし、これがモテる男に見えるか?見えないだろ」
納得したような顔で奏が頷いた。
これで、俺へのあらぬ誤解は解けたと言える。
一件落着だ。
と思ったのも束の間、それは突然再びやってきた。
またも最悪のタイミングで。
杏「今日はありがとうございます!立石先輩のお話、すっごく面白かったです!!4月から一緒の高校に通えるのが楽しみです!」
おっと。
律儀な子だな、杏ちゃんは。
タイミングが最悪だけど。
奏に端末画面を見せているので、メッセージの内容まで奏にはばっちり見られている。
まあ、このくらいなら何も問題はなさそうだが。
寧々「見て、この画像の犬。与一にちょっと似てるかも」
またかよ。
これだけでも、結構まずいのに更なるメッセージが投下される。
穂波「美味しいアップルパイのお店を見つけたんですけど、一緒に行ってくれませんか??内装がキラキラしてて、一人で入るの気まずくて...」
三件目のメッセージが来たところで、ひとまず通知は収まってくれた。
───正直、隣を見るのが怖い。
ゴゴゴゴゴ、と決して穏やかではないオーラがこちらに向けられているのがわかるから。
「杏って女の子の名前だよね。4月から一緒の高校に通えるってことは、一つ年下の子かな」
奏が淡々とした様子で杏ちゃんのメッセージを分析した。
怒っているはずなのに、声音が落ち着いているのが、かえって怖すぎる。
「そ、そうだな。さっき言ってた例のウェイターさんだよ」
「犬に似てるんだね。ご主人様から連絡きて、嬉しい?」
「だからご主人様じゃ───」
「嬉しいよね」
圧が凄い。
否定しようにも、絶対に否定させないという固い意志を感じる。
というか断定された。
「望月さんともデートしてるんだね。初めて知った」
「いや、お菓子作りの研究の一環らしいから、デートでは───」
「今度、アップルパイの感想、教えてほしいな」
もう俺の言葉は意味を為さなくなったのだと、悟った。
たった三件のメッセージが良い方向に傾きかけていた状況を、一瞬でひっくり返すとは参った。
「三人の女の子から立て続けに連絡が来たけど、与一ってやっぱりモテるんだね」
「............」
もう反論する気すら起きなくなってしまった。
今は下手に言い訳するより、奏様のご機嫌が時間の経過と共に収まってくれるのをただただ待つのみだ。
なんてこった。
「通知が滅多に鳴らない」のも「モテない」のも、両方紛れもない真実のはずなのに、まるで俺が嘘をついていたみたいな気まずさがある。
居心地の悪さと謎の罪悪感に滝のような汗を流していると、またもそれは訪れた。
司「我が妹、咲希が今春に復学できるらしい!この祝福すべき事実が発覚した記念日として、今日を『天馬咲希復活祭』と銘打つべきだと思うんだが、どう思う?」
知らねーよ。