幸薄少女の世話係   作:直江

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 メインストーリー再履修しとくか。


入学式

 高校生になっても友達が少ない俺は誰かと一緒に通学路を歩くという経験をしたことがなかった。

 一人お気に入りの曲をイヤホンから流しながら、早足で学校に向かうのが普段の俺の登校スタイルだ。

 寂しいとは思わないが、楽しくもない──談笑しながら歩いてる神高の生徒をどんどん抜かしていくだけの地味な流れ作業。

 ゲームで言うなら、まず間違いなく『ロード画面』が表示されるだろう。

 しかし今日、入学式の日はいつもと違った。

 俺の背中に隠れるようにしてピッタリとついてきている、ピカピカの新入生がいた。

 草薙寧々である。

 普段の俺に対する横柄さはどこへ言ったのか、キョロキョロと不安げに周りを確認している。

 

「なあ、もうちょっと歩くスピード早めないか?このペースだと入学式に間に合わないぞ」

 早めに集合して、余裕を持って出発したはずが、俺達は遅刻の危機に瀕していた。

 寧々のあまりのも遅すぎる歩行ペースによって。

 

「うるさい。そろそろ本気だす...」

 宣言したはいいものの、一向に歩調を早める気配はない。

 むしろ、遅くなってすらする。

 ゲームセンターに行けば、これがしたい、今度はあれがしたいと俺を引っ張るくせに、今日は立場が完全に逆転していた。

 

「全く、二年の俺はまだ春休みだってのに」

 入学式に出席するのは、一年生と各学年を担当している先生方、あとは生徒会くらいだ。

 ただの一般生徒である俺には当然、出席義務は存在していない。

 しかし、寧々の熱烈な要望により、俺まで用のないはずの学校に登校する羽目になった。 

 何だよこの保護者みたいな役割。

 

「与一が人の役に立てるまたとない機会なんだから、文句言わないで大人しくわたしの盾になって」

 無茶苦茶なことを言いながら、不安を紛らわせるようにバシバシと背中を叩く寧々。

 毒を吐くくらいには、余裕があるようでよかった。

 

「校門まで付いていってはやるけど、こんなノロノロ歩いてたら日が暮れるぞ。ほらっ」

「ひゃっ!ちょ、ちょっと。手、引っ張らないで...!」

 

 高校の入学式という一生に一度しかない晴れ舞台だ。

 強引に連れて行くのは正直気が引けるが、入学式を遅刻する方が寧々にとっては後々後悔を生んでしまうのではないかという懸念と単純なもどかしさから、俺は寧々の手を掴むと、半ば引きずるような状態で学校へ向かう足を速める。

 てっきり罵倒の言葉を吐かれながら、抵抗をされることを予想していたが、寧々は案外従順というか、手を引かれるままに、大人しく俺についてきてくれている。

 寧々の様子の変わりように困惑するが、これで入学式に遅刻するという事態は回避できそうだ。

 俺は普段一人で登校しているようなスピードで、そのまま歩を進めた。

 

 ──────────

 

「着いたぞ...って寧々、大丈夫か?おーい」

 校門に到着したところで寧々に声を掛けるが、心ここにあらずと言った感じでぽかんと繋がれた手を見つめていた。

 しかし、三度目の呼び掛けをしたところでようやく我に返ったようにこちらを見た。

 それから俺の顔をじーっと見つめたかと思うと、握られていた手を少し揺らした。

 

「手、もう離さないの?」

 呟くように言葉を零した寧々は何故か複雑そうな顔をしている。

 繋がれた手を自分から振りほどこうとする動きは伝わってこず、あくまで俺から手を解くのを待っているのが不思議だ。

 強く握っているわけでもない。

 嫌なら、自分から振りほどけばいいのに。

 けど、一向に離されることはなく。

 

 ───いつまでも校門という衆人環境で男女が手を繋いだままというのは、周りからの視線を集めてしまう。

 包み込むように握っていた小さな手を俺は離した。

「俺はここまでだ。友達出来るといいな」

 別れの言葉を口にするが、寧々からの反応は薄く、俯き加減でなぜか顔を赤くしながら「調子乗りすぎ...」と小さく残して、入学式が行われる体育館の方に向かっていった。

 校門まで来てしまえば、ガチガチに緊張してしまっているのではないかと心配していたが、杞憂だったらしい。

 逆にあそこまで落ち着きすぎているのも、気になるところだが。

 まあ、何にせよ。入学式は始まって、寧々は晴れて神山高校の正式な生徒となる。

 慣れるのに時間を要するだけで、人とのコミュニケーションは問題なく取れる子だ。

 笑った顔も女の子らしい可愛さを備えているし、友達もすぐに作れるだろう。

 

 さて──もう用も済んだし、帰るとするか。

 寧々の健闘を祈って、踵を返したその時だった。

 一人の女子生徒が横を通り過ぎた。

 一目でわかる彼女のサラついた桃色の髪が春風に吹かれて、こちらにふわっとたなびいて、同時に柑橘系の香りが鼻孔をくすぐった。

 

「あ、ごめんなさい。髪、あたりました?」

 靡いた髪がこちらに当たったことに気づいたのか、申し訳なさそうな顔をした彼女がこちらを振り向いた。

「いや、大丈夫だ。気にするな」

 いい匂いだったし。

「ありがと。あ、君も制服を着てるってことはボクと同じ新入生だよね?入学式もうすぐ始まるけど、入らないの?」

「違う。俺はここの二年生だ」

「そうなの?え、二年生がいるってことは...もしかして今日って入学式じゃなくて、対面式!?ボク、もしかして入学式の日、勘違いしてた?」

 本来いるはずのない二年生の存在に焦ったような顔をした彼女は、鞄から入学式要項と書かれた用紙を取り出した。

 綴ってある文字を指でなぞりながら確認すると、こてんと小首を傾げた。

 

「あれ、やっぱり今日であってる。じゃあ、何で二年生の先輩がここに?」

「悪い、混乱させたな。新入生に知り合いがいてな。そいつが一人だと不安だとか言って、俺が校門まで付き添ってきただけだ」

「へえ、優しいんだね。羨ましいなー。ボクもこんな先輩がほしいなぁ」

「あー、まあできるだろ」

 見た目は可愛いし、人懐っこそうな雰囲気もある。

 黙っていても、上級生が自らお助けに参上してくれるはずだ。

 ただし、邪な考えを抱いているかもしれないが。

「俺と話してていいのか?もうそろそろ始まるだろ」

「え?あ、もうこんな時間だ。あ、ありがと!えと、先輩!」

 俺の言葉に愛想の良い笑顔と作って感謝をすると、彼女は慌てたように駆け出して行った。

 

 可愛い子だったな。

 正直言って、会話している最中は緊張しっぱなしだった。

 俺の今の交友関係上、美少女への耐性は結構ついてきていると思っていたが、ああいう可愛さを可愛さで塗り固めたようなあざといタイプとの会話はまだ俺には厳しいらしい。

 

 寧々に杏ちゃんに、そして今の彼女───今年の神高男子は荒れるな。

 男子にも、『BAD DOGS』の二人がいると考えると、女子も相当荒れるかもしれない。

 

 今年で一気に神山高校は平均顔面偏差値を大幅に上昇させたようだ。

 

 俺の代にも、天馬司という男がいるけど、あれは残念なイケメンだからな。

 入学当初は、イケメン新入生として女子生徒の注目を一身に集めていたが、アホであることが徐々に周知されていってからは、人気は右肩下がりだ。

 ただ、一部の熱狂的なファンが校内には何人か潜伏していて、水面下で司の彼女の座をかけて、しのぎを削っているらしいが───物好きな女子もいたものだ。

 

 

「.........」

「.........」

 ───なんか知らない人が俺の横に立っている。 

 しかも、何故か満足気な顔で。

 神山高校の制服を着ていることから、うちの生徒であることは確かだが、どうにも胡乱な雰囲気を感じてしょうがない。

 紫色の髪をした男は、目鼻立ちの良い端正な顔つきをしていた。

 一見爽やかそうな男に見えるが、胸の内に何かを隠しているような怪しさがある。

 

「皆一様に変わっていくようだね」

 紫髪の男が独り言を零した。

 俺の真隣りに立っているが、こちらに話しかけているはずではない───と信じたい。

 

「外見的な意味で言えば、吹っ切れたように見えるけど...それによって更に風当りは強くなる。時間をかけて刻まれた傷が簡単に治るとは思えない。傷を更に抉られた時、果たして耐えれるのかな」

 長い独り言だ。

 心に浮かんだ考えを垂れ流すのは勝手だが、俺の隣でするのはやめてほしい。

 ───俺自らがここを離れれば済む話だが、それは少し癪だ。

 こいつがいなくなるまで、徹底的に居座ってやろう。

 

「社会の規範から逸脱した人間は、孤独になる。上辺だけの付き合いならできるかもしれないけど、本質的には何も変わらない。同好の士あるいは理解者でなければ、精神的には孤独だろうね」

 こいつは哲学が好きなのだろうか。

 それとも自分自身のことを話しているだけか。

 

 ───社会の規範から逸脱した人間。

 こいつの話をまともに聞く気はなかったが、俺の頭には一人の女の子の姿が思い浮かんでいた。

 今も一人、部屋の明かりをつけずにスクリーンの光だけを頼りに、曲作りをしているであろう女の子。

 十代の女の子としては、一般的な生活はしていない。

 社会の規範から逸脱していると言えるだろう。

 この男の論にそのまま従えば、同好の士あるいは理解者がいれば、孤独ではないらしい。

 ならば、奏は孤独だろうか。

 奏を取り巻く周囲──俺に、穂波ちゃんに、奏の祖母。

 同好の士とは言えないが、理解者ではあるだろうか。

 昔はともかく、俺は毎日に割と満足して生きている。

 多少の将来への不安はあれど、安定はしている。

 

 奏のことを慈しみ、幸せになってほしいと常々思っているが、それは『理解』だろうか。

 過去を知り、作曲への執念の根源を知っていることが、そのまま『理解』に繋がるだろうか。

 ───考えても仕方のないことだ。

 俺は思考を遮断した。 

 

「すまないね、つい一人で喋ってしまった。懐かしい顔を久々に見てね」

「.........」

「では、次は共通の話題といこうか───寧々のことだ」

「...は?」

 

 予想外の名前が飛び出たことに驚いて、つい反応してしまった。

 共通の話題、寧々の名前──こいつは寧々の知り合いかなにかなのか。

 

「寧々と僕は所謂幼馴染という関係でね。寧々のことはよく知っている」

「控え目で前に出たがらない大人しい子だったんだけど、笑顔がとても素敵な子だった」

「寧々は触れられたくないだろうから、事情は省略させてもらうけどね。ある日を境に寧々から笑顔が消えた」

「愛想笑いはしていたけど、心の底からの笑顔は無くなった。僕がいくら頑張っても、とうとうそれを引き出すことはできなかった」

 

 ...虚言を吐いているようには見えない。

 こいつは多分、紛れもなく寧々の幼馴染であり、よく見知った仲なのだろう。 

 そして、俺が寧々と浅からぬ付き合いをしていることを承知で話しかけてきた。

 

「だけど、最近の寧々は以前のような笑顔が戻ってきたようだ。まだ完全とは言えないけど───君のおかげなんだろう?」

「知るか。そもそもあいつには罵倒されてばっかで、笑顔の印象なんて欠片もねーよ」

「フフ、罵倒か。信頼されてるんだね」

「罵倒されることが信頼の証とか、素直に喜べないんだが」

 罵倒=信頼という方程式に俺が嫌な顔をするのとは対照的に、紫髪の男がくつくつと笑った。

「過去について話されるまでには至っていないようだけど、それでも君が今の寧々にとっての精神的支柱となっているのは間違いない」

「それで、お前は一体俺に何を言いたいんだ?」

 

 ふわふわと方向性のない話ばっかしやがって。

 司みたいに馬鹿みたいに本心を曝け出すのもうざいが、こいつのように要領を得ないことばかり言うのも、話してて苛立ってしまう。

 

「──ありがとう...お礼が言いたかったんだ、与一君。僕には何もできなかったからね。これからも寧々と仲良くしてほしい」

 ニコニコとした胡散臭い笑顔が、この一瞬だけ真剣なものに変わった。

 飄々としていて、掴みどころがなかったが、今の言葉がこいつの本心であることはわかった。

 

「あいつから拒絶されない限りは仲良くするさ。つか、お前は誰なんだよ」

「僕のことが知りたいのかい?」

「知りたくならない方がおかしいだろ。それに俺の名前だけ一方的に知られてるのも、むかつくし」

「───神代類。今年からここの二年生さ。つまり、君と同級生。同じクラスになったら、よろしくね」

 

 紫髪の男、神代類が爽やかに笑った。

 

同じクラスになるのは

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