幸薄少女の世話係 作:直江
ぼっち飯が標準な俺の元に、今日は二人の客が来ていた。
まず、一人目は天馬司。
今年度も、同じクラスになった俺の数少ない友人の一人だ。
人目を憚らず、常日頃から世界一のスターになるのだと吹聴していた司は、今では立派な『神山高校一の変人』として、生徒達に周知されている。
二年生に進級したことで、少しは落ち着きを持ってくれるだろうと微かな期待をしていたが、残念ながら、通常運転──いや、念願のショーキャストのバイトに受かっただかで、更にパワーアップしていた。
俺は慣れてるからいいとして、今年初めて司と同じクラスに身を置くことになってしまったクラスメイトは、一年を通して大変な思いをするだろう。主に鼓膜的な意味で。
そして、二人目が草薙寧々。
今年から神山高校の一年生となった、ゲーマー女子だ。
基本的には大人しく、内気な性格をしているが、打ち解けることができれば、その可愛らしい見た目に反して、流暢な毒舌攻撃を披露してくれる。
心を抉られることも少なくないが、心を許してくれている証だと思えば、可愛いものだろう。
「いつもは一人で優雅なランチを取っているが、たまにはこうして友人と食事を共にするのも乙だな。そう思わないか?」
「まあな。俺もお前も普段はぼっち飯だもんな」
「フッ、やはり話が合う男だ。そんなお前と今年も同じクラスとは、嬉しいものだ」
「そうだな」
「───そういえば、咲希の話になるのだが」
司といる時は、気を張る必要がないからいい。
さして相性も良くないのに、必死に話題を探して、場を繋いで、愛想笑いして──そういった面倒な友達付き合いをするのは、俺は好きじゃない。
俺の場合は相手に寄り添わなさすぎるから、それはそれで良くないかもしれないが。
入学初日から、周囲に対して全く愛想が無かった俺に司が積極的に話しかけてこなければ、今頃俺は本当に独りだっただろう。
そうなっても別に構わなかったが、気を回してくれたこと自体は素直に嬉しい。
言葉遣いと立ち振る舞いから傲慢な印象を抱きがちだが、本質的には人の為を思って、動ける良い奴なのだ。
「上級生の教室に行くの怖かったけど、この人見て、ちょっと安心した」
「フッ、この圧倒的親しみやすさもスターの為せる技だ」
「お前、多分見下されてるぞ」
「何だと!?」
ばっ、と両手を顔の前で広げ、司がショックを受けたような顔で驚く。
寧々は司の大仰な仕草に、ふふっと含み笑いをした。
司のおかげだろうか──寧々の緊張もほどけてきたみたいで良かった。
俺の座席は窓際の一番後ろ、教室の中でも一番目立たない位置ではあるが、上級生が周囲にいるという状況は寧々にとって快適なものではなかっただろう。
だが、司の変人っぷりが珍しくいい方向に作用したおかげで、寧々にリラックスを与えてくれたようだ。
──まあ、そもそもなぜ寧々がわざわざ今日は俺の教室まで来て、昼ご飯を食べているかというと。
どうやら、いつも昼休みを一緒に過ごしている友達が体調を崩して早退したらしく、急遽俺のところに避難することを決めたそうだ。
まだ仲が深まっていないクラスメイトに混ぜてもらうのは、流石に気が引けたらしい。
「与一は一人でご飯食べてるんだ」
「まあな」
「友達がいないから?」
「ぶっ...!」
寧々の直球すぎる質問に、危うく噴き出しかけてしまう。
こういうデリケートな問題はもう少しオブラートに包むことを覚えようね。
こてんと首を傾げる仕草が、毒舌をいくらか中和してくれたが、今ので俺のライフはかなり削られた。
「違うな!友人ならここにいる。与一が人と群れずに食事を摂っているのは俺と同じ理由、つまり優雅なランチを一人で楽しみたいと思っているからだ!」
「いや、違うから」
全然フォローになってないから。
脇目も振らず、堂々と友人を名乗ってくれるその心意気は嬉しいけど。
「そ、そうなんだ」
「信じるな」
寧々の一歩下がったような、引き気味な視線が辛い。
ただでさえ下に見られがちなのに、寧々の中での俺の評価が更に下落するのは勘弁してほしい。
「...俺は一人で食べるのが好きなだけだ。昼休みくらいゆっくり自分の時間を過ごしたいんだよ」
「!?」
何気ない一言だったはずが、二人の表情が衝撃を受けたかのように、一瞬硬直した。
「む、もしかして俺は邪魔だったか...すまん」
「え...ごめん......帰った方がいいかな...」
なんだこれ。
俺の言葉に、どよんとした冷たい空気が流れる。
さっきまでハイテンションだった司はその気勢が落ち、申し訳なさそうに俺に頭を下げた。
寧々も途端に悲壮感を漂わせ、消え入るようなか細い声で謝罪をしてくる。
...発した言葉を思い返してみれば、二人に対する拒絶と受け取られてもおかしくないかもしれない。
そんな意図はサラサラ無かったんだが...
二人のこんな表情を見慣れていないのもあって、罪悪感がぶわっと心の中に湧いてきた。
やばい、どうしよう。
こういう時にどういう言葉を返せばいいか、見当がつかない。
今の言葉は紛れもない俺の本心であって...でも、二人を傷つける為に言ったわけじゃない。
──考えろ。
身近な人間、たとえば奏が落ち込んだ時に、俺はいつもどうしている。
「い、いや...お前らのことを言ったんじゃない。仲が良い奴は別だ。今日は二人が来てくれて凄く嬉しいよ」
「寧々」
俯き気味の寧々に、語りかけるようにして、声をかける。
反応するように、寧々が恐る恐る顔を上げた。
視線が合ったのを確認すると、奏にしているのと同じように、髪の流れに沿うようにして寧々の頭を撫でた。
触れられた瞬間、ビクッと反応したが、はねのけられる気配はなく、唇を固く結んで、こちらを窺っている。
くせ毛なのか、毛先がところどころ跳ねている寧々の髪は、触ってみると表面はふわふわで、触り心地が良い。
重力に従うようにして、まっすぐと長く伸びた奏の髪は撫でやすくて楽しいが、それとは別種の爽快感を感じる。
──って俺は何で女の子の髪を触った感想を心の中で長々と語っているんだ。変態かよ。
複雑そうな表情をしている寧々の感情は読み取れないが、先ほどまでの悲壮感はないように見えるから大丈夫だろう。
俺は安心して、寧々の頭に置いていた掌を離した。
あっ、と何故か物悲しそうな声が零れたが、これ以上余計なことをしない為にも、一旦置いておく。
そして、今度は司の方に向き直った。
当然のことだが、こいつの場合は、寧々のように頭を撫でるというのはナシだ。
「悪い、司。変な勘違いさせたな。司は俺の大切な友達だよ。そんな友達と一緒に飯を食うのが、嫌なわけないだろ。確かにたまにうざいと思うことはあるけど、邪魔だなんて一度も思ったことねーよ」
変に取り繕ったような耳障りの良い言葉は使わない。
一人で食べるのが好きだと言ったように、紛れもない真実を喋った。
その方が司にはちゃんと伝わるのだと思った。
数秒置いて、司が体を丸めて、感情を溜めるようにふるふると体を震わせると、一気に両腕を広げ、立ち上がった。
瞳をカッと見開き、歯並びのいい笑顔を見せると、嬉しそうに哄笑した。
「フハハハハハハ!そうだろう、俺達は固い絆で結ばれた友人だ!それにしても、与一がそんなことを思っていたとはな。しかし、これで俺達の心は一つになったと言える。共に世界一のスターへの道を歩もうではないか!」
「いや、歩まないけど」
勝手にスター道を歩まされるのは困る。
──なんか教室、妙に静かだな。
このクラスでの昼休みの食事風景はもっと、ざわついた感じだった気がするが。
普段の喧噪はどこにいったのか、皆一様にして黙食している。
それに、心なしかクラス全体のあちらこちらから妙な視線を感じる。
実際に周囲を見渡してみると、サッと隠れるようにして、視線を逸らされる。
目を離して、再び司と寧々の方に向き直ると、またしても視線が注がれる。
温かい視線だったり、突き刺す視線だったり、様々な感情が向けられているように思える。
「...ん?」
「───から思ってたけど、あの二人仲良すぎない!?」
「───よね!つか、さっきのしょんぼりした司様可愛すぎるんだけど...!」
良く耳を澄ましてみれば、何やら囁き声が聞こえてくる。
いや、もうどんどん声のボリュームが上がって、普通の話し声へと発展しているが。
声の方向をちらりと盗み見ると、少し離れた席にいる女子三人組が顔を紅潮させて、興奮した様子でこちらを見ている。
「司様」という単語が聞こえたあたり、あいつらは例の物好き集団『天馬司ファンクラブ』の人間か。
厄介そうな奴らと同じクラスになってしまったものだ。
声はあちらの三人だけでなく、他の場所からも聞こえてくる。剣呑な視線と共に。
「──んな可愛い子の頭撫でれるとか羨ましすぎるだろ...」
「──せん。ちょっと殺意湧いてきた。立石は俺の仲間だと思ってたのに...!」
...「殺意」とか聞こえた気がするが、俺の聞き間違いだよな。
他にも呪詛の声が色んな方面から聞こえてくる。
「あ、わ、私もう自分の教室戻る...!ば、ばいばい」
「お、おう」
ゲームセンターにいる時のような俊敏な動きで弁当箱を片付けた寧々が、そそくさと教室の外に飛び出していった。
教室中の謎の視線にいたたまれなくなったのだろう。
ただでさえ、内気な性格なのだ。
衆人環視の中、注目を浴びるのは辛いのだろう。
「気になっていたんだが、あいつは与一とどういう関係なんだ?随分と仲が良さそうに見えたが」
不思議そうな顔をした司が俺と寧々の関係が聞いてくる。
「...そうだな、仲の良い友達ってところかな」
出会った頃の話から語れば長くなってしまうので、俺は端的に伝えた。
すると、俺の言葉にまたもや、教室中が──主に男子がざわついた。
同時にピリッとした穏やかではない視線が向けられる。
「仲の良い友達だってよ...」
「いや、どんなに仲良くても、女子の頭撫でるのは、中々できねーだろ...」
「しかも、なんか撫で慣れてね?」
「実は付き合ってるのかも」
「キープしてるって線も...」
「まじかよ!大人しそうに見えて、意外と...」
朧気に聞こえていたさっきと違って、今はもうがっつり聞こえている。
まずいな。クラスメイトからの俺への評価がおかしなものへと変化している。
クラスの隅に座っている目立たない奴というポジションは、俺にとってはそこそこ心地良かったのに、変に注目を浴びるのは嫌だ。。
けど、わざわざここで弁明するのもなぁ...
俺の高校生活至上、最も注目されている状況だ。
下手に変なことを言って目立ちたくないし、この誤解はこれからの俺の陰キャっぷりで払拭していくしかない。
普段通りの寡黙で素っ気ない雰囲気を出し続ければ、いずれ俺のことなど存在自体忘れてくれるだろう。
──────────
「──ってことがあったんだよ」
「へ、へえ。与一さんって意外と大胆...」
「.........」
今日は穂波ちゃんが宵崎家にお手伝いに来る日だ。
俺は家事を手伝いつつ、良い機会なので穂波ちゃんに先日の昼休みの一件について話した。
穂波ちゃんは他人に対する気遣いは一流だし、友達も多いだろうから、人間関係について相談するにはうってつけだろう。
ちなみに奏も作業を一休みして、穂波ちゃんと共に俺の話を聞いてくれている。
さっきから一言も言葉を発していないが。
いつもは綺麗にぱっちりと開いている瞳を細めているので、もしかしたら眠いのかもしれない。
「逃げるように去っていったし、もしかして嫌だったのかな」
「その...寧々さんは与一さんに撫でられた時、嫌そうな顔をしてたんですか?」
「いや、それが表情がよく読み取れなくてさ。顔も伏せ気味だったし、何とも」
どちらにせよ、適切な判断ではなかったかもしれない。
悲しそうな寧々の顔を見て、つい撫でたくなってしまったのだ。
結果的にそれはまずい選択だったわけで...
「なあ、二人とも。男子が異性の頭を撫でるってまずいことだったんだな」
「えーと...その人との関係性によると思います。ただ、いくら仲が良くても、他の人が見てる前というのは恥ずかしいかもしれません」
「そっか。関係性と状況に──」
「与一」
言い終わる前に、ずっと口を噤んでいた奏が俺を呼んだ。
「異性に頭を撫でられるのは、気持ち悪いかもしれない。誰だって嫌だと思う」
「えっ...」
「宵崎さん!?」
驚いた顔で穂波ちゃんが奏を見る。
しかし、奏の表情は真剣そのもので。
「仲が良くてもやめた方が良いと思う。寧々さんも心の中では、嫌だったはず」
「まじかよ。てことは、奏のことも撫でない方がいいのか」
思えば、昔から俺は奏のことをよく撫でていた。
今の発言を聞くに、奏もまた、心の中では撫でられるのを嫌がっていたのか。
奏が嫌がることをするのは、当然俺の本意ではない。
───物悲しいが、これからは自制しよう。
「わたしは大丈夫だよ。撫でてもいいよ」
「宵崎さん...」
「つってもな。心の中では嫌なんだろ」
「わたしは慣れてるから、気にしなくていいよ。我慢するから」
「我慢しなくていいって。ちょっと寂しいけど、やめるようにする」
「寂しいなら、これまで通りでいい。他の女の人にはしちゃ駄目だけど、わたしは特別に──」
この問答が三十分続いた。
コロナに罹患したので、症状が良くなり次第更新します。エタってません^^
ヒロイン
-
宵崎奏
-
草薙寧々
-
望月穂波
-
天馬司