幸薄少女の世話係 作:直江
入り口近くに設置された筐体から発せられる音は、店外にまで微かに漏れるほどだった。
それほどまでに、ゲームセンターという空間には音の波が溢れかえっているのだ。
俺にとってその喧騒は心地良いものだ。
ゲームセンターは俺の、最も心安らぐ場所なのだ。
特にこの店は、渋谷駅周辺でもそこそこ大きく、様々な種類の筐体が揃っているから、俺のようなアーケードゲーム好きには、たまらないだろう。
小学生の頃から通っているから、常連客として店員にも顔を覚えられているくらいだ。
ここを管理している店長とも仲がいい。
出会ったのは、通い始めて間もない小学生の頃だ。
家に独りでいたくなくて、寂しさを紛らわすように、18時以降にもゲームセンターに残っていた俺を注意しにきたのがきっかけだ。
俺が小学生だということもあって、若干甘めの口調だったが、こんな時間まで保護者の同伴無しにゲームセンターにいたのを咎められた。
親御さんが心配するだろうと言われた俺が、「心配する親なんていない」と反論すると、困った顔をしていたのが記憶に残っている。
その日はそのまま家に帰されたが、以来、時々声をかけてくれるようになり、おやつをくれたり、ゲームの対戦相手になってくれたりした。
当時は何となく気恥ずかしくて感謝の言葉を言えていなかったが、いつかこの恩を返したいと思っている。
とまあこんな感じで、ここは俺にとっての幼い頃からの憩いの場であり、第三の家みたいな場所である。
ちなみに第二の家は宵崎家だ。家事も俺がほとんどしてるし。
開いた自動ドアから中に入ると、早速、聞き慣れた音が耳に飛び込んできた。
店内でいつも流れているBGMだ。
曲は某有名格闘ゲーマーが歌った曲らしくて、大の格ゲー好きである店長のお気に入りらしい。
店長曰く、この曲は自分の人生を表しているんだとか何とか。
人生、とまではいかないが俺も格ゲーはそこそこ好きで、嗜んでいる。
始めたきっかけは店長に付き合わされてだったが。
格闘ゲームは、横スクロールで一見単純そうに見えるが、その実、高いプレイスキルと戦略性が必要な奥が深いものだ。
対戦中の駆け引きはとにかく楽しい。
一瞬の油断が敗因となるシビアなゲーム性で、何手先も読み、対戦相手を下した時の爽快感は何物にも代えがたい。
そんなことを考えていると、無性に格ゲーがしたくなってきた。
今日は適当にクレーンで、暇つぶししようと思っていたのにな。
まあいいか。
久しぶりに、少し遊んでいこう。
そう思って、格ゲーエリアに向かってみると、人だかりができていた。
もしかして、俺の知らない内に筐体が移動したのだろうか。
昔の最盛期と比べて、今は格ゲーの人気は下火になっているから、その影響か?
いや、人気ないから隅に追いやるとかあの店長に限って、ありえないな。
人だかりに進んでいくと、隙間からちらりと対戦画面が見えた。
ここは格ゲーエリアで間違いないらしい。
俺は背伸びをして、様子を窺ってみる。
すると、向かい合う二つの筐体の前にそれぞれ人が座っていた。
どうやらこの両者の対戦を見ようと、観客が集まっているらしい。
片方には見知った顔だ。というか店長だった。
何してんだあの人。
もう一人は───見たことはない。
学生服に身を包んだ、奏と同じ背丈くらいの女の子だ。
...まじかよ。格ゲーやってる女の子とか中々見ないぞ。
ただでさえ、年齢が若い格ゲープレイヤーは絶滅危惧種だというのに、ましてや女の子がやってるとは驚いた。UMAだな。
「うおおおおおおお!!この嬢ちゃんすげえ!店長相手に勝っちまうとはとんだ化け物がいたもんだ...!」
「この渋谷にここまでの強者がまだいたとはな...」
勝敗が決したらしく、固唾を飲んで静かに見守っていたらしい観客から大歓声が沸きあがった。
「ぬああああああああ!つ、強すぎる...!この私が何もさせてもらえないとは...」
それと同時に、両手で頭を抱えた店長がうめき声をあげた。
必死すぎる。いくら格ゲー人口を増やしたいからって、あそこまで露骨なオーバーリアクションを取るか。
普段から格ゲー界の衰退を嘆いてる店長だ。この行動になんら疑問を抱かないが、少し俺は気に食わないと思った。
何故かって、昔の店長なら接待プレイなんて絶対にしなかったからだ。
小学生の頃の俺にも一切手を抜かず、連勝し、狂喜乱舞していた男だ。
そして、俺はそんな店長が好きだった。
子供だからと言って、舐めずに一人の人間として向き合ってくれたこと。
たとえゲームであろうと、真剣に対峙してくれたことが嬉しかったのだ。
だが、悲しいことに変わってしまったようだ。
格ゲーの生命線を繋ぐ為とはいえ、格ゲーマーとしてのプライドを捨てるとは情けない。
観客もそうだ。格ゲーに興味を持ってくれた女の子を逃したくないんだろうが、大の大人が十数人集まって若い女の子を囲んでおだてるなんて、見苦しいぞ。
ここは一つ、俺がこの女の子を全力で叩き潰して、本来の格ゲーマーとしての有り様を見せつけてやろう。
「おい、店長。代わってくれ」
俺が人混みをかき分けて、筐体の前に歩み出ると、わぁっと観客が沸いた。
伊達に何年も通ってないからな。実力も相まって俺は、ここでは少し有名人なのだ。
「もう一回!もう一回だけやろ──って、与一くんじゃないか。少し待ってくれ、あともう一回やれば勝てそうなんだ!」
額に汗を流している店長は、もう一回だけと向こう側の筐体に座っている女の子に人差し指を掲げて、再戦を要求した。
全くとんだ熱演だな。それだけ必死過だと、逆に女の子を委縮させちゃうんじゃないか?
「もういいだろう。俺はあんたが接待プレイするところなんて見たくないんだよ。女子供相手でも、全力でパーフェクト勝ちするのが、あんたの魅力だろ?」
「失礼だな、君は...まあ女子供相手にパーフェクト勝ちすることに何の躊躇いもないことは事実だが」
「ならそうしろよ」
俺が冷たく言い放つと、店長は肩を落として、溜息をつく。
「...できないのだよ。そこに集まっている観客の多くが彼女と戦い、敗れ去った。そして、私が呼ばれたのだ。そう、あれは一時間も前のこと───」
その少女、プレイヤーネーム『pomelo』は、突如としてこの店に現れたらしい。
彼女は、筐体の具合を確かめるようにしていくつかのゲームに触り、次々と『pomelo』の名をランキングに刻みこんでいった。
その時点で、このゲームセンターの客の目は一人の少女に集まっていった。
そして、最後に...格ゲーエリアに足を踏み入れた彼女は、憂さを晴らすように、その圧倒的プレイスキルを披露し始めたという。
「な、なあ。俺と対戦してくんね?」
最初の敗北者、一人の男が無謀にも勝負を挑んだという。
結果は大敗に終わったという。ここらではそこそこ腕を鳴らしていたプレイヤーだったらしいが、それでも負けた。
それからは、次は俺の番だと挑戦者が次々と現れる始末。
最終的に彼女が手がつけられない強者だと悟った者たちは、この格ゲーエリアの最後の砦として、店長を呼んだというわけだ。
まあ、その店長も無残に負けてしまったということだが。
───全く信じがたい話だ。
「次は君が彼女に挑戦するかね?言っておくが、君でも難しいと思うぞ。アケコンに触れるのも久々なんじゃないか?」
「アケコンなら家にある。ゲーセンでやってないだけで、家でたくさん練習してるからな」
それなりに良いものを買ったから、手痛い出費となったけどな。
高いコントローラーを買わなきゃ、ランカーになるのは難しいのだ。
こんなだから、初心者が手を出しづらいイメージが定着してしまったんだろうけど。
「ほう……。それは楽しみだな」
店長が筐体から降りると同時に、俺は席に座る。
すると、また観客が沸いた。
随分期待されているな。
まあ、この格ゲーエリアで数年間、無敗記録を持っているのだからしょうがないが。
「よし、待たせたな。悪いが、さっきまでの相手共と俺を一緒にしない方がいいぜ」
「.........」
無視かよ。
つか、今の俺のセリフ、すげー負けフラグっぽいな。
漫画とかアニメだったら、速攻で瞬殺されそうだ。
俺は気を取り直して、コインを投入して、店内対戦を選択した。
マッチングが確定して、画面にはキャラクター選択画面が表示された。
俺は迷わず使い慣れたキャラを選択する。
選んだのはスピードタイプの軽量級のキャラクターだ。
このキャラクターの利点は、超高速の機動力だ。小回りの効く動きで相手を翻弄し、隙あらばコンボを叩き込むことができる。
パワータイプと比べれば火力は劣るが、立ち回り次第では最強クラスとも名高い優秀なキャラだ。
さて、相手のキャラは──俺と同じじゃねーか。
「気をつけろ、与一くん。『pemolo』はさっきからずっとミラーマッチで戦っている。そして、どのキャラでのプレイスキルも最高峰だ」
なるほど。何でも使えるってわけか。生意気な。
───対戦が始まった。
格ゲーはキャラの歩き方、距離の詰め方から勝負が始まっている。
『pemelo』の初手の動きを見るに、相当手練れであることは察しがついた。
全くの初心者なら、猪突猛進で距離を一気に詰める特攻のスタイルか、逆に距離を取って、遠距離攻撃を打つだけの逃げのスタイルを取るかが多い。
だが、こいつの場合は違う。
しっかり間合いを測って、牽制と様子見を兼ねた気弾を打ってくる。
こちらも気弾を繰り出し、相殺する。
それにしても、中々慎重だな。
ここまで相当連勝を重ねているはずだ。驕りが出てもおかしくないのに、隙が全く無い。
俺は俺で、『pomelo』を警戒して、距離を詰めれないでいる。
格ゲーにおいて、ここまで勝負が動かないのは珍しいことだ。
こんなゆったりとした勝負展開だと、観客も退屈するだろう。
俺は意を決して、相手の懐に飛び込む。
弱攻撃、後退、ガード、詰め、飛びのき、詰めからの強攻撃。
よし、大抵防がれてはいるが、徐々にダメージを与えられている。
その逆もしかりで、こちらにも何発か入ってしまっているが。
だが、相手にはどうやら粗があるようだ。
連戦による疲労なのか、はたまた考え事をしているのか知らんが、たとえ本調子じゃなくとも、容赦なく勝たせてもらうぞ。
俺は再度距離を詰め、一気にコンボで畳みかけることにした。
これは玄人プレイヤーの中でも難易度が高いと言われるコンボだ。
自宅のアケコンで修練を積んでいる俺でも100%成功させられる自信はない。
だが、難しいということはそれだけ強いということでもある。
「決めさせてもらうぞ!」
俺はじわじわと削っていった相手の体力ゲージを確認すると、このまま一気に決めれると踏み、初手を当ててから、コンボに繋げていく。
「あ、嘘......」
敗北を確信してしまったのか、『pomelo』は思わず声を零した。
そして、K.Oの二文字が画面に表示された。
同時に男達の野太い歓声が上がった。
「おおおおお!!あのコンボ、実際に見たのは初めてだ!」
「流石は『テクニシャン』だぜ!俺達のゲーセンは守られた!」
「嬢ちゃんもやるじゃねーか!」
「............」
第二ラウンドが始まったが、連勝からの敗北が精神的に効いたのか、先程のキレは無くなり、あっさりと勝敗は決してしまった。
観客はしばらくぽかんと口を開いていたが、まもなくして拍手が湧いた。
やはり外側から見ても、彼女の弱体化は明らかだったのだろう。
第一ラウンドの敗北が、次ラウンドにも影響を及ぼすのは、よくあることだ。
単純な技術だけじゃなくて、精神の強さも勝敗を左右する。
スポーツと同じだ。
そして、良い勝負をした後に、お互いを認め合い親睦を深めるのもスポーツと同じなわけで。
俺は席を立ち、向かい側に座っている少女の方に歩み出た。
「良い試合だった。久しぶりに全力を出せる相手が───」
「......さい」
「へ?」
「......うるさい」
聞き間違いだっただろうか。今、うるさいと聞こえた気がするが。
「あ、あのー」
「......連戦で疲れてただけで、本調子だったら負けてない。というか、『テクニシャン』って何?センスの欠片もないネーミングセンス」
さっきまで無言だったのに、何か急に饒舌になったぞこの子。
あと、ただ座ってるだけなのに、怒りのオーラがひしひしと感じられて怖い。
「あのな、『テクニシャン』は俺が名乗ってるわけじゃなくて、勝手に周りに────」
「むかつく。家で必死にアケコン使って猛練習して身に着けた高難易度のコンボ使って、年下に勝って嬉しい?......本当むかつく」
「『決めさせてもらうぞ』ってコンボ前にわざわざ口に出してるのもうざい。中二病なの?」
喋らせてくれない上に、口が悪すぎる...
「.........帰る」
一方的に言い残した後、人混みをかき分けて、帰ってしまった。
観客達も急に帰った『pomelo』に困惑している状況だ。
なんなんだ一体……。
「いやー良い試合だったと思うよ。ただ、あの女の子と話ができなかったのは辛いね。あそこまで上手いなら、きっと私達と同じ格ゲー好きに違いない」
試合の行く末を見守っていた店長が俺の肩をぽんと叩いた。
「う、うん。あれは相当やりこんでると思うよ」
「与一君は最後に少し話せたようでよかったじゃないか。話の内容は聞こえなかったが」
一方的な罵倒でしたけどね...
何か勝った気がしねえな。
大人しそうな外見から繰り出される毒舌は、想像以上に俺の心に深手を負わせたらしい。
それに──第二ラウンドで明らかに動きが悪かったのもそうだが、第一ラウンドに関しても、『pomelo』のプレイングにはある種の不安定さが感じられた。
連戦によるものかはわからないが、本調子じゃなかったというのは、実際間違いではないだろう。。
機会があれば本調子の彼女と戦ってみたいな。まあ、普段見かけない顔だから、もう会うことがないかもしれないが。