幸薄少女の世話係 作:直江
プライベートで遊ぶような友達が少ない俺にとって、休日の過ごし方は主に二つに分かれる。
家で漫画でも読んだりして、ゴロゴロするか、ゲーセンで適当なゲームを触るかのどちらかだ。
青春のど真ん中にいるはずの高校生にしては、面白みのない休日かもしれないが、俺はこういう生活を結構気に入っている。
最近はタイパがどうとか言って、一日の生産性をどう上げるか!みたいな考えをする人間が多いみたいだが、俺はそこまで真剣に休日の使い方を模索しようとはとても思えない。
勉強やスキルアップなんて、平日の隙間時間にやっておけばいいもので、休日はダラーっと何にも考えずに過ごせばいいのだ。
そういう考えで今まで生きてきて、何も問題は起きなかったから、俺はこれからもこの生活を続けていくのだろうと思う。
奏にも、この立石与一流ライフスタイルの魅力を伝えようとしてきたが、中々聞き入れてくれない。
まあ、考え方の違いというやつだ。
奏があのライフスタイルを構築したのは、あいつなりの信念というか執念が関係しているから、そう簡単には変えられないのだ。
無理やりにでも変えたいとは思わないが、無理して体壊すのだけは勘弁してほしいところだ。
おっと、いかんな。気が付けばまた奏のことを考えてしまっている。
今日はゲームのことだけ考えよう。
「いやーさっきの戦いっぷり、俺感動しちゃってさー」
「な!君、いつからあのゲームやってんの?めちゃ上手かったよな!しかも、めっちゃ可愛いし、最高じゃん!」
俺より少し年齢は上だろうか、二人組の男達が鼻息を荒くして、女の子に迫っていた。
休日昼間のゲーセンで二人がかりでナンパに励むとは、元気な奴らだ。
「は、はい。えと...『ストファイ』は、やり始めたのは結構最近で...あの...うぅ...」
そんな元気なお兄さん方に対して、口説かれている側の女の子はオドオドとした様子で、視線を泳がせている。
助けを求めるような顔で周りをちらちらと窺っているが、周りの人間達はその様子を確認するも、ゲームに集中したいのか、全く意に介していない。
まあ、ただ話しかけているだけの男達をわざわざ止めにいくような動機もない。
大事になりそうだったら、店員さんを止めてくれるだろうと考えているはずだ。
かくいう俺もそうで、他人のナンパにわざわざ口を出そうとは思わない、が──相手方の少女──どう見ても中学生くらいにしか見えないんだよなぁ。
結構歳の差が開いてそうな子を、どうどうとゲームセンターという公共の場でナンパする男達。
これは止めるべきか?
「ね!俺ともやろうよ!お金なら全部俺が出すからさ!」
「他のもやろうよ。教えてあげるから!」
「あ、あの...えと」
少女が怯えて、何も言い返せないのをいいことに、二人組は勢いを強めた。
押せばいけると思っているのだろうか。
恋愛における『押し』は重要だろうけど、相手が怖がってしまったら、一気にそれは悪質なものに変わってしまうというのに。
「すみません。その子、困ってますよ」
俺は意を決して、ナンパ現場に割り込んだ。
すると、二人組は目を丸くしてから、怒ったようにこちらを睨みつけた。
「は?何だよお前?」
「俺達は一緒にゲームをしようって誘っただけだろうが」
そんな野太い声急に出すなよ...さっきの爽やかボイスはどうした。
野郎と女の子で露骨に態度変えすぎだろ、こいつら。
「さ、さっきから熱心に口説こうとしているようですが、彼女は一向に誘いを受けるつもりはなさそうです。大丈夫です、衆人環境でナンパ失敗してても、俺はかっこ悪いとは思いませんから!ここは潔く引いて、次行きましょう!」
自分より上背のある相手に内心震えているが、言いたいことは言ってやった。
後はこいつらが素直に俺の諫言を受け入れてくれれば、場は綺麗に収まるはずだ。
大丈夫だ。できる限り相手のプライドを尊重して、説得が上手くいくように心掛けた。
だけど、俺の意に反するように、相手方はこれ見よがしにこめかみをピクピクとさせ、一層の敵意を俺に向けているように思える。
どうやら言葉が足りなかったらしい。もっと相手を立てるか。
「ちょっと若い子行きすぎましたね...あ、別に貴方達がロリコンって言ってるわけじゃありませんよ?幼すぎると、大人の魅力ってやつがわかりませんからねー。よっ!大人の男!」
自分で言うのもなんだが、完璧なフォローができたと思う。
そのはずなのだが、二人の顔を窺ってみると、怒りは収まるどころか、むしろ増大して──
「おい!こいつ、俺達のこと舐めてんなぁ!」
「だ、誰がロリコンだよ!」
「...怒ってる相手を更に煽るとか馬鹿なの?」
こちらに殴りかかってきそうな勢いで、距離を詰めてきた。
周りで静観していた奴らも流石にこの剣呑な空気にざわつきだした。
あと、何故か助けようとしたはずの少女からも罵倒される始末。
「ま、まあまあ落ち着いて。冷静に話をしましょう...あ、争いは何も生みませんよ?」
「てめぇが喧嘩売ってきたんだろうが!」
「やっぱ舐めてんだろお前!」
二人の内、少しガタイの良い男が俺の胸ぐらを掴みあげた。
引き剥がそうと応戦するが、相手の腕はピクリとも動かない。
やばい、どうしよう。
喧嘩になったら、絶対負ける。
情けなくも、じんわりと目に涙が浮かんできた、その時だった。
「...おいおい、君達、何の騒ぎだ」
聞き慣れた声が剣呑な空気を割った。
掴みかかってきた男は慌てて、俺を解放し、薄ら笑いを浮かべた。
もう一人の男も追従するように、先ほどまでの殺気を収めた。
こいつら、本当に切り替え早いな...
「いやー、このクソガ...この子が急に僕らに突っかかってきたもので...僕ら、ただこの女の子に話しかけてただけなんですよー」
「そうそう!なんか僕らが危ないことしてると勘違いしちゃったんですかね?困ったもんですよ...じゃ、じゃあこの辺で!おい行くぞ!」
媚びるような口調で弁解すると、二人組はバツが悪そうに、この場を後にした。
やはり、権力というのは偉大だ。
この場において、この男に逆らえる人間はいないのだ。
気が強い者も、弁が立つ者も、腕っぷしに自信がある者も、決して勝てやしない。
なんせ、この男には必殺奥義『出禁言い渡し』があるからな。
「ありがとう、店長」
静観していた内の誰かが呼んでくれたのだろう。
現れたのは、このゲーセンの店長だった。
報告を受けて、急いでバックヤードからやってきたのか息を切らしている。
そして、俺の方を見て、呆れたようにため息をついた。
「で、一体何をやらかしたんだい?」
「ちょ、俺がやらかした前提なのおかしいだろ...」
「君が小さい頃から見てきたけどねぇ。何度か問題起こしてるじゃないか、不良少年」
「...過去にいざこざを起こしたのは否定できないけど、今回ばかりは違うから。ただ、悪質なナンパ現場を見たもんで、ほっとけなかっただけですよ」
「ふーん。じゃあ、その悪質なナンパをされた女の子の方の意見を窺ってみようか。ってあれ。君はあの時の...」
俺の説明だけでは疑いは晴れるには足りなかったみたいで、店長は当事者である少女の方に視線を映した。
それから、何故か目を丸くして、うーんと観察するように少女を見た。
何だ、この人もロリコンなのか?
確かに相当可愛いが、アラフォーのおっさんが恋愛対象にするには若すぎると思うぞ。
奥義『出禁言い渡し』をされたら困るから、口には絶対に出さないが。
「え、えっと...私は...」
「あー!そうだ、君はこの間の格ゲー少女じゃないか!どこかで見たことあると思ったんだよなぁ」
この間の格ゲー少女...あ、あれか。あの普段、閑散としてる格ゲーエリアを盛り上げた女の子。
何でだろう、全然気が付かなかった。
「俺と『ストファイ』やった子か」
「そう!あの熱戦!いやー、レベルが高かったなぁ。また見たいなー!」
店内の揉め事を解決しにきた大人の姿は消え、そこには目を爛爛と輝かせる少年のような瞳があった。
ここにきた目的はすっかり、忘れてしまったらしい。
「おい、一旦落ち着けって。この子に事情を聞くんじゃなかったのかよ」
「む?そうだったね。お嬢さん、君が与一君にナンパされたという話、詳しく聞こうじゃないか」
「だから、俺じゃないって。話聞いてんのか」
どこまで、俺を悪者にしたいんだ、この男は。
あれか、この前、マ○カーでボコボコにした腹いせか?
「冗談だよ。それで、僕が来るまでの状況を君に教えてもらいたいんだが」
「...は、はい。一時間ほど遊んで、帰ろうとした時に、知らない男の人達がしつこく話しかけてきて少し困ってたんです。そしたら、この人が私を助けてくれようとして...」
「本当かい!やっぱりね、僕は君のことを信じていたよ、与一君」
嘘つけ、終始疑ってたじゃねーか。
「でも、私に絡んできた人達を何度も煽って、返り討ちにされかけてました」
「ぶっ...!おっと、済まない。少なくとも与一君は手段を間違えたものの、君を助けようとしたと...立派じゃないか!」
今、この人、返り討ちにされかけたって聞いて噴かなかった?
店長はうんうんと頷くと、ぽんと俺の肩に手を置いた。
「うん、状況はよくわかった。彼らはよくここに来るから、顔は把握している。今度、来た時は僕がちゃんと注意しておくから、安心してくれたまえ」
「店長権限で出禁にしといてくれ。鉢合わせることがあったら面倒なことになるだろうし」
「ありがとうございます...」
安堵の表情を浮かべる彼女。
これで一件落着だな。
「じゃあ、僕はもう戻るから。あとは、与一くん。頼んだよ」
役目を果たしたとばかりに店長はバックヤードの方に戻っていった。
暇そうに見えるが、店長としての仕事量は結構多いらしいからな。
「...俺はもう行くな。えっと、『pomelo』」
名前がわからないから、とりあえず『ストファイ』で使用していたプレイヤーネームで呼ぶと、少女はかあっと頬を赤く染めて、恥ずかしそうに俺を睨みつけた。
「リアルでプレイヤーネーム呼ばれるとか、恥ずかしいんだけど...」
「だって、他に呼び様がないし」
「───ね」
「え?」
「──ねね」
「何て?」
「草薙寧々!耳悪いの?亀なの?」
いや、聞こえないし。
最初からその音量で言ってくれ。
「あ、ああ。わかった、草薙寧々、ね」
「うん」
「............」
「............」
......少女、草薙寧々から名前を告げられてから、沈黙が続く。
これは何の時間だろうか。
少し気まずい。
「...早く」
「え?」
「名前教えたんだから、そっちの名前も...」
そうか、今度は俺の番だったか。
名前を告げられた以上、こちらの名前を教えないのは、無作法だったな。
「立石与一、高校一年生だ」
「うん...私の一個上なんだね。高校は神高で合ってる?」
「うん、そうだけど。何で知ってるの?」
「この間、制服着てたから」
「ああ、そう」
「............」
「............」
またも、沈黙が続く。
どうしよう。奏以外の女子と二人で会話とか滅多にしないんだぞ。
それも年下との会話なんて、俺には高難易度すぎる。
さっさと別れを告げて、ゲームやりに行っていいのかな。なんか冷汗かいてきた。
...いや、それは冷たい感じがするから、そこそこ会話を盛り上げた後、自然と別れる流れに持っていくべきか。
でも、どんな話をすれば、年下の女の子は喜ぶのだろうか。
俺の会話の引き出しなんて、漫画、アニメ、ゲーム、アイドルくらいしかないぞ。
「...無理に話題探さなくていいから」
「え?」
「そういう顔してた。ねえ、一緒にゲームやらない?今度は格ゲーじゃなくてさ」
逆に気を遣われてしまったようだ。
それにしても、一緒にゲームか。控え目に見えて、意外とアクティブなのかな。
負けてられないな。
ここは、年長者として、俺から一案出してみようか。
「じゃあ、あそこにある『ハ○ス・オブ・ザ・デ○ド』はどうだ?二人プレイできるし。あー、ゾンビとか銃とか苦手だったら別に───」
「FPSは得意。ゾンビも一応平気。行こ」
草薙から承諾を得たので、俺達は早速、『ハ○ス・オブ・ザ・デッド』──『HOD』のシアター型筐体の中に入っていった。
二人プレイが基本である為、大画面の前に銃が二丁用意されていた。
銃の先にはポインタが射出されていて、それを画面に向かって構えることで敵に照準を合わせ、引き金を引き、敵を倒すことができる。
古い筐体の場合は感度が悪く、ラグがあったりする場合もあるらしいが、以前、店長に付き合ってプレイした時は特に問題はなかったように思えるから大丈夫だろう。
「草薙はこのゲームの経験はあるのか?俺は一度だけあるが」
「他のゲームセンターにも同じのあって、多分5回はクリアしたと思う」
「へえ、そりゃあ楽しみだ」
「上手くいけば、二人ともノーコンでクリアできると思う。大丈夫、私が指示するから」
チャリンと100円玉を入れると、草薙は表情を変えずに、さらっとノーコン宣言をした。
FPSは得意という発言通り、自信はだいぶあるようだ。
「まじ?店長とやった時は、二人とも1000円は使ってようやくクリアできたぞ。タコみたいな化け物に結構殺されたよ」
「タコ?プリーステスのことだね。あのボスは弱点の触手を二人で分担して、しっかりダメージ入れれば、問題なく倒せると思う」
「弱点に当てるのが難しいんだよなー。まあ、できる限り頑張ってみる」
「大丈夫。私も手が空いたら、カバーするから」
「おう、頼りにさせてもらうぞ」
まず、始めはストーリーを見るところから始まった。
前にも見たはずだが、全く覚えていない。
内容としては、捜査の為、とあるパーティ会場に潜入しエージェント二人が、そこで突如として現れた大量のゾンビの軍勢から逃げる話のようだ。
パーティ会場である館は化け物の出現により、一気に恐怖の館へと変貌を遂げ、楽しかった雰囲気は悲鳴と嗚咽の地獄に変わる。
うん、ゾンビゲームの始まりとしては、よくありそうな話だ。
そして、ストーリー映像が、一人称視点に切り替わった。
不気味なゾンビ達が俺達の方に向かってくるのが見えた。
「おお!始まったぞ」
「うん。わかってると思うけど、雑魚敵はヘッドショットで早く片付けるようにして。今はまだ少ないけど、敵が大量に押し寄せてくる時もあるから。HS率が上がれば、雑魚的に倒されることはまずないから」
「お、おう」
急に饒舌になったな。
俺は草薙の言う通り、頭部に照準を合わせて、引き金を引くようにした。
「よし、当たってるぞ。あークソ、むずいな...」
完璧とは言えないが、そこそこ頭に当てれている気がする。
数発当たれば、それだけでゾンビは倒れていった。
草薙の言った通り、ヘッドショットは重要らしい。
ちなみに草薙は俺の見る限り、全弾を頭に命中させている。
FPSの実力は本物らしい。
「そこ!ランプもしっかり撃って!」
「は、はい」
「隠しアイテムあるから、撃って!」
「はい」
「樽撃って!」
「はい!」
どうやらただ敵を撃つだけでは駄目らしい。
画面に映った何気ないオブジェクトも撃てば、いくらかプレイヤー側に有利な状況を作り出せるようだ。
「そこの樽は、まだ撃たなくていいから!」
「え?はい!」
「ボス戦始まったね。黄色い表示が弱点だから、全部そこに当てて!」
「はい!」
───────
最後のボスを倒すことができた。
情けなくも俺は三回のコンテニューを経てクリアまで辿り着いたが、草薙...さんは未だノーコン。
俺のカバーをしながらも、驚異的な実力を見せていた。
なんと全てのステージでスコア『S』を叩き出した。
おそらく『S』が最高ランクだろう。凄いものだ。
「ふう、終わったね」
「終わりましたね」
「なんで敬語なの?」
草薙さんが怪訝そうな顔でこちらを見た。
「お世話になりましたし...」
「気持ち悪いからやめて」
「わかった」
「...楽しかった。ありがとう」
『HOD』の筐体から出ると、晴れやかな顔で草薙が笑った。
この間の『ストファイ』の後の悔しそうな顔とも、ナンパされていた時の怯えた顔とも違う。
初めて笑顔が見れた。
「こちらこそ。二人プレイなんて店長としかやんないから、何だか新鮮だったよ」
「店長さんと仲良いよね」
「まあ、それなりに長く付き合ってるしな」
最初に出会ってから五年以上は経過しているはずだ。
本当に長い付き合いだ。
「ねえ、私もさ。普段、誰かとゲームセンターで遊ぶことなんてほとんど無いから。またやらない?」
恥ずかしそうに顔を俯かせながら、寧々が零した。
小さな声だったが、今度はちゃんと聞こえた。
「もちろん。絶対またやろう」
「あ、あとさ...さっきの、私が絡まれてる時、ありがとう...ちょっとダサかったけど」
「ダサいって...あれでも円満な解決をしようと思ったんだぞ」
草薙曰く、煽ってしまってたらしいが。
「ほんとに助かった。他の人、見ないフリしてたから」
「自分から面倒そうな状況に首を突っ込むやつなんて、そうはいないだろうしな。俺だって基本的には嫌だ」
「じゃあ、何で割って入ってきたの?」
「まあ、ゲーセンは俺にとっての城みたいなもんだしな。治安維持だ」
「ふふ、変なの」
目を細めて、クスクスと可笑しそうに草薙が笑った。
「じゃあ、私はもう帰るね。また今度、与一」
最後に俺の名前を呼んで、草薙は去った。
......呼び捨てかよ。
『HOD』楽しいですよね。