幸薄少女の世話係 作:直江
「わたしも一緒に行きたい」
奏の家を掃除した後、一人でレコードショップにでも行こうと思っていた俺を奏が呼び止め、急遽同行することになった。
いつ以来だろう。奏と二人で外出するなんて。
下手したら小学生時代にまで遡るかもしれない。
とても新鮮な気分だ。
「今更だけどさ、奏っていつも同じジャージ着てるよな。そんなにジャージ好きなのか?」
「うん。ジャージは最強。丈夫だし、軽いし、すぐ乾く」
「そ、そうか」
奏は雰囲気も言葉遣いも基本的にクールなんだが、稀に不思議ちゃん属性を出してくる。
いや、不思議ちゃんというかズボラなだけかもしれないが。
「まあ、とりあえず行こうぜ」
「そうだね」
向かう場所は渋谷で最も規模がでかいレコードショップだ。
品揃えが良く、人気楽曲はいち早く入荷する為、随分とお世話になっている。
「うっ、人が多い...」
「日曜日だからな」
休日ということもあり、街中は多くの人で賑わっており、家族連れやカップルなど、様々な層が行き交っていた。
「昔から人混み苦手だよな」
「うん...何というか気持ちが落ち着かない。与一は平気そうだね」
「ゲーセンで慣れてるからな。もし、気分が悪くなったりしたらすぐに言ってくれ。おぶってく」
「ありがとう。困ったらすぐ言う」
「我慢するなよ」
「うん」
そんな会話をしながら、俺達は目的地に向かって歩みを進めた。
─── 目的の店に辿り着いた俺達は、早速店内に入ることにした。
外ほどじゃないが、人はそこそこいた。
「おお、やっぱ広いな」
「久しぶりにきた」
奏は興味深そうに、店内のあちらこちらに視線を動かしている。
まだ何も見ていないが、楽しそうでよかった。
「さて、早速CDコーナー行くか」
「うん」
二人で並んで歩き出す。
歩幅が小さい奏に合わせているから、結構ゆっくり目だ。
途中で奏は足を止めると、並んでいるCDの一つを指差した。
「これ懐かしいな。結構流行ってた曲で、小さい頃に家族みんなでよく聞いてた。」
「へえ、懐メロってやつか?俺は知らないな」
「与一はこういう曲は聴かなかったの?」
「音楽自体聞かなかったからな。奏と出会ってからは少しずつ聞くようになったけど」
あ、でもゲームのBGMはよく聴いてたな。
ペ〇ソナ4の『Time To Make History』は今でも勉強中に聴いたりする。
歩いていくと、お目当てのものが見つかった。
場所はアイドルコーナー。
メジャーなグループからマイナーなグループの曲まで幅広く揃っている。
俺が買おうと思っていたのは、メジャー中のメジャーで、国民的アイドルグループ『ASRUN』の何番目かのアルバムだ。
この間来た時は売り切れていたが、再入荷したらしい。
「アイドル好きだったんだ。知らなかった」
「メジャーなとこしか知らないけどな。『ASRUN』に関して言えば、そこそこ語れると思うぞ」
「そうなんだ」
取り敢えず、俺はそのアルバムだけ手に取り、それからは音楽の申し子である奏先生の音楽論を聴きながら、店内をぐるっと見て回った。
『ASRUN』のアルバムの他に特に目ぼしいものは見つからなかった為、俺はその一つだけを店頭に持っていくことにした。
「いらっしゃいませー。───円になります。丁度お預かりします。あ、ちょっと待ってください」
レシートは結構です、とレジを去ろうとした俺を店員さんが引き留めた。
「現在、『ASRUN』の関連商品をご購入いただくと、こちらを回すことができるのですが、どうでしょうか?」
そう言って店員が指したのは、レジ上に置いてある赤いガラガラ。
そのすぐ左には、一等から五等までの景品の詳細が書かれたプラカードが立てられている。
一等がASRUNのメンバー全員の直筆サイン入りCDか。随分豪勢だな。
二等がアクリルスタンド、三等がASRUNメンバーが二次元にデフォルメされたアクリルキーホルダーで、四等が飴、五等がポケットティッシュか。
四等からグレート下がりすぎだろ。まあ、いいけど。
「やります」
貰えるものは貰っておくのが俺の主義だ。
こういうのは一等から三等は基本当たらないもんだから、四等の飴を狙うことにする。
店員さんの指示に従って、ゆっくりガラガラを回すと、コロンと出てきたのは緑色の玉。
その瞬間、チリンチリンと店員さんがベルを鳴らした。
「おめでとうございます!三等、こちらアクリルキーホルダーとなっております!今残っているのがこちらなのですが、どうされますか?」
「じゃあ、桐谷遥で」
まさか、当たるとは。
こういう類のもので、当たりを出したのは人生で初めてだ。
「すごい...良かったね、与一」
「ううう......遥ちゃんが...最後の遥ちゃんがぁ......」
奏も驚いたのか、アクリルキーホルダーを見ながら目を輝かせている。
......なんか今聞こえたような、左から。
左に顔を向けてみれば、そこには、どんよりとした雰囲気を漂わせ、メソメソと泣いている見知らぬ少女。
「誰...ですか?」
突然の謎の少女の出現に言葉を失っていた俺に代わり、奏が疑問の言葉を代弁してくれた。
「あっ...す、すみませっ...うっ、遥ちゃん~」
「ちょっ...ほかの人がレジ並んでますから、一旦店出ましょう」
情緒不安定なのか泣き崩れてしまった少女にそんな言葉をかけていた。
まずい。下手に関わらない方が良かったか?
この子置いて、奏と全力疾走で逃げるべきだったかもしれない。
まあ、後悔をするにはもう遅くて、俺達三人は近くの喫茶店に入ってしまったわけだが。
「ごめんなさい!わたし、変な子でしたよね...」
「あ、ああ。だいぶな。けど、もう今は落ち着いたみたいだな」
レコードショップでの様子とは打って変わり、今はもうどこにでもいそうな普通の少女になっている。
これが本来の姿なのだろう。
「さっきはどうしたの?えっと...」
「は、花里みのりです。中学三年生です」
「うん、花里さんね。わたしは宵崎奏。高校一年生」
「立石与一。俺も奏と同じ高一だ」
花里さんの自己紹介に従って、俺と奏も各々の身分を明かした。
中学三年生か。年下でよかった。
年上だったら、どう接すればいいか迷うところだった。
「で、どうしたんだ?俺の記憶では、桐谷遥のアクキーに並々ならぬ執着を持っていたように見えたんだけど」
「あ、確かに。『最後の遥ちゃん』って言ってたよね。もしかして、欲しかったの?」
「はい...わたし、あのガラガラをかれこれ7回ほど回したんですけどね...全部ポケットティッシュだったんです...4等の飴すら出なくて...は、遥ちゃん...」
確率はわからないが、7回挑戦して、ポケットティッシュ並みにレアリティが低いであろう、飴ちゃんすら出ないのは運が悪いな。
俺が一回で三等当てたのは、やっぱり相当運が良かったみたいだ。少し罪悪感を感じてしまう。
「それで三等を当て、その上桐谷遥のアクキーをセレクトした俺についつい絡んできてしまったってことか」
「うぅ...絡んだつもりはなかったんです...自然と体が動いてしまって...気づいたら、泣き崩れてしまって...普段はこんなじゃないです。辛いことが続いてて...それで...」
無意識であれなのか。やばいな。
普通の子だと思いかけてたけど、やっぱりヤバい子なんじゃないか、この子。
けど、それだけ好きなんだろうな。桐谷遥のことが。
「あのさ、このアクキーあげるよ」
「えっ...えぇ!?遥ちゃんを、私にっ、くれるんですか!?な、なんで...!」
「俺も遥ちゃんは好きだけど、花里さんの桐谷遥愛には流石に負けるからさ。遥ちゃんも花里さんみたいな子に貰った方がきっと喜ぶと思うぞ。多分」
アイドルのキーホルダーを外で持ち歩く度胸は俺にはない。
俺が持ってても、机の中で眠らせてしまうだろうしな。
有効活用だ。
「あ...あ...ありがとうございます~。うぐっ...うう...」
嬉しくても泣くのか。中々面倒な子だな...
奏が一緒にいてよかった。
もし、俺と二人きりだったら、周りからは俺がこの子を泣かしたみたいに捉えられてもおかしくないからな。
「もしよかったら、さっき言ってた辛いことについても聞いていいかな。わたしで良ければ、相談に乗るよ」
「い、いいんですか...?」
「うん。花里さんの力になりたい」
おお、イケメンムーブきたな。
花里さんは神でも前にしているかのように目を輝かせてるけど、こんな格好いいセリフを言う人間が生活力皆無って知ったらきっと驚くだろうな。
辛い過去を振り返っているのか、暗い顔になった花里さんがぽつりぽつりと話し出した。
───────
どうやら花里さんは昔から、運が無く、そのせいで何度も辛い思いをしてきたらしい。
買ったばかりの帽子が飛ばされたり、遠足ではいつも雨が降ったり。
中でも一番辛かったのは、運動会のリレーでバトンタッチのタイミングでバトンを落としてしまったこと。
この件で、花里さんには自分のせいで人に迷惑をかけてしまったという罪悪感が生まれて、時折、学校も仮病を使って休むようになったという。
他人を傷つけることを酷く恐れ、自責の念に苛まれていたのだ。
優しい子なんだろうな。その優しさのせいで一度の失敗をきっかけに苦しい思いをすることになったのだ。
だが、そんな辛い時、花里さんに転機が訪れた。
遥ちゃん──桐谷遥との出会いだ。
実際に会ったわけではなくて、あくまで画面越しではあるが。
『今日がいい日じゃなくても、明日はいい日になるかもしれないって思えるように』
花里さんはこの言葉にいたく感銘を受けたみたいで、それ以来、桐谷遥のことを尊敬するようになった。
自分自身が桐谷遥と同じアイドルを目指すほどに。
そうして、今はアイドルになる為に励んでいるみたいなのだが...
「また落ちました...もう三十回は不合格を貰ってます...」
「それは...辛いね」
「三十回は凄いな。俺ならとっくに諦めてる」
何をもってしてアイドルが実力を証明できるのか、専門家でもない俺にはわからないが、何十回とオーディションに落ちてなお、挑戦できる根性は目を見張るものがある。
「わたし、アイドルになれないんでしょうか...自分でもわかってるんです...遥ちゃんと比べたらわたしは全然だって。だけど、どうしてもわたしに元気をくれた遥ちゃんみたいになりたいんです...皆に明日を頑張る力を与えられるアイドルに...」
アクキーを貰って泣いて喜んでいた姿はもう無く、またどんよりと花里さんが沈んだ。
ほんとにコロコロ表情が変わる子だな。
けど、大事なものは変わっていない。
さっきだって今だって、目には変わらぬ力が宿っている。
泣いている時も落ち込んでいる時も、気力だけはちゃんと残っている。
なら、俺達にできるのは下手に慰めることじゃなく、背中を押すことだけだ。
「まだ、花里さんはアイドルになれていないかもしれないけどさ、俺は今、花里さんに魅力を感じてるよ」
「ふぇ...?」
「つまり、俺はもう花里さんのファンってことだ。もし、またオーディションに落ちても、自分にはファンがいるってことを思い出してくれ。応援してる奴がいるってこと、忘れないでくれ」
「わたしもファンだよ。これで花里さんはファンが二人いるってことになるね」
俺と奏がファン宣言をすると、花里さんは瞳いっぱいに涙を溜めて、その輝きを持った目でこちらを真っすぐ向いた。
「...ありがとうございます。あの...なんて言ったらいいかわかりません...本当に...ありがとう、ございます...わたしは貴方達の、与一さんと奏ちゃんの為にも絶対にあきらめませんっ......!」
─────
連絡先を交換した後、花里さんは足早に帰っていった。
今一度反省点を見つめ直して、次のオーディションに一刻も早く備えたいみたいだ。
殊勝な子だ。中学生とはとても思えない。
「凄い人だったね、花里さん」
「ああ。元気があって、根性もあって、それにいい子だった。アイドルになれるといいな」
「...なれるよ。花里さんには人を惹きつける何かがある。絶対、花里さんはアイドルになれる」
奏が言うと、そうなのだろうと思ってしまう。
才能がある人間と才能の無い人間は、言葉の重みが違う。
俺のような凡庸な人間が同じことを言っても、説得力は皆無だろう。
別に妬んでいるわけではない。
ただ、眩しいだけだ。
光り輝く才能を持っている人間の近くに、微小な光すら放てない俺がいていいものかと、時折思ってしまう。
奏を支えられる存在でありたいと思っているが、分不相応の烏滸がましい感情なのではないかと、疑念を抱いてしまう。
「わたしも花里さんに負けてられないな」
「奏はもう十分すぎるほど頑張ってると俺は思うけどな」
花里さんは確かに根性があって、努力家だ。
あそこまで目標達成に向かって突き進める人間はそうはいないだろう。
だが、奏はそれ以上だ。
努力とか根性とかそういう次元ではない。もっと狂気的な何かが奏をつき動かしている。
燃料からして、もう普通の人間とは違うのだ。
「いや、わたしはまだ足りない。まだ全然できてない。もっともっと頑張らなくちゃ。曲を作り続けなきゃいけない」
俺は本当に奏を支えられるのだろうか。
否、俺には支えるに足る資格があるのだろうか。
文章が支離滅裂になってたらごめんなさい...一応推敲したけど、読みにくいかもしれません(´;ω;`)