幸薄少女の世話係   作:直江

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面白いゲームを一旦始めると、他の事に全く身が入らなくなってしまう。
そういうことってありますよね。


クレーンの達人

 渋谷の夜は明るく、騒がしい。

 人々の声がそこかしこから慌ただしく聞こえ、夜の街を飾るネオンライトが、昼とは一風変わった雰囲気を作り出している。

 仕事終わりに飲食店に繰り出すリーマン達、夜遊びを楽しむやんちゃそうな学生達、目をギラつかせて、道行く人々を店に引き込もうとするキャッチのお兄さん方達。

 彼らは夜の渋谷を形成するピースであり、象徴でもある。

 俺のような日陰者は彼らに親近感こそ抱きはしないが、その開放的な雰囲気にどこか惹かれてしまう。

 だから、今日も誰もいない家を飛び出して、孤独感を癒しにこうして街を彷徨しているのだが、歩いていくと気になるものが見えた。

 綺麗な歌声と、その音源を囲む人だかり。

 有名アーティストが路上ライブをしているのだろうか、結構人気らしい。

 普段の俺はそういったものをわざわざ立ち止まって聞こうなんて思わないが、今日はなんだか気になってしまった。

 もしかしたら、単純に歌声に惹かれたのかもしれない。

 明日は休日だし、急ぐ予定もない。

 俺はその人だかりの一部となって、ライブを聞くことにした。

 

「若いな。俺と同じくらいか?」

 

 音の中心地に立っていたのは、中学生か高校生くらいの男だった。

 身なりが綺麗ですらっとした美少年だ。 

 路上ライブについて多くは知らないが、あまりいないタイプなんじゃないか。

 完全に俺の偏見だが、路上で歌う人間はどこかロックというかパンクなイメージがあったが、この美少年にはそれが一切感じられないのだ。

 整った美しさ、精密な技巧、高水準の歌唱能力───ありきたりな素人の感想だが、とにかく『綺麗』ということは確かだ。

 歌っている曲は全く知らないが、完璧に歌えていることだけはわかる。

 この曲を構成する全ての音をそのまま綺麗になぞるように再現できているのだろう。

 だから、こんなにも聞き入ってしまう。

 俺と同年代くらいだろうに、こんな研ぎ澄まされたような人間がいるなんて、どんな修練を積んでいればこうなるのだろうか。

 少しだけ聞いて立ち去るつもりだったが、俺はこの美少年の歌に釘付けになっている群衆と完全に一体化してしまっていた。

 

「...聞いていただき、ありがとうございました...!」

 

 歌い終えて、美少年が感謝の言葉を述べ、頭を下げた。

 何曲か歌い終えて疲弊しているだろうに、ぴったり三十度くらいの綺麗なお辞儀を見せた。

 意識してやっているというより、体に染み込んでいる感じだ。

 根拠がない浅はかな予想だが、実家は相当お家柄がいいのではないかと見た。高そうな服着てるし。

 整った顔に、綺麗な歌声、裕福な家庭───天は二物を与えずって本当か?

 もし、違うなら俺にもいくらか才能を分けてほしいものだ。

 ──いや、良くないか。こんな僻み根性。見苦しい。

 ゲームセンスがそこそこあるだけ、天に感謝をしておくべきだろう。

 

「今日もかっこよかったです!」

「随分腕上げたんじゃねーか?」

「何者だよ...」

「BADDOGSも応援してるぞ!」

「これが中学生ってヤバすぎ」

 

 益体のない物思いに耽っていたら、歌唱後の美少年の元に観客が雪崩れ込んだ。

 以前から路上で歌っているのか、ファンもついているみたいだ。それも結構熱烈な。

 ここに留まっていると、ファンの邪魔になるだろう。 

 俺は人の流れに逆らって、人だかりを抜け出した。

 

 ─────────

 

 休日のゲームセンターは、平日に比べて格段に人が多い。

 客層が学生主体の平日に対して、休日は家族連れ、カップルなど客層が広くなる。

 仕事の疲れの癒しを求めてやってくる社会人も多いだろう。

 俺もおそらくそうなるだろうから、つい将来の自分の姿のように重ねてしまう。

 仕事に打ちのめされ、上司にしごかれる苦痛の日々。

 だけど、ゲームセンターにはそんな荒んだ心を癒し、童心を取り戻させてくれるはずだ。

 

「ぼーっとしてないで、早く。鈍い、亀なの?」

 

 袖を引いて急かしてきたのは、癖のあるモフモフヘアーお馴染みのこのお方、草薙寧々である。

 もはやゲーセンで遊ぶとなると、だいたいいつも一緒にいる気がする。

 友達が少ないから一人で遊び惚けてる俺とは別に、もうすぐそこまで高校受験が迫ってるというのに大丈夫かよ。

 どこの高校を受験するかは頑なに教えてくれませんが、こうしてゲームセンターに通っていられる余裕があるということは、勉強には並々ならぬ自信があるということでいいんですよね、寧々さん。

 

「そう慌てるなって。興奮する気持ちはわかるが」

 

 興味深そうに店内のあちらこちらを首を左右に揺らして見ている寧々をどうどうとなだめるが、俺の方も若干ワクワクしていた。

 ここは俺が昔から通っている馴染みのあるゲームセンターではない。

 駅から少し歩いたところにある小規模な店でほとんど来たことはないが、一か月くらい前から店内改装が行われていて、今日が新装開店の日ということで、寧々に連れられてやってきたのだ。

 確かに普段、大人しい寧々が興奮する気持ちもよくわかる。

 店内のどこもかしこも新しさで溢れている。

 流石に新品ではないだろうが、ピカピカに磨かれた筐体は見ているだけでも気持ちがいい。

 早くプレイしてみたいと気が逸ってしまう。

 

「あ!あれやりたい。よかった、前に他のゲームセンターでやり込んでたんだけど、無くなっちゃったやつだ」

 

 お目当てのものを見つけるや否や、本能のままに真っすぐ突き進んでいく寧々は嬉しそうだ。

 こんな嬉しそうな顔をしてくれると、連れられてきた甲斐があったというものだ。

 寧々がやり込んでいたゲームか───おそらくこの後、笑顔でボコボコにされるんだろうが、幸せそうだしいいか。

 

 ───────

 

 案の定、『2SP〇CY』でギッタギタに蹂躙された俺は、その復讐として『ぷ〇ぷよ』で大連鎖をぶちかましてやった。

 やっぱり、年上としての威厳を見せないとな。

 悔しそうな顔をしていたから、今後の為にじっくり対策をしてくるだろう。ああ怖い。

 

「一通りやったね」

「一日にここまで多くの筐体を触れたのは初めてかもしれない。けど、楽しかったな」

「うん、すごく楽しかった」

 

 幸せを噛みしめるような満足そうな顔だ。やっぱり受験のストレスとかあるんだろうな。

 今でこそ他人事になってしまうが、俺も去年は、こんな感じだった気がする。

 勉強漬けの毎日に添えられる、ゲーセンでのひと時は何にも代えがたい至福の時間だ。

 

「そろそろ帰るか?」

「えっと、最後にクレーンの方も回りたい」

 

 寧々の要望で、俺達はクレーンコーナーに向かうことにした。

 ゲーセンの花形でもあるはずだが───思えば俺は寧々と一緒にクレーンゲームで遊んだことはない。

 寧々は対戦ゲームばかり好む戦闘狂とばかり思っていたから、クレーンゲームも嗜んでいるとは意外だ。

 かくいう俺も、そこまでやる方ではないが。

 ガラスを通した中には、フィギュアやぬいぐるみ、お菓子など様々なものが入っている。

 今流行りのアニメのキャラだったり、可愛いポ〇モンのグッズだったり、多種多様だ。

 

「ここのクレーン、結構アームが弱い」

 

 他の客のプレイを見た寧々が残念そうな顔になった。

 アームの強度はクレーンにおいて、最も重要な要素だ。

 店によっては、これ取らせる気あるのかってレベルでよわよわなアームも存在する。

 俺も過去に欲しいフィギュアを取ろうとして、五千円費やした結果、ようやく取れたという苦い記憶がある。

 ネットショッピングで、そのフィギュアが1000円で売られていた時の衝撃といったらない。それ以来、一切のクレーンゲームに手を出さなくなったほどだ。

 だから、俺は今、何年ぶりかにクレーンコーナーを訪れている。

 

「やめとくか?」

「......うん。帰ろ」

 

 寧々もアームの弱さに苦い思い出があるのだろうか。

 入店した時とのテンションの落差がすごい。

 そうして、退店しようと店内出口に向かった時だった。

 

「すごーい!一回でとれたー」

「そうだねえ。おにいさん、上手だね」

 

 女児特有のキーンとした声に思わず、俺達二人は揃って振り向いた。

 その先にはその女の子と、その母親と思われる女性と────昨夜、渋谷の路上で歌っていた美少年がいた。

 

「あ、あれは」

「え、なに。与一、知り合い?」

「いや、全く知らんが。昨夜路上ライブをしていた歌がめちゃくちゃ巧いイケメンだ」

「へえ。路上ライブなんてしそうな人に見えないな。年もわたしたちとそう変わらなそうだし」

 

 路上ライブに加えて、ゲームセンターとは。つくづくわからないやつだ。

 もっとこう、高級そうなカフェとか、リストランテにいそうなタイプだ。

 

「ねえねえ。おにいちゃん。どうしてこんなにうまいのー?わたし、ぜんぜん取れなかったのにー」

「アームの外側のでっぱりを使ったんだ。掴んで取ることは難しそうだったから、アームが開いた時の───つまり、掴む為の内側の力じゃなくて、外側の力を利用したんだ。全てのクレーンで使える技じゃないが、この場合は有効だと判断した」

「へー、よくわからないけど、すごーい」

「あ、あの。すみません。娘が...」

「いえ、構いませんよ。良ければ、差し上げましょうか?」

「え!?ほんと!やったー」

「いいんですか?ありがとうございます!りっちゃん、よかったね。優しいおにいさんだね」

 

 受け取り口から、マイ〇ロにいそうなファンシーなキャラのぬいぐるみを取り出すと、美少年がそのままそれを親子に手渡した。

 女の子は嬉しそうにジャンプし、母親と思われる女性はぺこりぺこりと感謝の言葉を述べている。

 せっかく取った景品をあっさり譲るなんて──。

 

「歌巧くて、イケメンで、品が良さそうなのに加えて、庶民の遊びにも精通してるとかチートかよ。その上、心優しいときた。とんでもない奴がいるもんだな」

「与一と真逆だね。だけど、元気出して。与一も良い所あるよ。たとえば───うん、たくさんあるから」

 

「フォローと見せかけて、罵倒するのやめろよ。俺にだって、良い所あるわ。ほら、ゲームが巧いとか」

 

 寧々め。最近、ますます毒舌っぷりに拍車がかかってきた気がするぜ。

 店長とは徐々に打ち解けて、自然と会話できるようになってるってのに、この違いはなんだよ。

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