個性──生態模写   作:月見月 月魅

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白い受験生

 

 雄英高校ヒーロー科には、筆記試験の他に実技試験がある。

 ヒーローは学歴だけでは務まらない。ヒーローになるためには、まず何よりも力が必要なのだ。

 清くあるよりも先に。

 正しくあるよりも先に。

 美しくあるよりも先に。

 まず何よりも、何者よりも、強くある必要がある。

 

 これから学べばいい、強くなればいいでは遅いのだ。

 

 

 


 

 

 

 音無(おとなし)(めい)は数多の受験生に紛れていた。……紛れるというには、彼女の様相は奇妙、不気味に溢れており、集団の中にいるだけで紛れ込めてはいないのがミソである。

 

 視力に特化しすぎた個性を持って生まれた人間用に開発された、特殊なアイマスク。一見、包帯のように見えるそれは痛ましいが、超視力によって見たくないものまで見てしまうことを防いでくれる。

 そしてその下には、これまた白いマスクが付けられており、目元から下を覆っている。これは特に特殊なものではなく、百枚千円で買える使い捨ての不織布マスクだ。

 顔の殆どを白で覆われている、だけでは飽き足らず。

 太陽光を浴びて輝く髪もまた白く。

 首から爪先までは、全身をラバースーツ、ライダースーツのような肌に密着したデザインの、これまた白い拘束衣で包まれている。両腕は後ろ手にベルトで固定されていて、豊満な胸や太腿もまたベルトで構成された装甲であるかのようにガチガチに固められている。さながら囚人のような様相だが、しかし足は解放されていて歩行には問題なさそうに見える。

 周囲の受験生たちは、いつ彼女が転ぶのかと気が気でなかったけれど、鳴はその心配、あるいは期待を裏切るように平然と転ぶことなく試験を受けている。筆記試験は念動力のような力で椅子を引いて座り、ペンを浮かせて誰よりも早く書き、今いる実技試験会場まで来る際にも彼女はまるで前が見えているかのように平然と歩いていた。

 

 全身真っ白で前が見えているのかも、体調が万全なのかも怪しい、健常者かも分からない装備は、音無鳴が今日のために用意したできる限りの()()であった。

 見ただけで洗脳を受けたかのように絶対的な味方になってしまう、魔眼ならぬ魔顔は、ライバルへのデバフとして反則が過ぎる。

 

 言い方を変えればハンデとも言えるが、敵にも味方にも目に毒なのだ。それに鳴にとって、この装備はヒーローとして活動するなら最低限必要な必須事項でもある。

 とはいえ試験が夏でなくてよかったと思いながら、鳴は開始の合図を棒立ちで待つ。

 

『ハイ、スタ──

 

 雄英名物──プレゼント・マイクによる、唐突な開始の合図。

 まだかまだかと待ち侘びていた鳴は、合図を最後まで聞くよりも先に動き出した。筆記試験でも見せた念動力で、人間二人分ほど浮き上がる。この場の誰よりも高い視点から、鳴は向かう先を定めた。

 

『スタート!! どうしたどうしたぁ! 実戦じゃカウントなんてねぇぞ! 走れ走れぇ!』

 

 弾丸のように飛び出していった白い女の背を呆然と見つめていた受験生たちは、急かされてから我先にと追いかけていく。

 

 

 

 マスクをつけて呼吸を制限し、両腕を固めていようとも、鳴の行動は疾風怒濤。地を走り天を舞い、その白い両足で仮想(ヴィラン)であるロボット達を粉砕する。

 さながら意志を持った銃弾。目についた先へと跳弾するように、他の受験生(ライバル)達には攻撃はおろか構える暇すら与えない。

 

「おい狡いじゃねーかお前! 武器を持ち込むなんて反則だぞ!?」

 

 足の速くなるような個性を持っているのだろう。ロボに攻撃する暇はないものの、かろうじて追いつけるほどのスピードで走る受験生の一人が、鳴に物申す。彼には鳴の拘束具が武装、ヒーローだけが着用できる戦闘服(コスチューム)のように見えたのだろう。

 事実、鳴の着ている拘束衣の強度はそこらのヒーローが着ているコスチュームと比べても比べ物にならない強度を誇る。オールマイト並みの剛腕をもってして破くことの出来ない、凶悪ヴィラン専用という名目で試作された特注の拘束衣なのだ。製造コストが宇宙服レベルな為に実用化はされていないが、性能は折り紙付き。鳴がこの試験で盛大にすっ転んだところで、擦り傷一つも負うことはないだろう。

 ならば反則かといえば、そうでもない。大概の受験生はジャージや体操服を着ているが、規定では動きやすくて汚れてもいい服装としか指定されていない。戦闘服(コスチューム)はそもそも、規定以前の問題で法律的に、ヒーロー以外、許可なく着用することは出来ないが、拘束衣ならば違法ではないし、試験で着るも着ないも本人次第。

 個性によっては起こりうる暴発を防ぐためなどで民間用に製造された補助器具 (サポートアイテム)の装備すら、攻撃性が薄ければ基本的に申請が通るのだ。

 

 どれだけ丈夫であろうと、それはただの拘束衣。動きを大幅に制限するだけの装備であり、ルール違反とする規定はどこにもない。

 

「だいたいおかしいだろ! 空飛ぶ上に増強系とか! 反則に決まってんだろうが!」

 

 もはや文句を言うためだけに追いかけているような状況に陥っている受験生には目もくれず、鳴はロボットを破壊して回る、が──

 

「お前には他の奴に分けてやろうっつー配慮とかっ、優しさってもんがねーのかよ! それでもヒーロー志望か!!」

 

「──!」

 

 初めて、鳴は足を止めた。しかしそれは他の受験生達への配慮や優しさを思い出したというわけでは当然なく、心無い言葉に心を痛めたというわけでもない。

 

「なっ、なんだよこれ!? ゼロポイント、回避前提のお邪魔ギミック、スーパーマリオのドッスン──なんてレベルじゃねーだろうが! デカすぎるだろおおお!?」

 

 事前に説明のあった、倒したところで時間の無駄にしかならない、0ポイント仮想敵。ただの邪魔者だろうと誰も意識していなかったはずのそれは、見れば誰もが恐怖するであろう大きさを誇っている。

 生物において、質量と危険度は比例する。体重100kgの人間のパンチと、体重50kgのパンチに雲泥の差があるように。 

 自分達が小人になってしまったのかと勘違いするほどに巨大なロボが、人間どころかビルまで薙ぎ払わんと立ちはだかる。

 

「ウソだろバカだろヤバすぎるだろ!? オレは逃げるぜあんたもさっさと逃げろよな!!」

 

 鳴は巨大ロボを見上げていたその、見えているのかも怪しくなる白い顔を、初めて、後ろで騒いでいた受験生の方へと向けた。残念ながら、その男はすでに回れ右して全力疾走しているため、見えたのは小さくなっていく背中のみだが。

 

 誰よりも速く駆け抜けていたため、まだ周囲には受験生がいない。試験の内容的にも、この巨大なロボが本格的に動き出すのはまだ先の予定だった筈。しかしセンサーでも付いていたのだろう。目敏く鳴を認識した巨大ロボは、その巨大な手で鳴を握りつぶしにかかる。

 鳴は逃げない。

 

「モデル──オールマイト」

 

 入試が始まってから初めて、鳴は言葉を発した。

 巨大ロボの駆動音ものともせず透き通る、風鈴のように涼やかな美しい声は、ナンバーワンヒーローの名を口にした。

 全身に紫電のようなものが走る。

 

「ミックス──エンデヴァー」

 

 続いてもう一人のヒーローの名。さっきまでロボを蹴り砕き踏み抜いてきた両足に炎が灯る。それを熱がるそぶりも見せず、鳴は巨大ロボ目掛けて飛び出した。

 誰かが見ていれば、気がつくだろう。紫電を纏っての跳躍の速度は、オールマイトと同等であると。

 誰かが近くにいたら、気がつけたかもしれない。両足の炎の熱量は、エンデヴァーに匹敵すると。

 

「ムスプルヘイム──スマッシュ!」

 

 生物なら胸部にあたる位置に、燃え盛る蹴りが突き刺さった。その威力はこれまで以上に強烈で、全身のあらゆる金属パーツが歪み、ひび割れる。

 それだけにとどまらず、伝染するようにロボ全体に炎が走り焼き尽くす。動力パイプも油圧ポンプも電子回路もお構いなし。あちこちを融解させ、全身を溶接し、身動きを取れなくする。破壊、無力化しただけでなく、その後の暴走、暴発すら防いでしまった。

 

 これで心置きなく試験に臨める。

 音無鳴という受験生は、石橋を叩き壊して鉄橋を建造し直すような、慎重でかつ豪快な女だった。

 

 

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