個性──生態模写   作:月見月 月魅

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一方的な訓練

 

 グラウンドβに全員が集まる少し前のこと。鳴は誰もいなくなった女子更衣室で一人、思考していた。

 これからも顔を隠し続けるべきなのか。それとも思い切って、顔を晒してしまうべきなのか。

 自分の顔は嫌いで、綺麗といわれても嬉しくない。けれどそれはそれとして、息苦しいことに変わりはないし、誰も素顔を知らないという状況がどんなアクシデントを招くかわからない。顔を隠したり、覆ったりして活動するヒーローは珍しくないが、彼らはどんな考えのもと顔を隠しているのだろう。

 

 結局、自意識過剰と自己嫌悪だ。今悩まなくとも、自己満足できた頃には答えも出るだろう。未だ鳴に自己と呼べるものがあるのかは、本人にすらわからないが。あるいはわからないからこそ、自己満足も満足にできず、息苦しいのか。

 

 

 


 

 

 

 鳴が白いコスチュームを好む理由の一つは、ミルクにある。

 コーヒーにミルクを注ぎ続けたら、コーヒーが本来持つ”自分はコーヒーである”という自我はいつまで保つのか。コーヒーをミルクで割り続けたら、何時からそれはコーヒーではなくなるのか。

 そういった思考実験に基づき、だったら初めからミルクであればいい。嘗てはコーヒーだったなんて過去は捨ててしまえ。というのが鳴の理屈である。

 

「ねえ。音無のそれって、コスチュームなの? 動きにくそう、ってか腕が動かせなくない?」

 

 一足遅れて、グラウンドβに集まっていたクラスメイト達の中に鳴が混ざりに行くと、異形の耳朶を持つ女子──耳郎響香に声をかけられた。

 

「…………」

 

 腕を後ろ手に固定していて、宙に字が書けない。すぐに別の手段を考えついて、鳴は髪を揺らした。

 長い後ろ髪の一房を念動力で摘んで触手のように動かし、手指の代わりにする。

 

 うで なくても いがいと いける

 むしろ ゆびより かきやすいかも?

 

「いや、だとしてもそうはならないでしょ。普通に喋ればいいのに。せっかくいい声してるんだから」

 

 かんがえとく

 

 

「格好いいじゃないか!! いいね!」

 

 鳴がやってきたことで全員揃ったと判断したオールマイトは、授業を開始した。

 

「今日の訓練は、屋内での対人訓練!」

 

 グラウンドβは、入試の実技試験にも使われた訓練場の一つ。市街地を再現されていて、その完成度は鳴もよく覚えている。

 

「君たちが見てきたようなヴィラン退治のほとんどは屋外だと思うが、実のところ、統計では屋内の方が凶悪ヴィランの発生率は高いんだ。監禁、誘拐、裏商売──このヒーロー飽和社会、真に賢いヴィランは屋内に潜む」

 

 言われてみれば、当然だと皆気づく。外で大っぴらに犯罪を犯すような奴、犯罪以前にバカ過ぎる。……そんなバカが絶えない現代社会も大概馬鹿げているが。

 

「君らにはこれから”ヴィラン組”と”ヒーロー組”に分かれ、二対二の屋内戦をしてもらう」

 

 状況設定──ヴィランがアジトに核爆弾を隠して潜んでいる。ヒーローは制限時間、十五分以内にヴィラン二人を捕らえるか、核兵器を回収(タッチ)することで勝利となる。逆にヴィランは核爆弾を守りつつ、制限時間を迎えるか、ヒーローを打倒することで勝利となる。

 ペア、及び対戦相手は全てクジで決まる。

 

 

 鳴のペアは、クラスメイトで最初の知り合いとなった透明人間──葉隠透。

 片や、つま先から目鼻まで白布で隠された白い無貌。

 片や、つま先と手指だけ隠した透明な無貌。

 表情が一切読めないコンビが爆誕してしまった。

 

「鳴ちゃんよろしくね!」

 

 うん

 

 

 


 

 

 

 緑谷と爆豪の私闘となった第一戦。

 そして第二戦は轟、障子ペアのヒーローチームに対し、音無、葉隠ペアのヴィランチーム。

 四人それぞれの形で顔色の窺い知れない、ミステリアスなマッチングである。

 

 

 

 ──それは戦いとも、訓練というのも烏滸がましい、一方的な攻略だった。

 

 オールマイトの開始の合図と殆ど同時に。

 フィールドであるビル全体が凍てついた直後に。

 

 トンッという軽い音が、ビル全体に響き渡る。

 金属とも石とも木材とも異なる、異質な音。

 それは鳴の足元から鳴っていた。

 

 すぐ近くで震えていた葉隠は勿論のこと、上階へと向かっていた轟にも、聞き耳を立てていた障子にも聞こえている。

 

「さっささささささぶっ!! 鳴ちゃんは大丈夫!?」

 

「…………」

 

 とおるちゃん よりは へいき

 ちょっと まっててね

 

 鳴は凍って床に張り付いた靴を力任せに剥がして、その場から移動する。

 あまり強力に張り付いているわけではなく、足の裏の皮が剥がれる覚悟さえ決めてしまえば、葉隠にも同じことができたかもしれない。しかしどっちにしろ、極寒の環境では満足に動くことも難しいだろう。

 

 わたしに まかせて

 

 

 

 持つ者故の苦難──というとまたベクトルが違うが、鳴は所謂"荒事"には人一倍、それこそそこらのヒーローよりもよっぽど慣れていた。

 

 不可侵条約を知らず欲張りすぎた企業しかり、素顔を目撃し魅了されてしまった自意識過剰な伊達男しかり、偶然居合わせた時代遅れな銀行強盗しかり、拘束衣に目をつけたひったくり常習犯しかり。

 

 出逢った荒事の悉くを、鳴は暴力で解決してきた。

 

「……女だからって、容赦しねーぞ」

 

 半冷半燃──轟焦凍。彼にとってクラスメイトとは自分より格下でも仕方ない存在だと、そうであって然るべきだとすら思えるほどに、世間一般の高校一年生からは頭一つ抜けた経験を重ねてきている。

 故にこそ、音無鳴という存在は未知に満ち満ちて見えてしまい、見切れずにいる。見定めきれずにいる。

 

 究極の万能型。異形系の希望の星。生けるモナリザ。

 世界各地、あらゆるヒーローのコスチューム制作に関わっており、父親──エンデヴァーとて例外ではなく、自分やクラスメイト達が今日初めて身につけたコスチュームすら例外ではない。

 ヒーローの子供にしてヒーロー志望である轟の知っている、事前情報としての音無鳴は、もはや別の世界の住人といっても過言ではない、遠い位置にいるべき存在な筈だった。訓練といえど、ヴィランとヒーローという距離感で関わるような存在ではなかった。

 

 故に実力を図りかねる。

 どこまで追い詰めていいのか。

 どこまで傷付けていいのか。

 どれほど戦えるのか。

 どれほど慣れているのか。

 

 しかしあらゆる分野で、鳴は上回る。

 

 トンッと。また鳴る。鳴の足元。轟は戦闘開始の合図と解釈するも、違う。

 

 それは、鳴の攻撃だった。

 

「モデル──セメントス」

 

 細雪のようにか細く美しい声。唱えるは最強に名を連ねる英雄の名。

 条件さえ揃えばエンデヴァーと互角以上の実力すら発揮する個性であり、鉄筋コンクリート造のビル内で無人という環境は条件と十全に一致する。

 

「なっ……! この」

 

 床から、壁から、天井から。

 前から、後ろから、横合いから。

 あらゆる方向から手が伸び、触手が伸び、鎖が伸びる。

 大気中の水分を冷やすだけでは到底足りない物量を前に、轟は手も足も出せず──出す間もなく捉えられた。絡みつくコンクリートは肉体を覆うように密着して固まり、見る見る厚みが増していく。

 鼻から下が完全に埋まったところで止まる。命乞いすらできないほどの実力差を身をもって体感し、轟の目には戦意はおろか怒りすら浮かばない。

 

「モデル──エンデヴァー」

 

「!!?」

 

 鳴の操る髪の先端に火が灯る。

 

 ていこうするなら むしやきよ

 

 父親と同じ炎で器用に書かれた文字に、口を封じられている轟は返事一つできやしない。

 鳴は残された目鼻を覆うように捕縛テープを巻こうとして、オールマイトに窒息するからとインカム越しに止められ、仕方なく目だけを隠すように巻いた。

 これでもうこの戦いでは轟は敗退。戦死者扱いであり、戦えない。これ以上の拘束は無為だと判断した鳴は、念動力で轟を拘束していたコンクリートを木っ端微塵に粉砕する。

 唐突に解放された轟は、瓦礫で散らかった床と見えない視界にふらつきながらもなんとか、地面に腰を降ろした。

 

「……なあ、聞いてもいいか」

 

 訓練中である。時間を無駄に使っても鳴に得られるものは何もないが、急いだところでやはり得るものはない。ならばというわけではないが、鳴は単なる興味本位で足を止め、轟の言葉に耳を傾ける。

 

「あんたはなんで、ヒーローを目指すんだ」

 

 轟の知識として知っている音無鳴は、個性に恵まれた一部業界の著名人。ヒーローよりもずっと向いている仕事なんていくらでもある筈だった。

 鳴は答える。

 

「……自己満足」

 

 とても浅く、しかし底なしな返答だった。

 

 

 


 

 

 

 速攻で決めよう。エコーロケーションで障子までの距離を見定めた鳴は、直線方向に視線を向け、個性を発動させた。

 

 念動力。鳴が最も使い慣れた、最も見慣れた異能。

 物理法則を超越したその力が、障子の足を止めた。

 

「なんだ、足が……!」

 

 轟の個性によって凍てついた床に不用意に踏み入ったがために張り付いた──わけではない。足裏どころか膝も腿も、すね毛一本すら空間に固定されたかの如く動かない。

 障子は思い出す。

 握力計に触れもせず破壊し、測定不能を出したのが、今回の対戦相手、音無鳴だ。

 

「顔を合わせるまでもない、ということか」

 

「見せる顔がないんだよ」

 

 鳴が今いるのは三階。対して障子は未だ一階。手も足も届く距離ではないが、互いに声だけは聞こえていた。障子は増殖する腕から耳を生やして聴覚を強化し、鳴の位置と声を把握している。鳴も同様だ。

 

 だが声が届いたところで、何ができる。

 敵の能力に依存した状態での説得なんて実戦でできるはずもない。訓練にも、戦いにすらなっていない。

 

 鳴も障子も、タイムアップまで一言も発することはなかった。

 

 

 


 

 

 

「今回のベストは一目瞭然、言うまでもなく音無さんでしょう。ベストというより、一人勝ちと言った具合でしたが。──超広範囲で殲滅の可能な轟さんを先に拘束し、迷うことなく障子さんの元へと駆けつけた。……ところどころに気になるところがあるのですが、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

 訓練が終われば、やってくるのは講評の時間。優等生然とした姿勢の生徒──八百万百は端的に語り、鳴に訊ねる。

 

「まずビル全体が凍らされたとき、何故先に葉隠さんを救出しなかったのでしょう?」

 

 鳴は髪で描くように答える。

 

 ゆうせん じゅんい のもんだい

 たしかに たすけられた けど

 じかんが たりなかった

 ごめんね とおるちゃん

 

「ぜんぜん! 気にしないでいいよ。考えなしに靴まで脱いでたのは、私のミスだしね」

 

 ビル全体を凍らせてしまうのは想定外だったとしても、地面を凍らせることができること自体は、昨日の個性把握テストで分かっていた。よく考えれば事前に防げた事態だと、葉隠は反省する。

 

「もう一つ。障子さんの動きを止めた後、捕縛に向かわずタイムアップを待ったのは何か理由があるのでしょうか」

 

 あれ より

 きょうりょく な ほばく

 ほうほう は ない

 あれで ちぇっくめいと

 

 これにて帰結。訓練は次のペアへと続く。





 後書き。というか、音無鳴の設定集。その三。

 鳴の必殺技

 念動力
 通常攻撃兼、必殺技兼、移動技。
 物を触れずに動かしたり固定したり。
 引っ張ったり締め付けたり切断したり。
 空間をも操る異能であり、その力に限界はなく、これだけでトップヒーロークラスの実力に至る。
 対象の空間を把握していれば、遠隔でも発動が可能である。

 モデル──オールマイト
 ミックス──エンデヴァー
 破壊的な暴力に炎を混ぜ合わせた超破壊。……強そうだが、炎はおまけでありオールマイトの力だけでも必要十分。巨大ロボを破壊し溶接するような状況は、滅多になく、実用性も低い。

 モデル──Mt.レディ
 ミックス──オールマイト
 鳴の物理的最高火力。約十三倍に巨大化した上にオールマイトのパワーを混ぜ合わせた踵おとしは計算上、地球の崩壊すら可能である。

 美像礼拝(プリティーチャーミー)
 美貌をもって見たもの全てを魅了し、洗脳系個性で指向性を持たせ改心させる。敵味方無差別で個性による部分が少なく、制御が難しいが、どうなってもいいような凶悪ヴィラン相手ならかなり効果的。
 アイマスクとマスクで覆った上に、意識的に顔を変えることで抑えているが、鳴も不細工になりたいわけではないので焼石に水。むしろ未完成の美貌は返って多くの人間に刺さることが多い。

 世界終末拳(アポカリプスパンチ)
 鳴の手には、世界各地の手から発動する個性が無数に詰まっており、すでに鳴の制御から半ば外れている。意識的にオフにすることはできるが、集中を切らすと暴発してしまう。特注の拘束具で十分に無力化が可能。
 しかし意識的にその拳を振るったが最後、個性特異点という終末論は現実のものとなる。
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