個性──生態模写   作:月見月 月魅

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世界の終わりは一歩進んで二歩下がる

 

 午前の授業が終わった、昼休みの雄英高校、食堂。

 鳴は相変わらず上から下まで隠れた顔で、クックヒーローランチラッシュの親子丼に舌鼓を打っていた。

 周囲の席ではクラスメイトの多くが、スマホでネットニュースを見つつ、昼食をとっている。

 

 ──万能の超人、生けるモナリザこと音無鳴がついに顔出し! 素顔を隠し続けるその理由とは!

 ──この世全ての美、その秘密に迫る。

 ──音無鳴の美貌による精神疾患パンデミック、未だ収まるところを知らず。世界征服は時間の問題か。

 

 誰もが片手間に見ているのは、一人の同級生に関するニュース。今朝、鳴が取材を面倒くさがったばかりに、世界は征服されかかっていた。

 高校生となり、子供ではなく大人となることで真に完成された鳴の素顔や声は多くの人間の脳裏に染み付き、無意識の内に鳴の奴隷(言いなり)となる。

 音無鳴について報道規制は敷かれているものの、もう既にインターネットを通じて世界中に拡散され続けている。もし鳴がヴィランに寝返るようなことがあれば、世界は喜んで鳴の悪事を受け入れるだろう。

 

 こうなるから嫌だったのに、と。

 追われ続けるくらいならいっそ──なんて、やっぱりやめておけばよかった。鳴はマスクの下を捲って、肉汁と出汁が滴る鶏肉を口に運びながら、一人己の浅ましさを反省する。

 

「……なんていうか、よく今まで平気だったよね」

 

 右隣に座っていた耳郎が言葉に悩みながらに言った。

 

 わたし ひとり だったら

 あんなに あつまらなかった けど

 いまは おーるまいと も ここにいるから

 

 音無鳴への取材は数より質。それはマスメディア業界全域に広がる鉄則である。これは頻度や情報の話ではなく、取材を行う人材の話だ。

 鳴を人数で囲うべからず。

 背後からカメラを回すべからず。

 クズが取材に赴くべからず。

 

 だが雄英には、オールマイトもいる。鳴とオールマイト。どちらがオマケということもないが、ネームバリューに限っていえば五十歩百歩でオールマイトが上回る。あの場において鳴は音無鳴であると同時に、オールマイトが教える生徒達の一人に過ぎなかった。

 

 まえは なんとか なったんだけどね

 

「なんとか、したん──

 

 昼休みの最中だというのに、避難訓練の予定が伝えられていたわけでもないのに、爆音の警告音が鳴り響く。

 

『セキリュティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください』

 

「は!? ひっ、避難って、どこに!?」

 

 英雄を生み出す学校の生徒、雄英生といえど数日前にはただの中学生だった。それにヒーロー科は彼らのうちのたった四十人。三学年合わせても百と少ししかいないのだ。パニックは免れない。

 誰も彼もが腰を浮かし、各々で闇雲に行動に移す。食堂の出入り口に向かって我先にと走り出すもの。興奮して目的もなく手足や個性を振り回すもの。扉でなくてもいいから、窓なりから飛び出そうとするもの。

 

「いっ、ったいなぁ!?」

 

 誰も彼もが、衝突したり、踏まれたり。耳郎は足を踏まれて反射的に声を上げ、怒る鋭い目で踏んだ誰かを探す。

 

「耳郎ちゃん。暴れないでね」

 

「へっ、お、音無!?」

 

 鳴は、その手で、手近な距離にいた耳郎を庇うように()()()()()

 

 耳郎を抱き寄せた右手とは逆の、左拳を天へと掲げる。

 

世界終末拳(アポカリプスパンチ)──フェーズ0.1(ドットワン)

 

 触れたものを圧縮する個性。触れたものを破壊する個性。触れたものをプラズマ化する個性。触れたものを腐食する個性。触れたものに電気を流す個性。触れたものを沸騰させる個性。触れたものを音楽にする個性。触れたものを生物にする個性。触れたものを人形にする個性。触れたものを食べられるようにする個性。触れたものをガラスにする個性。触れたものを石にする個性。触れたものを水晶にする個性。触れたものを消滅させる個性。触れたものを光沢させる個性。触れたものを停止させる個性。触れたものを二倍速する個性。触れたものを焼き尽くす個性。触れたものを凍てつかせる個性。触れたものを時計にする個性。触れたものをラジオにする個性。触れたものを王にする個性。触れたものを紙にする個性。触れたものを転移させる個性。触れたものを安心させる個性。触れたものを激怒させる個性。触れたものを動物にする個性。触れたものを子供に戻す個性。触れたものを絵に戻す個性。触れたものを文字に戻す個性。触れたものに気合を齎す個性。触れたものの記憶を操る個性。触れたものを無重力にする個性。

 

 手より生じる個性の集合体──掌サイズの世界終末論──世界終末拳(アポカリプスパンチ)。その始まりを無量大数の無個性で希釈し、暴発させた。

 

 左手より放たれた個性の混合物である、白くて黒く、暗くて明るい、無彩色(モノクロ)のビー玉サイズの小さな球体が、食堂の天井まで届く。

 

「……まず、夜が来る。夜闇の中での終末には、誰も気がつかない」

 

 ──だけど昼間なら、誰もがその足を止め、空に目を奪われる。

 

「なに、これ……!」

 

 天井に球体がぶつかると、食堂に夜が訪れた。

 張り付くように、塗りつぶすように、染み込むように。

 星は目が眩むほど明るく煌めき、月は見ているだけで押しつぶされそうになるほど巨大。運河は流れ、星座は蠢き、惑星が迫り寄る。

 

「銀河は一つの球となり、宇宙とは水槽。星座は新たな生態系として文明を築き始め、神々が天上より舞い降りる」

 

 鳴が語るは、世界崩壊の幕開け。地球温暖化も核戦争も、個性特異点でもまだ足りない絶望への道の、第一歩にすらまだ満たない。

 

「……なんてね。まだ世界は終わらない。夜は明けるし朝も来る」

 

「ダイジョーブ!!」

 

 夜が明けるように天井が元に戻ると、今度は飯田が飛び立った。非常口の上に張り付き、上の空な雄英生達に呼びかけた。

 

 さすが いいんちょう

 

 まるでもう何度も避難訓練をこなしているかの如く、静かに委員長の言葉に従って食堂からグラウンドへと避難が進む。

 

 じろうちゃん あし へいき?

 

「……喋りなよ、もう。みんな声聞いてたんだから」

 

 耳郎は鳴の手をとりながら共に避難する道すがら、どこか呆れたように笑う。

 

「…………」

 

「ありがと。足は平気だから、心配しないで」

 

 なら よかった

 でも いきなり は

 

「……変えられない、かな」

 

 夜に降る雪のような、鳴の声も、周囲の足音を前にはかき消される。

 





 後書き。というか、音無鳴の設定集。その五。

 同居人──巫女の設定

 織上(おりがみ)(ほとけ)
 個性──念動力(神通力)

 異能に個性という名が付くよりもずっと昔から、何事も成し得、知り得る神が如き異能──神通力を受け継ぎ続けた家系の末裔。
 長らく神通力を持つ子が生まれない時代が続いた中で、突然変異的に生まれてきた。親兄弟に祖父母、親戚の誰もが自分を神のように崇める環境に嫌気がさし、人扱いされない環境が嫌になり、雄英高校の普通科に進学するもすぐに中退。家を出て雄英の近くのヒーロー事務所に事務員として就職した。……が。個性を念動力と偽っていたのが不幸な偶然でバレてしまう。事務所をクビになり、路頭に迷っていた時に、記憶を失って、自分の名前すら分からない頃の音無鳴と出会う。

 そして紆余曲折──己の個性との付き合い方を考える日々を過ごし。

 今は鳴のために作られた、鳴を崇める神社に就職、住み込みで巫女をしている。住居は鳴とは別にあるのだが、同じ平家の隣部屋であり、鳴の部屋の家事(サービス残業)も全て請け負っているため、いつからかほぼ同居人という有様に落ち着いている。
 自分の個性を真似るように使う鳴を実の娘のように大切に思っており、鳴も母のように感じている。というか、意外と生活態度のだらしない鳴を叱りつける様はもはやお母さんそのもの。

 ヒーロー免許や個性使用許可証は持っていないが、近い距離でヒーローの活躍を見てきたおかげか、神通力という並の個性とは比べ物にならない歴を持つ異能を持つおかげか、中遠距離の異能戦闘に限れば鳴と互角程度の実力を誇る。神社境内は鳴の私有地であり、法的には個性の使用が許されるため、何度か戦って(親子喧嘩をして)いる。

 念動力という個性を持った人間として暮らしているが、鳴の巫女として、なりふり構わなくなった時──神敵と呼ぶに相応しい巨悪が鳴の前に現れた時──現人神と呼ばれるに相応しい神が如き力をもって、神の敵を薙ぎ払うだろう。
 
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