とある神谷の幻想創造 神の右席編   作:nozomu7

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犠牲と出発

「本当に、こんなところに統括理事会の人が来るのか?」

「ああ。といっても、12人のうちの誰なのかは知らされていないんだけどな。向こうから接触してきたときは、本名を名乗るのは次回とか言っていたし」

 

 駿斗に誘導されて当麻がやってきたのは児童公園だった。それも、公園としてきちんと区画整理されたというよりは、土地開発をしたらそこが余ってしまったのでそのスペースを埋めるために造ったような、狭苦しいものである。

 

 2人はそこの端にあるベンチに並んで腰を掛けていた。

 

 しかし、しばらくすると5、60歳くらいの初老の女性がやってきた。腰は曲がってはいないが、ただ立っているだけでも当麻や駿斗より二回りは小さい人だった。折り曲げた腕に畳んだコートをひっかけている。その上首にはマフラーもしているので、10月の始めにしては随分と着込んでいた。

 

「お待たせしてしまって、すみませんね」

 

 女性は丁寧な言葉で言った。

 

「僕たちも今来たところですよ。それよりも、早く本題に入りませんか?」

 

 駿斗が言う。一人称が『僕』となっている上に敬語を使っているあたり、相手との立場がうかがえた。彼は、敵対意志を少しでも見せるような相手には例え年上でも敬語を使わない。当麻と同じだ。

 

「そういえば、ここで一体何が始まるっていうんだ? 駿斗から何も聞かされていないんだけれど」

「お話をしましょう。現在、世界中で起きている大きな混乱について」

 

 当麻の疑問に、女性が答える。

 

「……話し合うって、国連の偉い人とか、どっかの国の大統領とかじゃなくてか」

「国家を主軸に置いた組織は、宗教的・思想的な混乱には弱いという傾向があります」

 

 彼女はすらすらと答えた。

 

「俗に近代国家と言われる組織が、これらの問題を解決できた例は稀です。『解決した』と言われることがあっても、その大半は武力によって無理矢理に押さえつけたもので、むしろ問題を大きくこじらせてしまっていることの方が多かったりもします」

 

 誰もいない公園で、初老の女性は続ける。

 

「この混乱は簡単に止められない問題であると同時に『第二の火種』でもあるのですよ。この消し方に失敗すると、国家としての機能を麻痺させるほどの大きな内乱につながる恐れもあるので」

「……本当に統括理事会の人なんだな」

 

 未だに正体を少し疑っていた当麻が言う。

 

「自己紹介を省いてしまっていましたね。私は親船最中といいます」

 

 自分たちの自己紹介は、と当麻は考えたが、駿斗が何もしないあたり全て相手に伝わっているのだろうと推測する。

 

「それで、各国は解決マニュアルを手に入れるために他国が実際に動き、一定の効果を得られたことを確認するまでは様子見をしたい……そう考えているのです」

 

 駿斗がここで口を開いた。

 

「問題の解決に、現状ではどの国も具体的には動けない」

「はい」

「だから、国ではなく個人……僕たちに頼みに来たわけですか」

 

 納得したようにそう言った駿斗に対して、当麻は意外そうな表情をした。

 

「どうやって。自分の手で解決できるのなら誰だってそうしたい。そんなの、世界中の人たちがそう思っているんじゃないのか? でも、現実には何も変わっていない。解くべき問題は分かっているのに、誰も解こうとしない。それはなぜか」

 

 当麻は、2人の言葉を待たずに続ける。

 

「手っ取り早い『理由』や『原因』なんてものが存在しないからだろ。そんなの解決できるのか? まさか、世界中を回ってデモや抗議をしている連中を1人1人説得していけ、なんて言うつもりじゃないだろうな」

 

 当麻の言葉に対し、親船は冷静に続けた。

 

「ところが、その手っ取り早い『理由』や『原因』が存在するとしたらどうですか?」

「なんだって?」

「ですから、私はあなた方にこの話をしているのですよ。国連や国家の代表でも持っていない、貴女方だけが持っているものに期待して」

「何のことだよ」

「特に言えば、あなたの右手のことですよ」

 

 当麻は、思わず自分の右手に目をやってしまう。

 

 幻想殺し(イマジンブレイカー)

 

 この場合、そう考えるのが妥当だろう。魔術だろうが超能力だろうが、それが『異能の力』である限り打ち消すことのできる特殊能力。しかしこの力は、『異能の力』が何も関わっていない、デモや抗議行動といった『普通の現象』には本来通用しない。

 

 それはつまり。

 

「まさか……そういうことなのか」

「ええ」

「この混乱の裏にはその手の『異能の力』があって、そいつが全ての元凶で、たったその1つをぶち壊せばすべてが元通りになる」

 

 駿斗がその言葉を継いだ。

 

「9月30日の『結果』ではなくて、今もまだ『続いている』問題だからこそ、なんとかなる」

「そういうことです」

 

 彼女は簡単に頷いた。

 

「ちなみに、この混乱を生み出しているのは学園都市ではありません。何でも統括理事長の話によると、科学的超能力開発機関は世界最大の宗教集団・ローマ正教の中にも存在するらしいですね」

 

 一瞬彼女の言っていることが分からなかったが、そこで気が付いた。

 

 世間では……というよりも学園都市の発表では、『魔術』というオカルトは存在せずそう呼ばれているのはかつてそう呼ばれていた科学的な『超能力』のことなのだ、と。

 

「まあ当然ですけれど、我々学園都市に混乱を引き起こすメリットなど存在しませんからね。問題を起こすとなればおのずとローマ正教側になるでしょう」

 

 そうなのか……と当麻は頷きかけたようだが、駿斗が口をはさんだ。

 

「そこのところは僕にもよく分からないんですけれど、どうして彼らにメリットが存在するんですか? デモや抗議行動が発生しているのはローマ正教が多く広まっている地域です。彼らが自分の領地で、自分の信徒たちを苦しめるような行動にメリットがあるとは思えないんですけれども」

 

 だが、親船はその疑問を予期していたかのように話した。

 

「ところが、メリットならあるのですよ」

「……何?」

「簡単なことです」

 

 彼女はすらすらと説明を続ける。

 

 ローマ正教の信徒は公式発表で20億人。学園都市の人口の230万とはまさに月とスッポンの差だといっても差支えない。実際に戦争になれば、圧倒的な物量で学園都市は押し切られてしまうだろう。

 

 しかし、実際にはその圧倒的な数で押しつぶすという分かりやすい手段を採らずに、こんなにも回りくどい方法を取っている。

 

「「……まさか」」

「ええ」

 

 親船はにっこりとほほ笑んだ。

 

「20億人を操れるなんて情報はね、嘘なんですよ」

 

 確かに信徒であるかどうかで考えれば、世界中には20億人の人がローマ正教の教会に日曜に出かけたり、聖書を持っていたりするのかもしれない。しかし、実際に十字教のために殺人を犯せるかどうかとなれば、話は変わって来る。

 

「現状、この世界は2つに分かれていると考えられています」

 

 学園都市と巨大宗教団体。

 

 しかし、実際には厳密な区分を設けられている例は稀だ。学園都市の関連機関が経営している銀行でローンを組んで人生設計しつつ、ローマ正教の教会で結婚式を挙げる――といったことが、学園都市の『外』では普通に行われている。

 

「線引きはあやふやで、両方の世界の美味しいところをそれぞれ引っ張ってきて、自分なりの信じる者で固めた自分なりの世界というものを築いているんです」

「科学サイドと魔術サイドが、重なっている……?」

 

 当麻の言葉に、親船は「魔術サイド……?」と眉をひそめた。しかし、それでも彼女は会話をやめない。

 

「ええ。世界の大多数……『多数決の勝者』とは、そういうものなんです」

 

 じゃあ、と駿斗は言った。

 

「世界を覆い尽くしているのは『科学と宗教のどちらの恩恵も受けている人たち』とすると、ローマ正教の狙いは彼らを味方につけることですか」

「でしょうね。『どちらの恩恵も受けている』では困るのでしょう。最大の切り札たる20億の人材は、全て自分たちが確保したい。味方はできるだけ多く抱えておきたい」

 

 だからこそ『何か』を実行した。

 

 デモは『それ』によって何かがこじれてしまった結果。

 

「デモの誘発が目的なのではありません。『混乱』というブースターを経て、彼らは学園都市によって基盤を固められてしまった世界を攻撃しようとしているのでしょう」

 

 親船の言葉は科学サイドよりだったが、彼女の立場上仕方がない、と駿斗は考えて何も言わなかった。

 

「学園都市は、ローマ正教のこの動きを特に警戒しています」

「本当に……このデモによって世界中の人たちが、ローマ正教側に集まることを恐れているからか?」

 

 駿斗が思ったことと同じことを、当麻が訊いた。

 

 それもありますが、と親船は答え、

 

「たとえその通りに行かなかったとしても、別の展開が浮上する可能性があるのです。我々は『経済爆撃』と呼んで対策を練っているところですが」

「……経済、爆撃……」

 

 物騒な名前がでてきた気がする。

 

 この混乱によって万が一恐慌が起きてしまった場合、学園都市が引き裂かれてしまう可能性がある、と親船は言った。

 

「軍需関係には莫大なお金がかかる反面、戦争でも起きない限りそれらが有効に活用されることはあまりない。せいぜいが防衛や災害が起きた場合の派遣による救助活動に使われるくらい……要するに、利益を生み出すことが少ない。むしろ経済面では減らす一方、といったところですか」

 

 駿斗は言うが、当麻が疑問を呈した。

 

「でも大きな軍隊を抱えている国って、いざというときのためにものすごい量の石油を備蓄していたり、弾薬のストックを抱えていたりするんだろ?」

「はは。戦争というものは実際に備蓄を失ってから起こるものではありません。それでは戦うこともできませんからね」

 

 むしろ、『このままではいずれ失うことになる』と感じさせることが暴走の引き金になるのだという。

 

 妙にきっぱりとした言い方に、当麻は絶句した。

 

「そういう流れが関係しているのかどうかは分かりませんが……学園都市は現在、戦争のための資金を手に入れようと躍起になっています」

 

 彼女が言うには、学園都市が開発する駆動鎧(パワードスーツ)などの兵器を展示した上で、商品用にグレードを落とすという名目で『外』でも開発できるようなつまらない兵器を売りさばいているのだという。

 

 一方で、ローマ正教の側も『混乱を収めるための平和基金』という名目で信徒から寄付を募っているそうだ。もっとも、上層部がどういう意味で『平和のため』としているのかは分からないが。20億の信徒を抱える彼らとしては、簡単に大金が集められる。さらに、富裕層の中には『寄付金の多さがステータスになる』という風習もあるそうで、実際には1人1円相当を寄付したとした場合集まる20億円をも軽く超えてしまっているらしい。

 

「免罪符の制度などが形を変えて残っているのでしょうね」

 

 親船はそう言った。

 

 親友が『免罪符』という言葉に疑問符を浮かべていたので、駿斗は簡単に講釈をしておく。

 

「よほど熱心な人でもない限り、科学と信仰を天秤にかければ、普通は科学を選ぶでしょう」

 

 あくまで『信じよう』というだけの宗教。

 

 即物的な科学。

 

 分かりやすいほうを人々がとるのは、無理もないことだ。

 

「しかし、それでは困る人たちが小細工を行った。それが正常に動いていた人たちの心に何等か影響を及ぼし、結果として大きな混乱を招いてしまった――私はそう睨んでいます」

 

 2人は考える。

 

 今の話が本当だった可能性。

 

 逆に、学園都市が混乱を発生させることで、数で劣る自分たちに少しでも有利なように20億人という数字を削ろうとしている可能性。

 

 しかし、あのような表立った行動が『裏』の存在である魔術サイドに与える悪影響は少ないだろう、ということでやはりローマ正教が犯人であると彼らは考えた。

 

 当麻が親船に、自分はどうすれば良いのかを尋ねる。

 

「ええ、それはですね――」

 

 彼の問いかけに答えかけた彼女だったが、ふと言葉を止めた。

 

 視線の先には、新たな人影があったからだ。駿斗はとっくにそのAIM拡散力場及び魔力に気が付いていた。

 

「土御門?」

 

 しかしその姿には、今日草むしりをすっぽかしたことを当麻が追求できるような雰囲気を纏っていなかった。今の彼は、二重スパイとして、エージェントとしての土御門元春として動いていた。

 

「話は終わったか」

 

 彼は何回か親船と言葉を交わすと、駿斗たちの方へと向き直る。

 

「2人とも、向こうに人を待たせているから急いでくれ」

 

 彼は顎で、公園の入り口を指した。

 

 言葉通りに、彼らが体の向きを変えて動き出した次の瞬間――小さな児童公園に銃声が鳴り響いた。

 

 親船最中が、腹を撃たれた。上条はその事実に気付き激昂するまで、数秒の時間が必要だった。

 

 しかし、駿斗はすぐに動いた。

 

「土御門ォォォ!」

 

 彼はすぐに土御門につかみかかると頬を殴り飛ばし、その後重力操作(グラビティ)で後ろへ吹き飛ばした。土御門は得意とする反則的なカウンターで抵抗することもなく、大人しく殴られている。

 

 そして駿斗はすぐに親船の下で屈み込むと、治療を始めようとした。当麻は土御門の胸ぐらをつかみ上げようと迫った。

 

「彼、を……」

 

 しかし、その時駿斗の手を親船が掴んだ。

 

「彼を……責めないで、ください……」

 

 2人は混乱に陥る。しかし、親船は微笑みながら言った。

 

 自分の行動は学園都市の思惑とは異なるもの。学園都市の方はむしろ、この混乱に乗じて戦争を激化させ、ローマ正教を中心とする宗教サイドの徹底的な破壊を望んでいる。

 

 統括理事会の親船は1人、その動きを止めるために動き出そうとした。

 

 しかし、彼女は立場上学園都市上層部全体の思惑に逆らうような形で権力を振るうことはできない。だから、そのようなもの縛られずに、そして状況を打破できる力を持った人物に接触することにした。

 

 そして彼女は、身内を巻き込まないために自らが『制裁』の対象となることを選んだ。

 

「俺との、取引は……」

「取引は、もちろん成立してますよ……」

 

 駿斗の取引……その交渉が彼の『準備』であった。

 

 幼馴染を二度と『闇』に落とさないように取り計らうこと……特に、『アイテム』の人間には手出ししないようにすること。

 

 しかし、彼を迎えたのは予想外の結末。

 

「もうしゃべるな。後はこっちでやる」

 

 土御門が親船に言った。

 

「お前はお前の役割を完璧に果たした。お前にもいろいろ言いたいことがあるんだろうが、こっちから答えられることは1つだけだ。――安心しろ。お前はそれだけ覚えていれば、それで良い」

 

 土御門の言葉に、親船は倒れたままゆっくりと笑みを深くした。

 

 そして、彼らは航空機の用意されている第二十三学区へとバスで移動する。

 

 第二十三学区は学園都市においては航空・宇宙産業だけに特化した学区である。主要な空港・施設のすべてがここに集中している。

 

「第二十三学区ということは、飛行機に乗るのか」

「ま、国外に出るからな」

「マジでか!? ……っつか、パスポートとかは?」

「ない」

 

 土御門が即答した。

 

 彼らはこれから、別に海外旅行に出かけるわけではない。ばれた時点で国際的非難間違いなしの非公式活動であるため、今更出入国スタンプの1つや2つでガタガタ言っていたら始まらない、とのこと。

 

 その言い方があまりに堂々としているために、なんとなく納得させられてしまう2人。

 

 空港特湯のただっ広いアスファルトの平原の先、地平線の向こうから、入道雲のような白い水蒸気が上がっていた。

 

「ロケットか。無事に発射されたみたいだにゃー」

 

 土御門が言う。

 

 携帯電話のニュースでも、テレビでも、その映像が映し出されていた。

 

「学園都市の4機目の衛星って話だったけど、真実はどうなんだろうな」

 

 当麻の問いに、駿斗が答えた。

 

「このタイミングでロケットを発射させることによって、いろいろな憶測を立てさせること自体が目的なのかもしれないな。ロケット技術は、そのまま大陸間弾道ミサイルなどにも応用できるはずだし」

「他にも軍事衛星なんかも考えられる……可能性をあれこれ並べさせれば、それだけ牽制の効果が増すだろうしにゃー」

 

 駿斗の言葉を継いで答えた土御門の言葉に、これが情報戦ってやつか……と当麻は考える。しかし、そこで駿斗の動きがピタリと止まった。

 

「あ、今日のインデックスの食事当番俺だったじゃん。夕食どうしよう」

 

 彼女を危険な戦場へと連れて行きたくはないが、ほったらかしにしておくのもまずい気がする。

 

「舞夏がかみやんの部屋に行っているから大丈夫だぜい。多分、いつもの食いしん坊より3割近くツヤツヤしているはずだにゃー」

 

 土御門のその言葉を聞いてほっとする反面、自分たちの存在意義はもう『ご飯を作ってくれる人』でしかないのか、と呆れる当麻。

 

 そうこうしているうちに、バスが国際空港の前に到着した。

 

「それで、俺たちはこれからどこに行くんだ? まさか、ローマ正教の総本部であるバチカンとか言うんじゃないだろうな」

 

 そんなことになったら、間違いなく残りの『神の右席』3人と鉢合わせすることになるであろう。

 

「まさか。これから行くのはフランスだぜい」

「っつーと、往復で何泊くらいになるんだよ。飛行機に乗っている時間も長そうだよな。大体10時間ぐらいか?」

 

 当麻の言葉に、しかし土御門は予想外の言葉で返した。

 

「いや、1時間ちょっとで着くにゃー」

「「は?」」

 

 土御門が指さしたのは、数週間前に乗ったばかりの飛行機だった。

 

「あれ、だよな。俺の記憶が正しければ、あれはたしかヴェネツィアから日本に帰って来る時に利用したやつだよな――」

「ああ。そうらしいにゃー。俺は『アドリア海の女王』事件にはあまり関わっていなかったから、詳しくは知らないけど」

「――時速7000キロくらい出るやつ」

 

 はっはっは、と土御門は笑う。

 

「何事も速い方が良いだろ」

 

「速すぎなんだよ!」という当麻の叫びを無視して、彼らは怪物飛行機に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

「『神の右席』とは、『原罪』を克服するための集団だそうで」

 

 リドヴィア=ロレンツェッティの声が、処刑(ロンドン)塔の小さな尋問室に響く。

 

 アダムとイヴ。人類の最初の男女は始めは『楽園』に住んでいたが、蛇に騙されてイヴが禁断の『知恵の実』を食べてしまったために、そしてそのイヴに言われてアダムも食べてしまったために、彼らは『楽園』を追放された。

 

 十字教徒にとっては非常になじみ深いものであり、またそうでなくても有名な話である。

 

「アダムとイヴ。彼らの『罪』は、その子供である我ら人類すべてにも同じ『罪』があるという話だったね」

「そこまでが旧約聖書の話ですが」

 

 リドヴィアが話を続けた。

 

「新約聖書では『神の子』が『罪』の抹消に一役買っていますので」

 

 『神の子』は十字架にかけられることでその『罪』を一手に引き受けた。これによって、信仰を貫き続けた人間は『最後の審判』で『罪』を洗い流され、『神聖の国』へと至るのだ。

 

「ところが、この話には例外があるので」

「例外?」

 

 羊皮紙に記録していたアニェーゼは、思わずといった調子で尋ねていた。

 

「本来、世界全人類に与えられているはずの『罪』に例外があるという話ですが」

「――聖母マリアだな」

 

 ステイルは答えを看破した。

 

 『神の子』を産む媒体として聖霊と深く接触した聖母からは罪が消えた――いわゆる『無原罪の宿り』。

 

 そこに唯一の例外が存在する。

 

「つまり、そこに例外があるわけで」

 

 リドヴィアは話し続けた。

 

 『神の子』に対する信仰を貫く意外に存在する、『原罪』を打ち消す別の方法。

 

 そして、それを実行し『罪』を可能な限り薄めることに成功したのが『神の右席』。『質』が天使へと近づした人間は、通常行使不可能な天使や主の扱う術式すら使用可能になる。

 

「しかし、『罪』は『知恵の実』と同義ですので。反面、通常の『人間』用の魔術を使えなくなってしまう……という特性もあるようですが」

 

 だが、『神の右席』の最終目的は『原罪』の抹消に留まらない。いや、それはただの手段に過ぎないのだという。

 

「『原罪』の抹消だって相当なものだぞ。それがただの手段だと?」

 

 それなら本当の目的は何なんだ、と思うステイルに、リドヴィアは含み笑いをしたまま言った。

 

「彼らの目的は最初から大きく掲げられていますが」

 

 ――『神の右席』。それが彼らの目指すところですよ。

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