とある神谷の幻想創造 神の右席編   作:nozomu7

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反省と再戦

 主要武器は見たように全長5メートルを超える、騎士の扱うランスのような外観をした鋼の棍棒(メイス)。戦闘スタイルは、本人曰く『傭兵の流儀(ハンドイズダーティ)』と言って、完璧に独学であるらしい。

 

『後は……戦闘中の移動方法が特殊で、走るのではなく、地面を滑るように動き回るそうでございます』

「……?」

 

 建宮は首を傾げたが、駿斗は何かを思い出したような表情をした。

 

「そういえば、俺が神の力(ガブリエル)の模倣をしたときから、あいつの動きが鈍くなったな。要するに、足と地面との間に薄い水の膜を張ることで、スケートのような感覚で移動しているのかもしれない」

 

 そういえば、戦闘の時に地面を蹴る音があまりしなかったしな、と彼は付け加える。地面を蹴る音など、普通の人間ならば聞こえない。しかし、音速を超える速度を出す時には、割れるような大きな音がどうしても発生してしまうのだ。最も、その音が聞こえるよりも早く敵が迫ってきてしまう訳であるが。

 

「となると……奴は『後方のアックア』を名乗る前から水を使うのが得意だった、という訳なのよな……」

 

 建宮の言葉に、駿斗も頷いた。

 

 前方のヴェント、左方のテッラ、後方のアックア。

 

 これらの言葉は、対応する大天使の配置と属性に由来するはずだ。となれば、アックアが扱うのは駿斗が睨んだ通り『神の力』であり、それは水を司る。

 

 最も、先ほどは駿斗が早々に『神の力』と同質の天使の力(テレズマ)を使いだしたために、水の制御を全て掌握されてしまった。そのため、アックアはその本領を発揮できなかったのだ。

 

(……さて、本当にどう作戦を練るか)

 

 後方のアックアの戦闘能力は、まさに未知数だ。

 

 しかし、未知数の実力を持つ者が、こちらにも1人いた。

 

「新しい術式の準備はできている。これなら、後方のアックアとも十分にやりあえる」

 

 そう言ったのは駿斗だ。

 

 駿斗が前回使った『権天使(アルヒャイ)』や『神の力』の場合、あまりに大きすぎる力であるために、それには使用時間制限が存在する。大きな力というのは便利なように聞こえるが、先ほども述べたように、実際にはその分使用による負荷というものが比例して増加する。

 

 アックアと対等に渡り合うためには、力の質や量という点では駿斗は簡単に――というと、少し語弊はあるが――肩を並べることができる。

 

 しかし、技術において彼は劣っていた。無理もない。そもそも、魔術と出会ってからまだ3か月と経っていない駿斗である。実戦レベルの魔術、それも並大抵の魔術師を凌駕しているという時点で、十二分に驚嘆に値するものなのだ。

 

 だから、アックアにはないものを、駿斗は魔術と共に使う。

 

 すなわち、科学。あるいは、学園都市。

 

「それを利用した、科学と魔術を組み合わせた、今までにはない全く新しい魔術ってわけだ」

 

 科学サイドと魔術サイドの領分をぶっちぎって、下手したら両陣営の間で戦いが起こる火種となりかねない方法である。しかし、そもそも魔術サイドから科学サイド(の学園都市の住人だったはず)である駿斗や当麻が命を狙われている時点で、その区分はすでに曖昧、あるいはすでに戦闘は火種どころか狼煙まで立ち上っていると駿斗は考え、ついに開発に乗り出していたのだ。

 

 それの性質上、学園都市内でも限られた場所でしか使用できない魔術であるが、その威力は、予想通りならば権天使すらも上回る力を持つはずであり、その性質上まさにアンチ魔術師用の力になる。

 

「敵が何であれ、私達がやるべきことは同じはずです……」

 

 その時、槍の補強をしていた五和が、ほとんど唇を動かさずにボソリと呟いた。

 

「そうですよね、建宮さん」

 

 ニゲルナヨ、と言外に宣告され、建宮は携帯電話を握りしめたままガタガタと震える羽目になった。

 

 

 

 

 

 深夜3時。第二十二学区、第三階層の鉄橋。

 

 そこに、後方のアックアは佇んでいた。その側には、レビ、トマ、ジミー……『十二使徒』の3人も控えている。

 

 しばらく前まで、彼らは学園都市からの刺客、無人機の集合と戦っていた。自走アンテナ8基によりコントロールされた『オジギソウ』、装甲車17台、駆動鎧(パワードスーツ)38体を破壊した後に、実力差を見せつけられた上層部は軍事費の無駄遣いだと判断したのであろう。それ以降は、音沙汰なしとなっていた。

 

 近代兵器には莫大な金がかかる。もっと上手な使い方をすればよいものを、と彼は考えたが、しかし、その一方で、

 

「……だが、案外馬鹿でもないようだ」

「はい」

 

 アックアが呟いた言葉に、トマが応じた。それは、手際のよい撤退における彼の評価であった。

 

 プロは、どのような分野位においてもそれなりにプライドというものを持っている。そして、軍人ならば、それはストレートに『力』というものに収束される。したがって、自分のプライドの象徴とも呼べる軍事力をあれだけ好き放題に蹴散らされれば、普通は黙っていない。

 

「彼らにも、優れた指導者というものは存在するようですね」

 

 しかし、状況を理解し、他の者が納得できるだけの論理を組み立て、実際に撤退を促した指導者がこの学園都市には存在するということなのだ。

 

 もっとも、それを知ったところで彼らのやることに変わりはないのだが。

 

「ウィリ……いえ、アックア様がおっしゃった期限の時間まで、まだ19時間ほど猶予があると思いましたが」

 

 トマが、横を見るとその闇の奥へ向かって言葉を放った。

 

「『結果』は出たということでしょうか?」

 

 闇の奥からザリ……という音が聞こえた。

 

 1つではない。あわせて50ほど。イギリス清教所属、天草式十字凄教のメンバーは、鉄橋を構成する鉄骨の合間合間からにじみ出るように姿を現した。

 

 老若男女、誰もが一般人と同じような普段着をしている。しかし、その手には剣、槍、斧、弓、鞭、といった武器が握られていた。中には、アックアも見たことがない東洋特有の鎖鎌や十手といった武器もあった。

 

 その先頭には、2人の男が立っていた。

 

 1人は、天草式の教皇代理である、建宮斎字。その手に握られているのは、全長180センチを超え波を打つような刀身をしている大剣フランベルジュだ。

 

 もう1人は、今回の彼らの標的でもあり、そしてこの中では最も大きな、そして無限とも呼べる可能性を秘めている、神谷駿斗。その手には、己が生み出した武器である幻想核杖(イマジン・コアロッド)が握られていた。

 

 そこから感じられるのは、前回のような警戒心ではない。

 

 むき出しとも言える、怒りと闘気だ。

 

「『結果』、ね。それは、今から俺たちがお前らをタコ殴りにするという『結果』でいいか?」

 

 駿斗の体から、ゾワリ、と何かが噴き出すような感覚があふれ出た。

 

 あまりにも莫大過ぎて『十二使徒』の3人は一瞬その正体が分からなかったが、それは間違いなく天使の力(テレズマ)だ。

 

「刻限まであと半日以上あるのであるが、準備はもう済んだのか」

「ま、ここまで決定的な無理難題を押し付けられると、悩む必要もなくなるってのよ。おかげで決断するのは速かった。そいつだけは感謝しておこうか」

 

 建宮がフランベルジュを構えながら言った。化物サイズの獲物であるが、それでもアックアからしたら子供の持つ木の枝程度のサイズにしか見えないし、それは駿斗の持つ幻想核杖(イマジン・コアロッド)においても、それほど物理的な攻撃力があるとは思っていなかった。実際、彼の杖は物理的に使用する道具としてはあまり考慮されていないのであるが。

 

 幻想核杖の本領はむしろ、木において1本の太い幹から周囲へ枝分かれしていきその先に実を付けるように、あらゆる異能の力を生み出す幻想創造(イマジンクリエイト)のための媒体として、その性質にこそ本領があるのだから。

 

「無理難題、か」

 

 (うそぶ)き、笑い、アックアは足の裏で軽く地面をたたく。

 

 そして、その影から出てきた自らの得物を掴んだ。怪物に相応しい、5メートルを超えるサイズの鉄の塊だ。

 

「それはローマ正教20億人を敵に回しているということを理解した上での言葉なのであるか」

「別に、ローマ正教徒全てを敵だとは俺は思っていねえよ」

 

 駿斗は片手で短い杖をいじりながら、軽い調子で答える。

 

「いくらローマ正教徒だと言っても、その全員が魔術と関わっているわけではないし、学園都市を敵だと思っている訳ではない……『C文書』の一件でそれを思い知った」

「敵っていうのは、真面目に神様を信じている一般の人間を食い物にして、好き勝手にふるまっているテメエらみたいな人間なのよ」

 

 駿斗の言葉を、建宮が引き継いだ。

 

「では、交渉は決裂、という訳でよろしいのですか?」

「それ以外に何があるってのよ」

「別に私たちが困る問題ではありませんが」

 

 トマが言う。

 

「唯一生き残る可能性のある選択肢を、自らの手で放棄してもよろしいのですか?」

 

 アックアがメイスを構えると、レビは硬貨袋を、トマは腰帯を、ジミーは先ほど当麻を吹き飛ばした縮絨棒をそれぞれ構えた。

 

「念のために繰り返しておく。私は聖人である。そして、『神の右席』としての力も有している」

「……、」

「それを理解した上で、なお守るべき者のために命を賭して戦うというならば、私は期待するのである。人の持つ可能性とやらに。その大言が寝言でないことを期待し、貴様たちが持てる力のすべてを注いで用意したであろう切り札を、1つ残らず受け止めて見せよう」

 

 ズン……とアックアが半歩だけ動いた。

 

 それは移動のための半歩ではない。鉄塊のメイスを構えるための半歩だ。

 

 にらみ合いから戦闘へ。場の雰囲気が確実に近づいて行く。

 

 しかし、突如それは破られた。

 

 

 ドバン! と。

 

 しびれを切らした五和が、彼らの話を無視していきなり本気の一撃を放ったからだ。

 

 

 無言で放たれた海上用戦闘槍(フリウリスピア)は、雷光の如き速さで一直線に、アックアをも無視してジミーへと向かい、その刃先にある『冷たい夜気』を利用して作り上げた術式が発動、起爆した。

 

 その衝撃が『十二使徒』と周囲にある地面を薙ぎ払い、味方であるはずの建宮斎字まで煽りを受けてひっくり返った。

 

「い、五和……ちゃーん?」

 

 しかし、彼女は舞い上がった土煙の向こうから再び姿を現したジミーを見て舌打ちをする。

 

「アックア様が話していらしたのに……人の話は最後まで聞くものではないでしょうか?」

「……話なら、後で聞いてあげますよ」

 

 五和は臆するどころか、逆に一歩前へと踏み込んで告げる。

 

「さんざんさんざんさんざんさんざんグチャグチャのグチャにぶちのめした後に! まだ顎が砕けていなかったらの話ですけれどね!」

 

 キレてる。

 

 完っっっ璧に彼女はキレている。彼女の言葉を聞いた天草式の面々が、苦い顔で頭を抱えたり目を逸らしたりした。

 

「(あばーっ! 五和の野郎、カンペキに弾けちゃっていますがーっ!)」

「(……ほら、病院で教皇代理が『最高に良い女であることを証明して』とか不用意に言うから、五和もうヲンナゴコロ全開じゃないですか!)」

「(……馬鹿ね。恋する乙女は神様だって敵に回せるのよ)」

 

 騒ぐ男衆に対して、何だか妙に冷静なコメントを残す女性の対馬。

 

 そんなやり取りを無視して、五和とジミーは向かい合う。本来最大の敵であるアックアも、そしてジミーと同等の実力を持つトビとレマも、なぜか完全に無視されていた。

 

 いつの間にか、天草式の中心点がガラリと変わる。

 

「勇ましい限りですが、それを現実的な実力として拝見したものですね」

「ご心配なく。私達は例え肉片の1つとなってでも、あなたを徹底的にメキャメキャのメキャにぶちのめして自分のしたことを後悔させてあげますから!」

 

 ええ! そこまですんのーっ! という背後の声を無視して、五和はさらに一歩前へ。

 

 決定的な射程圏へ踏み込んだ五和が、『十二使徒』のジミーに突撃した。

 

 

 

 

 

「ま、『十二使徒』のほうはやる気十分な五和さんたち天草式にお願いして……さて、1つ聞くが、撤退するつもりはないんだな?」

「貴様が、上条当麻の右腕と共にその身を差し出すというならば、その話をのまなくもない」

 

 つまり、初めから分かっていた通り交渉は決裂だ。

 

 両者が、お互いの得物を構える。2人の間で、殺気が爆発的に膨大する。

 

 そして、その次の瞬間両者は再び激突した。

 

 アックアのメイスと、駿斗の杖を中心として発生した暴風が激突する。駿斗の背中には、やはり青く輝く翼が生まれていた。

 

 行き場を失った魔力と天使の力が爆発し、周囲の地面が捲れ上がる。しかし、その破片が飛んでいくよりも早く、両者の得物が振るわれた。

 

 駿斗の周囲から生み出される水は、巨大なハンマーとなって彼に襲い掛かった。

 

「――っ!」

 

 自らの常套手段である水の術式が使えずとも、しかしアックアは焦ることがない。『聖人』としての莫大な力を存分に行使して、力技でそれを突破できる。

 

 しかし、それを破壊したところで変化が起こった。

 

「――殺したな」

 

 ボソリ、とアックアの耳元で何かが囁いた。

 

「――私を殺したな」

(……っ、そうくるであるか!)

 

 実は、先ほどの水の中には鋼糸が紛れていた。そして、アックアのメイスがそれを切り裂いたことをキーにして、隠された術式が発動したのだ。

 

 もともとは、天草式がアックアと『十二使徒』を倒すために用意した術式。それを、彼らは惜しむことなく駿斗に教えた。

 

 鋼糸を個人の生命線と定義し、それを破壊することを最も分かりやすい罪――『殺人罪』とする。それに対する『罰』が、アックアを襲った。それは、あらゆる文化圏に共通する宗教観を利用している。そのため、どのような術式をもってしても防ぐことはできない『負の怨嗟』を意味する。

 

 ワイヤーの切断面から噴き出した赤い霧が、アックアの全身を包み呑み込む。

 

 そして、その内側で爆発が起こった。

 

 その直後、駿斗は迷わずにアックアに向かって突撃する。その手に持った杖を中心として巨大な剣が生み出され、手負いのアックアに向けて迷わずにとどめを刺そうとする。

 

 だが、その剣はメイスによって弾かれた。

 

(やはり、ダメだったか……)

「私の特性を教えよう」

 

 アックアの特性は神の力。そして、受胎告知との繋がりから彼は聖母崇拝に関する術式を扱うことができる。

 

 聖母崇拝の秘儀、それは『厳罰に対する減衰』。

 

 信じる者は救われる。しかし、『神の子』は規律を守らぬものに相応の罰を下す。しかし、聖母はそれを減衰することができる。修道院を抜け出した女の代わりに日々の点呼を肩代わりして、女が戻ってくるまで監視の目をごまかしたように。

 

 正真正銘、人の身に生まれながら、神の領域に深く踏み込んだ稀有な存在――それが聖母。そこから転じて、聖母は『圧倒的な慈悲の心をもって、厳罰に苦しむ人の心を神へと届ける役割』を持つ。

 

「あらゆる罪と悪に対する罰則などの制約行為は、私に対して意味をなくす。『殺人罪』の払拭など、指一つ動かす必要さえない。『神の罪』すら打ち消すこの私に、そんなものが通じるとでも思ったのであるか」

 

 その言葉を聞いて、駿斗は考えた。

 

「だから、ルーンなどの人間用の魔術も扱える、という訳か。あまりに自然すぎて、一瞬スルーしたままだったんだけどな」

 

『神の右席』に通常の『人間用』の魔術は使えない。だから、ポピュラー極まりない術式である『人払い』さえも彼らには使用できない。

 

 しかし、駿斗たちに初めて接触するとき使用された『人払い』は、『十二使徒』ではなくアックアの魔力によって発動されていた。

 

 そのような制約すらもなくすのが聖母崇拝。

 

 この男は『聖人』と『神の右席』という2つの莫大な力を同時に扱うだけでなく、同時に人間と天使の術式を完璧に掌握してくる。

 

「この『後方のアックア』を、そこらの『神の右席』ごときと同列に見てくれるなよ」

「まったく、厄介極まりないな!」

 

 駿斗は使用する術式を即座に変えた。

 

 すなわち、あらゆる『罪』をモチーフにした術式を排除し、それ以外の術式だけで対処することになったのだ。

 

 アックアのメイスを駿斗の杖から生み出された水の剣が激突し、両者の間で拮抗した戦いが繰り広げられる。それと同時に、周囲の水がアックアに向かって襲い掛かった。

 

 しかし得意の『水』の術式が使えずとも、アックアは時にそれをメイスで弾き、時には驚異的な動きで躱し、そして逆に攻撃にすら転じてくる。水の制御は完全に奪われているが、自らの属性である『神の力』の一端が秘められた『月』の光を取り込んだ夜気を吸収し、さらにその破壊力を増大させていく。

 

 対し、駿斗は周囲の水を操り、それによってアックアを包み込もうとする。アックアがその檻から脱しようとすれば水が爆発を起こし、あるいは剣が発生してその肉体を貫かんとばかりに襲い掛かる。

 

 2人の実力は拮抗しているように見える。

 

 しかし、実際の所、アックアが半永久的に『聖人』と『神の右席』の2種類の力を運用できるのに対し、駿斗の『神の力』はどんなに頑張っても連続しての使用は40分が限度だ。

 

 だから、駿斗は再びその翼の色を変えた。敵に『水』を扱うことを許してしまうが、ここで有効打を与えるつもりなのだ。

 

「テメエの幻想は、ここでぶち殺す!」

「――良いだろう」

 

 アックアもまた、必殺の一撃を投じるために動き出す。

 

 その屈強な肉体が、一気に跳ね上がった。20メートルほど跳び上がった先にあるプラネタリウムのスクリーンに、その体を反転させて着地する。

 

 するとその時、駿斗には感じられた。メイス、その一点に凝縮されて行く天使の力を。そして、そのシーソーのような力の傾きを。

 

 今から放たれる最大級の一撃。それに対処するために、駿斗もその杖を構えなおす。

 

「――聖母の慈悲は厳罰を和らげる(THMIMSSP)

 

 アックアのささやきに応じるかのように、その背後にある月の輝きが眩しいほどに放たれる。いや、それは正確ではない。光っているのは、何かのエネルギーを受けてショートしたプラネタリウムのスクリーンだ。

 

 本物の月の光は届かないのに、本物の月の加護を受けている。

 

 普通の魔術師ならあり得ないこの理屈を、アックアの聖母崇拝は強引に押し通す。

 

時に、神の理へ直訴するこの力(TCTCDBPTTROG)慈悲に包まれ天へと昇れ(BWIMAATH)!」

 

 一直線に落下するアックアが、その特大のメイスをただ一直線に振り下ろす。そこから生み出されるのは、斬撃でも刺突でも射出でも爆発でも破裂でも分断でも粉砕でもない。

 

 ただ、重圧。小惑星の衝突をも凌ぐような、上から下へともたらされる圧倒的な破壊力だ。

 

 しかし、駿斗もまた、歌うように自分の術式を紡いだ。

 

「――その楽園から追放されし堕天使よ。今こそ立ち上がる時。その手に持つべきは武器。その身に宿すべきは闘志」

 

 駿斗の目の前に、光り輝く巨大な魔方陣が現れた。今までに彼が使ってきたものとは違う、直径数十メートルにも及ぶものだった。

 

 そのすべてに、濃密な天使の力が込められている。

 

「創造の主に逆らいし者たちよ、ここに集い我が敵を撃て!」

 

 そして魔方陣から、大量の光の矢が飛び出した。

 

 あまりにも多すぎるその攻撃は、点攻撃ではなく面攻撃となっていた。そして、アックアによる必殺の一撃と衝突が起こる。

 

 拮抗する。

 

 アックアがそのメイスに力を集中させている中で、しかし彼は確かに言葉を聞いた。つまり、駿斗の口から紡がれる詠唱を。

 

「――そして、その者たちの先頭に立つ堕天使の長よ。今こそ反乱の烽火を立ち上げ、怨敵を撃つため、その剣をわが手に持たせよ!」

 

 この状況で、新たな術式を使うつもりなのか。

 

 そう考えたアックアであったが、それはある意味において正しく、しかしある意味において間違っていた。

 

 後方のアックアの体が、1本の巨大な光剣により吹き飛ばされた。

 

(今のは、異なる術式を使ったのではない……!)

 

 そう、駿斗が使った術式、『幻想天軍(エンジェル・レビリオン)』と『幻想光剣(ルシフェル・トリーズン)』は2つで1つの術式。『幻想天軍』の詠唱の後に続けて『幻想光剣』の詠唱をすることで、魔術的な記号を補強、その威力を増大する。

 

 分かりやすく言えば、『幻想天軍』の詠唱を「ABC」と発音するならば、『幻想光剣』の詠唱が「ABCDE」と発音することで発動するように、あらかじめ術式を組んでおく。そうすれば、「ABCDE」と発音するだけで、あとは天使の力の制御をするだけで2つの魔術が発動される。

 

 しかも、前半で発動される魔術によって、後半の術式を構成する魔術的な記号が補強・強化されるというおまけつきだ。

 

 追跡詠唱(スペルチェイス)

 

 それまでに存在しなかった技術で生み出された魔術を受けたアックアの体が飛んでいくのを駿斗は確認する。彼は、すぐにその後を追いかけた。

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