とある神谷の幻想創造 神の右席編   作:nozomu7

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空の上での戦闘

 男は顔を上げた。

 

 機体の向きが変わったのだ。先ほどまでと反対に機首の方が上になった――すなわち、機体の高度が上がったことを確認すると、わずかばかり胸をなでおろした。

 

(不時着は……回避された?)

 

 はあはあ、と荒い息を吐き出しながら、男は周囲を見渡した。すると、機内に様々な言語で『今のは誤報なので心配ない』といった旨の自動アナウンスが流れだし、乗客たちのざわめきも収束に向けて動き始める。

 

(何とか……なったか)

 

 初めの計画とはかなり離れてしまっており、今はほとんど手詰まりの状態であると言えた。しかし、まだ決定的な『失敗』ではない、と思えるのは、貨物室にある準備であった。そこへつながるハッチを開ける方法さえ手に入れば、十分に挽回できる。

 

 するとそこへ、声が聞こえた。

 

 

「「ここにいたのか」」

 

 

 それも1人ではなく、2人分の男の声だった。

 

 そのことにギョッとした男は振り返ると、自分が『壁』のエリアの中で完全に両方を塞がれていたことに気が付いた。

 

 片方は、ツンツン頭の東洋人の男。

 

 もう片方は、少し短めに髪を切りそろえた、やはり東洋人の男。

 

 一方で、当麻と駿斗の2人にしても、特に正確に状況を掴めているわけではなかった。

 

 緊急ブザーを押したのは当麻であるが、その後、旅客機の高度が急激に下がったことについては、はっきりとした原因は分からなかった。駿斗は何か魔術的なものを感じ取ったらしいが、機内からは魔力を感じなかったということなので、外部からどのような干渉があったのか、結局ほとんど不明のままであった。

 

 しかし、とにかく犯人はその心を揺さぶられ、その結果としてイレギュラーな行動を起こした。

 

 男はほんの数秒、自分をはさんで対峙している2人を見比べた。どちらとも細見な体をしているが、だからといって両方とも腕っぷしが弱いということにはならない。

 

 そして、そのわずかな逡巡の間に、2人は男の肩越しに目と目で通じ合い、やるべきことを決めた。

 

 両者が同時に男に向けて突っ込んだ。男は迷わずその懐のナイフへ手を伸ばしたが、急にその腕が重くなったことに戸惑ったその瞬間、頭とみぞおちに拳と蹴りを喰らった。

 

「ぐふっ!?」

 

 肺から空気が洩れ、そのまま床に倒される男。

 

(……ナイフだ)

 

 しかし、その状態でもなんとか懐のナイフを引き抜こうとする。最悪、片方だけでも刺し違えることができれば、2体1でも勝率はグンと増す。どちらかを刺した後で、そいつを人質として交渉するという選択肢もあるのだ。

 

 そう考えた彼は、床に倒されたまま懐のナイフへと慎重に手を伸ばす。そして、後ろ首の襟をつかまれたその瞬間に、ナイフを取り出して思い切り相手に突きつけた。

 

 フランス語で2人には分からないが、それでも勝ち誇った口調で告げる。

 

「文句はねえよな!」

 

 そして凶器がその姿を現す。

 

 ……はずだったのだが。

 

 問題の動物の骨でのナイフは、当麻の膝蹴りを受けて根元から折れていた。

 

「……、マジかよ」

 

 男はグリップだけになったナイフを、未練がましくにらみつける。

 

 その直後にはっとして顔を上げると、そこには2人の男が拳を握りしめていた。伝わらないと分かってはいながら、あえて日本語で。

 

「文句はねえよな?」

 

 その後、ガンゴンバキン! という拳を振り下ろす音が連続した。

 

 2人とも、この男に対しては容赦などするつもりはない、ということについては一致していたのだ。

 

 

 

 

 

 ビジネスとファーストクラスの間にある『壁』のエリアにある小さな部屋で、テロリストの男は手足を縛られて転がされていた。

 

 また、燃料地のメーターが急速に減じていた、というのはどうやら機長たちの誤読であったらしく、問題はなかったようだ(という話は、不機嫌な機長に代わってフライトアテンダントさんがしてくれた)。

 

「ビーフオアフィッシュ、ビーフオアフィッシュ! 問題が解決したならあとはひこーきのご飯を食べるだけなんだよ!」

 

 そんな平和な台詞を叫ぶインデックスは、その首にテロリストによって首を絞められつけられた、青黒いあざのことなど何の気にもしていない様子である。

 

 しかし、その隣にいる当麻と駿斗は考え込んでいた。

 

「やっぱり、当麻も引っかかるのか?」

「ああ……そういえば、どうしてあいつらは、こんなタイミングでテロを起こそうとしたんだ?」

「それは、反イギリス系のグループらしいですから、イギリスの上空で問題を発生させたかったのでは?」

 

 当麻の疑問に対し、フライトアテンダントさんは怪訝そうな顔でそう言った。もしかしたら、乗客である彼らには、これ以上動き回ってほしくないのかもしれない。

 

「でも、あいつらはイギリス国内で不時着されたりすることを恐れているみたいだった」

「そうだな。あくまでも『墜落』させることにこだわっていたし、だけど、もっと早くに行動を起こしていれば、もっと余裕を持ってことを運ぶこともできたはずなのに……」

 

 彼らには、わざわざイギリス上空で行動を起こす理由がないはずだ。フライトアテンダントさんの言ったことも考えられなくもないが、それなら『イギリス行きの飛行機』が襲われた、というだけで十分な気がする。

 

 そもそも、このテロはかなり計画的な行動のはずだ。実際に、他の便でエンジンを短い時間止めて、不時着安定装置が使い物になるのかどうか確かめているくらいなのだから。

 

 つまり、わざわざこのタイミングで行動したからには、そこに何かしらの『理由』があってしかるべきだ。しかし、彼らの目的が『マスターレコーダーの破壊』である以上、それは『目的』ではなく『手段』の可能性が高い。わざわざイギリス上空になるまで計画の実行を待つ理由は、そうとしか思えない。

 

 となれば、これが失敗した場合の第2、第3のプランを用意している可能性がある。

 

「……10時間の内、わざわざ最後の1時間を狙ってテロが起こされた理由」

 

 そのとき、駿斗はふと隣でビーフオアフィッシュ! を連呼している少女を見、そして思い出した。

 

 そもそも、どうして彼女に機内食が届けられることになっていたのか。

 

流動食(オートミール)……いや、機内に積み込まれた荷物だ! パリの空港に立ち寄った時に、追加で入れられたその中に……」

「貨物室か!」

 

 テロリストがこんな空港に着く直前になって行動を起こしたのは、彼の仲間が荷物に紛れて潜り込んだからだ。普通の乗客という形で飛行機に乗ると、あのナイフのような武器しか機内に持ち込むことができない。そのため、本格的な武装をした仲間を、コンテナの中に紛れる形で潜り込ませたのだ。

 

 もしも何かあった時のために、外側からハッチを開けて発動する第二プラン。

 

 通常のチェックを潜り抜ける形で彼らは潜入しているため、敵は銃や爆弾で武装している可能性が高い。

 

 そうなれば、飛行機など簡単に落とされてしまう。飛行機というものは飛んでいるとき、外側の気圧の低さに比べて地表に近いように機内の気圧を調節している。そのため、一か所小さな穴をあけられただけでも危険だ。機内の空気が気圧の低い外へと一斉に流れだし、やがては小さな穴を内側からめくりあげて機体そのものを大破させてしまうのだ。

 

「貨物室の入り口は、あそこしかないのか?」

「え、ええ。ロックを解除するには、副操縦士以上のカードキーが必要になりますけど」

 

 機長に助けを求めるのは無理であるが、副操縦士に事情を説明すれば、何とかなるかもしれない、とフライトアテンダントさんは言う。

 

「それから、スカイバス365の貨物室は3つのブロックに分かれています。フランスで積んだ荷物は全て、真ん中のブロックに集中されているみたいですね」

 

 となると、そこにいる可能性が一番高いということだ。

 

「こういう時は、俺の出番だな。当麻はインデックスと、ここで待っていてくれ」

「すまんな、駿斗。しくじるんじゃねえぞ」

「そんなこと、少しも考えてないくせに」

 

 親友2人は軽く笑うと、拳を打ち付け合った。

 

 フライトアテンダントに先導されて、駿斗はテロリストの潜む貨物室へと向かう。

 

 

 

 

 

 扉越しに、駿斗は貨物室の様子を感じ取っていた。

 

(敵は1人。さすがに、怪しい恰好はしていないか。どうやら、空港の作業服の中に銃や手榴弾を忍び込ませているみたいだな)

 

 そのことを確認すると、フライトアテンダントさんにはここで下がっていてもらい、駿斗は手渡されたカードキーで中を開ける。

 

 扉を開けるとき、彼は決して慎重には開けなかった。むしろ、大きな音がするくらいの勢いで開けた。

 

 テロリストは、当然ながらその音にすぐに反応して銃口を向ける。

 

 

 しかし、思わず彼、エーカーが銃口を向けたのは、扉とは正反対の方向だった。

 

 

 音の発生源を誤認させられた。

 

 そのことに彼が気づいた直後、その銃が砂のように崩れ落ちた。

 

 波動干渉(ウェーブインターフェア)による光学迷彩と、音の操作。そして、自在変換(マテリアルハンド)による銃の破壊。

 

 その一連の動作を流れるように行った駿斗は、自分の身に起こった超常現象に思わず呆けたテロリストへと肉迫し、拳を突き出した。

 

「っ――!」

 

 それでも、すぐに首を振ってその拳を避けたのはさすがというべきか。そして、エーカーはそのまま頭突きを一撃食らわせ、その胸ぐらを掴み上げた。

 

 少年の体が宙に浮く。しかし、駿斗もすぐに対応した。

 

 自分自身にかかる重力を下げると同時に、上向きに重力を発生させる。その体を床に叩き付けようとしたエーカーの腕が、不自然な負荷に掴む力を緩めた。

 

 駿斗は身をひねって体を180度回転させると、機体の天井に足を着ける。

 

「なっ……!?」

 

 その物理法則を超えた動きに、思わず体の動きを止めてしまうエーカー。そして、その隙を逃さず、駿斗は天井に足を着けたまま拳を大きく振りかぶる。

 

 その直後、バキン! という子気味良い音と共に、その体が後ろへと吹き飛んだ。

 

「やったか……?」

 

 慣れない姿勢ではあったが拳を相手の顔面に喰らわせた駿斗は、警戒を緩めないようにしながらも、少しずつエーカーの下へと近づいて行く。この他にも何か仕掛けてある可能性はないか。そんなことを考えながら。

 

 だが、その動きは少し慎重すぎた。

 

 倒れていたエーカーが起き上がった。そして、床に落ちていたバッグの中から手榴弾が抜き出される。

 

「……ッ!」

 

 すぐに駿斗はその爆発物を粉々にする。しかし、男はその直後バッグを駿斗に投げつけた。

 

 思わずそのバッグを中身ごと粉々にしてしまう駿斗。しかし、その粉で視界が塞がったその直後、粉塵の向こうに手榴弾を持っている男のシルエットが浮かび上がった。

 

(視界が!?)

 

 バッグやその中身を分解して発生した粉塵など、数秒経てば消え去ってしまうものだ。しかし、自在変換(マテリアルハンド)で粉々にするためには、対象となる物体を正確に把握していなければならないため、その数秒間は使用できない。

 

 考えられる手は、波動干渉(ウェーブインターフェア)で空間を把握してから自在変換を使う方法であるが、そんな余裕はない。

 

 つまり、エーカーが手に持っている手榴弾に対処することは不可能だ。

 

「くそっ!」

 

 ダメもとでも、駿斗は防御術式の結界を壁一面に張り巡らせようとする。しかし、それよりもエーカーがピンを抜く方が早いだろう。

 

 この時の駿斗には、スカイバス365の外壁にダメージが加わるのを止める手立ては持っていなかった。そして、そのような事態になれば、この飛行機は落ちる可能性が高い。理論上は駿斗の自在変換で修復が可能であるが、航空機の壁の構造など彼は詳しくないし、それに一度起きた『破壊』がどれほどの被害へと拡大していくのかなど分からない。

 

 その時だった。

 

『まったく、君たちは殺すことを迷うから、周りまで危険にさらすんだよ』

 

 声が、聞こえた。そして、飛行機の外からある魔力を感じた。

 

 それらは、よく知っているものだった。

 

 その時、コックピットで操縦桿を握っていた機長はまず音に気付き、そして怪訝な顔でレーダーを見た後に視線を窓の外に移し、それからビクリと肩を震わせた。

 

 ステルス性能でもあるのか、真っ黒で巨大な輸送機が10メートルもない間隔の場所を飛んでいたのだ。戦闘機と異なり80メートルクラスの巨体を持つ大型旅客機においては、自殺行為としか思えないものだった。

 

 その時、機内にいた人々は、窓の外を見て驚いていた。輸送機の後部が開き、そこから何かがばらまかれていた。紙吹雪のように高空を舞っているものを見て、多くの人は無邪気にもきれいだと思った。

 

 しかし、その一方で、魔導書図書館インデックスは、周囲の騒ぎに引き寄せられるかのように窓の外へ目をやり、愕然としていた。彼女の持つ10万3000冊の知識は、その紙吹雪の正体がルーンのカードであることを看破していた。

 

 そして、貨物室では、エーカーのすぐ近くの壁で異変があった。

 

 ズン! という音と共に、炎の剣が機体の壁を貫通してきたのだ。それはエーカーの服を多少焦がしただけにとどまったが、その直後に剣が引っ込んだ。

 

 それと同時。

 

 ゴッ! と機内の空気が荒れ狂った。

 

 壁に穴が空いたことで、一気に空気が外へと飛び出したのだ。しかし、小さな穴であったために、すぐに機体の崩壊が起きるようなことはなかった。

 

 その代わりに被害を受けたのはエーカー。

 

 外へ飛び出す空気に引っ張られる形で、エーカーの体が穴を塞いだ。

 

 高度1万メートルの上空では極端に空気が薄く、人間では呼吸が難しいほどである。そのため、航空機の内部では人工的に気圧を調整することで、人間がすごしやすいように工夫されている。ちょうど、風船の中に空気を入れて膨らませているような状態になっているのだ。

 

 したがって、普通であれば、空いた穴から噴き出る空気が、その断面をきっかけに機体の壁を内側からめくりあげ、航空機を破壊してしまう。しかし、エーカーという蓋を得たことで、スカイバス365は崩壊を免れているのだ。

 

「ぐごごごごごごおがががあああっっっ!」

 

 そして、エーカーは絶叫を上げていた。

 

 常時穴に肉体を吸われ続けている彼には、文字通り腹の肉をむしり取られるような激痛が付きまとう。そして、これは外の大気圧が機内の気圧と同じになるまで続くのだ。

 

『エジンバラ空港まであと10分だ。それぐらいなら、そいつの命も持つんじゃないかな。……まったく、曲がりなりにも「あの子」の管理業務を負っているんだから、これぐらいの覚悟は見せてほしいものだね』

 

 炎の魔術師の声はそれだけを残し、通信が途絶えた。

 

 目の前の状況に思わず呆けていた駿斗であったが、気を取り直して未だにエーカーが手に持ってピンを抜こうとしていた手榴弾を粉々にする。その他、体を調べて武器となりそうなものは破壊すると拘束術式をかけ、その後に壁の修復へと取り掛かった。

 

「まったく、デカい借りが付いちまったな」

 

 そんなことを、駿斗は作業しながら安堵のため息交じりに呟いた。

 

 そして、訳の分からない拘束を受けて呆然としている男へ話しかける。

 

「目的はイギリスの孤立か? 確かに、イギリスとフランスの仲は決して良好とはいえない。そして、ユーロトンネルの際にはいろいろあったらしいからな。だけどよ、それでも善良な一般民を巻き込むお前らが賞賛されるとは思えないな。それは世界中に、というだけじゃねえ。お前らの、フランスの人々にもだ」

「何がだ」

 

 男は、わざわざ日本語に合わせて話した。

 

「貴様は知らねえかもしれないが、ユーロトンネルは過去に建造中止になったことがある。軍事や政治の問題でな」

 

 つまり、未だにその有効性を認めようとしない人間もいる。

 

 そして、フランスは友好の証としてユーロトンネルの管理業務を共同で行うことにした。にも拘らず、それは先日壊されたのだ。

 

 確かに、イギリス国民のすべてが悪いわけではない。だが、

 

「善良な市民の中に混じっているからといって、その馬鹿を見逃してやるつもりはない」

 

 彼はそれだけ言い捨てると、その口を閉じた。

 

 駿斗はそれを黙って聞いていたが、ようやく口を開いた。

 

「確かに、一口にイギリスと言っても、その中にはいろいろな人たちがいる。俺はイギリスじゃなくて学園都市の人間だから、その中にフランスに対して悪い感情を持っている奴がいない、とは言い切れねえ」

 

 だけどよ、と一息ついて続けた。

 

「馬鹿が混じっているからと言って、善良な市民も巻き込んでいいってことにはならねえだろ」

 

 駿斗はそう言い捨てると、速やかに男を昏倒させた。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、エジンバラ空港に到着である。

 

 エジンバラは、イギリス北部のスコットランドにある街だ。そのため、そこから南部にあるロンドンへ行くには、国内線の飛行機に乗るしかないのだ。

 

「しっかし、いっぱいテレビカメラが来てたな。やっぱりテロがあったからか?」

 

 出入国ゲートを片言の日本語で乗り越えた当麻は、携帯電話の画面で時刻を確認しようとしてからそれをやめた。時差があることを思い出したからだ。その代わりに、壁にかけられている時計を見る。

 

「ちなみに、日本とイギリスの時差は9時間だったと思うぞ、当麻。携帯の時刻から-9すればいいんだよ」

 

 そんなことを解説しながらも、駿斗も壁の時計が夜の8時を指していることにげんなりしていた。時差ボケを起こしてしまいそうで、少々心配である。

 

 と、

 

「とうグルまグルル……」

「ひっ!? い、インデックスさん! わたくしの名前を呼ぶ合間合間に獣のような唸り声を感じているのですが!?」

「なぜなら空腹で空腹でぶっ倒れそうなんだからだよ!」

 

 結局、機内食の話もテロリストの関係でうやむやにされたために、インデックスは何も食べていないのであった。

 

 1時間もかからない国内線では機内食は出そうにないし、夕食抜きで腹が減っているのは当麻と駿斗も同じである。

 

「……ダメだ、おなかがすいた。やっぱり何か食べに行こう」

「そうだな」

「とーォまァァあああああああああああ!」

 

 お財布が少々心配であったが、土御門から渡された荷物の中にイギリスの通貨があったのを思い出し、それをありがたく使わせていただくことにしよう、などと考える2人。

 

「向こうからコーヒーの匂いがするんだよ!」

「ええー!? そんなん別に感じないん――なにィ!? 本当に角の向こうに喫茶店が!」

 

 その言葉に駿斗も視線を向けてみると、確かにチェーン店の物ではあるが見慣れたガラス張りの、ちょっとおしゃれなコーヒーショップがある。

 

 旅慣れた人からすれば、わざわざイギリスまでやってきて日本にも展開されているチェーン店というのもアレだろう、などと思ってしまうのかもしれないが、彼らたちにとってはそんなことはどうでもいい。大切なのは、すぐ目の前に、今にも泣きだしそうな空腹を満たすものがあるということなのだ。

 

 まるで普段のインデックスだな、などと思ったら大間違い。なぜなら、現在の彼女は、

 

「☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆!!」

 

 すでに言葉にできないほどの、ものすごい笑顔をしていた。

 

 彼らは、迷わずに入り口となっているガラス扉へと突き進む。

 

 が、その時、後ろから当麻がポン、とその肩を叩かれた。

 

 そこにいたのは、1人の女性だった。いわずと知れた、『必要悪の教会(ネセサリウス)』所属の『聖人』であり、片足だけ大きく切り取ったジーンズに、へそが見えるほどに片側の裾が絞られたTシャツに、同じく片腕だけ露出するように切り取られたジャケット。

 

 そんな左右非対称な魔術的な服装に加え、何よりもベルトで腰に下げられた2メートルを超す日本刀『七天七刀』が、全部をかっさらってしまっている。

 

 お久しぶりです、と丁寧にあいさつをする彼女を見た、当麻と駿斗は思わず声を揃えてこう言った。

 

 

「「な、なぜ堕天使エロメイドがこんな所に……ッ!?」」

 

 

 その言葉を聞き、思わずブフォオ!? と咳き込む神裂火織。

 

 彼女の苦労はこれから始まるようである。

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