『神の右席』というのは、以前にリドヴィア=ロレンツェッティが
しかし、彼らは肉体が『天使』に近いものとなってしまっているために、逆に『人間』が使う術式が扱えなくなってしまうという欠点があった。そのため、ローマ教皇などを一々介することなく、彼らがいつでも扱える『普通』の魔術を使用することができる『人間』が必要となった。
だが、単なる魔術師如きを『天使』の側にいつも置くわけにはいかない。したがって、『神』と同一視されている『神の子』の弟子となった12人、『十二使徒』の素養をあるものを集め、魔術的な地位を与えることによってその力を特別なものとした……。
それが『十二使徒』という存在である。
『硬貨袋』を
『鋸』を象徴物とするシモンの座にいる、シメオン。
『鍵』を象徴物とするペトロの座にいる、ピエール。
『X字型の十字架』を象徴物とするアンドレの座にいる、アンデレ。
『ホタテ貝』を象徴物とするゼベダイの子ヤコブの座にいる、ジェームス。
『蛇の巻いた杯』を象徴物とするヨハネの座にいる、ヨハン。
『十字架』を象徴物とするフィリポの座にいる、フィリペ。
『ナイフ』を象徴物とするバルトロマイの座にいる、バルテルミ。
『腰帯』を象徴物とするトマスの座にいる、トマ。
『縮絨棒』を象徴物とするアルファイの子ヤコブの座にいる、ジミー。
そして……『槍』を象徴物とするタダイの座にいる、タデー。
『鳩の首飾り』を象徴物とするユダの座にいる、ジュダ。
彼らの名前は『前方のヴェント』『左方のテッラ』『後方のアックア』『右方のフィアンマ』と同じように役職名のようなものであり、その時に応じて必要な人間がその名をつけられる。
そんな組織であった。
ジミーもまた、『縮絨棒』を象徴物とする小ヤコブの場所を担う存在として『十二使徒』の一員となっている。しかし、彼には1人だけ、決定的な違いがあった。
彼は、元はローマ正教徒ではなかった、という点だ。
『十二使徒』は原則的に以下のような過程で構成メンバーを選んでいた。
まず、バチカン及びローマ市内にある、ローマ正教の教会が運営する孤児院を、ローマ正教の中でも魔術に関わっている重鎮、司教や枢機卿といった人々が、回っていく。これは、表向きにも公式のイベントとして行われる。
その最中に魔術をひそかに発動し、それに気が付いた様子がある子供たちを選び出す。こうすることで、まずは魔術という分野に素養の高い子供たちを洗いだすのだ。
最後にそのような子供たちを何らかのイベントのたびに魔術的な調査を行い、『十二使徒』としての素養があるかどうかを確かめる。そして、最後に『十二使徒』としてローマ教皇だけでなく『神の右席』に仕え続ける覚悟があるかどうかを確かめる試験をする。
もちろん、孤児院育ちでなくても『十二使徒』になった人間は過去にもいるし、そのような場合はその時の『十二使徒』及び『神の右席』、あるいはローマ教皇が推薦するという形になる訳であるが……そのような例は極めて少ない。
しかし、ジミーはその『例外』にあたる人間だった。
推薦者は『後方のアックア』である。
これは極めて珍しいことであった。後方のアックア、あるいはウィリアム=オルウェルという人間は多くを語ることを好まず、そして他者と行動を共にすることを好むわけでもなかった。
当時から唯一の弟子であったジミーを、特別扱いしているのだ、と当初はローマ正教暗部の誰もが思っていた。そして、実際に尋ねてきた人物もいた。
しかし、ある時左方のテッラが尋ねた時に、このようなやりとりがなされたという。ジミーは、アックアの横でそれを聞いていたので、それをよく覚えている。
『彼が、新しい「十二使徒」の一員ですね』
テッラは、当時からあの場で命を落とすまで、全く性格が変わっていなかった。
『しかし、後方のアックアともあろう男が、「十二使徒」の選定に口を出すなんて珍しいですねー』
テッラから粘つくような笑みと共にそんなことを言われても、アックアの様子は変わることはなかった。そもそも、彼が『処刑』したときからも分かるように、テッラという男はアックアにとって敵対するほどの人物ではなかった。彼からすれば、その気になればいつでも瞬殺できるような相手でしかない。
『やはり「二重聖人」で「後方」を司る男であっても、傭兵崩れのごろつきからすれば、弟子は特別……といったところなのでしょうか』
『貴様がどのような考えを巡らせようが、私がこの男を推薦することには変わらん。私は、私が最適と思った人物をその座に置くことにしただけである』
これ以上の無駄話は不要だ、と言わんばかりにアックアはその場から歩き始め、ジミーもその後に続いて歩いた。
ジミーという男は、それまでウィリアム=オルウェルという男についてあまりよく分かっていなかった。自分を唯一弟子にした理由でさえ、である。多くを語ることを好まない師にいちいち尋ねるのは失礼だと思っていたが、しかし、それでもイギリス清教で洗礼を受けたこともある彼が、なぜローマ正教に改宗して『神の右席』にいるのかよく分からなかった。
自分がローマ正教の支配下、イタリアという国で生まれ育ったからではないかと考えもしたが、その考えもすぐに否定した。彼は、別に『ローマ正教』という枠組みに特にこだわっているわけでもないし、この自分に対してそこまでこだわっているならば、彼が独自に編み出した『
しかし、ある時、これだけははっきりと言われた。
『むやみやたらと、語るな』
彼にしては珍しい、いや、初めての『命令』だったと思う。
『貴様が、どのように考えようが私はいっこうにかまわん。ただし、口で語るだけの言葉にどれほどの意味がある』
突き放すように聞こえるが、その口調は淡々としていた。
『貴様はただ、自分の信じるところを成せばよい』
その言葉を受けて、彼は少し変わった。
自分の師が言わんと――否、行動で示そうとしていることが、少しだけ分かった気がするのだ。
もちろん、自分が勝手に推測したものであることには変わりなく、本人に確認も取っていないのであるが、それでも彼は変わることができた。
そこまで行って、始めてジミーは本当の意味でウィリアム=オルウェルを『師』と思うことができた。少なくとも、彼はそう考えている。
当麻はキャーリサの爆発に巻き込まれた後に、そこにやってきたアックアに偶然助けられた。
当初は当然ながら警戒したが、それでも彼が戦闘を始めることなく立ち去るのを見届けると、そのまま周辺を適当に移動しはじめ、結果として天草式と無事に合流することに成功した。
しかも、そこに一緒にインデックスを抱えた駿斗までやってきたのだ。ジミーとは、少し前に別れたところである。
3人は、天草式が暫定的な拠点としているレスキュー機の中へ案内され、機体は細い川を無理に利用してプロのパイロットでも青ざめるような勢いで夜空へと飛んだ。
その中で、3人に話しかけてきたのはやはり元教皇代理の建宮斎字であった。
「第二王女キャーリサは、一足先に空軍のヘリを使ってバッキンガム宮殿の中に入ったようなのよ」
なんか、飛行機の奥の方から、『五和、このチャンスに行けってーっ!』『む、無理です、まだ酒臭いです私!』『気のせいだって! 何時間前の話をしてんだお前!』などと言う声が聞こえてくる気がするのであるが、建宮が良い感じに通せんぼをしている。
「クーデターを抑えるためには、やはり第二王女をどうにかするしかないのよ。幸い、キャーリサは
クーデターの核は、カーテナ=オリジナルただ1つ。したがって、それさえ破壊できれば、キャーリサの持つ力を全てセカンドの方へ奪うこともできるのであるが、それが一番難しい。
しかし、騎士団長はすでに撃破されており、それによって『騎士派』を崩すことはそう難しくなくなっている。だが、残るカーテナ=オリジナルを持つキャーリサという戦力は、それが最もやっかいだ。
「今、キャーリサは『騎士派』によって警備を固められたロンドンの、しかも最重要拠点であるバッキンガム宮殿の中だ。そんな場所だと、たとえキャーリサ本人が出てこなくても、警備をしている『騎士派』の連中の相手をするだけでも拘束されちまう可能性がある。それについては、何かできないか?」
「それについては、ロンドン市内だけなら潜り込むこともできるかもしれないのよ」
ロンドン市内にはいくつもの地下鉄が走っているが、その中にヴィクトリア線というものがある。この電車は、バッキンガム宮殿の真下を通るルートを持っているので、それを利用する。
そもそも、キャーリサがバッキンガム宮殿に入った理由としては、1つの可能性が考えられる。それが、『カーテナ=オリジナルに対応した、万が一の暴走を抑えるための安全装置』なのだという。カーテナ=オリジナルが一度歴史から消失した原因はピューリタン革命にあると言われているらしいのだが、そもそも、本当にカーテナの力が万全なのであれば、革命などイギリスで起きるはずがない。
「過去に一度、カーテナ=オリジナルは暴走したことがあるのか……」
この施設が『地下鉄』であるのは、その魔術的な仕掛けを施した特殊車両をバッキンガム宮殿の敷地の『外』に搭載しておくことで『バッキンガム宮殿の敷地内には魔術的な設備がない』という、外交上必要なもの……というか屁理屈を成り立たせるためだ。
「要するに、これからそいつを利用するために行動しているってことか。だけど、その特殊車両にも魔術的なセキュリティが存在するだろ?」
「特殊車両の存在する枝分かれした路線には、魔術的な隔壁が下りているのよな」
建宮が駿斗の疑問に答えると、当麻は納得したように自分の右手を見つめた。
「だから、俺の右手でそれをぶっ壊すってことか」
「だけど、そこで1つ問題がある訳なのよ」
「「?」」
それは、第二王女キャーリサを迎えたロンドンが持つ、新しい警備体制のことだ。しかも、これは魔術に対して特に過敏に反応してしまうらしい。
「……となると、自分の力で魔力を生成できる魔術師はこの作戦に参加できない、ということになるんだが」
「え、それって……」
当麻が『聞き間違いか』というような表情で建宮と神裂を見返すと、建宮だけでなく神裂までもが思わず彼から目を逸らした。だから、駿斗はその説明役に買って出ることにする。
「つまり、魔力がゼロ、あるいは民間人レベルの非常に微弱な人しか、この作戦で戦える人間はいない……ということになるな。当然ながら、戦闘時用に常に魔力や
え……という感じで駿斗を見る親友に、彼は非常に気まずそうに言った。
「要するに、この作戦に参加するのは当麻とインデックス、そして特殊車両への干渉が可能な『王室派』の人間であるヴィリアン。この3人ってことになるんだよ」
そんな感じで、選ばれし3人はロンドン西部にある高級住宅街・ケンジントンの辺りから東へと進んで行った。移動手段は、ヴィリアンの運転する車である。当麻は彼女が運転するということに違和感覚えまくりだったのだが、
「……いくら何でも、そこまで箱入りじゃありません……」
というのが、24歳ヴィリアン様の弁だった。
しかし、目指す先である地下鉄は、キャーリサの本拠地であるバッキンガム宮殿の間近だ。もっとも、これに関しては、ロンドン市内に設置されている数十万台の防犯カメラが機能していないことが唯一の幸いだろう。これは、キャーリサが市内の主要警備会社3社に無理矢理命令したらしい。
「まあ、いちいちこそこそ動くよりは、いっそのこと堂々と出歩ける方がいいんだろ。魔術で簡単に誤魔化せるとしても、結局は手間がかかることには変わりないんだしな。それに、この方が《騎士派》に対してのアピールにもなる」
魔術師というものは、一般の人間たちに悟られないように行動を起こす。しかし、それすらも破っているということは、それだけで味方の士気を高めることにつながるのだ。
「でも、こんな風に誰もいない街でエンジン音を鳴らして車で進んだりしたら、『騎士派』の連中にバレないもんかな?」
「大丈夫だよ」
そう答えたのは、後部座席に座っているインデックスだ。
現在『騎士派』は魔術を使って警戒に当たっている。体の五感に頼らず、術式で五感を増強した魔術的な警備網である。しかし、禁書目録の手にかかれば、魔術的に逆手にとって、目の前を通過しても大丈夫だったりするのだ。
しかし、当麻はひとつ気になったことがあった。
「ちょっと待てインデックス、お前どうして今の『騎士派』の魔術を知っているんだ?」
「え? だってそっちのビルの屋上にいるから」
うわっ!? と慌てて当麻が彼女の指さす先を確認すると、確かにそこには黒い人影があった。しかし、銀色の鎧を着たシルエットは彼らに気が付かないまま別のビルへ飛び移って消えてしまった。
現在、魔術を使用できない軍や警察も『騎士派』は掌握しているものの、彼らは民間人の対応をさせているようだ。実際、訳の分からない霊装を突きつけたところで、民衆の間に広がるのは『恐怖』ではなく『困惑』になるだろう。彼らに対しては、銃口を突きつけた方が手っ取り早いのだ。
(しかし……)
当麻は、窓の外から視線を横でハンドルを握っているヴィリアンへ移した。いかにも『お姫様』という言葉が似合いそうなこの女性は、当麻が今まで見たことがないタイプの女性だったのだ。
と、彼女が当麻の視線に気が付いた。
「いかがなさいましたか?」
「い、いや……そういえば、魔力を練ることができないヤツじゃないと、キャーリサたちの感知にひっかかるって話だったけど」
「え、ええ」
ヴィリアンは気まずそうに答えた。
彼女曰く、王家の物として必要な教養であっても、武力に応用可能な知識や技術を学ぶことに抵抗があるらしい。そのため、彼女の技量は『すでに発動している霊装に触れて操作する』程度のものでしかないようだ。
したがって、今回の作戦にあたって、バッキンガム宮殿側からも一般の使用人や料理人、庭師などが地下鉄トンネルに向かっているらしい。クーデター下において直接的な戦力を提供できないことに、どうやらヴィリアンは負い目を感じているようだ。
なんだか暗い雰囲気になってしまった車内を変えるために、当麻は慌てて話題を変える。
「しっかし……一口に裏通りって言っても、やっぱ学園都市とは違うもんな」
「とうま。裏路地の違いが分かる男って、別に何の自慢にもならないかも」
別に自慢してるわけじゃねえよ、と当麻は返事をした。
それから話は『キャーリサ1人を倒したところで、本当にイギリス全土に広まってしまったクーデターが収まるのか』という当麻の疑問が中心になったのだが、ここで返事をしたのは予想外にもヴィリアンだった。
「おそらく、姉君のキャーリサさえ封じられれば、クーデターは終結すると思います」
先ほど『騎士団長の敗北によって「騎士派」を崩すことは難しくなくなってきた』という話を天草式にされたが、つまりはそういうことだ。
このクーデターは『「カーテナ=オリジナル」を手に入れた第二王女キャーリサ』と『騎士団長』の2人が中心となって行っている。つまり、キャーリサは『騎士派』の協力を取り付けているものの、騎士団長が敗北したことで、軸を失った『騎士派』は大幅に戦意を削がれているのだ。
2本ある大きな柱のうち、すでに片方を失っているクーデター勢力は、もはや『カーテナ=オリジナル』しかなく、それが全てなのである。
しかも、イギリスは『清教派』『王室派』『騎士派』の3派閥で各々役割分担をしている。『騎士派』は全てクーデター勢力にいるが『清教派』に属する人間はおらず、『王室派』にいる人もキャーリサのみである。この中で外交ができるのは『王室派』のキャーリサだけであり、彼女が倒れてしまえば、これ以上は『イギリスのためにならない』ということで『騎士派』の人間たちも矛を収めるのだ。そもそも、彼らは『クーデターを起こすことがイギリスのためになる』と信じているからこそ、行動を起こしたのだから。
そんな説明をしていると、インデックスが車を停めるように指示を出した。ここから先は、さすがに車の音を響かせるわけにはいかないらしい。
現在の時刻は午前2時近い。それだけでなく、『騎士派』と『清教派』の市街地戦も一応『清教派』の敗走という形で決着がついているので、住民たちの動きも制圧されている以上、ロンドンのあちこちに配置された騎士が異常を発見して増援を呼ばない限り、人はいない。地下鉄駅どころか、その向こうに見えるバッキンガム宮殿にも人の気配というものがしない。
すると、当麻の右手をヴィリアンの手が包み込んだ。
「……くれぐれも敷地内には入らないでください。魔術に疎い私には分かりかねますが、木々に泊まる羽虫の数まで正確にサーチできると、以前姉君のキャーリサが豪語していたのを聞いたことがあります」
そんな説明をしてくれたが、当麻の方はと言えば、野郎のゴツゴツしたものとは異なる、柔らかいマシュマロの表面のような感触にドギマギしまくりである。
その後は『騎士派』の走査を潜り抜けるように、何もない空間を不自然に迂回して動くインデックスの跡を、慎重にたどっていく。しかし、どうやらうまくいったようで、何事もなく3人は地下鉄の駅へとたどり着くことができた。
「ここまでくれば大丈夫そうだね」
何がどうなったから大丈夫なのかさっぱり分からないが、とりあえずはインデックスに感謝する当麻。しかし、その次に現れたものを見て、インデックスが言った。
「なんか、ピコピコのついた壁みたいなものが下りているんだよ」
「……、」
それじゃあみんな、インデックス語を翻訳してみよう☆
目の前に電子ロックのついた
カツン、という足音が聞こえてきたのは、御坂美琴の助けを借りて電子ロックを解除した後にトンネル内の線路へと飛び込んだ、その直後だった。
当麻は思わず『騎士派』だろうか、と警戒した。
その瞬間、『新たなる光』に所属しているレッサーという少女を狙撃した魔術が思い出された。使用された場合、右手でうまくタイミングを合わせることができるか分からない。親友によれば、
当麻は慎重に、闇の奥をみつめる。しかし、その時ヴィリアンが声を上げた。
「お、お待ちください! 彼らは敵ではないようです。バッキンガム宮殿から合流する予定だった使用人たちですよ!」
「……そのお声は、ヴィリアン様ですか……?」
闇奥から、ヴィリアンよりは少したどたどしい、しかしそれでも十分に分かりやすい日本語が返ってきた。どうやら、彼女の言葉に合わせて、彼らも日本語を使ってくれたようだ。
続けて、20人近い男女の集団が現れる。色あせた作業着の初老の男から、中にはメイド服を纏った少女までがいた。