学生が『外』に行ったかどうかなど、普通は直接本人、あるいは知らされている人に確認を取らない限りには分からない。しかし、あの土御門がわざわざ彼女たちに説明するとは思えないので、十中八九『裏』のアクセスを使用したのだろう。
駿斗は内心でため息をつきながらも、アリサとの通話に戻る。
「ああ、インデックスがイギリス清教に呼び出された関係で、保護者としてこっちに来てるんだけどな? まあ、クーデターには巻き込まれなかったと言えば嘘になるが、俺は特にこれといったケガもしてないよ。まあ、当麻は相変わらずだから身体中土だらけだけど、大きなケガはなくて、今は夕飯にがっついてるし」
『あはは……うん、なら良かった』
電話越しに、彼女が苦笑いしている様子が伝わってくる。
『駿斗くんは、大丈夫?』
「俺はどちらかというと、半分はサポートの方に回っていたから。全然平気さ。どちらかというと、これらかの方が忙しいだろうな。クーデター側も、ケリをつけるために一気に攻撃を仕掛けるだろうし……まあ、皆で行動しているから、大丈夫だよ」
少し話し過ぎただろうか、と駿斗は暗い言葉が増えてきたので慌てて言葉を足した。
「とりあえず、周りには信頼できるやつらが揃っているから。ほら、『エンデュミオン』の時に協力してくれた奴もいるし」
『え?』
「ああ、あの時イギリスの人たちが呼ばれていたんだよ。えっと……レディリーの奴が、そっちの方出身かもしれないって話でさ」
彼女は十字軍の存在していた1200年から生きていたはずだが……実際のところ、どこの国の出身なんだろうか? やっぱり、ローマ帝国なのかもしれないが。
そんなことを頭の中で考えながら、駿斗は何とかアリサをごまかした。
通話を終えると、自分の手に『
(うーん、聞いたところでは、女王様だけじゃなくてイギリス清教の
そんなことを考えている彼は、件のその最大主教が拘束から逃れるために、無理矢理自分を中心に爆発を放って、力づくで拘束霊装を壊していることを知らない。
午前3時。
駿斗たちは『清教派』の人たちと共に、ロンドンへと突入した。
移動の方法は大型トラックであったが、突入までに妨害らしい妨害は存在しなかった。そのことに、駿斗、当麻、インデックス、神裂といった同乗の面々は、逆に不気味な印象を抱いていた。相手の戦力を割くために遠距離からの援護射撃をしながらの上陸をする予定ではあるが、全くここまで攻撃が来ないのだ。
「最後の確認をします」
神裂が口を開いた。
今回の目的は、一刻も早くバッキンガム宮殿へと急行し、クーデターの首謀者であるキャーリサを抑えることだ。そのために一番手っ取り早く、また不可欠であるのが、キャーリサの持つ『カーテナ=オリジナル』の破壊である。
核ミサイルを利用しようとするテロリストがいても、計画の要である核を失ってしまえば、もうテロを起こすことはできなくなるのだ。しかし、天使長『
「ですので、規格外の敵に対しては、規格外の人材に頼ることにしましょう」
「や、やっぱ、そうなるのか」
一同の視線は当麻に集まった。
彼の右手であれば、世界最高の霊装であろうが一発で破壊できるのだ。
「でも、今のキャーリサって神裂とかアックアより強いかもしれないんだろ。あんなもの凄い速度でビュンビュン飛び回られたら、触ることもできないぞ」
「その通りだな。超音速の領域での戦いに参加しろって訳じゃない。だが、確実な破壊ができるのは当麻だけなんだ。つまり、とどめを刺すまでは、俺と天草式がガイドをする」
イギリス清教には優秀な魔術師がかなりいるが、速度という点で言えば『聖人』の所属する新生『天草式』が最も優れている。そのため、直接的に対峙するのは駿斗と当麻に加えて、神裂率いる『天草式』であり、その他の術者は援護射撃に回る予定だ。
「難しく考える必要はありませんよ。最後まで残って下さい。それがあなたに与えられた、一番大きな役割です」
「全員に、な。……そろそろ始まるな。耳を塞いでおけ」
その言葉に、当麻は頭の上に疑問符を浮かべたが、分からないまま耳を塞ぐ。
次の瞬間。
ゴッ! という爆音が、辺りのビルのガラスをまとめて砕いた。
「何……ッ!」
当麻が何か言いかけたが、すぐに気が付いたようだ。
空中要塞カヴン=コンパス及び、潜水型のセルキー=アクアリウムによる魔術砲撃である。
その攻撃は十二分に強力であり、わずかな余波だけでもトラックがわずかに横滑りを起こしていた。運転手の五和は、それでもなんとかしてハンドルを操作し、うまく車体を制御して道を突き進む。
「こういう事だったのかよ!?」
「ええ、キャーリサ側には砲撃の防御に徹していただければ、その間に我々が戦場に駆けつけることも可能となります。遠距離からの砲撃支援は、上陸戦の基本ですよ」
100や200を超える光弾の軌跡を見ながら、神裂は平然とした顔でそう告げた。
「……正直、あんな状態のバッキンガム宮殿に入ったら、すぐに死ぬかもよ?」
「むしろ、あれだけの大規模砲撃を使っても、キャーリサが倒れない事実を留意した方が良いでしょう」
これから戦う敵は、それほどの脅威なのだ。怪物どもめ、と当麻は吐き捨てたが、並の魔術師から言わせてみれば、
ちなみに、民間人を巻き込まないか、という心配については、あまり問題ないようだ。キャーリサ側でも、管理のしやすいようなホテルや映画館などの大規模な施設に集めているために、民家に誤爆しても犠牲者が出る可能性は低い。
しかし、バッキンガム宮殿については破壊されてしまう可能性が高いであろう。そのことを考えた当麻はちらりとヴィリアンの顔をうかがったが、
「……構いません」
彼女はしっかりとした口調で言った。
「ロンドンのみならず、イギリス全土で皆が痛みを分かち合っているのに、我々英国王室だけは無傷で済ませてほしいというのも無視の良い話です。……それで国中の騒乱が収まるのなら、あんな宮殿など木端微塵にしてしまいましょう」
意外だった。
彼女であれば、もう少し貴重なものが破壊されるのに戸惑いを覚えると思っていたのであるが……。
「気付かされたのです」
彼女は、木製のアンティークなボウガンをチェックしながら口を開いた。
彼女が思い出すのは、2つの出来事だ。
何の魔術も使えない人たちが、戦いを恐れる自らを逃がすために戦ってくれたこと。
そして、1人の傭兵が彼女を逃がすために、騎士の集団の中へ飛び込んできてくれたこと。
「私が戦いから逃げることで彼らを守れるというのなら、私はどこへでも逃げましょう。ですが、もしもそんなことをしても彼らの窮地が変わらないのなら……後は戦う以外道などありません」
彼女は相変わらずの緑色のドレス姿であったが、その上から矢筒のベルトをたすき掛けにして、控えめながらも強い芯のある視線を当麻へと返した。
「あなた方のほうは……どうなのですか?」
前々から、ヴィリアンはこの少年2人のことを不思議に思っていた。
特殊な力を有している、という程度ならば知ってはいたが、それ以外は学園都市の学生である、ということ、そして、駿斗が『
今は友人も安全地帯にいるはずなのに、どうしてこの期に及んで死地へ赴こうとするのか。
「大層な理由なんかねえよ。みんなそれぞれ、死ぬほど重いものを抱えて、そいつを失わないように走り回っているんだろうが。……だったら、そんな簡単に切り捨てられねえよ。大それた理由とか債務の問題じゃない。立ち上がりたいと思ったら、もう立ち上がっても良いと思うぞ」
「そういうことなんだ。俺たちは、何かが『やるべき』だからやるんじゃない。『やりたい』からやるんだ。今までも、ずっとそうしてきた。少しでも、都合の良い幻想を求めて……ただひたすら、突っ走ってきただけなんだ」
その言葉を聞いた彼女は、しばし2人の顔を見つめていた。
やがて、彼女はこう言った。
「……自分の中に完成された主義や思想はなくとも、その場その場で皆の声を聞き、どんな状況であっても最良の選択を採るための手段を惜しまない……」
「?」
「あなた方は……ウィリアムとはまた違った種類の、傭兵なのですね」
うぃりあむ? と当麻が訊きかえそうとしたその時。
「来るぞ!」
駿斗が叫ぶと同時に『幻想核杖』を掲げると、『
(ダメだ、分散しているところまではどうしようもない!)
魔術の遠距離攻撃。及びキャーリサが蹴とばした残骸物質。その2つが砲撃として襲い掛かる。
なんとかして近隣のトラックまでは防護したものの、他の方向へと放たれているものについては防御が回らない。
「くそ、五和! トラックを止めるんだ。徒歩でバッキンガム宮殿へ向かう!」
『このまま、トラックの防御に回った方が良いのでは!?』
「直接攻撃されたということは、こっちを狙われているということだ。下手すると、ここにヴィリアンがいると分かって攻撃を集中させている可能性すらある!」
全員がトラックを捨てる決断をして転げ落ちるように離れた次の瞬間、駿斗の『幻想防壁』が軽々と切断された。そして、その後に白い砲弾がヴィリアンへと向けて襲い掛かる。
(いつの間に……!? 超音速で走ってきたのか!)
どうやら、駿斗が感知して判断するよりも早く、キャーリサが襲いかかってきたようだ。
「させるか!」
残骸物質を
「ヴィリアン!」
しかし、その直前に当麻がヴィリアンを背中から覆いかぶさるようにして突き飛ばす。全長100メートルにも渡って不自然に白い物質が帯のように生み出され、そしてその『切断面』は数瞬遅れてゴトンと地面へと落ちていく。
駿斗の杖が4色のきらめきを放ち、周囲一帯に魔方陣が生じた。
「キャーリサ、テメエ!」
「おめでとう、表彰もののファインプレーだったぞ。ウチの弱腰な騎士共に見せてやりたいぐらいだし。まったく、妹の『人徳』は思わぬところで発揮するから侮れないの」
本来は闇の中に埋もれそうになる宮殿を照らし出すためであろう、無数のライトが、今は第二王女キャーリサを浮かび上がらせていた。
「ところで、他はどーしたの。お前の友軍は皆、瓦礫の下か?」
「ちょっと遅れているだけだよ。せめて、パーティーはあいつらが集まってから始めようぜ」
駿斗は、あえて強がって見せた。実際に彼の感知能力で他のメンバーの安全はある程度把握しているのであるが、いつここに来てくれるのかは分からない。
「そーか。ならば、わざわざ大それた準備をしてやった甲斐があるというものだし」
「準備……これは、霊装か?」
その直後、彼らの頭上を巨大な影が通り過ぎた。
全幅80メートルほど。大型旅客機スカイバス365に匹敵するサイズのものが、20機ほど飛行している。
攻城戦用移動要塞グリフォン=スカイ。
無人式の霊装であるためにカヴン=コンパスよりも柔軟性・応用性にはかけるものの、連携戦闘行動ではイギリスの中でも随一である。
「愚鈍だが従順。実に『軍事』の私好みのテイストだな」
さらに、そこで当麻は辺りを見渡した。駿斗が何も言わないので気が付かなかったが、本来一緒にいてもおかしくない『騎士派』の人間がここには存在しない。
しかし、キャーリサはこんなことを言ってきた。
「伏兵などはいないの。まーちょっとしたライブ中継に使ってしまったし」
「……!? テメエ、まさか仲間を斬ったのか」
駿斗の言葉に、ギョッとする当麻。
一方で、彼女は平然としている様子だ。
「
「殺したのかよ、仲間を! 答えろキャーリサ!」
駿斗が大声で吠えると、隣にいたヴィリアンの方が小刻みに震えた。恐らく、その時の様子を思い浮かべてしまったのだろう。
しかし、第二王女の返答はさらにその上を行く。
「その点は心配するな。なまじあっさりと殺してしまうと、想像力が追い付かなくなるよーだし。最小の消費で最大の演出を施すために、もー少し楽しいことになってるの」
死より恐ろしい生。
小説などでは時折見かける言葉であるが、現実世界であってはならないもの。
「テ、メエ……」
「彼らは実に役に立ったの。お陰で浮き足立っていた臆病者共が寝返るのを防げたんだし」
キャーリサは、手のかかる可愛げのない子供を評価するような口調で、平然と話した。
そして、衝突が再び始まる。
当麻が第三王女を守るようにその前に立ち、駿斗がキャーリサをその真正面から見据え……そして、先ほどから準備していた100を超える魔術が、立て続けに爆発を起こす。
それらの魔術はどれも『神』あるいは『天使』を攻撃することに特化したものであった。
しかし。
「死ぬぞ」
その爆発の中から、キャーリサが姿を現した。全く、という訳ではないようであるが、やはり大したダメージは負っていない。
駿斗と当麻は同時に動いた。
当麻が前。駿斗が後ろ。
強力な魔術に対する『防御』なら、
しかし、ゴキ、という異音と共に、それは白い残骸物質に阻まれた。
(消せない……!?)
全次元切断術式は、あくまでも『切断』を引き起こすだけ。その後に生じる『切断面』は、あくまでも自然な物理現象なのだ。
不自然にのっぺりとした、鋼よりも重量のありそうなその物体は、当麻へとそのまま落下しそうになるが、その後ろから駿斗がそれを両手でつかんだ。
だが。
「――遅いぞ、豚。そんなことでは切断だし」
当麻の胴体を切り分けるルートで振りかざされたそれに対して、当麻はほとんど反射的に右手をかざした。シッパァァン! という鞭を撃つような音と共に、生み出された斬撃が途中で消失する。
(くそ、打ち消すための条件が分からねえ!)
だが、のんきに駿斗と相談している暇もない。彼も全次元切断術式のことは知っているが、その詳細まではまだ解析が終わっていない……というか、そもそも、そんな余裕があるとは感じられない。
次の瞬間、当麻の体が後ろへ引っ張られるのと同時に、キャーリサの蹴りが放たれた。不発に終わったそれに対し、駿斗はカウンターで天使の力を魔術現象に変換せずにそのまま放つが、キャーリサはそれを体を捻って回避する。
だが、そのコンマ1秒にも満たない間に展開された数多の神殺しの術式で、キャーリサは一度距離を取った。
「くそ……早すぎて術式の同時創造が間に合わねえ。物理現象と魔術現象の両方となると、解析して対抗策を練り上げる暇がねえ」
思わずこぼれた駿斗の言葉に、当麻は驚愕した。
その傍らで、キャーリサは自分自身を狙ってきたカヴン=コンパスの大規模閃光術式に対して、カーテナ=オリジナルをくるりと一回転させた。そのことによって新たに残骸物質が生み出され、それが盾となって閃光を完全に防いでしまう。
(マジか……)
当麻は、思わず少しの間呆然とした。
(あれだけ派手な攻撃をしても傷一つ付かず、駿斗さえも対抗策を見いだせずにいる……)
「驚くよ―なことか」
彼女は手首のスナップで回転させながら、
「天使長を殺せる人間など、どこにいるの?」
さらに、その盾に剣を突き刺した。そして、半径20メートルの円盤が刺さった状態のまま、横薙ぎにそれを振るう。
ゴバッ! という轟音が炸裂した。
円盤の下半分が地面に刺さった状態で、強引にカーテナ=オリジナルを振り回したのだ。巨大な重機で掘り上げられるように、地面が一気に崩れた。
そして、それが数多の弾丸の雨となって彼らに襲い掛かる。
前方に結晶が発生し、そしてさらに魔術的な意味が付加されていく。しかし、その直後結晶がまるごと蹴り飛ばされ、それを消した次の瞬間には再び衝撃が襲い掛かった。
斬撃は当麻が打ち消したものの、その直後に放たれる残骸物質の円盤には駿斗が自分の体を強化して盾となる。
そのまま、2人とも吹き飛ばされた。
弾丸のような速度で飛ばされて行く途中、それでも空気を圧縮してクッションを創ったのは、駿斗の意地とでも言うべきか。
バッキンガム宮殿の壁の手前でようやく地面に転がった2人は、それでも足に力をこめて立ち上がる。
その直後、駿斗の背中から4色4枚の翼が生じた。
『
しかし。
「なるほど、自分の身に天使の力を余すところなく満たし、再構成することで結果として天使とほぼ同格の魔術的な地位を手に入れる。その上、その翼が術式補助装置としても、偶像崇拝の対象としてもはたらく、とゆーわけなのか。確かに、よく考えられた術式だし」
かつて全盛期のアックアと打ち合い、尚且つ上回りそうになるほどの力を持ったそれを見ても、キャーリサは獰猛な笑みを浮かべるだけであった。
「だけど、霊装ではなく自分自身を天使の力の中心に据えているせいか、かかる負荷が大きすぎるようだし。瞬間的な出力では上回ることはできても、長期戦になればなるほど不利になるのは簡単に分かるの」
駿斗は、それに返事をせずに飛び出した。
全次元切断術式に対し同様の『あらゆるものを切断する』術式を生み出すことで『術式上に起こる法則の齟齬』を利用し拮抗する。そして、その武器の形状を剣、槍、曲刀、鎌、斧と様々に変化させていくことで、相手に己の『間合い』を掴ませないため、純粋に劣っている『剣』の技量をカバーしていた。
ガガガガガガガガガガッ! という連続音と共に、駿斗の右手に宿る光とキャーリサの持つ切っ先のない剣が無数の衝突を引き起こす。
だが、高速の戦闘において重要なのは手札の数だけではなく、純粋な技術が重要だ。最終的に駿斗は武器を使った攻撃を諦め、手にガントレットをはめると最も手慣れている『拳』で対抗することにした。
相手の攻撃を躱し、カウンターの一撃を交わされ、横薙ぎに払われた剣をしゃがんでやり過ごし、その直後に生じた残骸物質を逆に蹴り飛ばして攻撃に利用する。
天使長
天使長と同質の力を得られずとも、
しかし、その攻撃にも限界が近づいてくる。
「死ね」
その『限界』にめがけて、キャーリサが駿斗に向かって前進する。当麻がそこに右手を伸ばそうとするが、間に合わない。そして、
ゴバッ! という音と共に、大規模に全次元が切断された。
駿斗の姿は、もうそこにはない。
なぜなら、その攻撃は横合いから突っ込んできた女性に向けて放たれたからだ。
「……ようやく、まともな方法で借りの1つを返せましたね」
涼やかな女性の声が聞こえた。
その隣には、インデックスもいる。その後ろには『天草式』もやはりいた。
戦いへの参加者は増加し、再び剣が振り抜かれる。