駿斗は無事に、ロシア成教の魔術師たちを拘束した。
「これで、とりあえず全員のようだな」
「ええ、なんとか無事、に拘束できてよかった、です」
ユリヤと共に、一息つく。
そんな中で、駿斗は感心したようにユリヤの様子を見ていた。
主にロシアの魔術師らしい、妖精や魔女のお伽噺をベースにした魔術を彼女は使う。
しかし、なんというか、彼女は少々焦った時に、とんでもない力を発揮している気がするのだ。というのも、いくつか強引に魔術を発動している節がみられたのである。
魔術とは基本的に、自分の
だが、その過程を魔力を多く消費することによって、多少ごり押ししている感覚が、彼女には見受けられた。
彼女の年齢を考えれば、まだ魔術師としては一人前になっていなくても、決しておかしくはない。レッサーなどと変わらない年であるが、彼女たちはそもそもが、年齢に対して優秀なのだ。
駿斗がおかしいと感じているのは、その感覚だった。
本来であれば、魔力を多く消費することによって、術式を強引に成立させることなど、できるはずがないのである。
だが、現に彼女はそれを実現させている。そして、それだけの魔力を消費しても、それをものともしない様子だ。つまり、魔術師としての腕は一流には及ばないが、魔力量は並よりもはるかに多いのである。
(これはまた、この子も難儀なものを抱えていそうだな……)
駿斗はそう思いながら、ユリヤにこれからのことを相談しようとした。
その時。
ドォン! という爆音が、ロシアの雪原に鳴り響く。
感じられたのは、普通の魔術師には制御することが不可能な、莫大な量の
駿斗とユリヤは速やかに、3人の人影に対して雪の槍を飛ばす。
だが、それは簡単に蹴散らされ、そのお返しとばかりにやってきた衝撃波を、ユリヤが間一髪のところで回避した。
魔術攻撃を受けた場合に、自動で術者に衝撃波をとばす術式。それは、以前に見たことがあるものだった。
「……ユリヤ、気をつけろ。あいつらが『十二使徒』だ」
その言葉に、ユリヤが最大限の防御を築く。
「はい。いかにも」
3人の中から、鋸を持ったシメオンが出てくる。熱心党と呼ばれた使徒の
残りの2人は初めて見る顔であるが、彼らもまた、それぞれ鳩の首飾り、槍という象徴物を身に着けていた。
「タデーと申します」
「……ジュダ、だ」
タデー……タダイ。『神の子』の実兄、あるいは異母兄であるとされている使徒。そのように、血縁上では近しい存在でありながら、新約聖書には記述が少ないとされる存在でもある。
ジュダ……ユダ。タダイの別名がユダであるため、イスカリオテのユダと呼んで区別する使徒。他の十二使徒とは、その知名度は一線を画する。もっとも、『最後の晩餐』の席において神の子から裏切りを予告され、神の子を引き渡した裏切り者として、であるが。
しかし、
(ユダか……予想と違うな)
駿斗は、元からその存在に疑問を抱いていた。
ユダといえば、先述の通り裏切り者という印象が強い存在である。にもかかわらず、なぜ『神の子』を崇拝の対象としているはずのローマ正教が、その存在を『神の右席』の側近のような形で置いているのであろうか。
彼らの考えに従うならば、ユダの代わりに入ったマティアを12番目の使徒として扱うのが、道理であるように感じられるのだ。
しかし、現にユダの別の名を口にした以上、彼とも戦うしかない。
(マティアの伝承から予想してきた術式が、全部無駄になったのは痛いな……)
当然ながら、ユダに関しても予想は立てている。しかし、イマイチ自信がない。
だが、迷っている場合ではなかった。悠長に構えている時間はない。なぜなら、彼らにとって駿斗は狩るべき獲物であり、駿斗にとって彼らは殴るべき相手なのだから。
「お前ら……どうして戦争まで起こした? お前らの実力をもってすれば、ここまで大ごとにしなくても良かったはずだ」
『
「そうでしょうか?」
「そうだ。他の『神の右席』は3人いたが、『前方のヴェント』は学園都市に直接乗り込み、『左方のテッラ』は『C文書』を使って世界規模の学園都市反対運動を起こした。そして『後方のアックア』は自ら学園都市に直接乗り込み、正面衝突を選んできた」
しかし、最後に残った男である『右方のフィアンマ』は、彼らよりもはるかに大掛かりであった。
「……フィアンマ様の目的のためですよ」
「だから、それが分からねえんだよ。ヴェントは科学への憎しみから、その破壊を望んでいた。テッラは思想が統一されていない人間を、ローマ正教に染めることで『神聖の国』で争いが起こらないように考えた。そしてアックアは、この世界の騒乱を治めるために俺たちを排除することを考えた」
彼らは歪んでいたが、結局の始まりは、人を大切に思う気持ちから始まっていた。
だが。
「世界大戦なんて始まってしまえば、もはや誰が安全、なんてものはない。むしろ、今はローマ正教やロシア成教の庇護下にいた、魔術師を含めた人々が疲弊しているだけだ」
戦争とはそういうものだと、駿斗は思っていた。つまり、戦いを仕掛ける方は、当然ながら利益がコストよりも高いことを見積もるものだ、と。
しかし、今回の戦争は、明らかに採算が取れない気がする。
確かに、学園都市はその秘匿技術の全てを公開することが、要求事項には書かれている。それは、学園都市が学園都市として存在し続けることができている理由であり、もしもそれが世界中に公開されたら、学園都市は消滅するだろう。
だが、実際にはどうだろうか。学園都市は相手の予想をはるかに上回る性能の兵器で、数の有利を簡単に覆している。そして、ロシアはその広大な土地に散らばっている莫大な戦力を、小出しにして戦うことを余儀なくされている状態だ。
学園都市に住み、その異常な科学技術の一端に日頃から触れている、駿斗だから言えるのかもしれないが……啖呵を切って戦争を仕掛けたにしては、あまりにもお粗末である。
流れるようにそう言った駿斗に対して、シメオンが答えた。
「簡単なことにございますよ……。ただ、私たちがするべきことは、フィアンマ様の『右腕』の完成。そうすれば、主が、
しかし、彼らは揺るがない。分かっていたことであるが……駿斗は今一度、右手の杖を握り直した。
「ならば、もう話す必要は」
「ないようですね、残念ながら」
ゴォ! という音と共に、両者の間で攻撃が弾けた。
両者の攻撃が激突するその中を、駿斗は正確に避けながら駆ける。
シメオンに対処するために、駿斗が考えた答えはシンプルなものだ。それはすなわち、魔術による攻撃を引き金にして自動反撃がなされるというのであれば、物理的な手法で攻撃してしまえばよい。
「っッッッ!」
(念のため、防御術式を常時展開していてよかった……)
しかし、それでも完全に威力を殺すことはできず、腹部に重い痛みを感じた。
「水よ――」
「風よ――」
タデーとジュダが術式を重ね、増幅された雪の嵐が駿斗に殺到する。ユリヤが扱うような吹雪の術式だが、その威力は桁違いだった。
「吹雪の翁は捨て子を庇護する!」
ユリヤが呪文を紡いだその直後、駿斗の周囲に透けるほど薄い銀の毛布のようなものが現れ、その吹雪の術式を蹴散らす。
「サンキュ!」
駿斗はその守護の下で、木、火、土、金、水の五行相生を生かした術式を連続で生み出す。5色の弾丸を辺り一面に撃ち、一発ごとにその威力を向上させていく術式だ。
轟音が、冬のロシアの雪原に響く。
タデーとジュダはそれに対し、回避ができないと悟ると防御を展開した。そして、続けてシメオンの反撃術式が作動する。
(こいつら、シメオンの術式が増強されるように、あえてあいつの方向に俺の攻撃を受け流した!?)
そのことに気づき、驚く駿斗に向かって、シメオンがその体を酷使して駿斗の砲撃の中を突破してくる。
「くそ!」
駿斗の杖とシメオンの鋸が互いに打ち付け合う。その中で、ユリヤにタデーとジュダの魔術砲撃が雨あられと降り注いだ。
「ユリヤ!」
雪煙が晴れたその場所に、彼女はいなかった。シメオンはその隙に駿斗へ強力な一撃を叩き込むが、駿斗はそれを利用し、あえて吹き飛ばされることで威力を殺しつつ、距離を取る。
「大丈夫、です、駿斗さん!」
いつの間にか、駿斗よりも30メートルほど後ろにユリヤがいた。確か、彼女はあの攻撃を受けるまで『十二使徒』、駿斗と50メートルほどの正三角形を結ぶような位置関係だったはずだ。
(高速移動も使えたのか……!)
魔術師は自分の魔術に関してわりとおしゃべりではあるが、重要な手札は当然ながら黙って隠している。彼女もまた、そういった術式を隠していても不思議ではない。
安心するとともに、彼女が優れた魔術師であることを、あらためて認識した。後方支援であるとはいえ、この戦場で『十二使徒』相手に攻撃の相殺や防御、支援を行えるのは、彼女もかなり優秀な魔術師だ。
「(ユリヤ。まずはあの連携を崩す)」
「(分かりました)」
音波を操作して簡潔に作戦を告げると、2人は今までとは異なる動きを見せた。
駿斗は莫大な魔力をかき集めると、
駿斗が知り得る中で、純粋な威力では最強クラスの魔術攻撃。
宙に光で描かれる幾何学模様の魔方陣、その中央の裂け目から放たれるのは、かつて聖
「
現在フィアンマに囚われた少女の、かつての攻撃を生み出そうとしたところで……彼らの様子が変わった。なんらかの通信を受けたようだ。
「申し訳ありませんが、ここまでのようですね」
「待て!」
駿斗はそのまま光線を放ったが、彼らはそれを3人がかりで受け止める。
「それでは」
その言葉と共に、彼らのいる場所が爆発した。
「くそ……あらかじめ、逃走用の術式を組んでいやがったのか」
どうやら、最初の交戦は互いに戦果のない状態で終わってしまったようだった。。
集落を襲ってきた高射砲の動きが止まったことをきっかけに、プライベーティアはその戦意を失った。そして逆に、集落の人たちは戦意を高めた。
そのため、それからはあっさりと彼らを拘束することができた。もっとも、これはこの集落においてアサルトライフルという武器が、消火器よりも普及しているという戦力上の理由もあっただろう。さらに、アサルトライフルごときでは、最愛の
彼らは両手を上げたが、そうすれば助かると思っている時点で、自分たちがしてきたことの重さを理解できていないのであろう。……それでも、浜面の願いで一応シェルターの中に拘束されることとなった。
一時的かもしれないが、危機は去った。
そう思っていたのに。
「来てくれ! まずいぞ、さっきの連中どころの話じゃない!」
金属反応の反射を捉えるという旧世代のレーダーのモニターには、3つの点が映っていた。その影の大きさから考えると、地上を攻撃するための爆撃ヘリだという。
高射砲に比べると装甲は薄いが、その分速さがけた違いだ。専用の地対空携行ミサイルであっても、後ろから奇襲をかけなければ回避されるほどである。
その上、速さがあるということは、その分攻撃から逃げるのも難しくなる。さらに、宙を飛んでいる以上、今度は最愛や海鳥の能力は、まるであてにならない。
「またプライベーティアなのか」
「おそらくな」
正規の軍隊であれば複数の兵器を組み合わせるらしいが、プライベーティアには、そういったセオリーが存在しないのも特徴だった。
海鳥は、端正な顔を歪めた。
「大した執着心だこと。地下はどうだ?」
「もう使えないでしょうね。さっきの戦闘で、超傷んでいます。生き埋めにされますよ」
すると、ディグルヴは地図を広げた。
集落の南方には、森が広がっているらしい。枝や葉によってその姿を隠していけば、まとまらずに行動することでどうにかなるかもしれない。
まとまらずに行動すれば、獣の群れと思ってもらえるかもしれない――という甘い言葉を口にするが、それが建前であることは誰もが分かっていた。ようするに、この場から1人でも多くの人が生き残る手段を考えるのだ。
しかし、浜面はこう言った。
「……高射砲を使えば、勝てるかもしれない。建設重機はないか?」
その言葉に、誰もが懸念した。
つまり、彼は先ほど行動不能に追い込んだプライベーティアの高射砲を使おう、と言ったのだ。
「最悪、俺の乗る高射砲が吹き飛ばされたとしても、連中は『歯ごたえのある標的』を倒したことで満足して帰るかもしれない!」
ディグルヴの案内で、除雪用のショベルカーを動かす。出てきた高射砲はキャタピラこそ傷ついていなかったが、二門あるうちの片方の砲塔が歪められていた。
「命中率は格段に下がるぞ」
ディグルヴの言うとおり、そもそも戦車というのは、隊列を組んで行動するものである。それが対空兵器であればなおさらのことで、空一面に弾幕を張ることで、時速数百キロで動き回る戦闘ヘリを叩き落とすのだ。
ついでに言えば、もともと高射砲なんてものは、戦闘ヘリではなく軍事用観測気球を狙い落とすために開発されたものである。
しかし、そもそも浜面は拳銃と車両しか扱いを知らない状態で、ライフルのように熱線などを放つ能力者たちと戦ってきた身である。ここに『空を飛び回る』という条件がついたところで、圧倒的に不利であるのは元からのこと、と割り切っていた。
しかし、高射砲は基本的に1人では動かせない。指揮官の下、車両の操縦士と砲塔を操作して砲撃する係は最低限必要だった。通常ならば、5人ほどは必要だ。
浜面としては、これ以上ディグルヴたちを危険に巻き込みたくなかったのであるが、そうはいかなくなった。
「話を聞いた連中が、みんな揃って戦いたいとか言い出さないか、そっちの方が心配だな」
しかし、ディグルヴはそんなことを言う。しかも、
「おい。それなら俺にも手伝わせろよ。空軍基地所属だが、転属前にはこういった対空兵器の訓練も受けていた」
そう言ったのは、凍傷で苦しんでいたロシア兵だった。
「何が同じロシア軍だ、くそったれ」
見捨てられて当然の敵兵を助けた人物が、虫けらのように殺されそうになっている。それは、助けられた人からすれば、我慢ならないことだった。
この戦争の後、エリザリーナ独立国同盟に亡命してでも、この借りを返すことの方が、彼にとっては重要だったのだ。
「アンタは自分が思っているよりも、俺たちが巻き込まれるのを恐れているらしい。そういう顔をする人間を見殺しにはしたくない。そんな理由のためなら、正々堂々と戦える」
彼らは、共に敵から奪い取った武器である高射砲の方へ向かった。外国人傭兵部隊・プライベーティアが操る攻撃ヘリが、まもなくやって来る。
高射砲の戦闘となれば、自分たちに出番はない。必要以上にあの高射砲の中に詰めかけるのは、かえって操作の邪魔になるだろう。
そんなわけで、最愛も海鳥もフレンダも、攻撃ヘリが来る側とは集落の逆の場所で大人しく見張りをしているしかなくなってしまった。実際、この役目が必要なのかどうかも不明だ。
滝壺の手伝いをしようかどうかとも考えるが、ここで万が一、ロシアや学園都市の部隊が反対側からこんにちはしないとも限らない。特に、集落にある旧式の金属探知型レーダーでは、とてもではないが、学園都市製の軍用
自分自身にそう言い聞かせて、彼女たちは退屈な待機状態にいた。まあ、彼女たちの能力では、先ほどの戦車のように対応することは不可能なのだ。海鳥ならば
「はあ、集落はあんな状況だというのに、私たちはここで何をやってんだ?」
海鳥は、ため息をついてそう言った。実のところ、見張りという名の厄介払いである。
「超仕方がありませんよ、黒夜。必要以上に人員を駆り出せば、逆に統率された動きは取りにくくなります」
「それは分かってんだけどよ」
結局のところ、彼女たちがこのような役回りになっているのは、至極単純な理由――彼女たちが、まだ13歳であるためであった。
「ったく、あいつら。人を見た目だけで判断しやがって。あんなアホどもより、こっちは相当に修羅場を潜り抜けてんだぜ?」
「まあそうですが、こちらはあくまでも能力を前提とした戦闘が超中心になっています。そもそも、学園都市ではこんな針葉樹林の中で超戦うことはありえません」
「私も、拳銃や小型携行ミサイルはヘリに届きそうにないって訳よ」
「たしかに、そういったセオリーなら、あの集落の素人共のほうが知っているだろうけど」
海鳥は好き勝手言っているが、彼女からすれば、国によって多少迫害されるくらい、まだ楽だと思っているくらいである。まあ、イカれた科学者たちの手で10歳にも満たない子供が人格を無理矢理捻じ曲げられる、などということに比べれば、この戦争はまだ精神的に耐えられるものなのだった。
と、その時。
ゾワリ、と。
何か
いつの間にか、彼女たちの目の前に、3人の男が立っていた。
(こいつら……どこから現れやがった!?)
目の前に広がるのは、冬のロシアの雪原だ。そこに、隠れることができる遮蔽物など、ほとんどないはず。
しかし、確かにその男たち3人は目の前25メートルほどに現れた。
近代兵器で武装した軍人たちが闊歩する、このロシアの平原には似つかない恰好であった。修道服を着ていたのだ。もしかすると神父の類なのかもしれないが、宗教に疎い彼女たちにとって、両者の違いは分からなかった。
一見すれば、逃げ遅れたか、迷ってしまった教会の人に見える。
しかし。
(……なんだ、この違和感は)
最愛も海鳥もフレンダも……目の前の存在に、頭の中で警鐘が鳴るのを感じていた。長かったかつての『闇』の中での経験が、そう教えていた。
「……学園都市の人間でしょうか?」
その中の1人が、突然言葉を発した。
誰が言ったのか分からないほどに、ぼそりとした呟きのようなものだったが、それに最愛が答えた。
「超その通りですけれど? それで、あなたたちは何者なんですか?」
只者じゃないことは、超分かりましたけれど。
一応、しらばっくれないように言い足して、最愛は彼らの出方を見る。
「学園都市……そうですか。私は、ローマ正教の者です」
その言葉に、最愛と海鳥の表情が一段と険しくなった。
ローマ正教。
表向き、魔術や『神の右席』及び『十二使徒』の存在については公表されていない。しかし『〇九三〇事件』の時に、学園都市を襲撃したのは『ローマ正教の一部の者の手で、科学的な能力開発を受けた者』であるという発表はされていた。もっとも、誰もが半信半疑であるが。
しかし、もしそうならば。
目の前にいる彼らが、まさかそうだというのであろうか、という結論を彼女たちは出す。
2人は同時に能力を発動した。
空気中の約78%を占める、原子番号7の元素Nの単体の分子、窒素。それを、攻撃性と防御性という対極の方法で、2人は制御する。
どのような武器を身に着けているのかは分からないが、彼女たちの前では個人で携帯できるレベルの近代兵器など、油断しなければ大した脅威ではない。
「つまり、私らとアンタは、敵同士ってわけだ」
「遠慮は、超不要ってわけですね」
その言葉を皮切りに、飛び出したのは、最強の能力者の一端を身に着けた2人だった。
2人とも、戦闘は近距離が基本になる。そのため、どのように敵が出てこようとも、間合いを詰めなければならない。
すると、1人……タデーは虚空から槍を取り出した。外部の人間が実際に使用した異能に彼女たちは驚いたが、しかしそこで足を止めるような真似はしない。
そもそも、彼女たちにとって物理的な槍など脅威に値しない。最愛の装甲には傷一つつかないし、海鳥の槍とはその長さも攻撃力も可愛いほどに低い。
そのはずだった。
しかし、そこから予想外の現象が起こる。
彼が振るう槍に合わせて、周囲の雪が解け、槍と化して襲いかかってきたのだ。その数、およそ10。
「黒夜!」
「大丈夫だ!」
最愛がその拳で次々と弾き飛ばし、海鳥の窒素の槍が雪の槍を斬りとばす。その合間を縫って投げられた爆薬が、敵の雪の壁に防がれる。
だが、それに続けてきたのは炎だった。業火が、巨人の腕のように振り回される。
「だぁああああ!」
海鳥が叫びながら、窒素の槍を噴射する。そのブーストによって横に紅蓮の柱を回避すると共に、その勢いで最愛を少しでも遠くへ吹き飛ばす。
彼女たちは、学園都市の能力者の中でも、特に戦闘向きの能力ではある。さらに、学園都市の『闇』で生きてきた経験からしても、高い戦闘力を誇る。
ただし、それはあくまで学園都市という科学の街中で築き上げてきた実績であった。
ロシアの平原のような、樹木と小さな建物以外には、ほとんど何もない、ビルも地下もないこの空間において、彼女たちは非常に不利な状況にあることを悟る。
(ここに来て、経験不足が出てくるかよ!)
海鳥は心の内側で毒づきながらも、その体制を立て直す。
ここで、拳銃を持っていないことが悔やまれる。意外に思われるかもしれないが、亜音速で鉛の弾丸を打ち出すことができる銃器は、能力が際立つあの街でも強力な武器であることには変わりない。
しかし、暗部を卒業した時点で、全ての武器は失ってしまっていた。というよりも、常盤台中学からの監視の目を潜り抜けて、武器を持ち込むのが難しかったのだ。一時的に潜入するならまだしも、日常的に持ち続けるというのは困難である。
「どうやら、風の能力を使うようですね。であれば、炎が有効な手ですかね?」
誰が言ったのかは分からないが、彼らは3人とも炎を連続で繰り出してきた。
(くそっ)
不利なのは経験だけでなく、ステータスの面からもそうであったらしい。どういう理屈であるのかは分からないが、敵は火も雪も自在に操っている。
おまけに、そのひとつひとつが並の
(どういう理屈だ!)
海鳥は声に出さずに叫んだ。
学園都市で開発される能力は、その下地に『
そのため、各個人が持つ『自分だけの現実』によってその能力は決まる。
木山晴生も複数の能力を使ったが、あれは『
長くなってしまったが、結論を言えば『多重能力』はありえないのである。
神谷駿斗はこの例外にあてはまるかのように感じられるが、その根底にあるのは『能力を感知・創造・行使する』力であるため、そもそものベースが違うのだろう。
つまり、
(くっそ、やっぱり学園都市の発表は大嘘じゃねェか!)
だが、いつまでも毒づいている訳にもいかない。
海鳥は窒素の噴射で数多の攻撃をかいくぐり、最愛の拳が敵の雪の槍を弾き飛ばす。だが、それを牽制にして、本命の炎の弾丸が雨あられと彼女たちに降り注いだ。
「超跳べぇ!」
最愛の叫び声に呼応して跳んだ瞬間、雪原が爆発した。大地を覆う雪に灼熱の弾丸が降り注いだため、急激に気化した雪によって水蒸気爆発が起きたのだ。
しかも、
(……通常の水蒸気爆発じゃ、ない!?)
その爆発にすら、謎の指向性が存在していた。
未知の攻撃に彼女たちは、なされるがまま雪原に叩き付けられる。
「テメェええええ!」
海鳥は地面に横たわったまま、両手を体の前に突き出した。
片手から生み出される窒素の槍は、どちらとも3メートルほどの大きさだ。しかし、両手から槍を生み出す際の窒素の気流を操ることによって、その槍を巨大な1本のものに合体させることもできる。
滑腔砲という武器がある。要するに砲身にライフリングが刻まれていない武器なのであるが、学園都市の
駆動鎧の場合、APFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)などを装填するのだが、海鳥の攻撃はそれと同じ原理である。
すなわち、破壊対象に向けて高い圧力をかけて物体を切断する。
ドバッ! という音が響くとともに、雪原が裂けた。
「はあ、はあっ……!」
肩で息をする海鳥の前へ、壁になるように最愛が立つ。
彼女たちは、巨大な窒素の槍が雪原を切り裂いた時にできた雪煙の中を見据えていた。
正直なところ、これ以上の戦闘続行は難しい。しかし、彼らをこの先に進ませると、浜面達が危険になる。
神経を研ぎ澄ませて次の攻撃を待ち構える彼女たちであったが、そこで声が聞こえた。
「すみませんが、これ以上時間がないようです。では、今度はお会いすることがないよう、祈っております」
その言葉を最後に、彼らの気配が消える。
視界が確保できた時には、そこにはただ何もない雪原が広がっていた。