「参ったわね」
野戦病院というよりは、歴史ある石造りの建物の中に医療器材だけを持ち込みました、という感じの建物だった。
ベッドの上にいる女性はあちこちに包帯を巻いていたが、それを差し引いても、スレンダーというよりは骨と皮しかなさそうに見えるほど痩せた肉体と、色白というよりは病的に青いといったほうがふさわしいほどに赤みのない肌は、不健康な感じを一層際立たせていた。
エリザリーナ。
独立国同盟がその名を冠している女性。
「……回復魔術をどうにかしたいなら、まず真っ先に私自身をどうにかしたい状況なのに」
「す、すみません」
「頭を下げる必要はないわよ。そもそも、私は休む必要はないと言っていたのに、側近の手で強引に緊急手術を受けさせられただけなのだから」
その中で、浜面は首を傾げた。
カイフクマジュツってなんだ?
(RPGみたいな回復魔術ってことか? いや、でも医療関係だと……開腹? でも魔術ってなんだ、そんな専門用語でもあるのか?)
浜面が混乱しているその横で、最愛と海鳥もまた険しい顔つきをしていた。
「(魔術……つまり、オカルトの存在を肯定するようなことを、こいつはさらっと言いやがった)」
「(何も知らなければ、単なる迷信の一言で超済ませてしまうところですが……)」
なぜなら、彼女たちには思い当たる節があったからである。
「「(……黒夜(私)の腕を取り戻したあれは、やはり魔術ということに(超)なるのでしょうか(だろうか)?)」」
――そう。
彼女たちは、実際にその現場を見ている。
その時には、駿斗から魔法陣のことを全力でごまかされてしまっていたが、当然ながら疑問に思っていた。
つまり、
(駿斗兄ちゃんは、学園都市の『闇』に少し入り込んでしまっただけでなく、それとは別の『何か』にも超関わっている……)
(それが魔術ってことは、ほぼ確定だな。それならば、ありとあらゆる現象が起こせるということにも納得がいく)
少し誤解がありつつも、各々で納得がいく結論を出す2人の少女。
「結論を言うわね」
一通り診たエリザリーナは、2人の患者を順に指さして言った。
「そっちのジャージの子は何とかなりそう。そっちの小さい子は難しそう。以上よ」
「……、」
そう言われても、
「魔術と言っても分からないわよね」
その言葉に一方通行を除く4人が首肯すると、エリザリーナは適当な調子で続けた。
それが実在するかはさておいて、昔から薬草や鉱物など、現代では毒物とされるものも含めて、それらを扱ったという伝承は数多く残っている。
その魔術や儀式に実際の効力があったかどうかはさておき、そのようなものを扱ってきた以上、少しずつ毒素を体に慣らしていく方法や、体内にたまった毒素を抜く方法は考えられてきた。
「ジャージの子と小さい子は、それぞれ症状が違う」
打ち止めは、エイワスが存在する限り、恒久的に毒素を注入され続けているような状態だ。そのため、一時的な対症療法では根本的な解決にはならない。
しかし、滝壺の場合には、あくまでもこれまでに服用してきた『体晶』が溜まっているだけである。そのため、『体晶』の成分である物質を抜いてしまうだけでも、それなりに体調の改善が見込めるのであった。
その言葉に、浜面は思わず涙を浮かべながら滝壺の体を抱きしめ、それに戸惑いながらも滝壺もその背中に腕を回す。その様子を見て、フレンダも滝壺に明るく声をかけ、他の3人の表情も晴れた様子になった。
その一方で、学園都市最強の
ここでも、打ち止めを救うための手掛かりは見つからない。
ここに来るよりも前の彼であれば、激しい焦りと恐怖に身を焼かれていたか、あるいは地団駄を踏んで、何でもいいから打ち止めの治療をやれと暴れていたかもしれない。
しかし今、彼の中で急速に何かが変わりつつあった。
彼は懐の羊皮紙を出してエリザリーナに読み解くことができるかどうかを訊き、そのまま立ち去った。
「当てはありそう?」
「なけりゃ見つける」
彼はそう言ってその場から立ち去ると、
一方は、学園都市によってつくられた、最強の怪物。
一方は、クローンの少女たち全ての悪意を押し付けられた存在。
そんな最悪の2人は、これからの運命を覆すため、手を取って戦いに出る。
そこは、何もない雪原だった。
元々存在するもの自体が少ないのだが、そこに加えてフィアンマがいる施設の周囲にある建物が、徹底的に取り払われていた。それは、近づく者を速やかに発見し、ミサイルで迎撃するためのものであった。
その迎撃範囲の一歩手前ギリギリのところで、当麻は雪原の中にある低い丘に空いた、直径2メートルほどの穴を覗き込んでいた。
「……あるもんだなあ」
これは、フィアンマ……というよりは、ロシア成教が用意した秘密基地である。
その中は壁際に一定間隔で電灯が並んでいたため、歩くのに困ることはなかった。
50メートルも歩くと、貨物列車の発着駅に辿り着いたが、そこには誰もいなかった。当麻は金属製レールに手を触れてみるが、そこからはひやりとした感触が伝わってくる。
「振動は全然ないな。ディーゼルの匂いもしない」
それはすなわち、近くにはいない、ということだ。ひょっとしたら、もうすでに運ぶべきものは運んでしまった後なのかもしれない。
すると、ここから40キロ離れた場所まで移動しなければならない訳であるが。
「分かった、分かりました。私にひとつ提案があります」
レッサーは『鋼の手袋』を肩に担ぎ直しながら言う。
「おんぶしてください」
「ぶっとばすぞこの野郎」
そんなやり取りを交わしながらも、目的地に向かって歩き始めた2人であったが、その直後。
ゴッ! という爆砕音と共に、前方の通路の雪でできた天井が崩落した。
あっという間に通路が塞がってしまった。それどころか、崩落はそのまま続けて当麻たちの下へ迫ってくる。
「ヤバい! とにかく出入り口まで戻ろう!」
「言われなくてもそのつもりです!」
当麻の右手が、天井を支えていた魔術的なものを消してしまったのか。あるいは、フィアンマからの素敵なアトラクションか。
分からないまま、全力で駆け抜ける。
当然ながら崩落の方が早かった。しかし、もう巻き込まれる、というところで2人の体は出口の外へ飛び出した。
(た、助かった……?)
そう感じた次の瞬間、当麻は崩落の原因を目にすることとなった。
「学園都市の砲撃かよ!」
倒れたままのレッサーの襟首を掴み、横穴の入り口だった丘の斜面へ押し付けた。
周囲から五感の許容量を超えた光と音が、2人を襲った。未だに目と耳が正常にはたらいているのか疑わしくなるほどだった。
爆風に煽られた体は宙を舞い、当麻の意識が30秒以上も断絶した。
「レッ……サー……」
だが、傷ついた自分の体をいたわっている余裕もなかった。ギャラギャラギャラギャラ! というキャタピラの重たい音が響いてきたからだ。
(学園都市の機甲部隊……!)
そこへ、ようやくロシア側からの砲撃が始まった。最初の攻撃で戦力を削がれてしまったのか、先ほどの爆撃に比べると心許ないが、それでも1発でも当麻の体は吹き飛ばされてしまう。
「(……チャンスです!)」
いつの間にか、間近にレッサーがいた。
当麻がいる場所の防衛に、ロシア軍が出てきた。それは、フィアンマが自分で動きたくない理由があるからだ。
ならば、このどさくさに紛れて基地に向かうことができれば、一気にフィアンマの下まで行くことができる。
しかし、実際にやる方法が見当たらない。レッサーは学園都市の
学園都市の駆動鎧は、危険な作業だけでなく、
当然ながら、超自然的な現象に対してエラーを起こしたりなどしない。生じた現象をありのままに捉え、そして正確に分析・判断を行い『対処』する。
「(……レッサーッ!)」
「(お褒めの言葉なら、ベッドの中で頭をなでなでしてもらいながら聞きますよ)」
当麻の制止の言葉も聞かずに、彼女は移動してしまった。
しかし、彼女の他にも懸念がある。
そもそも、フィアンマのいた場所には200人以上の魔術師がいたはずだ。
彼らを投入すれば、学園都市の軍勢も抑えることができる。いや、魔術という物理法則を超えた現象ならば、1人なら先ほども言ったように対処は可能であるが、複数の敵が一斉に不可解な現象を起こした場合、そのコンピュータがはじき出す答えが、最適解になる保証はない。
つまり、数をそろえていれば、十分にこの駆動鎧たちを押し返す力になるはずなのだ。
「(何でみすみす学園都市を招くようなやり方で『温存』する必要がある?)」
当麻はそう口にした。それは、あくまでも自分の心の中にある疑問を整理するための、単なる呟きであった。
だが、そこに答えがあった。
『ん? 決まっているだろう。重要な右腕を持ったお前を招くためだよ』
当麻の服の中。そこに、小麦粉でつくられた小さな人形があった。
エリザリーナ独立国同盟でフィアンマと対峙した時、フィアンマはその力を見せつけておきながら、サーシャ=クロイツェフだけを確保して引き下がった。しかし、彼の実力なら、そのまま当麻たちと戦ってもお釣りが来たであろうにも関わらず、だ。
泳がされていた。
そこに思い至った時には、地面からゴッ! と震動が響いてきた。
ロシア兵を尋問して情報を聞き出した
その代わりに、仲間のロシア兵の服をはぎ取って、その中にブロック状の牛肉を詰め、有刺鉄線で縛り付けた姿を、薄暗い倉庫で意識を戻した兵士に見せるのだ。そうすれば、兵士は服を着た牛肉ブロックの人形を、仲間の惨殺死体と思いこんでしまう。
「詐欺の手法は昔から変わらねェ。正常な判断能力を与える隙を奪うことだ」
「けけ。お優しいことで。
「お嬢ちゃンにゃ刺激が少なくて物足りなかったか?」
「いいやぁ。ミサカ、人を騙すの大好き☆」
しかし、そうやって聞き出した話の内容は、おかしなことばかりであった。
ロシア軍はこの大戦の乗じて、目の上のたんこぶだったエリザリーナ独立国同盟に対し、大規模な空爆を実行する予定だったはずだ。しかし、そこにあえてスパイを潜入させた理由が分からない。
「元々、撤退予定だったスパイたちは、数時間前に急きょ居残りを命じられた。しかも、それに合わせて追加のスパイまで潜ってきた始末だ」
「わお。まるでミサカたちがこの国にやってきたのに合わせたみたい」
そういう見方もできる。
しかし、それにしては彼らは簡単に術中にはまりすぎていた。つまり、能力者という者に対する理解が、いくら外部の人間であるとはいえ不十分だったのだ。したがって、一方通行はもともと自分たちを狙ったわけではないと考えられる。
そして、彼らの任務は盗撮だったという。本格的な空爆の前に、施設内部から機密文書を持ち出し、所定の場所まで運ぶこと。具体的な指示は、モニタの向こうから逐次とばされる予定だった。
ならば、その指示をする予定だった誰かさんならば、この羊皮紙の解読方法を知っているのだろう。軍の施設を襲ってでも、その内容を吐かせる必要がある。
「ミサカ、そういう自分勝手な展開に、いろんなところが
だが、そんな重要なやり取りをしているところで、一方通行の視界が大きく揺れた。
いや、彼の視界が揺れているのではない。
これは。
その現象に一番初めに気が付いたのは、フィレンツェの市民団体の男性だった。
歴史的な遺産を保護するため、古い教会の前で仲間たちと集まっていた。しかし、その守るべき教会から、突如として鐘が備え付けられた尖塔が抜き取られたのだ。
比喩ではなく、その尖塔は本当に宙を舞っていた。それを見た彼は、自分の常識の何かが壊れたことを感じた。
その時。
フランスのモン=サン=ミシェル修道院から、巨大な尖塔が引き抜かれた。
その時。
イタリアの聖マリア教会から、複数の柱が抜き取られた。
その時。
インドの聖ヨセフ教会から、荘厳なパイプオルガンが飛び出した。
現在、地球上にいるローマ正教徒は20億人以上。その長い歴史の中で、各々の場所、各々の土地ではそれぞれの文化・風土に影響を受けながら、様々な個性を持つ建造物がつくられてきた。
その中でも、特に重要とされる部品が、一か所に集まる。
すなわち『聖なる右』を持つ者の下へ。
ゴッ! という爆音と共に、当麻の体が上昇した。その地面が、突如として宙に浮かんだのだ。割れた地面の境目の向こうで、レッサーがこちらを振り返って呆然としていた。
「なん、だ……ッ!?」
上昇する地面の上に乗っていた
辺りが白い霧に包まれ、空が青く変わった。
(雲の上に……出た!?)
当麻は周りを見渡した。
城のような『本体』が中央に存在し、四方へ長い橋が伸びていた。しかし、それは中央とはいっても、その形状はひとつの側だけが歪に長かった。進行方向を『前』とするならば『右』に当たる部分だけが。
含み笑いすら交えて、右方のフィアンマはこう告げた。
『では歓迎しようか。俺様の城、「ベツヘレムの星」へ』
半径数十キロにも及ぶ巨大な物体が宙に浮かんでいる。下手をすると、学園都市がそのまま宙に浮かんでいるようなものかもしれなかった。
当然ながら、このような巨大な物体が宙に浮かんでいたことなど、神話の中でしかないだろう。
史上初、ということ。歴史が塗り替えられた、ということ。
当麻は、その事実にめまいがする思いがした。しかし、心は折れなかった。
やるべきことは変わらない。フィアンマを倒し、インデックスの遠隔制御霊装を破壊すること。
それを今一度確認すると、当麻は一度短く息を吐いて立ち上がった。
いきなり上空に投げ出されたため、高山病のような状態になってしまわないか不安であったが、その心配はなさそうだった。どうやら、この要塞は特殊な結界でも張られているのか、地上と同じ条件が整備されているらしい。そういえば、浮かび上がった時の雲の裂け方が不自然だった。要塞の周囲に、特殊なフィールドでも張られているのかもしれない。
適当な壁へ右手を押し当てると、オレンジ色の亀裂が走って周囲1メートル程度が砕けた。しかし、それ以上に崩壊は広がらず、そして砕けた破片は落下せずに元の場所へ戻り始める。
おそらくは『女王艦隊』と同じように、魔術的な構造がブロック状に別れているのだろう。その上、要塞には自動修復能力が備わっているようだ。
しかし、今までの経験からすれば、この手の再生を起こすための核が存在するはずだ。ステイルの『
その時、ゴッ! という爆音と共に、石の壁にガラスがはめられた窓の向こう側を、学園都市の超音速戦闘機が通り過ぎた。
その直後。
『必要なものは全て揃ったことだし、そろそろ脇役にはご退場願おうか』
右方のフィアンマは、静かにこう告げた。
『出撃だ、大天使「
ドンッ! と。
世界が夜へと転じた。
この星の空を彩る天の輝きを半回転させたのだ。当麻がこの大魔術を見るのは2度目であった。
『いいや、この場合はミーシャ=クロイツェフと呼んだ方が良いのかな?』
青き大天使が翼を振るうと、ロシアの空を席巻していた学園都市の無人・有人の戦闘機が数十機、まとめて吹き飛ばされていた。しかも、その先で水翼が途中で自壊し、その余波で山が一つ、丸ごと吹き飛ばされて行くのが見えた。
『科学サイドには色々と秘密兵器を開陳していただいたからな。魔術サイドとしても、そろそろ本気を出させてもらおうか』
そう言ったフィアンマは、『神の力』に『羊皮紙』を回収するように命令を出した。
彼の手元には、魔導図書館にアクセスができる遠隔制御霊装がある。しかし、そこには『天使』や『神の右席』など、一部の知識が欠けている。
それを補うための羊皮紙だ。
ブワッ、と駿斗の全身から、嫌な汗が噴き出した。
「どうしましたっ……!?」
怪訝な表情をしたユリヤが尋ねかけたところで、彼女の言葉が詰まった。なぜなら、彼らの頭上を聖遺跡の欠片が飛んで行ったからだ。
「魔術の秘匿も何もない……!」
魔術とは、一般的には秘密にされるべきものだ。しかし、それすらも気にしないという事は、フィアンマの行動がそれほどのものであるということを示していた。
駿斗は、遠見の魔術を編み出して、その様子を確認する。
「出来合いの魔術じゃあ、このくらいの距離が限界か……」
駿斗は、自分が映したものを見てそう呟いた。『
「フィアンマは、世界中の霊装、を集めて『何か』をつくる、ということ、でしょうか」
「恐らくはな……もしもこれが世界各地で起こっているのだとしたら、それを集めてできるのは」
「「神殿」」
それは、神聖な領域となる。そこにいるだけで、特殊な儀式が進行したり、力が強化されたりするような場所になるのだ。
(このために、フィアンマは『十二使徒』や部下、ローマ正教を使ったのか……)
駿斗は納得し、ユリヤもまた、遠くの様子を確認したようで呆けた表情をしている。
「魔術の歴史、が変わる……」
彼女が思わずつぶやいたように、これは歴史に残ることとなるだろう。第三次世界大戦の中でも、最大級の衝撃的事件として。
世界初、ということ。
学園都市では毎年当たり前のように新技術が開発されているが、ここまでの規模のものはあり得ない。何しろ、大きさ自体が学園都市に匹敵するほどのものだ。
そして、次の瞬間。
白銀の世界が夜へと塗り替えられた。
「な、なにが……これは、
突如として生じた超常現象にユリヤは戸惑うが、駿斗はすぐに気が付いた。
この感覚は、一度『知っている』。
「大天使『
「……まさか」
「ああ、そうだ。フィアンマの野郎、正真正銘の四大天使、それも後方を司るあの『神の力』を召喚しやがった。夏に起きた『
駿斗は事の大きさを改めて受け止めた上で、ユリヤに向き直った。
「ユリヤ」
彼は、雪の妖精のような少女に言った。
「君は、ここを離れて別にできることをしてくれ。俺は、これからあの天使を討ちに行く」
「――何言っている、んですか!?」
彼女が、今までにないほどの大声を出した。
「自殺行為、です! あれほどの力、では私の強引な『出没』、でもどうにもなりません。ただ、虫を払う、かのように、蹴散らされます!」
「それでも、行くよ。当てがないわけではないし。それに」
駿斗はそこで言葉を区切ると、ユリヤにこう言った。
「やっぱり、ユリヤは『妖精』だったんだな」
「っ!?」
ずっと気になっていた、彼女の特性。理論を無視し、過程をすっ飛ばしたような、強引な魔術。
しかし、それがお伽噺に出てくるような妖精であれば、話は別だ。彼女たちは『聖人』のように、存在そのものが魔術的な奇跡で成り立っているのだから。
特に決め手となったのは、転移だった。
「神出鬼没は『妖精』の特権だからな」
それが、彼女の特性。
十字教における『聖人』や、北欧における『ワルキューレ』のように、この世界には『生まれつき、肉体に魔術的な記号を持った人間』が存在する。
彼女もまた、そのうちのひとり。
「だから、ユリヤが戦力にならないか、というと違う。君のおかげで大いに助かったし、『十二使徒』と戦う上では、勝手だけど当てにしていた。でも」
あの天災に立ち向かわせるほど、駿斗は覚悟を決められてはいなかった。
「ようするに、俺の覚悟が足りない、ということなんだ。だから、すまないがここは下がって――」
その時。
2人は一斉に、雪の槍を放った。しかしそれは、土の壁に止められてしまい、敵に届くことはなかった。
「これは、随分と手荒い歓迎ですね」
「お前たちローマ正教には、いつも特別待遇を押し付けられてきたからな。たまには、俺の方からおもてなしをしてもいいだろう?」
シメオンの言葉に、駿斗は冗談交じりにそう答えた。しかし、その口調とは裏腹に、彼が抱く警戒心はこれまで以上のものだった。
ここで駿斗とユリヤを止められなければ、フィアンマの計画は大きく破綻する可能性がある。そんなわかりきったことを、『神の右席』の尖兵である『十二使徒』が許すはずがないのだ。
「
コォォ……と、この雪原に吹き付けるものよりも、さらに凍えるような吹雪が巻き起こった。それと同時に、彼女に雪のような半透明の羽衣が纏われる。
ロシアのお伽噺に登場する雪の精霊ジェド・マローズを軸にした、攻撃と庇護を同時に与える術式。従順を美徳とし、強情な者へ裁きを与える魔術。
本来『神の力』が召喚されているときは、その周囲にある水は全てその配下に置かれてしまうのであるが、彼女は自分の『妖精』の特性をもって、ごまかしているようであった。他人のものを勝手に借りるのもまた、妖精の専売特許である。あと、吹雪が嵐と同じように、『水』と『風』の混合属性であるからかもしれない。
「駿斗さん」
「どうした?」
「……先ほどあなたは、私を『神の力』との戦い、から遠ざけようとしていた、ようですが……私にも、魔術師、としての矜持、というものがあります!」
彼女はそれだけ言うと、その杯に魔力を通した。コォ! と音を立て、より一層強烈な冷気が吹き荒れた。
「ならば、ここで決着をつけましょう」
これ以上の言葉は、必要なかった。
次の瞬間、2つの陣営の間で、互いの攻撃が衝突した。