とある神谷の幻想創造 神の右席編   作:nozomu7

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次なる戦いへ

 木原数多は、懐から1枚のチップを取り出した。そして、それを一方通行(アクセラレータ)の目の前へと突きつける。

 

「ほら見ろ、あのガキに打ち込んだウイルスのオリジナルスクリプトだ! これがなきゃ、あのガキは絶対に助からねえ!」

 

 その言葉を言い終えるや否や、指先でそのチップをへし折った。

 

 木原数多は笑い声を上げる。

 

「ざまあみろ! 悔しかねえか、このクソガキィ!」

 

 一方通行は、立ち上がった木原数多に殴られた。そして、床に倒れたままのその体を蹴り続けられる。

 

 しかし、そこへ1人の少女が現れた。

 

「いた、あの子だ!」

 

 インデックスは少し一方通行と木原数多の方を見たが、すぐさま『天使』の核となっている打ち止め(ラストオーダー)へと駆け寄る。

 

「何だ? こっちは仕事中」

 

 その様子を見てインデックスを排除しようとした木原数多だったが、それを一方通行に阻まれる。

 

 一方通行は、彼女に一抹の望みをかけた。

 

(やっぱりこの子が全ての核だ。基本は天使の構築で、形のない天使の力(テレズマ)を人のイメージという袋に押し込めている)

 

 しかし、『ヒューズ=カザキリ』はあくまでも科学サイドだ。魔術の知識だけでは完璧には分からない。

 

 だから、インデックスはすぐに頼った。

 

「短髪、質問! 『脳波を応用した電子的ネットワーク』って何?」

 

 科学サイドの少女、御坂美琴に。

 

『えっと、発電能力者たちが、脳波を使って、電子的なネットワークを構築すること、かな』

「じゃあ、『学園都市に蔓延しているAIM拡散力場』っていうのは?」

 

 御坂は、目の前の猟犬部隊(ハウンドドッグ)に電撃を放つ。

 

『学園都市の能力者が発生させている力のフィールド!』

 

 電撃により一時的に強いノイズが走るが、それでもなんとか御坂の声はインデックスに届いた。

 

『御坂は一度、電話の方に超集中してください! こっちは私たちがやります!』

 

 最愛の声が聞こえる中、インデックスは考えた。

 

(要するに、街中には特殊な力が充ちていて、それを束ねるのがこの女の子で、この子の精神を縛ることで、特殊な力を捻じ曲げ、天使を作っているだけ……)

 

「それなら、この子の頭の中にある結び目をほどけばいいんだよ! でも、この考えを具体的な手段にするには……」

 

 彼女の隣では、一方通行が体を張って木原数多を食い止めている。

 

 電話の向こうでは、御坂が最愛と海鳥の2人と共に戦いながらも、自分が訊いた質問の答えを提示してくれた。

 

 みんなの助けを借りて、インデックスはこの悲劇を終わらせる手段をついに導き出す。

 

「……歌」

 

 単純な言葉よりも伝わりやすい。リズムを使って多重的にやり取りできる手段。1時間の説教を受けても泣かない人間も1分間の歌で涙を流さすことがある。何年も眠り続けた孤児の目を覚まさせた話もある。そして、神の怒りさえも鎮めた伝説も存在する。

 

 そして、『強制詠唱(スペルインターセプト)』や『魔滅の声(シェオールフィア)』といった方法を用いるインデックスにとっては、もっともなじみ深い手段だ。

 

『ちょっと、そんなアナログな方法で何とかなるわけ?』

「できるよ」

 

 魔術を知らない御坂が疑問の声を上げるが、インデックスは即答した。

 

「祈りは届く。人はそれで救われる。私みたいな修道女は、そうやって教えを広めたんだから! 私達の祈りで救ってみせる。この子も、ひょうかも、学園都市も!」

 

 十万三千冊の魔導書をその完全記憶能力によって頭に収納している『禁書目録』。その歌が学園都市に響き渡る。

 

 その声のすぐそばで、一方通行が幾度も立ち上がり、木原数多に挑んでいた。

 

「そうだよなあ、そんなに簡単に倒れちまったらつまんねえもんなあ! サービス精神旺盛で助かるぜ、一方通行!」

 

 両者が激突。

 

 先に木原数多が一方通行の顔を殴り飛ばす。

 

 しかし、力強く床を踏みしめてその反動を殺した一方通行は、木原数多の顔を殴り返す。

 

「響かねえぞ、小僧!」

 

 木原数多の拳を受けた一方通行が、再び床に倒された。

 

「よーし、調子が出てきた。もっと面白くしてやるから、もう少しやる気出してくれよ!」

 

 ピンを外された手榴弾が、一方通行の額に落ちて爆発する。

 

 それを確認した木原数多が笑い出すが、すぐにそれは止まった。

 

 立っている。一方通行が、だらりとした様子で立っていた。

 

 そして、その背中から黒い翼が噴き出す。朦朧とする意識の中で生み出されたその翼は、かつてないほどの破壊力を秘めていることを自然と連想させた。

 

 ただ、圧倒的な力。それが、今の一方通行だった。

 

「何、だよ……その背中から生えている、真っ黒な翼はァ!」

 

 木原は叫ぶが、それよりも早く一方通行によってその顔面を掴まれる。

 

(コイツ……『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』に、何の数値を入力した?)

 

 その体が、宙に浮かぶ。

 

(まさか、天使だのなんだの、あの力の正体は)

 

「ihbf殺wq」

 

 ノイズと殺意の混じった声と共に、木原数多は一瞬にしてビルの外へと飛ばされる。

 

 そしてあまりのその速さに、大気との摩擦熱によりその体は光となって消えた。

 

 

 

 

 

「幸せ、ですか……」

 

 当麻の叫びを聞いたアンドレが、その言葉を繰り返す。

 

「ああ、確かにこの右手は神様の奇蹟すらも打ち消してしまっているのかもしれねえ。だがよ、それでも俺の、いや、俺たちのために風斬が、みんなが協力してくれていて、支えてもらっているんだ! そんな友達がいるってこと自体が、とんでもなく幸せなんだよ!」

 

 当麻は、笑顔で言葉を返す。

 

 インデックスが当麻の右手の力を聞いた時、「その右手はあらゆる『幸運』の力を消してしまっている」と言っていた。その事実に多少ショックを受けた。

 

 さらに言えば、右手がなければ『疫病神』などと呼ばれることはなかっただろうし、両親にも迷惑や心配をかけなかっただろうし、魔術師と戦うことも、そのたびにけがを負うこともなかっただろうし、その他にもいろいろある。

 

 だが、それでも多くの『不幸』と関わって得られたものはあった。

 

 今までにたくさんの悲しみに会った。

 

 だけど、1つ1つはちっぽけでも、確かにその中で喜びに出会うこともあった。

 

 そして、数多くの人に出会えた。

 

 インデックス。御坂美琴。ステイル。神裂火織。姫神秋沙。妹達(シスターズ)。絹旗最愛。黒夜海鳥。風斬氷華。オルソラと、アニェーゼ率いるローマ正教のシスター達。

 

 挙げていけばきりがない。

 

 他人から見れば、費やしてきた労力とは割に合わないと感じるかもしれない。

 

 だけど、それが彼の『偽善』であった。

 

 目の前の人が傷つかない方が良い。誰かに寂しい思いなんてしてほしくない。そんな思いだけで幾多の戦場を駆け巡ってきた。

 

 そして、ここまで来た。絶対に信頼できる、親友と共に。

 

 だからこそ。

 

「分かっているとは思うが、改めて言うぜ。絶対に、俺たちの友達にも、この学園都市にも、これ以上は手を出させねえ」

 

 上条当麻は立ち向かえる。今も、そしてこれからも。

 

「『不幸』な俺が、こんなにも『幸せ』を感じられるこの場所は、絶対に壊させねえ!」

 

 当麻は駆ける。

 

 すでに霊装を失っているピエールは、すぐに後ろに下がる。後方支援に徹するつもりか、他の2人の影に隠れる。

 

 そして、その2人は逆に前進してきた。

 

 2つの風が放たれる。1つはアンドレの十字架から。もう1つはジェームスの貝殻から。

 

(魔術と物理攻撃を、同時に……!)

 

 当麻はすぐに体を横に飛ばす。

 

 しかし、それと同時に岩が飛んできた。すぐに左手の『硬化手袋(フリックグローブ)』で岩を弾くと、水でできた羽ペンのような剣を右手で打ち消す。

 

 そして、その勢いでアンドレの十字架に手を伸ばした。

 

 だが、アンドレは体を前かがみに丸めると、逆に当麻の腹に体当たりを喰らわせる。そして、すぐに離れるとジェームスの貝殻から再び攻撃が放たれる。

 

「くそっ!」

 

 当麻はその暴風を喰らってしまうが、あえてそのまま地面を転がることで次の攻撃を避けると、中腰のまま右拳を突き出す。

 

 その拳は綺麗にアンドレの頬へと叩き付けられた。

 

 しかし、とっさの行動だったのであまり威力が乗っていなかった。アンドレはすぐに当麻と距離を取ると、体勢を立て直してしまう。

 

 だが、それでも当麻は足のバネを解放すると、その勢いで、再び霊装に天使の力(テレズマ)を通そうするジェームスに迫った。

 

 ジェームスがその貝殻を前に突き出し、当麻がその右拳を振りかぶる。

 

「「間に合え!」」

 

 両者の腕が交差し、結果が示される。

 

 1つの瓦礫が当麻の横腹を直撃していた。

 

 だが、当麻の右手は貝殻を粉々に砕き、そのままジェームスを地面にたたき伏せていた。

 

(魔術の発動に間に合わなかった、か)

 

 当麻は、地面に崩れ落ちながら考える。

 

 ジェームスの魔術は、あくまでも収納したものを解放するだけ。例え『解放』した後でその霊装を破壊しても、解放したものの運動エネルギーはそのまま残る。

 

 当麻の拳があたる直前に魔術は発動し、しかし、解放した暴風が瓦礫を叩き付けるよりも早く霊装が破壊され、ジェームスが倒されたのだった。

 

 地面に倒れた当麻に、アンドレとピエールが近づいて来る。

 

(すまん、駿斗……)

 

 心の中で、親友に謝った。

 

(勝てなかった)

 

 しかし、その次の瞬間、アンドレとピエールが急に地面に膝をついた。

 

「撤退しますよ。すぐに。この学園都市から!」

 

 高速移動術式でも使ったのか、立ち上がると速やかに去っていくアンドレ、ピエール、ジェームス。

 

 当麻は地面に倒れたまま、その様子を見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

「この道は私が決めた」

 

 ヴェントは駿斗の言葉を聞いても、その戦意を曲げはしなかった。

 

「たった今話を聞いただけのテメエに、そうそう簡単に捻じ曲げられるはずがないのよ!」

 

 ハンマーが振るわれると同時に、莫大な風が彼女の周囲に集まっていく。それに応じるように、駿斗は莫大なAIM拡散力場を天使の力(テレズマ)を操るのと同じ要領で右手の杖の先に集めながら、一直線にヴェントへ突撃していく。

 

「ああああああっ!」

「うおおおおおおっ!」

 

 2人の咆哮が響き渡る。そして、彼らが最期に振り絞った力の塊が放たれる。

 

 今までにない轟音と共に、激突する。

 

 衝撃波が生じ、周囲の地面を抉っていく。だが、駿斗はそれでもその足に力を込めて地面を蹴り出し、進んで行った。

 

 ひたすらに、前へ。

 

 ただ、一直線にヴェントの下へ。彼女に最後の一撃を喰らわせるために、駿斗は前進を続ける。

 

 先ほどの『権天使(アルヒャイ)』の使用は、この状態では厳しいから、使えない。同じように、『神の力(ガブリエル)』も使えるほどの力は残されていないだろう。

 

 しかし、駿斗にはまだとっておきの武器がある。

 

 親友と同じ、『拳』という得物だ。

 

(学園都市が、風斬が抱えている危機的状況も。ヴェントが囚われている、科学への憎しみも)

 

 駿斗は、『幻想核杖(イマジン・コアロッド)』を放り出して駆ける。

 

(そんな幻想は、まとめてぶち壊す!)

 

 その右手を強く握りしめる。

 

「お前の弟に比べれば全然たいしたことはないだろうが、少しだけお前を救ってやる。弟の前で胸を張って『お姉ちゃん』でいられるように、もう一度やり直してこい。この大馬鹿野郎!」

 

 全体重をのせ、愚直なまでにまっすぐ突き出されたその拳がヴェントへと突き出される。拳を顔面から受けたヴェントが、地面に倒されて意識を失った。

 

 それでも、まだ終わっていない。やることがあった。

 

 駿斗は、すぐに彼女の十字架を破壊する。

 

「これでよし」

 

 『天罰』が解除され、学園都市にあった天使の力が霧散していくのを感じる。

 

 だが、その時莫大な魔力を感じ取る。それと同時に、ある特定の感覚も。

 

 駿斗はすぐにその場から飛び去る。するとその直後、ヴェントのいた場所で轟音と共に土煙が巻き起こった。

 

 しかし視界が奪われていても、その独特な感覚は1つの言葉を連想させるのには十分だった。

 

「まさか、『聖人』か……?」 

 

 砂煙が晴れた後に姿を現したのは、1人の男だった。

 

 青いズボンに、やはり青い十字架が描かれた、ゴルフウェアを彷彿とさせる服装。その衣装に身を包んでいる屈強な肉体が、ヴェントを抱えて現れた。

 

 堀の深い白い顔立ちをした男。その肉体には莫大な力が秘められていることが見て取れる。

 

「失礼。この子に用があったものでな」

 

 その口から流暢な日本語が紡がれたが、その言葉は必要なものだけがそろった簡潔なものだった。

 

「誰だ? ローマ正教にも『聖人』がいたというのは初耳なんだが」

 

 駿斗は、突如現れた敵に警戒しながら話す。

 

「後方のアックア。ヴェントと同じく、『神の右席』の1人である」

 

 確認がとれた駿斗は、すぐに自分の戦力を確認する。

 

(『権天使』も『神の力』も使えない。となると、正体不明(カウンターストップ)の模倣をしないとならないか?)

 

 焦りが募る。この状況で『聖人』と戦うのは最悪だった。

 

 しかも相手は、ヴェントと同じ『神の右席』の1人だ。2つもの素養を持っているアックアは間違いなくヴェントよりも強いだろうし、ということは、下手すると学園都市は今度こそ崩壊しかねない。

 

 しかし、その様子を見たアックアは言う。

 

「心配するな。今日の所はこれで引き返す」

 

 その言葉に駿斗は安心するよりも早く叫んだ。

 

「ヴェントを離せ! そいつの科学への敵対心はただの勘違いなんだ!」

 

 しかし、アックアは簡単に言った。

 

「ヴェントの闇が、そう簡単に打ち消せるものか。そもそもここでヴェントを離せば、科学サイドに捕縛され処刑されるであろう」

「ちっ……!」

 

 その言葉に、駿斗は舌打ちをすると、悔しそうに表情を歪めた。

 

 そんな駿斗に向かって、アックアは1つの十字架を投げた。

 

「これをくれてやる」

 

 それは、ヴェントの舌に付けられていた、鎖のつけられた十字架……『天罰』に必要な霊装だ。

 

「貴様に破壊され、もはやそれはただのガラクタだ。ヴェントはもう『天罰』を使えん。制圧された人間もすぐに回復するだろう。今はそれで、学園都市の平穏を守れたということで安心しておけ」

 

 アックアはそれだけ言うと、もはや用は済ませたといった様子で立ち去ろうとする。

 

「おい、待て!」

 

 駿斗は呼び止めようとするが、爆音とともにその体が消失する。

 

 彼はその後をしばらく見つめていたが、しばらくすると風斬に向かって行った。

 

 彼女の背中には、紫電の翼がまだ残っている。しかし、そこに初めの攻撃的な脅威はなかった。どちらかと言えば、それは風が吹けばすぐに消えてしまう(ともしび)のような印象さえ抱かせる。

 

「風斬!」

 

 その少女の背中に会った紫電の翼が消失していき、頭上に会った(ハイロウ)もすでになくなっていた。そして、まだわずかに残って周囲に降り注いでいた光の粉までなくなると、彼女はそのまま地面に倒れそうになる。

 

 しかし、倒れる前に駿斗が自在変換(マテリアルハンド)で地面の形状を変えてその体を支えると、すぐに風斬の下へ駆け寄った。

 

「風斬!」

 

 駿斗はその体を抱え上げると呼びかける。すると、少しうめき声を漏らした後に、彼女が目を覚ました。

 

「良かった。無事だったか……」

 

 一度何らかの干渉を受けて変わってしまっても、風斬の様子が再び元に戻ったことに安堵する駿斗。だが、彼女の表情は優れなかった。

 

「ダ、メ……ですよ」

 

 風斬は、駿斗の後ろに広がる、破壊されつくした街並みを見つめていた。

 

「何で、こんなことになっているんですか」

 

 彼女が震える声で言った。

 

 ――全部、自分のせいなのに。

 

 自分がここにいなければ、街が破壊される事もなかった。だというのに、どうして自分だけが無傷なのだ。

 

「結局、私って何なんですか!? 能力者の人達の力のおかげで、ようやく存在できる化物なのに。折角あの子に『友達』って言ってもらって、それで少しは人間らしくなれたと思ったのに!」

 

 結局は、周りの人々を傷つける化物のままだった。

 

 だから、風斬は言った。

 

「もう、あの人の右手で私を終わらせてください!」

 

 駿斗はその言葉に目を見開き、少しだけ顔を俯かせる。

 

 そして、言った。

 

「良かった。安心したよ」

 

 ――え? と風斬は予想を裏切られ、表情を変えた。

 

「やっぱり、風斬と『友達』になれて良かった」

「なんで……」

 

 風斬の言葉に、駿斗は答えた。

 

「あいつなら、『そんなことをするくらいなら右手を引きちぎった方がましだ』とか言いそうだから? ま、あいつのそういうとこは昔から変わっていないだろうし」

 

 駿斗は、親友のことを考えながら言う。

 

「お前は自分がどんな目に合っていても、それでも周りの人たちを守ろうとしてくれていた。それだけで十分だ。もっと自信を持って良いんだよ」

 

 だからさ、と言葉を続ける。

 

「今度はいつまたお前と出会えるか分からないからさ。とりあえず今はインデックスや当麻と合流しようぜ。あ、なんで、とかは言うなよ? 俺たちは友達なんだからさ」

 

 

 

 

 

「大丈夫なの? 背中のあれは天使の力(テレズマ)に酷似していたけれど……」

『こら! で、結局どうなったのよ? あのデカい羽はなくなったみたいだけど?』

 

 修道女は医者を呼びにオフィスから飛び出していった。一方通行はそれをぼんやりと見送る。

 

 外の騒動が収まっているのを雰囲気で察するが、電極のバッテリーが切れ、ここの防衛に力を使い果たした彼は、体も頭ももうまともに動かせない。

 

 一方通行の意識は途切れそうになり、それに逆らわずに目を瞑ろうとするが、その時頭の中に声が響く。

 

『一方通行、お話がありますが、よろしいですか』

 

精神感応(テレパス)か。わずかだが、演算能力も戻っている)

 

『その通り。複数の精神感応系の能力者を用意しております』

 

 その言葉の後に、彼らは『交渉』を開始した。

 

 一方通行が引き起こした学園都市の損害。それについて彼には『借金』がたまっている。

 

『我々と行動を共にしませんか?』

(学園都市は戦争でも始めるつもりか?)

『お答えできません』

 

 ふざけんじゃねェ、と一方通行は吐き捨てる。

 

『学園都市は、ここが正念場なのです』

 

 仮に学園都市が完全に消えた場合、能力者たちの居場所はない。他の独自の技術に関しても同様だ。

 

(1つだけ教えろ)

『なんでしょう?』

 

 一方通行には、これだけでも聞いておかなければならないことがある。

 

(今回の首謀者の名前だ。あのガキをこんな風に扱った人間の首を切り落とす)

『構いませんが、どうせスケープゴートですよ。で、どうしますか?』

(好きにしろ)

『良いお返事です』

 

 暴徒鎮圧用のゴム弾をその身に浴びた一方通行が、連れられて行く。

 

 最強の怪物を、再び学園都市の『闇』が呑み込んでいく。

 

 

 

 

 

 ヴェントを回収したアックアは、『十二使徒』のピエール、アンドレ、ジェームスと学園都市の外で合流した。そこに、アックアへ通信が入る。

 

「テッラか」

『ええ、そうですよ。「左方のテッラ」です。そちらは終わりましたか?』

 

 通信先からは、男の声が聞こえてくる。

 

「ヴェントがやられた。『使徒』たちと共に今回収して、学園都市周辺部の別働部隊を下げさせたところだ」

『ご苦労様です』

「次はどう出る。なんなら、私が標的の首を切り落として来ても構わんが」

 

 アックアは言う。同じ組織に属するものが倒されているのにもかかわらず、その言葉は淡々としたものだった。

 

『やめておきましょう。そちらの話を聞いた上で、どう学園都市を落とすか、考えを練り直した方が良さそうです』

 

 ヴェントは失敗した。しかし、それでも彼らには学園都市を、そして上条当麻と神谷駿斗の2人を攻撃しなければならない理由が残っている。

 

「学園都市を落とす、か」

『気に入りませんか?』

「小細工は苦手だ。倒すべき敵は真正面から叩き潰した方が楽に決まっている」

 

 それがアックアなりの流儀であった。

 

 しかし、テッラは続ける。

 

『どうにでも利用価値があるとは思えませんかねー? 例えば、あの堕天使とか。何より、幻想創造(イマジンクリエイト)はまさに我ら「神の右席」にはうってつけでしょうしねー』

「戦場での略奪行為には賛同しかねるぞ」

『さすが、騎士様は言うことが違いますねー』

 

 その言葉にアックアは少しだけ昔の記憶を思い起こすが、しかし、すぐに言った。

 

「騎士ではない。私は傭兵崩れのごろつきである」

『ま、ともあれヴェントを連れてさっさと引き返してくださいねー。こいつは「右方のフィアンマ」からの指示でもあります』

「了解した」

 

 そう言って通話を切ったアックアは、一度立ち止まり後ろに広がる学園都市を見つめる。

 

(果たして学園都市は貴様が思っているほど貧弱な存在なのかね……左方のテッラ)

 

 

 

 

 

「おはよう、アレイスター。1つ君に言っておくことがあるのだけれどね?」

 

 その翌朝、学園都市の病院内にある一室から、冥土返し(ヘヴンキャンセラ-)は電話をかけていた。

 

 通話の相手は、学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリー。

 

『何だ?』

「僕の患者と教え子をオモチャにするのは止めてもらいたいんだ」

 

 一方通行と打ち止め。彼らは今回、アレイスターによって利用され、弄ばれた。

 

『聞かなかったらどうする?』

「僕は、あの子達の医者なんだ。……アレイスター、君が何であれ、ここを曲げる事は出来ない。アレイスター、分かるだろう? 僕の覚悟がどんなものか」

 

 カエル顔の医者はそこで一度言葉を区切ると、穏やかに、しかしはっきりと告げた。

 

「かつて僕に命を救われた、君ならば」

 

 かつてイギリスの片田舎で史上最強最悪の魔術師が、瀕死の状態であるのに遭遇した。その彼を治療して英国から匿い、生命維持装置を作り、日本に逃がして『学園都市』を作る手伝いをした。

 

 それが、彼らの関係。

 

 医者と患者という関係だった。

 

『後悔しているか』

「本気で尋ねているのかい?」

『遠隔操作で生命維持装置を止めるなら今しかないぞ』

「僕を馬鹿にするならいい加減にして欲しい」

『そうか』

 

 アレイスターはそれでも笑う。

 

 今までの長い人生で、彼は様々なものを敵に回してきた。数えきれないどころか、魔術業界では全てが敵と言っても差支えないだろう。

 

 しかし、ここに来てさらに敵に回すものがいたとは……。

 

『だが、私の意思は変わらない。貴方はその理由を知っている筈だ。だから、私は止まれない。もうその段階は過ぎている』

 

 だから、決別する。

 

 やるべきことが彼にはあり、そしてその障害となるのだというのならば。

 

『お別れだ。優しい優しい私の敵』

 

 最後となるであろう、彼らの通話が切れた。しかし、その医者はそれでもその瞳に強い意志の光を灯している。

 

(忘れていないかい、アレイスター。君だって、僕の患者の1人だって言う事を)

 

 

 

 

 

 この日をきっかけにして、科学と魔術からなるこの世界は、その亀裂を深めていく。

 

 そして、それは最終的に1つの激突へと向かう。

 

 その中心に巻き込まれた2人の少年は、しかしそれでも、これまで以上の激闘の中に身を投じて行く。

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