戻った日常とその裏で
「購買へ急げー!」
授業が終わり、教室から生徒たちが一斉に飛び出すと廊下を駆けて行く。その様子を横目に見ながら、当麻と駿斗は弁当を取り出した。
そこへ1人の少女が近づいて来る。
「むむ。なんだか今日は。珍しい」
姫神秋沙だった。
「またうまそうなものを持ったやつが来たなー」
「ただで分けるおかずはない。やるならトレード」
彼女は当麻の前の席に座ると、当麻の机に弁当を広げた。駿斗も同じように、当麻の後ろにある自分の席で弁当を広げる。
「むむ。煮汁がご飯ゾーンに侵入している」
当麻の弁当を覗き込んだ姫神が呟いた。
「こ、この煮汁が染み出たのがうまいんだぞ」
「……負け惜しみ?」
「違うっ!」
そんなにぎやかな様子を横目に、駿斗は箸を進めた。
(全く、この平穏がいつまで続くものなのか)
駿斗は、弁当の中身を右手に持った箸で口に運びながら、空いている左手で携帯電話をいじった。インターネットを使って、ニュースサイトを開く。
そこには、海外――特にローマ正教が主に信仰されている国・地域で学園都市に対する抗議活動が始まる兆しを見せている、との情報があった。
そのサイトを見て、駿斗ははあ、とため息をつく。
ここまでは彼の予想通りだ。
先日、9月30日には学園都市のゲートが破壊され、何者かが侵入した。そして町の全域の住人が学生教職員その他問わず片っ端から『攻撃』され、治安維持組織である
そして、学園都市はこのことについて『国外の宗教団体が秘密裏に科学的な超能力開発を行っていて、そこで開発された能力者たちが襲ってきた』と発表。
その一方で、ローマ正教側は『学園都市は科学によって「天使」を作り出そうとしている。これは宗教に対する冒涜だ』などといって、公式に対立の立場を表明した。
まさに一触即発の状態。
駿斗にはそんな気がするのだった。
(しかし、『前方のヴェント』ね)
ローマ正教の最暗部『神の右席』。『十二使徒』という部下を引き連れて現れた、その一員。
『前方の』とわざわざ名づけられているということは、『左方』『後方』『右方』も存在するのだろう。
(この間のインデックスの話だと、『前方』『黄』『風』を司るのが『
彼女は4人の内の1人に過ぎない。おまけに、二大天使の力を持つ『
(単なる出力の上昇だけじゃなくて、いくつか対抗できるだけの術式を考案しておかないと)
そう考えた時、鈍い音が聞こえた。
駿斗が思考を中断してそちらを見ると、姫神が当麻にボディーブローでKOされている場面であった。
「おいっ!? 急にどうしたんだ?」
駿斗は慌てて声をかけるが、姫神は首を手で抑えながら教室から飛び出していってしまう。
「当麻、大丈夫かー?」
当麻は依然として、そのまま床にかがみこんでいた。そこに、1人の少女が近づいて来る。
「……何やってんだか」
「「吹寄……」」
頼れる我がクラスの女傑、吹寄制理が仁王立ちしていた。彼女はそのまま当麻の机の上に座ると、パンを食べ始める。
「「……で、お前はどうしていつもそんなのばかり食っているわけ?」」
彼女はいかにも味気なさそうなパンを食べていた。
「味気ないなんてことないわ! おいしいわよ」
「「『脳を活性化させる十二の栄養素が入った能力上昇パン』……?」」
そんな話をしていると、購買の戦争に勝利したクラスメイト達が戻ってきた。
「……でさ、今度の広域社会見学なくなるかも、ってさ」
「一端覧祭に影響しないだろうな?」
「そうそう! 警備員の先生たちが対策練るから、中間テストどころじゃなくなるってさー」
「本当?」
全員がそんな話をしている。その様子を3人は複雑な表情で見つめていた。
テストを潰してでも、警備員が対策を練る――つまり、それだけ先日の事件は学園都市にとって大きな傷跡を残した、ということだ。
そして、その中心にこの2人の少年は巻き込まれている。
「戦争、か」
吹寄が呟く。
「まいっちゃうわよね。だって、戦争が始まったらお肉とか野菜とかの値段が上がっちゃうんでしょ? あと、石油とかも」
彼女の言葉に、2人は黙り込んだ。
一般の学生にとっては、結局は『その程度』の認識でしかない。そのことを確認したからだ。
対して、彼らは自分たちが直接戦う側なのだ。
しかし、この流れをいったいどうやったら止められるのか――
「ちょっと、アンタたち。何急に黙っているわけ?」
吹寄の言葉に、駿斗たちは思考から現実へ戻される。
「い、いや何でも? だったら、今のうちに鍋とか食べておいた方が得なのかなー、みたいな」
当麻が慌てて言葉を返す。
「お、おう。そうだな。俺もそういったものを食べておいても良いんじゃないのかなーみたいな」
「そうだけど……」
そこに、デルタフォースの残り2人がやってきた。
「あれ、かみやんにはやとんまで。今日は鍋にすんの?」
「いやーすき焼きだったら、安くてうまい店知ってるぜい」
その土御門の発言によって、その話が教室中に拡散する。
「何? お前ら今日鍋にすんの?」
「うまい店の一人占めとは許せませんなあ」
「つーか、なんで急にまた鍋なわけ?」
教室内が急に騒がしくなった。その様子を、駿斗たちは唖然とした様子で見ている。
「あれ? いつの間にクラスみんなで晩御飯食べに行く話になってんの?」
「諦めろ、当麻。これが俺たちのクラスだ」
駿斗が若干嬉しそうな表情をしながらも、ため息をつきながら言う。すると、その様子を見ていた吹寄が、おでこを見せるように髪をまとめ、教壇に立った。
「吹寄おでこデラックス!?」
彼女は黒板にでかでかと『今晩の鍋』と書くと、
「さあ、この私が面倒を見てやるから、さっさと清き一票を入れなさい!」
クラス総選挙が始まった。
「「「いただきまーす!」」」
放課後、夕方になって駿斗たちクラスの全員がすき焼き屋に集まった。
もちろんインデックスまで参加して、鍋の中から次々と食べ物が消えていく。
そんな中、小萌先生は疲れたような表情をしていた。
「保護者の皆様から『もし戦争が起きたら学園都市は危ないから、子供を返してほしい』っていうお問い合わせが増えているのですよ……」
彼女にしては珍しく、生徒に愚痴をこぼしていた。
「え? そんな話になっているんですか?」
「まあ、心配なんだろうな。自分の子供が戦争に巻き込まれたりなんかしたら、たまったものじゃないだろうし」
当麻は疑問を呈するが、駿斗はあたかも予想通りといった感じに受け流してしまう。
「(しかしそうすると、親のいない俺たち『
あいにく、駿斗は自分と同じ境遇で育っていく子供たちを見捨てるつもりはない。だから、仕方のないことにしても『親から捨てられた子供だけが危険にさらされる』という結果となることには、眉をひそめるのも当然のことであろう。
「まあ、さすがに学生が戦争に駆り出されることはないだろうけどなー」
「そう? 貴重な戦力でしょ?」
吹寄が疑問を呈するが、駿斗は言った。
「能力者なんて、その存在自体が機密情報の塊だっつうの。そもそも、長期休みに実家に帰る
『実家』というものが学園都市内にある『置き去り』の施設である駿斗も、夏休みに一度学園都市の外に出ているので、その辺りの事情は知っている。
「ましてや、戦争なんかに駆り出されたら、いつその情報の塊が盗まれるか分かったもんじゃねえ。能力を持っているとはいえ何の訓練も受けていない学生が戦争で戦えるとは思えないし、自分の子供が戦争に駆り出されたと知ったら、この後自分の子供を学園都市へ預けようと考える親が激減してしまう」
駿斗の言葉に、吹寄は納得したような表情になった。
(ま、俺たちは自分から飛び込んでいくことになるだろうが)
駿斗はそう考えながら、親友と目を合わせた。
これから起こる戦い。それに向けて覚悟をしなければならないからだ。
「しっかし、メニューを見る限りやと、まだ値段は変わっとらんようやね」
青髪ピアスが言った。
「ああ、そうだな。まあ、仕入れの段階では既に上がり始めているのかもしれないが」
「つまり、今のうちに食っとけっちゅうことやな。あ、そーれ!」
青髪ピアスは、鍋の中から肉を箸で取り出す。
「あ、テメー、肉ばっかとりやがって!」
そこへ、インデックスが飛び込んでくる。
「とうま、はやと! お肉お代わり!」
「テメエ、シスターなんだったら、肉がなかったら野菜を食べるくらいはしろやー!」
駿斗はシスターを押さえつけ、自分の鍋の中に残っている肉を死守。シスターとのすき焼き争奪戦が幕を開けた。
結局、追加注文が必要になったのは言うまでもない。
追加注文が来る間まで、駿斗と当麻は少し外へ出た。
ビルが立ち並んでいたが、視線を少し上へと上げると、クレーンが見える。それらは、9月30日のあの騒動――『〇九三〇事件』において破壊されたものを立て直しているのだ。
「戦争、か」
当麻が呟く。
先ほどまで見ていたように、この街で暮らしている学生たちは、まだ笑いあうことができている。
しかしその一方で、先日の事件で多くの人が傷つき、多くの物が破壊されたことも、また事実である。
ローマ正教と学園都市の衝突。
魔術サイドと科学サイドの戦い。
それを止めるためには、『十二使徒』を率いる『神の右席』と戦っていかなければならない。しかし、その戦いが起こるたびに先日のような被害が出れば、勝ったところで多くの物を失ってしまうだろう。
だが、戦いそのものを回避する機会は恐らくもう失われている。
ヴェントは、ローマ教皇が直々に抹殺命令書にサインをした、とそう言っていた。それはつまり、ローマ正教徒20億人にとって、当麻と駿斗の2人が明確に『敵』になってしまったのと同義だ。
残りの『神の右席』は恐らく3人。そして、『十二使徒』はまだ健在だ。
「……何とかしないとな」
そう言った時、「かみやん、はやとん」という聞き慣れた声がした。声のあった方を振り向くと、土御門が立っていた。
「これから起こる戦争が、全部自分のせいだって思うのなら、大間違いだぜ。お前たちはこれまで、周りの連中を守ってきたんだ」
土御門が言う。
「そう、かな……」
「戦争が起こったのは、裏方がしくじったからだ」
だが、駿斗たちが戦争の要因の1つとなっているのは事実だ。
「始まるぞ」
決定的なその言葉を、土御門が言った。
「戦いの規模が変わる。今のままで、これから先の局面を潜り抜けるのは難しい」
「そうだな」
当麻は右手を、己の武器を見つめた。
「むしろ、今まで何とか潜り抜けてきたことが奇跡的だったんだ」
「だろうな。俺は何も知らなかった。世界のことはおろか、自分が育ったこの街のことさえも」
駿斗が言う。
「知らないからって、知らないままでいてはいけないんだ。何も知らなかったら、俺が気づかないうちに何か取り返しのつかないことが起こっているかもしれない。いや、本当はそのことを俺たちはとっくに知っていたはずだったんだ。最愛と海鳥が使われた『計画』然り。
今までのことを思い返し、駿斗は言う。
「俺は今まで甘えていたんだ。自分の知らない世界のことを、全部他人に任せていた」
「でも、それじゃあこれからはだめだ」
駿斗の言葉を、当麻が引き継ぐ。
「俺は今まで知らなかった世界に、足を踏み入れて行かなくてはならないんだよ」
当麻は拳を握りしめた。
「駿斗、土御門。俺は決めた」
真剣な表情で、当麻は言う。
「かみやん」
そして、当麻は宣言した。
「俺は、これから英語を勉強するッッッ!!」
……はい? と駿斗と土御門の目が点になった。
「そりゃあ、今まではみんな日本語で合わせてくれていたけれど……」
そう話し始める当麻に対し、駿斗と土御門は「なぜこのタイミングで英語……?」と何とも言えないような表情になる。
しばらくすると、土御門は当麻に一撃拳を喰らわせてから、どこかへと行ってしまった。
『演習NO.42、開始します』
弾が切れるとマガジンを杖を突いてない左手だけで取り替え、顎も使って弾を装填、再び銃を撃つ。
チョーカーの電源を入れない限り、杖を突かなければ立つことすらままならない。だから、全てを片手でやるしかないのだ。
だが、遅い。
こんなに遅いのでは、『仕事』に支障がでる。
(使えねェ)
一方通行は心の中で悪態をつく。
そして、それが終わった後、後ろを振り返らずに声をかけた。
「何の用だ、変装野郎」
その言葉に、後ろから人影が現れた。
「自分なりに気配ってやつを絶ってみたんですけどね」
「海原光貴、だったか」
「顔も名前も偽物ですけどね」
そう言って海原は苦笑する。
一方通行は彼の本名を知らなかったが、それでも『違和感』を感じてはいた。この男に近づくたびに、胸に何とも言えない圧迫感を感じるのだった。
「武器の方は決まりましたか?」
「しっくりくるものはねェな」
世界中の銃を集めても見つかんねェかもな、と一方通行は話す。
ついこの間に、能力だけではこの世界に対抗できないことを彼は思い知っている。この暗部組織『グル―プ』の技術部の手によって、能力使用可能時間が15分から30分へと延長されたものの、時間制限があることには変わりないし、能力を使用しているからといって『最強』ではないことは2度の敗北で分かっている。
「15分だろうが30分だろうが、時間制限があることには変わりがねェ。故障したから戦えません、じゃ生き残れねェだろォが。要件はそれだけか?」
「統括理事会から我々『グループ』に、仕事のオーダーが入りました」
海原はそう言うと、歩き出した。一方通行は、その少し後ろを歩く。
今、学園都市は9月30日の事件――『0930事件』を引き起こした犯人であるローマ正教との戦争のため、準備を進めている。
実際、そのための戦力として一方通行も『闇』に落とされたのだ。
「しかし、その『対ローマ正教用』に重点を置くあまり、内側への防御が手薄になりつつあるのも事実です。今回は、その隙をついて学園都市の機能へ打撃を与えようとしている勢力を一掃します」
その主犯は、武装無能力集団――スキルアウト。
学園都市全体のおよそ1%を占める、学校にも寮にも戻らない路上生活者の武装集団であり、無能力者の集まりだ。
「彼らが今作っているオモチャ、樫の木材をくり抜いて、側面に塩化ビニール製の羽を取りつけて加工したものの中に爆薬を詰めた直径5cm、全長70cmのロケット兵器。所謂、『棒火矢』が確認されています」
『棒火矢』とは、江戸時代の試作兵器で、飛距離はせいぜい2000m、しかも飛ばすだけ。先端に高級品のプラスチック爆弾でも積まない限り、何の脅威にもならない。
だが、それも要するに使いようであり、これを多少の下準備をした状況下だとするならば、話は変わる。
この数日間で、災害時の誘導経路附近に多くの自転車を放置したり、VIP施設の出入り口周辺の排水溝にゴミを詰めて塞いだり、と言った工作が行われている。
正直、保安上の問題としては取り上げるまでもないただの悪戯のレベル。
「グループってのは、ガキの後始末まで請け負ってンのか?」
一方通行が悪態をつく一方で、海原は説明を続ける。
設置された『エラーにする必要性の低い問題』はすでに2万件以上。そして、平時では放っておかれるようなものであっても、
『棒火矢』を起爆させ、
「じゃあ、警報を解除すれば良いだろォがよ」
「今が戦争中でなければね」
一方通行の言葉に、海原が答えた。
「内も外も敵だらけ、か。学園都市ってのは、よほど多くの人間から恨まれているみてェだな」
「そう言う人々をなんとかするのが、我々の仕事です」
ゴミ収集車に送られて、一方通行は『初仕事先』に送られる。
「何でゴミ収集車なンだよ」
携帯電話で、つまらなそうに聞いた。
『何かと便利なんですよ。死体の処分などもありますから』
その場所に着くと、一方通行はゴミ収集車から降りる。
『20分後に来ます。では、お気をつけて』
通話が切れる。一方通行は、顔をしかめて呟いた。
「勝っても負けてもあれに乗るわけか。生身か死体かはさておいてなァ」
彼は歩きながら、周囲を見渡す。そこには、有刺鉄線と木の板でつくられた柵や、ビルとビルの屋上の間に張られている布があった。
それらは、警備ロボットと人工衛星からの監視に対抗するための小細工だ。
懐かしい空気を一方通行は感じ取る。その時、携帯電話が震えた。
「土御門か」
『そろそろ初陣だと思ってな。お前に1つ忠告しておくことがある』
「忠告ときたか。内容は何だよ、先輩」
彼は鬱陶しそうに応じた。
『俺たちのことを信じるな』
土御門は、淡々と続けた。
彼らは、表にその存在がばれた時点で問題になるような連中の集まりである。そのような集まりにおいて、普通のチームとしての考えは通用しない。
「この俺がご褒美でも期待していると言いたいのかァ?」
『統括理事会をが定めたルールに従っているだけじゃ、あいつらを出し抜けない。その上で勝つにはどうしたらいいか、認識しておけよ。……俺もお前も、守るべきものを持っているんだからな』
「要件はそれだけかよ」
『早いとこ終わらせて帰ってこい。結標のほうも、そっちのほうでそろそろ仕事を終えて帰って来るだろうしな』
仕事だと? と一方通行が聞き返したとたんに、爆音とともに風が起こる。
「競争とは聞いてねェンだけどな」
『あいつが狙っているのは人じゃない。金だ』
「つーかアイツ、まだ使い物になったのか」
その『あいつ』はかつて、一方通行の拳によって吹き飛ばされ、入院を余儀なくされている。また、彼女は優秀な能力者である反面、トラウマも抱えており、不完全なままなのだった。
『お前と同じだよ。補強している』
そォかい、と言って電話を切った一方通行は、首にあるチョーカーに搭載された電極のスイッチを入れる。
「お片づけだ。10分で終わらせてやる」
一方で、結標は順調に仕事をこなしていた。
「これで9か所。歯ごたえが足りないわね」
彼女は現在、能力に対するトラウマへの対抗策として低周波治療器を使用している。そのため、自分の転移は未だに抵抗があるが、他の物体の転移は普通にできるようになっていた。
その時、彼女の前に大柄な男が立ちはだかる。
「少しは加減してほしいものだな、能力者」
「……駒場利徳」
厳つい筋肉を安物のジャケットで覆う、ゴリラのような大男。
しかし、その巨体を見た結標は不敵な笑みを浮かべた。
「あらまあ、こちらが先にターゲットとぶつかってしまったわ」