「驚いたな。まさか本当に腕を捥がれるとは。」
「おの・・・れ。」
血溜まりに倒れ伏す亡霊、清水茂は目の前の鬼道祓を睨みつけていた。しかし、鬼道祓は左肩の先が千切れていながら余裕があった。
「腕は・・・ダメだな。これでは繋がらん。想定より時間を取られたか。」
「行かせると、思う、のか。」
「やめておけ。せっかく残してやった命だぞ?お前にはまだやってもらうことがある。」
指一つ動かない体に怒りを覚え、無理矢理に動かそうとする。
「
刀を握り締め、立ち上がる。その姿は満身創痍でありながら相手に恐怖を覚えさせる。
(彼の逃げる時間は稼ぐ!)
目に見えない抜刀。かろうじて袈裟斬りであることが分かるその一撃から流れるように次の一撃に繋げていく。
対して鬼道祓は短刀で受け流す。片腕がないことで状況は変わる・・・はずだった。
一際甲高い音が響いた。鬼道祓が自分の首を狙っていた凶刃を弾いていた。
体勢が崩れたその一瞬で距離を縮め、防ぐことすら許さない速さで足を振り抜いた。壁に叩きつけられ体から何かが折れる音が辺りに響いた。
「ッッ!」
声を噛み殺し耐えようとするが既に限界を迎えていた体はついに動かなくなった。
その姿を見た鬼道祓は短刀を仕舞いその場から離れた。
広い地下空間を望月瞳は走り続けていた。途中から手間だと思い目を起動し続け、職員の心を読み目的の人物が居たであろう部屋を見つけたが、既にもぬけの殻だった。誰かに連れて行かれたのか、自分からどこかに逃げたのか。
長い廊下を走っているとおかしなモノを見つけた。血塗れのドア、その部屋には。
(これは、職員?)
無残な姿の、肉塊と呼ぶべきものかあった。奇妙な事にかろうじて見えた職員の口は笑みを浮かべているように見える。足元をよく見れば奥の部屋に血が続いていた。
ゆっくりと足音を消して奥に進み、耳を澄ませる。
電気が消えた暗い部屋からは呻き声と荒い息遣いが微かに聞こえる。
(何も見えない?まさか!)
覚悟を決め、声を出す。
「九十九君?そこに、居るの?」
返事は返ってこない。呻き声と荒い息遣いだけが聞こえる。壁を手探りで触り、電気をつける。明るくなった視界に広がったのは異形となった少年の後ろ姿だった。
「ッ!」
肥大化し、鉤爪がついた右腕。反対に細く長く伸びた鞭のような左腕。両腕を繋げている胴体も体毛に覆われた筋肉質なモノになっていた。足は今も変形を続けており、吐き気を催すような歪な進化を遂げつつある。背中越しに見える頭だけは前に見た黒髪のままだったことで判断できた。
一瞬の動揺。それをすぐに押さえ込んでもう一度声を掛ける。
「九十九君?聞こえる?私だよ。望月瞳。少し・・・近づくね?」
一歩踏み出す。相手に伝わるように今度は足音が聞こえるように。
「えっ、と。大丈夫?今は、話せる?」
微かに身を捩ったのを確認する。
「苦しいの?もしかして喋るのも辛い?」
声掛けを続ける内に気づけばすぐ後ろに来ていた。
「体に触るよ。嫌だったら、首を横に振って。」
少し待っても動く様子はなく。背中に手を触れると、ぐらりと揺れて床に転がる。仰向けに倒れたことでようやく見えた顔は、苦痛で歪んでおり、今にも叫び声を上げてもおかしくない。慌てて近づき応急処置の準備をする。
「大丈夫!?」
呼吸も不規則で安定していない。予め用意していた符を使い術式を起動させる。
(外傷は見当たらない。・・・誰か来ている?)
微かに聞こえる声。他の職員か別行動中の味方の声か。
注意を向けつつ顔を見れば多少楽になったのか少年の目が薄く開く。
「九十九君!見える?もう大丈夫だから。」
その言葉が届いたのか安堵の表情が浮かぶ。しかし、少年はすぐに目を見開き、望月瞳の後ろに飛び掛かる。
「待って!まだ動い、たら、」
考えうる限り最悪のタイミングだった。
(どうして?)
「どうして、貴方がここにいるんですか。鬼道主任!」
未だに回復しきっていない少年の前に左腕のなくなった鬼道祓が立っていた。
「思っていたよりも動けるな。符術だけでここまで回復するのか?いや、余力を残していたか?」
「答えて下さい!」
ホルスターから引き抜いた銃を構えて声を張り上げる。
「少し声を抑えてくれないか?傷に響く。」
「そんなことは聞いていません。」
「俺がどうしてここにいるか、だったか?清水の相手をしていたせいでコレの回収が遅れたからだ。」
「九十九君は私達が保護します。」
「はあ・・・時間の無駄だな。」
「その体で、戦うつもりですか?」
「この程度なら問題ない。」
話が終わったと思ったのか異形の体がブレる。視認が困難な速さで襲いかかる。
望月瞳も出遅れたものの足を狙って発砲する。傍目から見ても回避は厳しい二人の攻撃。それを鬼道祓はどこを狙っているのか初めから知っているかのように弾を避け、片手で襲いかかる巨体を投げ飛ばした。
「一君!」
「お前に興味はない。少し寝ていてもらう。」
迷いは一瞬。対象の全身を視界に収め全力で力を行使する。
「後遺症の一つは覚悟して下さい。」
「なに?」
モスキート音にも似た不快な高音が鳴り響く。それは妖しく光る目、魔眼の力を解放した合図だった。
「なる、ほど。読心は術式ではなく、魔眼の力の一つか!」
動きの止まった隙を見逃さず銃を構え、呼吸を整える。
(大丈夫。急所を外して、拘束できる程度に弱らせるだけ。)
もう一度足を狙って発砲する。
(当たった!)
そこに起き上がった九十九一が再び襲いかかる。左腕を巻きつけ変形した太い足を叩きつける。並外れた身体能力から繰り出される一撃をくらい血を吐きながら鬼道祓は床を転がり動かなくなった。
「瞳君!」
そこに如月誠と染谷燈が到着した。