現在、木場の先導で俺とイッセーは旧校舎の廊下を歩いている。その間、お互いに無言だ。イッセーは何回かこちらに話しかけようとする素振りを見せていたが、結局話しかけてくることはなかった。おまけに木場も何故だかわからないが言葉を発しようとしない。
そんな中、俺は表面上はポーカーフェイスで無表情を取り繕っていたが、内心ですごく焦っていた。
―――やっべぇ、向かってる先から感じられる魔力強すぎだろ……。
目的地と思われる旧校舎の一室から、これまでに感じたことのないほどの魔力の反応を二つほど観測したからだ。本物の悪魔だからそれなりに魔力も高いとは思っていたが、まさかこれほどとは思わなかった。俺の素の魔力は低すぎて比較対象にもならないかもしれないが、その数百倍以上は軽く超えていると思う。というか絶対超えてる。しかも片方は魔力からして何か変だし。どこか禍々しいというか、恐ろしい印象を受ける。なんというか、触れただけで俺なんかは消し飛ばされそうな魔力だって、ああそうか、これが『滅びの魔力』とかいうやつか。なるほど、魔力の特性としての『滅び』なのね。んー……。実は密かに
というか、そんな危なそうな魔力を体に内包してよく普通に生活できるな。感情が高ぶるだけで魔力制御は乱れるんだが……。体表面に漏れ出して、うっかり何かに触りでもしたら大惨事だろうに。それほど魔力制御に長けてるのか、それとも悪魔は自分の意思以外で魔力が外に漏れないとでもいうのか?
まあそんなことは今はどうでもいいか。今重要なのは、俺たちがそんな危ない魔力の持ち主であるリアス・グレモリー先輩のところに向かっているという事実だ。前会った時はレイナーレに殺されかけた後だったからグレモリー先輩には気を向けてなかったけど、こんな怖い魔力持ってるならあの時しっかり魔力探ってればよかったと思う。後悔しても遅いが。
と、俺が後悔しつつも表面上は無表情で木場の後ろを歩いていると、その部屋に到着する。かかっているプレートには『オカルト研究部』と書かれていた。中からはとても大きな魔力が二つと、それらに比べたらかなり小さく感じる魔力が一つ―――って、
「(やっべぇええええ! 塔城さんもそういえばここ所属だった! 心の準備できてないってぁぁああああ待って待って木場お願い待ってー!)」
俺が内心で狼狽しているうちにも、木場がノックをしてから扉を開けた。慌てて無表情を意識する。
そうして見た部屋の中は電気が点いておらず、その代わりいくつものロウソクに火がつけられていた。おまけに部屋の至るところに、今時一般人でも騙されないだろう胡散臭いアイテムが飾られている。俺が抱いた感想は、「なんだこれ」だ。
そんな部屋の真ん中、ソファに腰掛けて羊羹を食べている塔城さんの姿が目に入る。その途端、俺の意識から怪しげな部屋の内装なんてものは消し飛んだ。羊羹を実に美味しそうに食べている塔城さんを見て、そういえば最近羊羹食べてないなぁ、なんてずれた思考が頭をよぎる。今度持って行ってみようかな……。接点作りにはいいかも? いやいや、よく考えろ。どうやって誘うんだよ。
「な、なんだこの部屋は……」
隣でイッセーが呟いたセリフで、俺はハッと現実を思い出した。思わず緩んでいた表情をがんばって無表情に戻す。見られてない、よな?
「ぉ? ……こ、この子は!」
「彼女は一年の、塔城子猫さんだよ」
イッセーが塔城さんを見て叫び、それに木場が答えて塔城さんを紹介した。その言葉を聞いて塔城さんがこちらに目線を向ける。
「こちらは、兵藤一誠くんに竜灯来那くん」
そんな塔城さんに、木場が俺たちを紹介する。それを受けて静かに頭を下げる塔城さん。
「ああ、これはどうも」
そう言って返したイッセーに追従するように、俺も軽く頭を下げておく。塔城さんは俺たちを―――心なしか俺の方をじぃっと見つめたあと、何事もなかったかのように元の体制に戻って羊羹を食べ始めた。……? なんだったんだ?
疑問に首をひねっている間にも事態は進行していたらしく、何やらイッセーが騒ぎ出した。
「リアス先輩! やはりだ! なんて素敵な部室なのだぁ」
そう言って部屋の隅に設置されているシャワールーム(で、いいのかな)を煩悩丸出しの顔で見つめるイッセー。おい、流石にその顔は自重したほうが……。
「……いやらしい顔」
塔城さんが静かに呟く。うん、さっきのはダメだと思うぞイッセー。
そう言われたイッセーは塔城さんの方を振り向く。が、既に興味がないのか塔城さんはイッセーの方を向かずに羊羹を食べている。
「あらぁ」
不意に、そんな声が聞こえてきた。俺とイッセーは二人してそちらを向く。
「あらあら、うふふ。あなた方が、新しい部員さんですわね」
そう言いながら俺たちの前まで来たその黒髪ポニーテールの女性は、大きく頭を下げる。
「初めまして。私副部長の姫島朱乃と申します。どうぞ以後お見知りおきを。うふふ」
そう言って笑う彼女―――姫島先輩。絶滅危惧種の黒髪ポニーテールで、大和撫子を体現した究極の癒し系にしてリアス・グレモリー先輩と並ぶ駒王学園の二大お姉さまの一人。
「あぁ、兵藤一誠です。こちらこそ初めまして……。―――なんて素敵な部活なのだ」
そんな姫島先輩に顔を赤くしながらイッセーが自己紹介をした。最後の方は何やら煩悩まみれの、いやらしい顔をしていたが……って、俺もしないと。
「竜灯来那です。こちらこそ、以後お見知りおきを」
姫島先輩の言葉に習って、少しかっこつけて挨拶をしてみた。意外と恥ずかしいなこれ。そう思いながらも相変わらず表情は変えない。塔城さんもいるし、かっこ悪い顔をしたくないからな。がんばって無表情を維持する。
「お待たせ」
そんな時、シャワールームのカーテンを開けながらグレモリー先輩が出てきた。そして髪をタオルで拭きながら、イッセーの方を向いて言う。
「ごめんなさい、あなたの家にお泊りしたままだったから」
「い、いえ。お気にせず……」
イッセーがグレモリー先輩の方を見ながら返す。その言葉を受けて、グレモリー先輩は笑顔で告げた。
「さあ、これで全員揃ったわね」
とりあえず座って頂戴、と言われたので、俺たちはソファに腰掛ける。とは言っても隣同士ではなく、対面だ。俺の隣には塔城さん、イッセーの横は姫島先輩。木場はイッセーの座っている後ろに立って控えている。……なぜにこのような席で座るよう勧めたのですか姫島先輩。正直すっごい気を遣うんですけど……!
遠すぎず、近すぎずな位置に腰を下ろす。変に近かったり遠かったりすると、相手に失礼だろうからそうしたけど、俺個人の心情としては恥ずかしいのでもうちょっと離れたかったりする。
俺たち二人が座ったのを確認してから、グレモリー先輩が言った。
「私たちオカルト研究部は、あなたを歓迎するわ」
その目線は、明らかにイッセーの方を向いている。……あなた、ってことは、俺は歓迎されてないわけか。そう思いながらも、目線はグレモリー先輩の方で固定しておく。
「は、はぁ」
イッセーが生返事を返した。まあ、そりゃそうだよね。いきなり歓迎するなんて言われても、どう反応すればいいのかわからないよな。
「でも、『オカルト研究部』は仮の姿。私の趣味みたいなものなの」
「は? そ、それはどういう……」
続けて言われた言葉に、イッセーが思わず疑問符を浮かべる。
「単刀直入に言うわ。私たちは悪魔なの」
そう言ってから、グレモリー先輩はイッセーに非日常のことを説明しだした。俺は知らないが、昨日イッセーが襲われたらしい黒い翼の男―――堕天使についてや、悪魔について。そしてそれらの対立関係や天使陣営も合わさって三つ巴の争いなど。
普通の一般人なら、これらは妄想の一言で切り捨てるだろう。事実俺だって原作を知らなかったら信じないだろうことばかりだ。
現に、イッセーはまるで信じた様子はない。そんなイッセーに焦れたのか、グレモリー先輩がイッセーに対する切り札を切った。
「天野夕麻」
「なっ」
その名前を聞いた途端、イッセーが表情を変えた。
「忘れたわけではないでしょう? デートまでしたんですもの」
そう言われたイッセーは、両手を膝の上で握り締めながら言葉を発する。怒りを我慢しているような、静かな声だ。
「ど、どこでその名前を聞いたのかは知りませんけど、そのことをオカルト云々で話されるのは困るって言うか……。正直不愉快なんで。済みませんけど……」
そう言いながらイッセーは立ち上がる。帰るつもりのようだ。そんなイッセーに対し、グレモリー先輩は腰掛けていた机から一枚の写真を取り出してイッセーの前に放った。テーブルを滑ってイッセーの目の前まで来たその写真を見た途端、イッセーは目を見開く。
「―――夕麻ちゃん……!?」
「彼女は存在していたわ。確かにね」
驚くイッセーに、グレモリー先輩は続けて言う。
「この子よね? 天野夕麻ちゃんって」
「そ、そうです! でも、どうやってこれを……」
頷いて、イッセーがは疑問を発する。だが、グレモリー先輩はこれに答えずに話を進めた。
「この子は―――いえ、これは堕天使。昨夜あなたを襲った存在と同質のものよ」
「で、でも! 松田や元浜だって彼女のことを覚えてなかったし、ライ……竜灯だって、そういう素振りを見せなかった! 携帯のアドレスだって……!」
「力を使ったのよ」
ヒートアップしていくイッセーを止めるように、グレモリー先輩が言う。ってかなんで俺の名前のとこでつっかかるの? 普通に名前で呼べばいいのに。
「私があなたのご両親にしたようにね」
そう言ってグレモリー先輩が笑う。って、そっか。記憶消されてると思ってるわけか、イッセー。
「その堕天使は目的を果たしたので、あなたの周囲から自分の記憶と記録を消した」
「目的?」
「あなたを、殺すこと」
イッセーが聞いたことに即答するグレモリー先輩。物騒な話だよ、全く。
「あなたのその身に物騒なものがついているかどうかを確認するため。それが確認されたから、あな
たは殺された。光の槍に貫かれてね」
言われたイッセーは、何かを思い出すようにしながら言葉を紡いだ。
「そういや夕麻ちゃんあの時、セイ何とか言って……」
「
グレモリー先輩がイッセーの言葉を補足する。そのあとに続くように、姫島先輩が説明しだした。
「特定の人間に宿る、規格外の力。歴史上に残る人物の多くが、ソレを所有したと言われていますわ」
へぇ、そうだったのか。人間に宿ることしか覚えてなかったから、こうやって説明してもらえるのはありがたいな。
そんなことを思いながら聞いていると、再びグレモリー先輩が話し出す。
「時には、悪魔や堕天使の存在を脅かすほどの力を持ったものもあるの」
そう言ってグレモリー先輩はイッセーの方を向いた。
「イッセー。左手を上にかざしてちょうだい」
「こ、こうですか?」
イッセーが正直に左手を上にあげる。……さっきまでの敵意はもう完全になくなってるっぽいな。悪魔の話術すげぇ。
「目を閉じて、一番強いと感じる何かを思い浮かべてちょうだい」
「一番強い……。ドラグ・ソボールの空孫悟かな……」
そう呟いて、イッセーが目を閉じて集中している。って、それ確か漫画の……。そんなんでいいの? 原作からしてそうだっけ? 覚えてねぇ……。
「想像した人物が一番強く見える姿を思い浮かべなさい」
イッセーが集中し、俺が原作を思い出そうと頭をひねっていると、グレモリー先輩から新たな指示が飛んだ。ドラグ・ソボールの空孫悟って、確かドラゴン波が代名詞だよな?
「そして、その人物の一番強く見える姿を真似るの。強くよ? 軽くじゃダメ」
イッセーに新たな指示が飛ぶ、って! これまさかやるの? この年になって漫画のキャラのモノマネを全力で? それなんて拷問。
そう思考しているうちにも、イッセーが何やらポーズをとり始め……ってマジでドラゴン波!?
俺が驚愕していると、イッセーが高らかに叫び上げる。
「ドラゴン波!」
もちろん、ドラゴン波なんて構えた腕の先から出ない。が、その代わりイッセーの左腕が赤く輝き始めた。その光はだんだんと形を成していき、そして肘までを覆う赤い篭手となってイッセーの左腕に顕現した。全体が真っ赤な篭手だが、手の甲部分にある緑色の宝玉が印象的だ。
「これは……!?」
自分の腕に現れた篭手に、驚きの声を出すイッセー。
「それが『神器』。一度ちゃんとした発現ができれば、あとはあなたの意志でどこにいても発現可能になるわ。もちろん、あなたの意思で仕舞うこともできるわよ」
驚いているイッセーに、グレモリー先輩が説明する。その言葉を受けて、イッセーが何度か出し入れを繰り返す。俺はおお、と軽く感嘆の声を漏らした。
「さて、次はあなたね」
そう言ってグレモリー先輩がこちらを見る。先程まで浮かべていた暖かな微笑はなく、その表情は冷たい印象を受ける笑みだった。……えっと、ちょっと予想はついてたけど、そこまで露骨に敵意むき出しにしなくてもいいじゃん。
「単刀直入に聞くわ。あなた、何者?」
そんな俺の内心など汲み取ってくれるはずもなく、グレモリー先輩は俺に向かって鋭い口調で問いかけた。木場や姫島先輩、塔城さんも警戒しているように見える。イッセーは、まだ何がなんだかわかってないようだ。
……さて、どうしようか。