「うおぉおおおおおおお!」
月明かりが照らす夜道。しんと静まり返っている道路を叫びながら自転車で爆走する影があった。というかイッセーである。無駄に高いテンションに若干引きながら、俺はイッセーの後ろを走る。駆ける。自転車で走るのではなく、自分の足でだ。……あれ、俺なんで走ってるの?
いやまあ、これもグレモリー先輩―――部長の指示なんだけども。
悪魔になったあの日、雑談の途中で俺が魔力収束さえすれば身体能力が人間だった時ですら素手でコンクリくらいは破壊できるレベルだと漏らしてしまったのだ。その結果、部長は悪魔になって素の身体能力が上がった俺の現在の実力を見たいと言い出し、俺はそれに応えた。結果、
―――実力を披露する場として選ばれた学園の裏山の一部が崩壊した。
いや、言い訳はあるんだよ? 部長が「人間の時でコンクリ破壊なんだから、悪魔になった今だとクレーターくらい作れるわよね」って言って地面を指さしたんだよ。殴れってことだと判断するだろ? だから、
結局その場は部長と姫島先輩がささっと魔法で直してくれたからいいけど。ちなみに
現場は直ったけど、クレーター作った時の音とか振動とかはどうしようもなくて(まさかあのレベルでぶっ飛んだ身体能力だとは思ってなくて、結界とか張ってなかったらしい)、その日の夜にテレビで地震速報と轟音のニュースが流れたのは苦い思い出だ。
そんなことがあって、俺は自分の身体能力を把握する意味でも自転車を使わずにイッセーとチラシ配りに勤しんでいるわけだ。
「ハーレム王に、俺はなるぅううう!」
少し前を爆走しているイッセーは、何やらヤケになったかのように叫びながら全力で自転車をこいでいる。つい数分前まではなんでこんなことやってんだろうな、とかぼやきつつ常識的なスピードで自転車を走らせていたのに、急に先程のような叫び声をあげながら人力で出せるスピードなんて軽く超えたスピードで爆走するようになったのだ。どうせ部長のシャワーを浴びてるシルエットでも思い出してリビドーが限界突破したんだろうが、後ろをヒーヒー言いながら走ってる俺のことも思い出して欲しいと思うのはわがままだろうか……。というか横腹が痛い。
「ちょ、ぜぇ、イッセー、はぁ、はや、ぜぇ……!」
がんばって声をかけるも、息切れが激しくて大きな声にならない。というかかすれた声しか出ない。やばい、これじゃイッセーにおいていかれてしまう……!
事前にイッセーを見失うとお仕置き、と部長に言われている俺は、これは不可抗力イッセーが悪い、と心で言い訳しつつ魔力収束率を上げた。先程までは部長の言いつけ通り、かろうじて収束が成せる程度のひっくい収束率だったのだが、収束率を上げたおかげで体から疲労感が遠のき、ついさっきまで重く感じていた両足が羽のように軽く感じるようになった。横腹の痛みも消え、全能感すら覚えるほど体が軽い。この時点で既に人間時の魔人形態一歩手前と同じくらいの身体能力なのだから、悪魔というのは本当に規格外だとしみじみ痛感する。悪魔になってから魔力やら身体能力やらが数倍以上に膨れ上がり、収束をちょっとするだけで人間だった頃の全力を軽々と超えてしまうようになったのだ。汚いさすが悪魔汚い。
まあそれはともかく。
「……待てやぁああああああ!」
俺のことなど頭の隅にすらなさそうな様子で随分前を爆走し続けているイッセーに叫びつつ、力強く地面を蹴った。既にイッセーの姿はかなり小さくなっているが、まだ大丈夫、悪魔になったばかりのイッセーに魔力使って強化されてる俺が追いつけないはずがない。そう思いつつ俺は道を曲がって見えなくなったイッセーに追いつくため、ショートカットをすることを決めた。近くの電柱を縦に走って登り、頂上から近くの家の屋根に飛び移る。その際にイッセーの現在位置を確認することも忘れない。普段ならこんなこと脳の認識が追いつかない自信があるが、今は低収束とはいえ魔力収束をしている状態だ。このくらいなら問題ない。
既に次の曲がり角を曲がりかけているイッセーを確認した俺は、イッセーの進行方向に向けて屋根の上を走り出した。
*
「いやー、悪い! 忘れてた!」
「おいこら……」
あははー、と笑いながら隣で自転車を押して歩いているイッセーに俺は脱力する。結局俺が追いついたのは、イッセーがチラシを郵便受けに入れるために自転車を止めた時だった。それまでに、俺が収束率を上げてからなんと十分も経っている。屋根の上を通ってショートカットしている俺が追いつくまでに十分かかるって、イッセーどんだけ飛ばしたんだよ……、と呆れたのは言うまでもないだろう。無論その間きっちりチラシを配っているものだから、その規格外っぷりが伺える。実はこっそり倍加してたりしないだろうな。
「ハァ……。まあ、いい。良くないけど、いい。それで? あとどのくらいだ?」
ため息を吐いたあと、イッセーに向かって問いかける。不幸中の幸いというべきか、あれだけ飛ばせば当然というべきか、昨日までのペースと比べたら倍以上の効率でチラシを配ったことになる。なので、もうかなり今日のノルマを達成しているはずなのだ。
「ああ、今日はあと一軒だけだ。ほら、あの家」
そう言ってイッセーが前を指差す。俺がその方向を見ると、一軒家が見えて―――
「ってあそこ俺ん家じゃん」
「え!? そうなのか?」
思わず呟くと、イッセーが驚いた顔でこちらを見る。
「ああ。でもおかしいな、今叔父さんは仕事で出張中のはずだから家には誰もいないはずなんだが……」
このチラシ配り、悪魔に願い事をするような欲望を持った人を索敵できる機械を使って行われているため、無人の家にはチラシを配ることはない、はずなのだが……。
「んー、でもこの機械はこの家を示してるし……。こういうこともあるってことでいいんじゃないか?」
「あ、ちょ」
俺が悩んでいるうちに、イッセーがさっくりとそう言ってチラシを郵便受けにいれた。
「おいおい、いいのかよ……。あとで部長に何か言われても知らないぞ」
「大丈夫だろ、多分。だってこれがここを示してるんだぜ」
そう言ってひらひらと手に持つ機械を振るイッセーは、とても気楽そうに笑っている。イッセーの手にある機械も、確かにこの家を示していた。
「うっし、今日のノルマ終わりっと。ライナー、俺は部長に報告してから帰るけど、おまえどうするー?」
家目の前だしこのまま帰っちまってもいいぞー、とイッセーが言う。んー……。
「そう言うなら言葉に甘えさせてもらおうかな。ソレがこの家示したのも気になるし、家の中調べようかな……。ありがと、おやすみー」
「おーう。おやすみ」
そう言ってイッセーは自転車に乗って学校の方へ去っていった。
…………。
……さて、念のため家の中調べるか。空き巣とか入られてたらアレだしな。
そう思って玄関を開けて家の中に入った途端、俺は違和感を覚えた。しかし、違和感があるとはいえそれが何かまではすぐにはわからない。見慣れた玄関口だ。靴箱も、傘立ても、散らばった靴も―――。
―――散らばった靴?
思考がそこに至ったとき、俺は愕然とした。見慣れない運動靴が堂々と脱がれているのに、それに気付けなかったことが自分でも信じられない。
「誰の靴だ?」
ぼそ、と呻くように呟くと、俺はそれらに触れないように自分も靴を脱ぐと音を立てないように移動する。浴室、トイレ、叔父の部屋、リビング……。一階にある部屋は全て調べたが、異常は見当たらなかった。金目のものも大体叔父の部屋にあるため、ほっと一息つく。叔父の部屋が荒らされていなかったことで、一先ずお金目当ての空き巣、と言う可能性が薄まったからだ。だが、それならあの靴の主はいったい何をしにこの家に入ったのだろう。
思考はそのままに、音を立てないよう注意しながら階段を登って自分の部屋まで行く。二階には自室以外には倉庫替わりの部屋しかないので、
いる、と自分の中で確信したせいか、見慣れたはずの自分の部屋のドアがなぜか禍々しく感じる。静かに深呼吸をしたあと、イッセーと別れて解除していた魔力収束をゆっくりと開始する。もし万が一この中にいるであろう何者かが魔力を感知できる裏側の存在だったとしても気付かれないように慎重に、ゆっくりと―――。
たっぷり一分以上かけて人間だった頃の魔人形態一歩前レベルまで収束させた俺は、十二分に警戒しつつ自室の扉を開けた。
部屋の中は真っ暗で、当然ながら何も見えない。俺がいる廊下から漏れる光でわずかに照らされた室内は、何もいないように思える。が、そんなはずはないのだ。確実に誰かいるはず。
そう確信している俺は、数秒経っても中から何も反応がないのを確認したあと、思い切って中に入って電気を点けてみた。ぱっ、と急に明るくなったことで一時的に目がくらむが、すぐに収まる。そうしてから改めて部屋を見渡して、部屋の隅、ベッドの近くで壁に背を預けて細長い何かを抱き抱えるようにして眠っている一人の男を発見した。
「―――ッ!!」
思わず叫びかけたが、寸でのところで思いとどまる。その男に見覚えがあったのだ。身にまとっているのは見覚えのある駒王学園の制服だ。だがそれはズタボロになっており、ボロ雑巾と言う表現がピッタリ当てはまるような状態になっている。その上から黒い着物のようなものを肩にかけている。見た感じ体に大きな怪我等はなさそうだったが、むき出しの手のひらや顔には細かな傷がいくつか見受けられた。茶色の髪の毛もボサボサで、傷んでいるのが分かる。
そして何より目立っているのが、抱きかかている細長い何か―――日本刀、だと思う刀だ。黒い鞘に収められたそれは、異様な存在感を主張している。
そう、俺の部屋に不法侵入したのは同じ転生者で介入派を公言していた、黒咲だった。