青い星は翳ることなく   作:にわか物書き

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アニメ勢ですので、所々おかしなところがあるかと思われます。
どうかご容赦&訂正等お願いできればと思います。


運命の分岐点

 本当に運がよかった。母のすぐ後に続いていなければ、或いは不審な気配に覚えが無ければ

 

「―――ッ!!!」

 

 強烈な既視感と危機感。気付いた時には、なりふり構わず動いていた。自分の命も、秘密も関係なく、ただ最悪を避ける為、後のことなど考えずに駆け出した。一瞬でも躊躇してしまえば、取り返しがつかなくなると、肉体以上に積み重ねられた経験が叫びかけていた。

 

「なっ!?」

「アクアっ!?」

 

 不審な男の手に、横から飛び掛かる。顔は知らないが、雰囲気と声は不思議と即座に繋がった。

 

(こいつ………)

「お前………あの時の!」

「クソ、離せ!」

 

 必死に手を伸ばした先、花束の中に明確な異物。幼い青い瞳が険しく歪み、鋭い怒声が響く。

 

「誰だ!」

「は?」

「誰がここを教えた?宮崎の病院だってそうだ、お前一人で辿り着けるわけがない!」

「………え?」

 

 その言葉は、凡そ四歳の少年の口から飛び出すとは思えないもの。

 病院の場所を聞いた可能性はあるだろう。少なくとも、母は聞かれたことが無く、身近な二人にもそのような話は聞かされていない。それ以上に気になるのは、不審な男があの場にいたと知っているような口ぶりと、それを教えた人物の存在に到達しているような―――

 

「ッ!」

 

 男を襲ったのは、言い知れぬ恐怖。それを振り払うように、乱暴に少年を払い除けた。

 

「ぁぐ………っ!」

「アクアッ!」

 

 靴箱の角に背中を打つが、少年は構わない。手元にこそないが、ナイフも奪えたのだから。

 

「な、クソ!」

「早く警察に!」

 

 少しでもロスをなくすため、明確な指示を出しながら、体の違和感を押して男の手に飛びつく。

 

「な………っ!」

 

 小さな体でも、重りくらいにはなる。投げ出されたナイフを拾った男の腕にのしかかれば、それだけでも動きを大きく制限できる。体勢もあり、男が振りほどくことが出来ずもがく中、少女と呼んでも差し支えない容姿の母は急ぎスマホを取り、警察にかける。それを目にした男は焦り、より乱暴に力を込めた。

 

「この………っ!」

「が………っ!」

 

 強烈な熱感に力が抜け、体が放り出される。体が転がったその後には、赤い筋が残されている。

 

「あく、あ………?」

 

 呆然と呟く声。少年は自身の腹を見下ろし、漸く理解した。

 

「………あ」

 

 腹から伸びる、見覚えのない異物。ナイフの柄であることに理解が及ぶと、次は鉄臭い吐き気。

 

「ぐ、ごふっ!」

(不味い………抜いたら死ぬ………いや、抜かれたら)

 

 母が………星野、アイが殺される。あの男は間違いなくやる。その確証があった。自身の体一つでナイフを奪えた幸運に感謝しながら、苦痛と喪失感を押し殺して体を動かす。ここが命の使い処だと、これこそが自身が生まれ変わった意味であると、歯を食い縛って。彼女との約束を破った罪を清算する時だと、全てを燃やして。

 

「ぐ………ッ!」

「アクアッ!」

「………え………?」

 

 ナイフを抜かせまいと丸くなった矢先、アイの悲痛な声が響く。騒ぎを聞きつけた少女も、ドアから顔を出してしまい、事態を目撃。不審な男、血を流す兄、取り乱す母と、突然突き付けられる情報量に凍り付いた彼女の、星野ルビー(瑠美衣)の時を動かしたのは、母の手を滑り落ちたスマホが床にぶつかった音。それを合図に、三人は弾かれたように動き出した。

 

「アクアッ!アクアッ!―――ぁぐっ!?」

「お前が悪いんだ、お前が………!」

「いやぁあああああああああ!!!!!」

 

 少年、星野アクアマリン(愛久愛海)に縋りつくアイへと、男が襲い掛かる。華奢な体を押し倒し、その細い首へと手をかけた男は、苦しむ少年の眼前で母親の命を奪おうと力を込めていく。母のスマホに必死に叫んでいたルビーはその光景を前に、悲痛な声を上げて手にしていたモノを取り落としてしまう。尋常でない事態を悟った警察側の声が漏れるが、今の少女の耳には届かない。

 

「お前が悪いんだ!アイドルなのに、子供なんか作って………!」

(ま、ずい………!)

 

 アクアは静かに、己の腹に手をやる。命に代えても、アイを助けるために。

 

「な、んで………!あくあ、は、かんけい、ない………!」

「同罪だろ!お前が産まなきゃよかったんだ!全部、お前が悪いんだ!」

 

 身勝手な怒りのままに、顔を近づけた男が喚き散らす。

 

(そのまま、こっちに気付くなよ………!)

 

 少年の震える手がナイフの柄を確かに握る、寸前。

 

 アイの中で、何かが切れた。

 

「ふざけないで」

 

 輝きが塗り潰される。優しいウソの白い輝きは、静かな激情の黒い闇へと変貌した。

 

「がっ!?」

 

 白い手が、綺麗に整えられた爪が、男の首に食い込む。男がそうしていたように、その首を締め上げ、アイは激情のままに男を押し退ける。そこに居るのは、多くの人を魅了したアイドルではない。それを理解した男の表情が恐怖に歪む中、アイはそのどす黒い目で彼の瞳を睨み返していた。

 

「それなら、私だけでよかったじゃん。なんで、アクアまで傷付けるの?あの子を苦しめるの?」

 

 食い込む爪が皮膚を裂き、華奢な指が首に形を刻む。

 彼女に一つの幻想を抱いていた男にとって、それはあまりにも残酷で、恐ろしいものだった。

 

「許さない。絶対に………!」

 

 彼女にとって、初めての負の感情の爆発。

 それは、男の中で形作られた偶像を破壊するには十分過ぎた。

 

「ひっ、ぁっ、ああぁああああああああああっ!!!!!!」

 

 恐怖、絶望のあまり、男は力任せにアイから逃れ、一目散に駆け出す。

 

「………アクア!」

 

 だが、追ってすら貰えない。殺意は霧散し、アイは即座にアクアの下へと向かう。

 一介の『元』ファンの安否より、我が子の安否を軽んじる親が、どこにいようか。

 

(刃が背中から飛び出して………っ)

「どう、しよう………こ、こういう時、どうすればいいの………?!」

 

 アイの育ちは、お世辞にもいいとは言えない。頭も同様であり、だからこそ何も出来ない。娘のルビーと同じように涙を流し、床を赤く染めていく息子を見ていることしか出来ない精神的苦痛は、想像を絶するものだろう。だというのに―――

 

「いい、んだ」

 

 不甲斐無くて、情けなくて、辛くて泣いているアイに、アクアは優しく笑いかけていた。

 

「アイがぶじなら、それで、いいんだ………」

 

 口元を血で汚して、息も絶え絶えで、涙を浮かべて。

 

「あのとき、やくそく………やぶった、から」

「な、なに、言ってるの?アクア、いきなりどうして」

 

 血を吐いて。痛い筈なのに、苦しい筈なのに、満足そうに笑っていた。

 

「ぶじで、よかった………」

 

 その笑顔がアイの、ルビーの頭の中で、同じ人間と重なった。

 

「嘘………え?なんで………センセ………?」

(ごろー、せんせ………?)

「きみなら、きっとだいじょうぶ、だから―――」

 

 騒がしい足音が耳に届き、アクアは安堵と共に気を抜く。

 だが、彼が安堵していたとしても、見ている側はとてもではないが安堵など出来ない。

 

「どーむ、がんば………」

「いや、だめ!起きて、起きてよアクア!」

「やだ、死なないでよ!死んじゃやだよ!」

 

 救急隊が、警官が踏み込んでくる中、アクアは最後まで笑ったまま、意識を手放した。

 

>>>>>>

 

「あなたでしょ。家の住所を教えたのは」

 

 斎藤壱護は生まれて初めて、心臓が止まらんばかりの恐怖を味わっていた。

 

「それしか考えられないもん。家を知ってるのは佐藤さんたちくらいだからね」

 

 どす黒い感情を纏うアイの周囲は、近寄ることすらできない程の重圧に包まれている。

 

「それ以外は、私が頼んだあなただけ………そういう人だったんだ」

 

 その瞳はどうしようもなく淀み、声は剣呑な殺意に満ちている。

 

(あいつ、あんな顔も出来たのか)

 

 辛うじて声が届く程度の距離から、壱護はただ固唾を飲んで成り行きを見守るのみ。それ以上のことは、出来ない。理性ではなく本能が、今のアイに接近することを拒絶している。それだけの重圧を放つアイの会話相手の幸運は、電話越しである以上その圧が皆無、或いは大幅に軽減されている事か。

 

「これ以上、私たちに関わらないで。あなたも私を潰せるけど、それはこっちも同じだよ」

「そうまでしてあの子たちを傷付けようとするなら―――――私が、あなたを殺すから」

 

 不思議なまでに鮮明に声を響かせ、アイはその表情を殺意で満たす。

 

「何をしても、どんな手を使ってでも。どこに逃げようと―――殺してあげる」

 

 そう言い切って少しの間をおいて、通話が終わる。

 彼女を知る程に恐ろしくなる空気は霧散し、壱護に気付くや否や血相を変え駆けてくる。

 

「あ、佐藤さん!アクアは!?」

「斎藤だ。あの子の方は、まだ」

 

 アイが崩れ落ちるのを、咄嗟に支える。その声は弱弱しく、憔悴しきっている。

 

「………私のせいだ」

 

 チェーンをしっかりとしていれば。開ける前に誰か確認していれば。

 そんな後悔に押し潰されんとしているアイを見かね、壱護は意を決して口を開く。

 

「その状態じゃ無理だ。ドーム公演はキャンセル」

「ううん、やる」

 

 だが、返って来たのは予想外の言葉。声にも、確たる意思が宿っていた。

 

「やるって、お前」

「だって、違約金とか色々かかるんでしょ?それに、このあとの仕事にも響いちゃう」

 

 自分の力で立ち上がった彼女の瞳には、先程の弱弱しさなど欠片ほども残っていない。

 壱護ですらそう確信できてしまう程、綺麗に取り繕えてしまっていたのだ。

 

「あの子たちに辛い思いをさせたくない。だから、私が頑張らなくちゃいけないの」

 

 有無を言わさぬ迫力も、かつての彼女にはなかったもの。

 皮肉なことに、我が子が命の危機に瀕したことで自身の愛が本物であることを自覚し、失いたくないと思ったからこそ、彼女は更に上のステージへと進めた。これまでより更に欲張りになった。アクアがどうなるかわからない以上、どれだけ備えても足りない以上、出来る限りのことをしようと決心していた。

 

 たとえ、取り繕った仮面の下が、どれ程ぐちゃぐちゃに乱れていたとしても。

 

「………あとから泣くのはナシだぞ」

「泣かないよ。今日は、絶対に」

 

 斎藤壱護は、アイの想いを汲んだ。アイは自らの意思で、その選択をした。

 

 だが、それを許容できない者もいる。

 

(―――――なんで?なんで?なんで?)

 

 壱護の妻、ミヤコを通じてアイが仕事に向かったことを知ったルビーが、まさしくそうだ。

 

(お兄ちゃんは今、生きるか死ぬかの瀬戸際なのに?なんでお仕事を優先するの?)

 

 理解は出来ている。治療費の、今後の生活費の為だと、理解はしているのだ。

 だが、納得できない。彼女が彼女(ルビー)になる前の記憶が、傷が、それを許容しない。

 

(ママは私たちなんて………っ、違う!)

 

 嫌な想像ばかりが頭の中で大きくなっていく。胸が苦しくて、涙が溢れてくる。

 

「なんで………なんで行っちゃうの………?」

「………これからのことを考えてるんです。二人のことを思っての―――」

 

 二度と味わうことはないと思っていた痛みに襲われ、少女の心を蝕んでいく。

 寄り添うミヤコの言葉も留まることなく流れていく中、時間も共に過ぎ去っていく。その胸の奥に秘められた痛みは、ルビーとなる前の記憶による苦しみは、誰かと共有することも出来ないまま亀裂のように広がっていき、どす黒いものがそこから深いところまで染み渡っていく。ミヤコの言葉も届かない程深いところで広がっていくソレに対処できるのは、この世に二人だけ。

 

 兄の手術が終わった時、母が戻っていればまだ違ったかもしれない。

 

「一命は取り留めましたが―――――」

 

 或いは、何事も無ければ、黒いモノも薄れたかもしれない。

 

「―――――残念ながら―――――」

 

 しかし、現実はあまりにも残酷だった。

 残酷だった現実が、否定し続けた可能性を払拭できない程に深く、深くへと浸透させた。

 

「―――アクアッ!」

 

 それこそ、かつて最も愛し、今でも愛している筈のヒトを、憎んでしまう程に。

 

「………足」

「え?」

「足に、後遺症だって」

 

 刺された場所か、ぶつかった場所か、出血多量のせいかはわからない。

 だが、眠ったままのアクアの足は、二度と正常には機能しないという。

 

「ちゃんとリハビリすれば歩けるようにはなるらしいけど、激しい運動は無理だってさ」

 

 ショックで崩れ落ちるアイは、ルビーの声の平坦さに気付けない。

 

(………私のせいだ)

 

 言い訳の余地などありはしない。悔恨の楔はただただ深く、アイの心へと食い込んでいく。

 あの時チェーンを使っていれば、それ以前に二人の父である男に連絡しなければ。ドーム公演の疲れがマイナス思考を加速させ、ブラックホールのように逃げ場のない暗闇へとその心を引き摺り込んでいく。呼吸まで乱れ始めたアイだが、ルビーはそれに構わず、構う余裕もないまま、胸の内に生まれたどす黒いものを吐き出す。

 

「おにいちゃんのことなんて、どうでもいいくせに」

 

 アイの呼吸が止まる。ルビーの様子が見たいのに、恐怖で体が動かない。

 

「お兄ちゃんの無事より、お仕事の方が大事なんだもんね」

「違う、そんなことは………!」

「うそつき」

 

 ルビーのだけでない、その前からのモノが積み重なった言葉だった。

 だからこそ途方もなく重く、深くまで響く。響いてしまう。

 

「………本当に愛してるなら、どうして一緒にいてくれなかったの?」

 

 あまりにも悲痛で、切実な訴え。そして、当然という他ない疑問だった。

 当然のことだからこそ、自覚があったからこそ、アイは何も言わない。言えない。

 

「ママなんて―――」

 

 言ってしまえば、取り返しがつかない。なのに、幼い体は、それに慣らされた心は止まらない。

 

「―――――大ッ嫌い!」

 

 母と娘の間に不可視の、深い亀裂が刻まれる。

 それが本心でなくとも、口にしてしまった言葉は取り消せない。生の感情の籠ったソレは、到底無視など出来ない。二人を諫め、窘めることができるであろう少年は未だ目覚めず、この場の空気を取り成せるものはいない。アイの心を蝕む苦痛が強さを増す中、過ちを自覚したルビーがその痛みに涙を流す中、混沌とした二人の心と裏腹の静寂が満ちていった。

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