青い星は翳ることなく 作:にわか物書き
「あかねが無事でよかった」
丸一日以上して目覚めた少年から放たれた言葉を聞いた瞬間、MEMちょは盛大に頭を抱えた。
(だよねぇ!アクたんだからそう言うよねぇ!………アイさんいなくてよかったぁ)
「で、でも、アクアくん、足………」
「暫く休めってだけだし、心配し過ぎだって」
この有様には周囲も困惑で、MEMちょもどうフォローしたものか悩まされる。
「裏方だからこれくらい別に痛くも痒くもないしな」
「いやぁ………そういう問題か?」
「これくらい昔はちょくちょくあったからな。ちょっと無茶して転んで、とかで」
ごく自然に振る舞うアクアだが、幸い皆不気味に思うより心配が勝っている様子。
「無茶といえば………アクたん、最近休んでなかったね?」
「………」
無言で目を逸らした美少年に、すかさず姉貴分は追撃を入れる。
「体壊したのも過労が原因だっていうし、大人しく養生してね~」
「いや、それより」
「お・と・な・し・く!養生!してね!」
力強く叱りつければ、流石の聞かん坊もバツ悪そうに頬を掻き、沈黙。
事実、方々に心配をかけている上、実際に体を壊してしまっている以上、強く出られない。
「………次の収録までは」
「ああん!?」
せめてもの抵抗だが、火に油を注ぐ結果になるのは当然のことで。
「え、えっと………ここ、病院………」
「あっ、めんごめんご………とにかく!アクたんはしっかり休む!いい?」
「………はい」
「ってことだから、余裕があったらでいいんだけど、アクたんのこと監視しに来て貰っていい?」
この短いやり取りでアクアのことがよりよく分かったからか、皆二つ返事で了承の意を示す。
「無茶してたらうちに言って。ルビーちゃんにチクっとくから」
「それは勘弁してくれ………あとが怖い」
「安心して、もうすっごい怒ってる」
笑顔のMEMちょの一言に続く皆の頷きが効いたのか、アクアはがっくりと肩を落とす。
柔らかな空気が広がったのも束の間、ゆきが思い出したようにニュースサイトを開く。
「あ、でも、アクアくんも今………」
「ん?」
「あ、まだニュース見てないのか?」
ノブユキがニュースサイトのページを見せれば、そこには今ホットな記事が一枚。
「………流石だな」
あかねの自殺未遂、そしてアクアがそれを助けようとしたこと、その末に入院したことを、ある程度情報を取捨選択して報じたそれを目にして、アクアはにやりと笑った。不快感を示すのではなく、称賛するように、或いは狙い通りにいったことを喜ぶように。
「え?」
「たぶんルビーだな。こうなったからには、これまで好き放題やってたヤツも動きにくくなる」
「そりゃそうだけどさ、アクアはよかったのか?」
「ていうか、あそこで気絶してなかったら俺がやってたからな」
さらりと口にするが、とんでもない度胸であるし、欠片も不快感の類を見せない辺り、その信頼の強さも伺える。
「………ごめんなさい!」
「あかねが謝ることじゃない、って言いたいけど、そうだな」
頭を下げたあかねを軽く小突き、険しい顔でアクアは続ける。
「もう二度とあんなことはするな。いいな?」
「………うん」
「ならいい」
その一言ですんなり柔らかな雰囲気に戻り、微笑を浮かべる。
「俺が寝てる間に皆も色々言ってくれただろうから、もう大丈夫だろうしな」
「うぅ………本当に、心配をおかけしました………」
小さくなってしまったあかねに口々に温かい言葉が投げかけられる中、アクアはさらりとメールを打ち込み、送信。今頃頭やら胃やらを痛めているであろう人物の動向に期待と不安を抱きつつ一度画面を消して顔を上げると、ジト目で睨むMEMちょと目が合った。背後に般若のオーラを立ち昇らせる彼女からそっと顔を背けようとしたものの間に合わず、その両手が頬をホールド。
「今なにしてたの?ねえ」
「め、メールを………」
「仕事?」
「ち、ちげぇよ?」
「じゃあ、企んでることの?」
「………」
「気付いてないとでも思ってたの?」
鋭く真剣な声には重みがあり、否応なく空気が冷えていく。
「吐け」
「いや、これは」
「
「………ハイ」
ルビーであればまだしも、彼女より感情で動く傾向の強いアイであれば、間違いなく激怒し止めに入る。アクアの企みは時間との勝負である都合、それだけは避けねばならず、首を縦に振る択の他は存在しないも同然だった………ルビーであったとしても、激怒は免れないのだが。
「今のところ、まだ実質的にプラマイゼロだ。こっからひっくり返す一手が要る」
「………成程ね。動きあぐねてる多数派を味方に引き入れたい、と。それで媒体は動画、と」
「ああ」
阿吽の呼吸で察し合う二人の他、解に辿り着いたのは他にも。
「そっか、アクアくん………一応、映像監督見習いだもんね」
「一応とは失礼だな」
「いうて、実績もちゃんとあるやん………どこまで言っていいかはわからんけど」
「いいよ、そこは………みんなの口の固さを信じてるからな」
みなみは配慮してボカしたが、アクアは釘を刺しつつも、情報の共有を決める。
「一応、B小町の広報動画なんかは俺がほぼ全部やらせて貰ってる」
驚嘆の、或いは納得に似た声が響き、不安そうな空気が薄れ、注目が集まる。
「………ところでアクたん、B小町の動画の方は」
「みんなが来る前に芽依さんと打ち合わせた」
「アぁ~クぅ~たぁ~ん?」
尚、当然既に芽依からルビーにチクられている。
「MEMもわかってるだろ。これは時間との勝負なんだ」
「それはわかってるよ?わかってるけど………はぁ」
「ただ、素材の確保とかもあるからすぐには出来ないけどな」
「そういうワケだから、皆の手持ちの動画とか写真あったらアクたんにヨロね」
力なくMEMちょが呼びかけるのは、やはりアクアの悪癖を憂いてか。
「けど、大丈夫なの?動画編集って、かなりハードなんじゃ………」
「アクたんはその上でベストを追求するから余計にねー」
「流石に今回はある程度妥協するよ。この調子だし、なるべく早く完成させたいしな」
周りはそんなものか、と言いたげな反応をしているが、よく知るMEMちょは絶対嘘だ、嘘じゃなくてもいつの間にか噓になってる、と警戒を隠さず。そのナチュラルなスパルタっぷりを断片的ながら知っているあかねとみなみも訝しんでいる様子………ある意味で、信頼されているということだろう。
「さ、流石にそこまでして貰うのは、ちょっと申し訳ないような………」
「けどさ、俺たちもあかねが悪く思われたままってのはヤだぜ?なあ」
ノブユキの言葉はこの場の総意だったようで、ゆきもケンゴも力強く応答している。
「そういうことだ。あかねの気が進まないなら、俺たちの自己満足、ってことにしておいてくれ」
「そうそう、自己満足。自己満足だから自前で一曲作ってもいいよな」
「ああ、いいぞ………ところで相場って」
「いやこの空気で聞くか?」
ケンゴがアクアの言葉に悪ノリすれば、クソ真面目に対応し、笑いを生む。
申し訳なさが勝っていた様子のあかねも思わず吹き出してしまい、再びメンバーの一員として完全に溶け込んだ。そして、全員時間に余裕を持って来ていたのか、それぞれが手元にある写真や動画を画面に映し出し、ああでもない、こうでもないとわいわい盛り上がり、その傍らでアクアとケンゴがシーンごとの意図とそこに合うのはどういう曲になるか、を大真面目に語らい。
アクアが本格的に編集ソフトでシーンを作り始めれば、その議論はより加速していく。ノブユキやゆき、そこにみなみが加わりアイデアを出していき、あかねがメモをして、それをアクアとMEMちょが精査し、ケンゴがどういう曲が合うかをアクアと相談して、と一応病院である為静かに、しかし活気は隠さずに進めていく。
その作業の途中、まさに進捗を一時保存しようとしたタイミングで、着信音が響いた。
「………ごめん、皆一旦外して貰えるか?」
真剣な顔で皆に頼めば、ただならぬことを察して皆病室の外に。
それを確認したアクアは大きく息を吐き、意を決して先程メールした………鏑木勝也に繋いだ。
>>>>>>
「―――ありがとうございます、鏑木さん」
『今回は本当に肝を冷やしたよ』
関係者ばかりの車の中、ルビーは今回最も打撃を受けた一人と苦笑交じりに言葉を交わす。
「っていっても、兄にオファーをかけたのは仕方のないところがありますから」
『とはいっても、今回はかなりキツいことになるだろうね』
「でしょうね」
アクアの目論見は、彼の想像以上にスムーズに進んだ………ルビーが先んじて連絡を入れたお陰で、僅かな時間ながら猶予があったお陰だろう。無論、ただ話を通しただけでなく、個人的なものではアイの矛先を自身に向け緩衝材になるという形でフォローを入れ、『星野ルビー』としても鏑木の利になれるよう動く準備を整えるなど、抜かりない………その辺の調整でミヤコや壱護、芽依が頭や腹を抱えることになったりもしたが。
『とはいえ、色々助かったよ』
「私も昔からお世話になってますから、ささやかなお礼ですよ」
『そう言ってくれると、大分楽になるね』
アイのお陰もあるとはいえ、鏑木とは長い付き合いだ。損得勘定的な意味でも、かなり大口でもある彼に何かあっては不味いという判断は壱護たちも同様のようで、今回の無理を通して貰えたのもその辺りが大きい。無論、単純な損得勘定だけでなく、世話になっている一個人としての情もあるが。
『ただ、一応釘は刺しておいておくれよ?』
「契約書の内容は兄も把握していると思いますけど、一応声はかけておきます」
『頼むよ。アクアくんの手腕は疑っていないが、後から賠償なんてなるのは勘弁だ』
「………兄、個人のアカウントとか持ってないんですけど」
『………今時の若者として、それはどうなんだろうねぇ』
笑い話になっているが、契約周りは本当に大切である為、どちらも目は笑っていない。
「とにかく、兄にはこっちからも注意はしておきます」
『頼んだよ。言い換えれば、ソコさえ守ってくれれば好きにしてくれていい』
その言葉を最後に通話は終わり、ルビーはほっと肩の力を抜いてシートに全体重を預けた。
「ホントやってくれるわね、あんたたち………そろそろ本格的に胃薬の世話になりそうだわ」
「ごめんなさい。けど」
「わかってるわよ………でも、一番大変なのは」
ルビーの表情に陰りが生まれ、指先に力が籠る。
「………アイのわからずや」
「あの子がこれまでしてきた苦労を思えば、あんたがやったことへの拒否反応も仕方ないことよ。ある程度は腹括りなさい………度が過ぎるようなら、流石に止めに入りはするけど」
ルビーもアイに理解を示してはいる一方で、友人の今後が関わっていた以上、引く気はない。
そしてどちらの事情にも一定の理解を示しているからこそ、斎藤夫妻は胃が痛い思いをしているのだ。アイは過去の事件のトラウマで、アクアの身に起きたことに大層取り乱していた上、追い打ちをかけるようにニュースにされ、しかもその下手人が可愛い娘………この件で親子仲が更に悪化するようなことになっては、目も当てられない。
(二人のことも心配だけど、このせいでルビーのスケジュールもかなりギチギチだし………)
完全に夢の世界に旅立っている助手席のマネージャーを横目に、ミヤコは深い溜息を吐く。
「………ごめんなさい」
「いいわ。止めなかったのも私たちだもの、仲良く怒られましょ」
ミヤコの脳裏に浮かぶのは、まずアクアの一件をリークしたルビーに対し鬼神の如く怒り狂い、その後にかなりの過密スケジュールをこなすことになったルビーと、それを許容した自分たちに対して激昂するアイの姿………実に屈折した関係である一方で、互いに大切に想っていることは事実であり、だからこそ簡単にはいかないのだ。
(………いっそ、アクアの知名度も上がったことだし、一部情報解禁で懐柔できないかしら)
疲労による気の迷いかもわからぬ思考を浮かべ、陽が落ち始めた道路を走り抜ける。
幸いなことに、その日のうちにアイとルビーがかちあうことは無かった。