青い星は翳ることなく   作:にわか物書き

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アウトプットキツいよぉ………
世の創作者たちの素晴らしさが身に染みる………!


重なることなくすれ違い

 ルビーがアクアの病室に通い続ける一方、アイは仕事に注力していた。苦痛からの逃避、アクアの今後の為の資金作りのため、体を壊さん勢いで働き続けているのだ。その意味を理解できる、できてしまうからこそ、負の感情をぶちまけたルビー自身もまた、深く傷つき、病んでいた。自身の経験があるからこそ、その負担を察せてしまうのだ。

 

 それでも、耐えられない。自分がされたことを、推して愛したヒトがしているのだから。

 

「ルビー、別にずっといなくていいんだぞ」

「ダメ!あの人もミヤコさんもいないんだから、私がいないと!」

 

 ルビーは可能な限りアクアの病室に居続けた。自分に寄り添って、支えてくれた人のように。

 

「どうせリハビリまではまだかかるんだから、別にいなくても」

「お兄ちゃんはよくても、私がよくないの!」

 

 孤独の痛みを知っているからこそ、それを味わわせるようなことはしたくなかった。そんな真似をしてしまえば、自分が愛している、自分を誰よりも愛してくれたヒトに顔向けできない。あの人が許したとしても、自分自身がそれを許せないから、アクアを独りにさせないでいるのだ。

 

「………寂しく、ないの?」

「一人には慣れてる。田舎で一人暮らしだったからな」

 

 一人暮らし。前世のルビーには、無縁も無縁な言葉だ。

 

「そっ、か………ところで、さ」

 

 それ故に何も言えず、話題を変える。

 

「犯人に飛び掛かったんだって?怖くはなかったの?」

 

 あまりいい話題選びとは言えない。だが、この場では正解だったのかもしれない。

 

「怖い、より危ない、が先にきたな。たぶんあいつ、俺を殺したやつだったし」

「………え?」

 

 思考が止まる。もしかしたら、ルビーの呼吸も止まっていたかもしれない。

 

「………そうだ!ぁっづ!?」

「ちょ、お兄ちゃん!?」

 

 いきなり動き、傷跡の痛みに呻くアクアに、否応なしに思考が再起動を果たす。慌て気味にその体をベッドに押し戻し、呻き苦しむ兄が落ち着くまで待ちながら、次々沸き上がる疑問を頭の中で整理していく。幸か不幸か、アクアと同じタイミングで現場に居合わせていなかったため、幾つかアイが有している情報を持っていないが、そこは問題なかった。

 

「………殺されたって、どこで?」

「宮崎の病院近くだ。あいつ、公開もされてないアイの本名を知ってた上、入院も把握していた」

(みや、ざき………)

 

 優しい笑顔が浮かぶ。そんな筈ない、あってはならないと否定して、続けていく。

 

「なんで殺されたの?」

「口封じか、別の何かか………まだ、死体は発見されてない」

「そんな………!」

「いや、それは今は重要じゃない。それより、共犯者の方がよっぽど重要だ」

 

 憤ろうとしたルビーの頭が、冷や水を浴びせられたように冷え切る。

 

「きょう、はん?」

「二度もアイの居場所を突き止めたんだ。そう考える方が自然だ」

「けど、犯人は死んじゃってるんだよ?今から調べようにも………」

 

 犯人は自殺している。現実から逃げるように、現場付近で身を投げていた。

 

「いるじゃないか。俺たちにもわからない、アイがあそこを教えていても不思議じゃない相手が」

「え?」

「俺たちの、父親だよ」

 

 息が詰まる。だが、否定しようと考えれば考える程、辻褄が合ってしまう。

 

「そんな………でも、なんで?」

「それはわからない。けど、これから先もまた、アイが狙われるかもしれない」

 

 腹の傷跡に手を当て、青い瞳で二度と正常には動かない足を睨む。

 

「今回みたいに、上手くいかないかもしれない。だけど、その時は、また」

「やめてよ!」

「ぁぐ!?」

 

 感情任せに叫べば、その声が傷に響いたようで、アクアから悲鳴が漏れる。

 

「なんで!?あと少しでも遅かったら、アクアが死んでたんだよ?!」

「ぐ、ぉ………っ、いいんだよ、それでも」

 

 苦しそうに、その癖揺らぐことのない強さで、アクアは己の死を容認した。

 

「ふざけないでよ!」

「ふざけてなんかない」

 

 赤い瞳が激情の炎を宿す中、青い瞳の少年はただ穏やかに、満足そうに笑っていた。

 星野アクアマリンとなる前の生涯を回顧して、初めて得られた成果を噛み締めていた。

 

「まだアイを狙うのなら、何度だって止めてやる。それくらい、どうってことない」

「そんなの社長さんに任せればいいじゃん!」

「俺たちがいるんだ。プライベートの安全までは保障し切れないだろ」

 

 アイが子持ちである、というのは当然厳重に隠されている。明かせば、未来はない。

 

「アイも警戒はするだろうが、最悪は常に考えておくべきだ」

「………でも!」

 

 言いたいことは山ほどある。だが、病室の外から響く足音が、二人の口を閉ざさせた。

 

「―――――アクアッ!」

 

 余程急いで来たらしい、アイが息を切らしてドアを開け放つ。傍目に見ても尋常ではない様子であるが、世間には『預かっていた子供がストーカーに襲われた』と報じられている為、その負目があるから、等の理由で押し通せるか。とはいえ―――

 

「わっ?!」

 

 アクアに抱き着く姿を見られれば、それ以上の何かを推察されかねないか。

 

「よかった………!生きててくれて、よかった」

 

 目覚めてから初めて会うアイは、安堵と喜びを始めとする感情の渦に耐え切れず、泣いていた。

 

「ごめんね、アクア………!私のせいで、こんな………!」

「気にしないで。アイが………母さんが無事なら、それでいいんだ」

 

 あくまで穏やかに、大人が子供をあやすように、アクアの手がアイの頭を撫でる。その優しい声がいやに頭に残り、アイにとってごくごく僅かな付き合いでしかなかった筈の、大切な約束を破った人間のモノと重なる。同時にルビーもまた、その慈しむような振る舞いに、声色に既視感を覚え、信じたくなかった可能性に繋がっていく。

 心穏やかでないルビーと対称的に、アクアはあくまで穏やかなままだった。

 

「でもアクア、足が」

「これは仕方ないよ。母さんは悪くない」

 

 子供のように泣きじゃくる母を受け止め、優しい声色で全てを受け入れる。

 子供らしく振る舞うことも忘れている一方、アイもまたその優しさに救われ、落ち着いていく。

 

「不思議だね。そうやってるアクア、先生みたい」

「っ」

 

 ルビーの心臓が跳ねる。思わず顔を上げれば、アクアも驚いていた。

 

「先生?」

「私のー………恩人になるかもしれなかったヒト、かな」

 

 寂しそうに笑い、今度はアイがアクアを撫でる。

 

「本当は、二人を取り上げてくれる筈だったんだけど。来てくれなかったんだよね」

 

 アクアの表情が悔恨に歪み、ルビーの中で無数の点が繋がっていく。

 

(―――嘘)

「ねえ、アクア」

 

 一方のアイも何かを感じているのか、襲われた時の言葉を思い出し、尋ねる。

 

「どうして、病院のことを知ってたの?それに、あの男のことも知ってたみたいだし」

「それ、は………」

「大丈夫だよ。私はアクアのこと、アクアたちのこと、ちゃんと愛してる。だから、大丈夫」

 

 愛している、と確信を持って宣言するアイの表情は、間違いなく母親のソレだ。

 どんなに信じ難いものでも信じよう、受け入れよう。そんな静かで、暖かな決意を秘めた瞳は、星のような眩さこそない一方、それ以上に暖かな光を宿している。偽りのない、無意識であろうと偽ろうとしていない、ありのままの姿で、母は二人に愛を示した。それはルビーに対しても平等で、だからこそ彼女の心を深く傷つけてしまっているとも知らずに。

 

「………ッ!」

「………実は、俺―――」

「アイ、悪いがそろそろだ」

 

 アクアの決意の言葉は、外から響いた声によって先送りにされることとなった。

 

「………は?」

「ごめんね、二人とも。まだちょっと忙しいんだ」

 

 底冷えするようなルビーの声に、アイは静かに謝罪して立ち上がる。

 

「待ってよ、まだ―――」

「ルビー」

「お兄ちゃんは黙ってて!」

 

 癇癪染みた叫びは、アクアを慮るもの以上に、アイの行動への忌避が強く出ている。

 

「………本当に、ごめんなさい」

 

 苦しそうな、絞り出すような声は演技などではないと、わかっている。

 わかっているのに、ルビーは認めない。認められない。認めてしまえば、アイからの『愛』まで否定してしまうような気がするから。頭ではアクアの治療費の為だと理解できているのに、彼女の行動を容認してしまえば、彼女が自分たちに向けている愛情まで薄っぺらくなってしまう気がして、認めることが出来ない。

 

「―――っ!」

 

 ルビーの複雑極まる激情を宿す視線を背に、アイはドアを閉め、壱護と共に仕事に向かう。

 

「………ッ」

「………すまない」

 

 ルビーの悲痛な声を、涙を知るミヤコの視線に、壱護は一言謝罪することしか出来ない。

 

 わかっているのだ。これがよくない選択であることも、本来止めるべきであることも。

 だが、苺プロの規模を、アクアが今後背負う苦難を思えば、アイを止めることは出来ない。何事も金がかかる以上、ドーム公演を成功させた、そして事件により良くも悪くも注目が集まっている今、少しでも稼ぎたいという考えを理解できるからこそ、壱護は止められない。アイの願いを最も近いところで聞かされた以上、尚更。

 

 アイとルビー、どちらの考えも間違いではない一方、両立することは叶わない。

 両立できないのに、互いに想い合っているからこそ、すれ違ってしまうのだ。

 

(………俺のせい、か)

 

 腹の傷に手をやり、アクアは静かに目を瞑る。

 二人の仲に亀裂を入れてしまったことを悔やむが、アイが去った今、ここでそれを解決する術はない。二度と正常には機能しない足を睨み、なまじ知識があるからこそわかる、どうしようもない現実に打ちのめされる。こうなった自身を養う負担も、それを補うために仕事に打ち込んでいることもわかるからこそ、ルビーの肩を持てない。

 同時に、このような仕打ちを受けた少女を、その無念を知るからこそ、アイの肩も持てない。

 

(………どうして、こうなるんだよ………!)

 

>>>>>>

 

 アイはドーム公演の成功で起こした波に乗り、爆発的に人気を得ていった。

 一方、ルビーとアイの確執はより深いモノとなっていき、アクアのリハビリにほぼ付き添うことが無かったことで、決定的なモノとなってしまっていた。熱を逃したくない、波が起きている内に少しでも稼いで二人に楽をさせたいアイと、その思いを理解しても尚、アクアを優先して欲しいルビーとのすれ違いは、どちらも引けないものがあるからこそ、手の施しようがなかったのだ。

 

「―――――よかったの?ルビー」

「いいの」

(今の私じゃ、あの人を傷付けちゃうだけだし)

 

 自身の感情と理性の折り合いがつけられないルビーは、斎藤家に居候することとなった。

 アイ自身、本心を押し殺し、心身共に酷使に酷使を重ねている今、自分が感情のままに黒い感情をぶちまければ、それこそ完全に取り返しがつかなくなると判断したからだ。一方のアイも、自覚があるからかルビーの決断を尊重し、笑顔で送り出していて………それが、何よりも辛かった。

 

 叱ってほしかった。怒って欲しかった。それなら、もっと素直になれたかもしれないのに。建前ではなく本音で、自分の思っていることを素直に吐き出せれば、仲直りまで持っていけたかもしれない。だが、アイ自身もアクアに、ルビーに辛い思いをさせている自覚があったからこそ、叱ることはなかった。怒ることはなかった。

 自分の我儘だと、自分が悪いとも理解しているルビーにとって、それが何よりも辛かった。

 

「―――――酷い親だ、私」

 

 一方のアイも、どうしようもない程に心を痛め、苦しんでいた。

 

(あんなに苦しいって、知ってるのに………!)

 

 今ならわかる。母が迎えに来なかったとき、自分が感じたアレが何なのか。

 だからこそ、他ならぬ自分を許せない。あの苦しみを、心の底から愛してる我が子たちにさせた自分自身が、どうしようもなく。ルビーの怒りは当然だと、彼女が自分の下を離れることを止める権利も、怒る権利も無いのだと。彼女に嫌われて当然だ、こんな自分があの子に愛される訳がないと思うと、涙が止まらない。

 

 同時に、どうしようもなく黒い感情―――どうすればよかったのか、という怒りもあった。

 二人の傍にいたかった。仕事を投げ出してでも、ずっと付き添っていたかった。

 

 でも、その後は?

 

(………わかってる。こんなの、あの子は悪くないって、わかってるのに)

 

 投げ出してしまえば、何もかもが終わる。そうなった時、誰があの二人を養えるのか?

 熱を絶やしてしまえば、今までより仕事も入らなくなる。稼げなくなるのだ。アクアに大怪我を負わせ、その足を奪ってしまった以上、負担はこれまでより更に重くなる。そんな中でこれまでより稼げなくなってしまえば、不幸になるのはアクアとルビーだ。それを許せないからこそ、アイは心を殺して仕事に打ち込んで来た。

 

 それなのに―――――

 

「大丈夫。俺はどこにもいかないから」

 

 涙を流すアイの手を、小さなアクアの両手が優しく包み込む。

 車椅子に乗った、同年代の子たちのように駆け回ることの叶わない少年は、原因となったアイを恨むでもなく、ただ寄り添ってくれている。年不相応であれ、間違いなく心からの愛を抱けた、向けられた我が子が傍にいてくれる事実が、今は何よりも嬉しく、心安らいだ。それこそ、原因となった男への報復ではなく、アクアたちを幸せにしよう、して見せようと、前向きな決断を出来る程に。

 

「ありがとう、アクア―――――」

 

 愛する我が子を支えに、アイは胸に秘めた決意をより強固なものに変えて。

 

 より眩く輝く一番星の下、紅い星と青い星もまた、それぞれの道を定めていく。

 

「社長さん―――」

 

 紅い宝石は一番星のように、そしてそれを超える輝きを得ようと立ち上がり。

 

「監督―――」

 

 青い宝石は一番星を目指すことなく、しかし翳ることもせず、決断を下した。

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