青い星は翳ることなく 作:にわか物書き
月日の流れは人を変える―――――
「今日も張り切ってんな、早熟」
「そう見える?」
「妹さん絡みのだろ、ソレ」
ぴくりと手が止まり、パソコンと向き合っていたアクアが振り返る。
「言ったっけ?」
「事務所の方で撮影がー、って言ってたろ。それで熱心になるんなら、って思ってな」
「あー………母さんとルビーの我儘だよ。社長もミヤコさんも、通すしかなかったんだけどさ」
「おたくの二大看板だからなぁ。ていうか、それでいいのか、苺プロの二大看板」
「あの二人はバリバリ現役だけど、俺は実質無名だから、気を遣ったんだろ」
アクアはあれ以来、本格的に五反田泰志に映像監督として弟子入りし、彼の仕事の手伝いを経て多くを学んでいた。学習意欲と五反田自身の能力等もあり、既に十分な実力をつけている一方で、年齢の問題等もあり実績らしい実績はないも同然。一部の目が肥えた人間は、彼の存在を知らないまでも、薄っすらと共通した何者かの関与を推察できる一方、それ以外には無名も無名。
そこに気を遣ったルビーの要望とアイの後押しにより、アイドルグループ『B小町』の広報動画の撮影、編集はほぼ全てアクアが担当しているのだ。ルビー筆頭に、
「ヒネてんなぁ」
「ルビーの役に立ててるのは嬉しいことだけどさ」
「シスコンめ」
「そりゃあ、これくらいでしか役に立てないし」
アクアの自己評価の低さに辟易としながらも、五反田は彼が編集する映像に映る少女から視線を外さずにいる。何度か自身も撮った、ぐんぐん伸びていく有望株の中の有望株であり、現苺プロを代表する二人の片割れ………世間一般には知られていない、アイの娘らしい輝きと言えばそれまでだが、それだけでは終わらない人物でもある。
それだけで終わる人物なら、あの年でアイに並ぶだけの名声を得られる訳がないのだから。
「そうでもねえだろ。お前の撮影に散々付き合って、どいつもこいつも一皮剝けてんだから」
B小町のメンバーは、アイの引退を機に刷新されている。
その新メンバーがしっかりと活躍できているのは、この男のお陰に他ならないのだ。
「謙遜も過ぎると嫌味だぞ。それと、あいつらの前じゃ絶対言うなよ」
「いや、何度か言って怒られてる」
「それでも懲りてねぇのか、お前」
「………しょうがないだろ。どう考えても、素材がよすぎるんだから」
素材が上等過ぎる―――否定はしないが、五反田は何とも言えない表情で呆れてしまう。
その素材を磨き上げ、ネットでの知名度を引き上げたのは、果たして誰なのか。
「こんだけお膳立てしてこれとは、アイたちの苦労が目に浮かぶな」
ひっそりと呟き、息子であることを隠さず日々調子を尋ねてくる現大物女優が頭を抱える様子を思い浮かべ、無言で合掌。苺プロと業務提携中の配信者の大部分が認める手腕を有しているのだが、当の編集者アクア自身は演者たちの実力に重きを置きがちで、その点はアイと五反田含む大人たちの悩みの一つでもあった。
「あ、ちょっと席外す」
「あー、俺が外すから大人しくしとけ。ちっとは自分の体考えて物言えっつーの」
アクアのスマホが鳴る。五反田が席を立ち、部屋の外に出てから、アクアは誰からのモノか視線を落とし、少しばかり目を剥く。アイの伝手で何度か仕事の見学、手伝いをさせて貰った
敏腕プロデューサーの名が表示されており、すぐに通話ボタンを押して耳元に持っていく。
「もしもし、星野です」
『やあ、アクアくん。唐突で悪いんだけど、空いてる時間はあるかな?』
「鏑木さんのお誘いとあれば、幾らでも工面しますよ」
『それは有難いね。丁度、今のキミにとって特に多くを学べそうな仕事があるんだ』
アクアの表情がより真剣なものに変わる。
「いつ会えます?」
『話が早くて助かるよ。それじゃあ―――』
>>>>>>
―――苺プロダクションの名を挙げた時、世間の人々が連想するのは二人だ。
一人はアイ―――かつてアイドルとして名を馳せ、今では女優として活躍している人物。
(………ホント、無様よね)
もう一人が、星野ルビー………子役として芸能界に参入し、瞬く間に栄光を掴んだ極上の原石。アイの引退と同時にB小町を引き継ぎ、ハード極まるスケジュールの中でも輝き続け、日々輝きを増し続けている至高の宝玉。一世を風靡した天才を瞬く間に埋没させた紅い光は、当の埋没した『元』天才子役にとって、忌々しくも美しく、羨ましいモノであった。
「………それに比べて、私は」
『今日は甘口で』―――――過去の超大人気作品の、実写ドラマ化。
そう言えば聞こえはいいが、実態はモデルを売り出す上で都合のいい看板に使われているだけ。主演に始まり、殆どが演技初心者の素人たちである上、予算も時間もカツカツ………大手事務所所属モデルの宣伝用に、ネームバリューのある過去作が目を付けられただけ。彼女と同じ、箔付けのための添え物同然だった。褒められるのは精々、役者の顔面偏差値くらいのものだ。
(………辞めようかな)
記念すべき第一話の撮影現場。原作者が来るというのに、他の演者は気楽な者ばかり。
かつて見た青い光を追い続けていた有馬かなは、内心折れかけていた。
「………鏑木さんが学べ、って言ってた意味がわかりました」
「アクアくんの能力は認めるけど、限度はあるからね。しっかり学ばせて貰うといい」
―――アクア。その名を、彼女の聴覚が捉えるまでは。
(アクア?………アクア!)
「かなちゃん?!」
星野アクア。その名に直結した時、かなは共演者に構うことなく、声の方へと駆けだしていた。
「アクア!星野アク………あ………?」
そして、その姿を目にしたとき、言葉を失った。
「あれ。アクアくん、かなちゃんと知り合いだったの?」
「………そういえば、昔一度だけ共演してましたね」
眩いばかりの金色の髪、白い肌。宝石を思わせる綺麗な瞳は名の通り深い青で、顔の造形は見る者全てを魅了せんばかりに整っている。線は細く華奢で、共演者であるモデルたちと比べると小柄で細身で………杖を使い歩くその足取りは、詳しくなくともおかしいとわかるものだった。ギプス等も見当たらず、かなの中で嫌な予想が形を成していく中、それを振り払うように口を開く。
「や、やっぱりアクアだったのね!あんたも出演するの?」
「いや、俺は裏方の見学だ」
信じたくない。そんな思いが芽生え、恐る恐る隣にいた鏑木勝也へと視線を向ける。
「うん?アクアくんの顔ならイケるけど」
「冗談は勘弁ですよ。流石に出演しながら裏方の勉強はキツいですって」
「まあ流石に冗談だけどね。実際に体験してみる、ってのも悪くはないと思うよ」
「残念ながら、そこまでやれる体力はなさそうですね」
「それは残念。キミの顔ならいい華になると思ったんだけど………と、そろそろだね」
「吉祥寺先生なら、もう少し時間があると思いますけど」
「他のスタッフとの打ち合わせもしないとだろ?それじゃ、悪いけど行かせて貰うよ」
それなりの付き合いを感じさせる空気で談笑する二人だが、鏑木がかなの様子に気付き、適当な理由をつけてアクアを残して立ち去る。残されたアクアとかなの間に暫し沈黙が流れ、かなの頭は必死にあるだけの情報を整理しようと回転していく。言いたいこと、訊きたいことは山ほど浮かんでくるのに、どれも口にできない。
口にしてしまえば、取り返しがつかなくなる気がしてならないのだ。
「………その、この足だからさ。役者、辞めたんだ」
「―――――」
言葉が出ない。役者を辞めざるを得ないということは、そういうことなのだろう。
「もう、治らないの………?」
「………ああ」
暗い絶望が胸を満たしていく。
「杖無しでも歩けないことはないけど、長時間は辛いし………妹とかに怒られるし」
「ブラコン………いや、シスコン?」
「よく言われるよ」
尚、母からも怒られているが、立場が立場であるため、ここでは話さない。
「そうだ、シスコンで思い出した」
「いやな思い出し方だな」
「星野ルビーって、あんたの妹?」
「そうだけど」
「ってことは、あの時来てた生意気なのが………」
「それはそっちもだろ」
「ぐふっ」
今となっては黒歴史である過去をほじくり返され、胸を抑え崩れ落ちる。
「ぐ、ぐぐぐ………けど、意外ね。あの時はこっちに来そうな感じ、なかったのに」
「色々あったからな。今じゃ、アイと並んでウチのツートップだ」
「歳の差考えると、あんたの妹の方が凄くない?」
「どっちも凄いでいいだろ」
他愛もない会話をしている内に、かなの心は軽くなっていく。
「まあ?私の方が凄いけど!」
「否定はしないけど、全然見かけないやつが言ってもな」
「ごはっ!?」
そこに叩き込まれるクリティカル。今度は崩れ落ちるを通り越し、倒れ伏した。
「いいもの見せてくれよ、天才元子役。俺も下っ端なりに、サポートはしてやるから」
「い、言ってくれるじゃない………!」
そこに続く激励の言葉。嬉しくも複雑なかなに対し、アクアは真剣な表情を向ける。
「問題ばかりの現場だってのは知ってるよ。鏑木さんに愚痴られたからな」
「あの人、愚痴とか言うんだ………」
「軽いものだったけどな。俺が突っ込まれたのも、その辺の関係がデカいし」
カツカツのスケジュール、低予算、事務所の都合で多数起用された無名モデルと、彼らのためのオリジナルキャラクターを組み込んだ脚本、ドラマの尺に合わせた原作圧縮の整合性諸々と、問題を挙げればキリがない。ある程度割り切っている鏑木でも、流石に言いたいことはあるようで、アクアはこの話を持ち込まれた際、本当に軽くではあるが愚痴に付き合わされていた。
同時に、軽い説教も受けたが。
「時間がない現場を知れ、ギリギリの中で質を高めるテクを学べ、ってさ」
「あー。今のあんた、なんか完璧主義っぽい雰囲気してるわよね」
すっぱり交流が切れていた以上、詳細は分からない。
だが、否応なしに多くの交流を重ねた彼女には、そんな空気が感じられていた。
「そうか?いや、そんなだったから、ここに入れて貰えたのか」
「ていうか、どういう経緯で鏑木さんと知り合ったの?コネ?」
「アイのコネ。頼み込んで使わせて貰ったんだ」
実際は頼み込むまでもなく、一瞬でオーケーを出されていた。
「………あいつ、鏑木さんとコネあったんだ」
「売れてるし、実力もあって、顔もいいからな」
「存在感ありすぎて、脇役とかじゃ中々使って貰えないけどね」
「確かにな。昔アイが出たドラマもそうだった」
「あとは、ここみたいなのもね」
かなが視線を向けた先には、アクアとの空気感にどうしたものかと困惑しているモデルの姿。
「あ、ども」
「………いいな」
「へ?」
かなが驚いたのも束の間、アクアは杖を突き、主演モデルの方に歩き出す。
「初めまして、星野アクアです。裏方の人間ですが、よろしくお願いします」
「あ、ハイ。鳴嶋メルト、です」
すっかり飲まれているのか、素直に自己紹介に応じるメルト。
「えっと………かなちゃん、知り合い?」
「昔のね。っていうか、いきなりどうしたのよ」
「いや、磨けば光るだろうな、と思って」
思わぬ発言にかなが目を剥き、メルトが訝し気な視線を向ける。
「磨けば、って………言っときますけど」
「顔さえよければ売れる、ってのは長くは通じません。もう一つ、武器が欲しくないですか?」
挑発的な物言いにカチンとくるメルトだが、かなにもダメージが入っていた。
「うぐ、ごは………!」
「いや、流れ弾は想定外だし………有馬は顔以外もあるじゃん」
「売れてなくて悪かったわね………!」
「え、かなちゃん、そんな凄かったの………?」
毒気が抜かれるやり取りの中、スタッフの声が響く。
「っと、リハね」
「ちょっと待ってくれ」
渡されているスケジュールを確認し、アクアはかなに一つ頼みごとをすることに。
「有馬、一回目のリハは本気でやってくれ」
「はぁ!?ちょっとあんた、ソレどういう意味か分かってるの!?」
「わかってるさ。けどあくまでリハだし、今日は十分余裕がある」
頭に疑問符を浮かべるメルトに視線を向けると、挑発的に笑い、一言。
「そういう訳ですので、一度本物の演技を体感してください」
「なんだよ、それ」
「いや、ちょっと待ちなさいよ!私はまだ、やるなんて」
迷い、或いは躊躇いを見せるかなだが、アクアは動じない。
「大丈夫だ。鳴嶋さんなら折れることは無いだろう」
「いや、そうかもしれないけど」
「それに、下限が上がれば、お前も多少は伸び伸びやれるだろ」
絶句するかなが次の言葉を探している内に、スタッフに名指しで呼ばれる。
二人がそちらに駆けていくのを見送っていると、背後から足音と共に、頭に軽い衝撃。
「こら」
「………ダメでした?」
「悪い、とは言い難いんだけどね。折れちゃったらどうするつもりだい?」
「折れない、って確信してますし、万一の時はフォローしますよ」
「はぁー………まあ、やってみなよ」
鏑木は僅かに口端を吊り上げ、今度は軽く肩を叩く。確かな信頼と、期待を込めて。
「いい方向に転がしてくれよ?」
「やれるだけはやってみますよ。少なくとも、鳴嶋さんは出来る人間の筈ですからね」