青い星は翳ることなく 作:にわか物書き
「ねえねえルビーちゃん、『今日あま』見た?」
B小町の友人の言葉に、ルビーはタブレットから視線を外して顔を上げる。
「見てるに決まってるじゃん!お兄ちゃんが手伝ってるんだから!」
『え?』
興味無さげだった他のメンバーが驚愕の声を上げ、急ぎスタッフを確認しようとスマホを叩く。
その様子に抱いた複雑な感情を押し殺し、ルビーは苦笑交じりに溜息を零す。
「いや、正式なスタッフじゃないから名前載ってないし」
「あ、そうなんだ」
「けど、見れば一発でわかると思うけど」
「あー、メルトくんが妙に様になってると思ったら………」
推しなのか、どこか感慨深げに呟く声に、ルビーは静かに頷く。
「絶対、お兄ちゃんの仕業だね。多分だけどこの主演さん、跳ねるよ」
「アクアさんが目を付けた人って、大体そうなりますよね」
「鏑木さんだっけ、メンクイの人。積極的に声かけるワケだよね~」
新生B小町は広報動画を担当されている分、アクアの能力への評価は正当だ。
「いーなー。ウチも女優デビューしてみよっかな」
「………止めないけど、超キツいよ?あと、お兄ちゃんにノーコメントされた時、耐えれる?」
「あ、無理だわ」
「ルビーちゃんみたく才能ある訳じゃないしね~」
「わかっちゃいるけど、やっぱ言われるとカチンと来るわ。ジュース一本で許したげるけど」
「オッケー、コーラ買ってくるわ」
「ウチ炭酸無理なんですけど?」
軽いノリで笑い合うこの光景は、アイの旧B小町時代の反省の賜物だろう。アイ、アクアの二人も選考に加わり、ルビーに潰されないようトレーニングメニューを組まれ、更にそこで篩にかけられた少数精鋭こそが、新生B小町のメンバー。ルビー含め超ハードな特訓を乗り越えてきた仲ということもあり、その関係性は見ての通り、良好だった。
「―――――羨ましい」
そして、そんな現役売れっ子アイドルグループの、元トップはというと。
「私もアクアに演技指導されたいー!」
「「うわっ」」
実質アイ専属マネージャー状態の壱護が、アイをゲストに呼んだ撮影の準備を進めていた配信者が同時に引く。どちらもアイとアクアの関係を知る人物であり、彼女が如何に息子を溺愛しているかも理解しているが………大物女優が、映像監督見習い相手に言っていい台詞ではないし、もっと言えば母から息子への発言としても大分問題がある。
「いや、無理だろ。素人もド素人ならまだしも、お前みたいなのに指導できるレベルじゃないぞ」
「うー、時間戻らないかなぁ」
「それやったら、アクたんもちっちゃい頃に戻っちゃいますね」
「………それはそれで」
「おいバカ女優」
かつての推しの姿になんともいえぬ表情を作る人気配信者、MEMちょ。アクアとは動画制作などで肩を並べてきた為、彼女の気持ちも理解できてしまうのか、本当になんとも言えない様子で、現実逃避気味に準備を進めることに。普段の空気と、いざ撮影となった時とのギャップを考えると、自分が対象にされたいかとは別に、どこまで向き合って貰えるのか、と思う時はある。
見込みがあると見做されなければ、そもそも見向きもして貰えないのだから。
「だがまあ、モデルの売り出し企画で演技指導は………大手相手に問題は勘弁だぞ」
「大丈夫。アクアのことだし、無理矢理やるんじゃなくて自分からやるように仕向けてるし♪」
(それ大丈夫なのかなぁ?)
常識人MEMちょ、疑問は浮かんだが、息子関連では恐ろしい人物でもあるため、スルーを決めた。
>>>>>>
「ダメダメね。まだまだダメ!………だけど、ちょっとはよくなってきてるじゃない」
「元々が素人だったことを考えれば十分だろ。あとは、今後の経験で磨くんだな」
「………ウス」
胃痛を感じるメルトは現在、オフの日を利用してアクア、かなとカラオケに来ていた。
「ま、自覚してしっかりやってるのはプラスね。吉祥寺先生もそこまで酷い顔はしてなかったし」
「あとは最終回ラストの収録だけだし、ここまでの積み重ねをフル活用すれば問題は無いだろう」
「う………ぷ、プレッシャー、えっぐ………」
「こんなもんでエグイとか言ってたら、長続きしないわよ?」
撮影が終わる度に繰り返してきた、プライベートな時間での反省会。
二人からは辛辣めの評価が多い一方、メルトはそれを受けとめている。かなの本当の実力を直に見せつけられた上、本番ではそれを、
参考にはなる。大いになる。一方、精神的にクるのも事実だ。
「………けど、なんで監督たちはなんも言ってくれないんだよ」
「時間が!ないの!」
「あとは、元々の目的だな。無名モデルの売り出しがメインになってるから、作品としての出来は二の次になってるんだ。あとは、メルトみたいに前向きに受け止めるヤツばっかりじゃない以上、キツい指導をして事務所との関係悪化、とかになると洒落にならないんだよ」
「………」
「作品が売れるより、あんたたちの顔が売れる方が重要なのよ」
「作品の方を重視するんだったら、お前は絶対選ばれてないだろうな」
(有馬も、だけど)
低予算作品だから、フリーである分ギャラが安く、最低限作品を成立させられる演技力を有するかなに白羽の矢が立った。悪い言い方になるが、予算の問題が無ければ彼女が選ばれることは無かっただろう。そして、予算も時間も、演者のやる気もない現場で無ければ、アクアが呼ばれることもなく、彼女との再会は有り得なかったことだろう。
「………っ」
「ただ、今のところどいつもこいつも顔だけだからな。それだけじゃ、皆すぐに埋もれて終わる」
「げふ!?」
元天才子役が血を吐き突っ伏す中、メルトは唇を噛み、自信なさげに視線を落とす。
「俺に、出来るのかな………このシーン」
今日あまの名シーンの一つ。絶対に失敗できない、ドラマのクライマックスだ。
「別に満点出せなんて言ってないし、そんなの出来る訳ないんだから心配するだけ無駄よ、無駄」
「………っ」
「今は、過去最高得点を出す事に集中しなさい」
かなからの激励に驚いていると、アクアも頷いて同意を示した。
「そうだな。メルトの場合、モデルの仕事で使える時間も少ない以上、劇的なスキルアップはまず無理だし、俺もそこまでの無茶は求めない。今は駆け出しも駆け出しで………妹みたいにズバ抜けた才能がある、って訳でもない以上、地道にコツコツと、基礎を固めていくのがベストだと判断したからそうさせた。ここは、積み重ねたものを引き出すだけでいい」
「それは、わかってるけど」
「何度か言ったよな。型破りは基礎がしっかりした人間がやるからこそ成立する、って」
「ぶっちゃけ、ヘンに格好つけようとする他の連中より、大人しくやってるあんたの方が格段に評価高いから、今更ヘンなコトするまでもないわよ。大成功なんてハナから無理なんだから、大人しく固めた基礎でぶん殴ってやればオッケーよ」
実際、アクアはメルトだけ指導しているが、それはあくまでメルトが望んだから。他の出演者に対してもアドバイス等はしていたが、アクア自身の立場の関係もアリ、聞き入れられるかは半々といったところ。中には相談を持ち掛け、どう演技すべきか自ら模索していた人物もいて、彼らには真摯に対応してみせたが、如何せん時間が足りなかった。
結果、かなを除けばメルトの演技が一番評価されている。言い換えるなら、最も好意的な評価をされているのがメルトであり、相対的に最も知名度を上げていると言っていい。更に付け加えると、鏑木を始めとするアクアと交流のある裏方関係者の多くが、その将来に期待を向けている………これをメルトが知ってしまえば、プレッシャーで本格的に胃薬が必要になりかねないだろう。
「そういう訳だから、早速」
アクア、かな共に引っ張り出したのは、今日あま原作漫画と台本。
「すり合わせね」
「今回はクライマックス周りだけだから、大分楽ではあるな」
「………いや、改めて比べるとひどかったな、コレ」
漫画本と台本を手に取り、陰鬱な空気を纏うメルトが零す。
「言っとくが、脚本はかなり頑張ってるぞ」
「いや、そっちじゃなくて。上からの圧力、ってのかな………うん」
原作者に対する罪悪感が大きくなるメルトだが、芸能界経験が長い二人の反応は軽い。
「そんなの気にするだけ無駄よ。今日あまなんて、大分前に完結してるんだから尚更」
「言い方は悪いけど、そうだな。古い作品のメディア化ってこうなりやすいんだよ」
「ま、申し訳なく思うんだったら、ド素人なりに頑張りなさいよ。私が最低限は保障してあげるんだから、あんたは頑張れるだけ頑張って、ヘンに欲出さずに、誠実にやればいいわ。ヘンに外した演技とかさえされなければ、脚本と演出がしっかりしてくれてる以上酷くなることはまずないもの」
「本当、スタッフの腕は本物だよ。有望株にも会えたし、鏑木さんには感謝してもし切れない」
「………本当に、ね」
さり気ない一言が重圧としてのしかかるメルトがより一層縮こまって、少しした頃。
「あれ、アクアの?」
アクアのスマホが震える。すぐに手にしたアクアは表示される名に眉を顰め、すぐに出る。
「ん?鏑木さんから?………ちょっと静かに頼む」
声を潜め通話するアクアだが、程なくして顔色が変わり、驚愕、そして苦渋にその顔を歪める。
「―――はい。万一の時は………俺から?わかりました。それでは」
「え、なに?なんか、不味いコト………?」
「出演予定だったヤツがゴネた挙句降りたそうだ。お陰で今再調整かけてるって」
「「うわっ」」
かなは当然として、メルトも同じように声を漏らす。
「このタイミング、ってことは………やっぱストーカー役?」
「ああ。ホント、冗談じゃねえ………」
「いや、流石にダメだろ、それは………この、土壇場でとか」
「ダメでも何でも、通っちゃったもんは仕方ないでしょ………で、他は?」
鏑木から伝えられた現状を二人に説明し、最後に一つ。
「最悪、俺が代役で出るから、その時は頼んだ」
「「はい?」」
呆気にとられる二人は、傍らに立てかけられている杖と、座っているアクアとを交互に見比べ、何度も目を瞬かせ、 たっぷり数秒ほど置いて発言内容を理解。かなは思わずといった様子で立ち上がり、メルトはアクアの度胸、或いは上の判断にドン引き。激情のままに胸倉をつかまれたアクアが驚いていると、かなは怒りと心配、そしてそれらと異なる感情の入り混じった顔でアクアを睨みつけ、たっぷり十数秒沈黙してから、恐ろしい程静かに口を開く。
「………足、大丈夫なんでしょうね」
「あくまで代役が見つからなかったら、の話だよ。それに、ストーカーの出演時間はかなり短い。リハは杖を使ってやるし、本番でもこれだけ短い時間なら無しでやれる。転ぶのには嫌って程慣れてるから、そっちだって問題はない」
「そういう問題じゃないだろ!」
「あんたがそういうなら何も言わないけど、怪我しても責任は取らないわよ」
「そうなったら俺の自己責任だ。誰が悪い、じゃなくて俺が悪いで済む」
「そこまで言うならいいわ。ただし、腑抜けた演技したら許さないから」
感情的に叫ぶメルトと裏腹に、かなは表面上は冷静に、アクアの判断を尊重する。
(………最悪。喜んでいい場面じゃないのに)
そう、表面上は。
その心の中は、アクアとの共演が出来ることへの喜び、そんな感情を抱く自身への嫌悪、無茶なことをする彼への心配が渦巻き、ぐちゃぐちゃになっていた。ずっと追い求め続けていたヒトと肩を並べることができる以上、喜ばずにはいられないが、今のアクアの体を鑑みれば、それを喜んでしまう自分がひどく醜悪に思えて、どうしようもなく嫌になるのだ。
「それを言われるとちょっと自信ないな………知り合いに稽古つけて貰うか」
「あたしたちじゃダメなの?」
「いや、かなちゃんは兎に角、俺はちょっと………」
「どっちかって言うと場所とかコネの都合だな。一応、まだ時間はあるから、メルトの予定と噛み合ってくれれば、ウチの方で練習場所も確保できると思う………けど、俺の方もブランクが長いからさ。個人的にでも、出来ることはやっておきたいんだ」
そう笑い、アクアは持てるツテをフル活用するべく、アプリを開いた。
>>>>>>
「えーっと………この場合、雨でよかった、んだよな?」
「へぇ、わかってきたじゃない。曇りでも悪くは無かったけど、こっちの方が雰囲気が出るわね」
「そこまでわかるなら、あとは問題ないな。ここまで積み重ねてきたモノを発揮すればいい」
フードを目深に被ったアクアが壁から離れ、舞台となる空間へと顔を向ける。
「ただ、予想以上にいいな」
「って言うと?」
「ちょっとだけど、アドリブを挟む。監督には小言貰いそうだけどな」
その視線を水溜りに向け、続けてメルトへ。
「ヘンに気負うな、けど委縮するな。お前が上手くなってるのは俺が保証する」
「………そうね。最初と比べると、ホント雲泥の差よ、あんた」
「ありのままに全力を出せ。このシーンを完成させて、最初の作品を完成させようぜ」
「………ああ!」
ネットドラマ『今日は甘口で』最終回。
そのクライマックスシーンを以て、鳴嶋メルトの名は全国に知れ渡ることとなった。
なんとなくの雑記
・ドラマ『今日は甘口で』
またの名を、『鳴嶋メルト成長の軌跡』。
メルトが超頑張ったお陰でそこそこ知名度が出た。人気も出た。
尚、新人の売り出しとしては実質メルトの一人勝ち。
・鳴嶋メルト
初手かなちゃんの全力演技+アクアから容赦の無いダメ出しで一度へし折られたモデル。
その後、アクアのアドバイスで立ち直り、本気で向き合った末、今日あまを成功に導いた。
ちゃっかりかなちゃんに脳を焼かれている。