青い星は翳ることなく 作:にわか物書き
(―――――やるじゃない。けど)
有馬かなが本気で、しかし抑えて演じる。だが、あくまで少し抑えるだけ。
空気は暗く陰鬱で、原作の雰囲気を壊すことなく。それでいて、拙い相方を照らすように。
(―――――まだだ)
鳴嶋メルトは食らいつく。少しでも劣化すれば最後、一瞬で焼き尽くしてくる光へと、必死に。
(まだいけるでしょ、今のあんたは!)
(まだまだいけるだろ、俺!)
そして、限界の更に先を求め、目指す。
「『でも!』」
「『一人にさせねぇよ!』」
声に、動きに感情を乗せる。二人と共に学び、読み込んだシーンに、文字通り全てをぶつける。
「………この短期間で、どうやってここまで」
「プライベートでも結構やってたみたいだからね。あとは、アクアくんの焚き付け上手か」
鏑木がそう笑い、場の空気を支配している二人へと視線を向ける。
「かなちゃんが本当にギリギリを攻めて、メルトくんがそこに食らい付く。どちらかが間違えたら最後、その瞬間に作品が崩壊しかねない荒業だけど、メルトくんはその逆境に臆さず足掻いて、どんどんスキルアップしてる。お陰で、あの二人だけのシーンはどれもすこぶる評価が高い」
「………実質、鳴嶋くんの一人勝ちですよね、これ。いいんですか?」
「彼の努力の成果さ。上にも納得してもらわないと」
水音が静かに響く。ストーカー役、アクアが水溜りを踏み締める音だ。
「………っ」
「流石、ルビーちゃんの兄ってところかな。
空気が一層暗くなる。かなの心を期待が、メルトの心が強烈な緊張が満たす中、アクアは平然と振る舞い、ごく自然に演技を始める。十年近いブランクを感じさせぬ堂々とした、そして視線を、空気を我が物とするその演技にかなは歓喜し、メルトは圧倒される。そう、圧倒されて―――
(―――圧倒されてんじゃねえよ、俺!)
激情を燃やす。圧倒された自身への怒り、二人に遠く及ばない自身への、湧き上がる怒りをだ。
(一番ダメな俺が圧倒されてたら、全部ダメになっちまうだろうが!)
そして、食らいつく。この陰鬱な空気を食い破り、感動のシーンへと繋げるべく、全力で。
(いいぞ。そうだ、まだいけるだろ!)
(っ、ああ!やってやるよ!)
アクアの視線の訴えに、メルトは持てる全力で応じる。積み重ねた全てを、躊躇なくぶつける。
「『何をしたって無駄だ―――諦めて流されろよッ!』」
「そんなに見せつけられると、惜しく思っちまうじゃねえか………無理しやがって」
そう零した見学者は、同時に彼の演技の先も見据えていた。
(っべ………ッ!)
(止まるな。アクシデントも全力で活かせ!)
(っ………ああ、クソ!やってやるよ!)
足が不自由な男に、殴られたフリなんて器用な真似は難しく。
メルトの拳をモロに受け、しかし一瞬の視線で彼の躊躇を殺し、即座に次に繋げる。カットなどさせない、させてはならないと訴えるように三人が没入し、そこだけ現実から隔離されたかのように錯覚させる。事実、彼らは今過去最高のポテンシャルを引き出せており、監督を含むソレを理解している者たちは、そもそも止めようという気すら起こしていない。
「ったく………庇わねぇからな」
過保護者二名を思い出し、アクアに演技指導した人物が溜息を吐く中、シーンは進んでいく。
カットがかかった瞬間、場の空気は現実に戻る。二人が仮面を投げ捨て、駆け出す。
「悪い!」
「いや、いい。こうなるのも織り込み済みだ」
「それなら先言ってくれよ!心臓に悪いから」
「気を遣われたら、違和感が出るだろ。今のお前じゃ、そこまで器用な真似は無理だし」
「そう、だけどさぁ」
「だからって………!」
「けど、二人ともよかったぞ。これまでで一番だった」
明るく、屈託のない笑顔でそう言われてしまえば、二人はそれ以上何も言えない。
「………それと、悪い。ちょっと手、貸してくれ」
「え、あ、ほら!」
反射的にかながアクアの手を取り、引っ張る。予想していたより軽い手応えに驚く中、当の本人が立ち上がり、そこに杖を手にした人物が歩み寄る。何者か、と視線を向けたかなが絶句し、メルトがその反応でただならぬものを察し、スタッフの中からどよめきが生まれる中、注目を一切意に介さぬ少年はアクアへと杖を手渡し、先程の演技への評価を伝える。
「ほとんど付け焼刃の割にはよかったぞ、お前の演技」
「大輝さんにそう言って貰えると、俺も捨てたもんじゃないって思えますね」
「ま、どうしようもないのもわかるけどな。特にさっき殴られたのとか」
アクアが黙り込む中、大輝―――姫川大輝は軽く彼の肩を叩く。
「黙っといてやるから、オンエアまでに言い訳考えとけよ」
「あ、庇ってはくれないんですね」
「冗談じゃねえ。鴨志田さんとやんちゃしたときは俺たちが悪かったけど、今回は自業自得だろ」
「………ハイ」
二人が離れていく中、完全に凍り付いたかなへと、メルトが恐る恐る尋ねる。
「えと、あの眼鏡の人、そんなスゲー人なの?」
「………役者やりたいなら、その辺のアンテナしっかりしときなさいよ」
一周回って肩の力が抜けたかなは、紛れもない天才の一人の名を、まだ粗削りな後輩に教える。
「あの人は姫川大輝。劇団ララライの看板役者で、月9主演経験もある実力者よ」
「………はっ?」
メルトが凍り付く隣で、かなの思考は別の方向に向かっていた。
(………わかってる、つもりだったけど………あいつの足)
歩いている時から、違和感はあった。だが今回、アクアは殴られたように見せることが出来ず、敢えて殴られることで、演技に不自然さを出さないようにした。メルトがそこまで器用に動けない、という点においては同意しかないが、それを実行することを許容できるかは別問題だ。
(これで最後、が一番よね)
胸が痛むが、仕方のないことだ。あんな様を見せつけられては、そう思うしかない。
「………」
「かなちゃん?そろそろ休憩」
「わかってるわよ、それくらい」
だからこそ、その献身が嬉しくて、彼の無茶を喜ぶ自分が嫌になって。
………自分のことなのに、何が何だかわからなくて。
「ラストでミスったら、洒落になんないもんね」
そんな複雑な感情を押し込め、有馬かなは休憩に入る。
―――――小休止を挟み『今日は甘口で』全話の撮影が完了した。
>>>>>>
「アークーア♪」
「おーにーいーちゃん♪」
苺プロダクション―――その二巨頭が、天使のような笑顔で名を口にする。
「待ってくれ、言い訳させてくれ」
「「は?」」
「いえ、なんでもありません」
(しまった、二人のスケジュールを確認しておくんだった………!)
二人の怒りの原因、星野アクアマリンは椅子に座り、冷や汗を浮かべていた。
「まず、その頬は?」
「………転んで」
「それじゃあ鏑木さんに聞いてみるねー」
「演技で!やりました!」
即落ちである。
「………は?演技!?お兄ちゃん、足は?!」
「それで?殴ったのは誰?」
「俺が殴られにいっただけだよ。相手は悪くねぇ」
(誤魔化せるかと思ってたんだけどなぁ………やっぱ慣れないことはするもんじゃないな)
これはアクアの見立てが甘いのではなく、二人の観察眼が異常なだけである。
「鏑木さん、ってことは今日あま?………あの人が?お兄ちゃんを?」
「俺は代役。ストーカー役やる予定だったヤツがドタキャンした穴埋めだよ」
「だからって………ていうか、なんで殴られたのさ。相方に伝えておけば、それくらい」
「どーせ二人は見てるだろうから言うけどさ。あの新人に、そんな細かいコト出来ると思うか?」
「「………」」
沈黙。回答としては何よりも雄弁だった。
「最高のパフォーマンスを引き出せるチャンスなんだ。これくらい、安いもんだよ」
「「はぁ!?」」
「怖い、怖いって!そこまで怒らなくてもいいだろ!」
「アクアがバカなこと言うからでしょ!?」「お兄ちゃんがバカなこと言うからじゃん!」
「いや、別に大怪我したとかじゃないんだからいいだろ」
「こーら。その調子でやってると、その内取り返しがつかないことになるわよ」
アクアの頭を軽く叩き、斎藤ミヤコが呆れ気味に溜息を吐く。
続けて、感情的になっている、仲が悪いようでいい、いいようで悪い母娘に視線を向けて
「二人も一回落ち着きなさい」
「う………はーい」
「ごめんなさい」
実質育ての親、娘の居候先という事もあり強く出られない二人は、すんなり従う。
「まず、アクアが悪いところは、二人に無断でやったことね」
「………しょうがないだろ。二人に言ったら反対されるし」
「そうね。けど、代役くらい都合して貰えたんじゃないかしら?」
「俺だってあくまで予備の予備だったよ。代役が見つからなかったからやっただけだ」
「その割にはしっかり演技指導して貰ったのね。ララライの姫川さん、だったかしら?」
「スケジュールが合ったのが大輝さんくらいだったんだよ」
「「うぐぐぐぐ………!」」
「二人とも売れっ子だし、そこは仕方ないわ。杖を使わなかった理由は?」
「ストーカーはあくまで端役だ。余計な要素を入れて作品を乱したくなかったんだよ」
「………だ、そうよ。納得してくれたかしら?」
アクアの、作品に真摯に向き合う姿勢を突き付けられ、二人は何も言えなくなる。アクアを大切に想う気持ちに嘘偽りはなく、彼の望みを妨げることも彼女たちの本意ではないからだ。無茶をされるのは怖い、怪我をされるのは嫌だ………だが、束縛がしたいわけではない。
「………今度から、ちゃんと事前に知らせること!」
「アイは大前提として!私も忘れちゃダメだからね!」
「わかった、わかったから!」
競うように念押しする二人に気圧され、アクアは限界まで身を引き了承の意を伝える。
納得した二人が離れたところで、アクアは一息吐き、直近で入っている予定を伝える。
「今晩、今日あまの打ち上げあるから」
「「ちょっと待って!?」」
「いや、そこは仕方ないでしょ。それじゃあ、私が送るでいいわね?」
「いや、私が送るよ!?いいでしょ!?いいよね!」
「えぇ!?それなら、私だって」
「いや、ルビーは免許持ってないでしょ」
「………!」
成人女性対未成年女子、勝者は成人女性。決まり手は普通自動車免許の有無であった。
「うぅぅぅぅ………!」
「ふふん!」
「いいもん!免許取ったら、今度は私がお兄ちゃんを送り迎えするんだから!」
「あと三年待たないとだけどね~?」
「あれ?アイは聞いてなかった?ルビー、今バイクの教習頑張ってるんだ」
「………あっ!?」
アイが悲鳴を上げる。ルビーの顔に優越感に満ちた笑みが浮かぶ。
「ふっふっふ………お兄ちゃんの送り迎えは、もうアイの専売特許じゃないんだから!」
「16の誕生日まではまだかかるけどね」
「それは言わないでよぉ~!」
「気長に待ってるから、焦るなよ。ただでさえスケジュールカツカツなんだから」
アイドル、女優を両立しているルビーの生活は多忙を極める。中学にしても、目標とする学校を受験できるギリギリしか出席できておらず、定期テスト前にはアクアに泣きつくこともしばしば。当のアクアも、五反田や鏑木、アイ、ルビーのコネで現場見学ができるときは学業をすっぽかしている為、出席頻度は低い方だ。
万一怪我でもされてはたまらないアクアとしては、焦らずゆっくり頑張って欲しいのが本音だ。
「い、一応入学準備とかで落ち着けてるから………今は」
「なら、尚更無茶せず休めよ。また忙しくなるの、ほぼ確定なんだから」
「体調崩すと後が怖いよ~?」
「アイは脅さないでよぉ!」
ルビーを慮ってはいる一方、業界人としては洒落にならないジョークである。
アイがルビーにポカポカ殴られるのを尻目に、アクアは自身の予定を確認し、アプリを開く。
「姫川さんの?」
「指導料代わりに奢ることになっててさ。その辺の調整」
「一応聞くけど、あのプリン頭は」
「鴨志田さんな?あの人舞台俳優としては一流も一流だからな?」
「女遊びはダメだよ、お兄ちゃん」
「しねーよ。ていうか今回は姫川さんだけだよ」
アイ、ルビーの重圧がアクアにのしかかる。尚、鴨志田とは予定が合わず、電話越しに軽くコツを教わる程度しか出来なかった。アクアとしてはお礼したいところではあるのだが、当の相手は軽いものだから、と取り合ってくれないでいた。仲が悪いわけではなく、ララライ関係者の中でも気心知れた部類だからこそ、といったところだろうか。
問題は、どちらも女好きであるため、アイとルビーに兎に角警戒されていることか。
「………まあ、今日は関係ないからいっか!」
「鏑木さんもいるし、大丈夫でしょ!」
「はぁ………あんまり、羽目を外し過ぎないようにね?」
「何をどう外せと?」
呆れ混じりの台詞にミヤコの苦笑が返される中、アクアは打ち上げの為着替えに向かう。
「あ、待って!一人じゃ危ないから!」
「いや、アイが一緒にいる方が危ないから。立場的に」
「なら私が!」
「いらん!そこまでして貰わなくて大丈夫だから!」
「………なにやってんだか」
アクアが無事更衣室に向かえたのは、通りすがりのぴえヨンが声を掛けてからのことだった。