青い星は翳ることなく   作:にわか物書き

5 / 16
照らす青い星

(―――――やるじゃない。けど)

 

 有馬かなが本気で、しかし抑えて演じる。だが、あくまで少し抑えるだけ。

 空気は暗く陰鬱で、原作の雰囲気を壊すことなく。それでいて、拙い相方を照らすように。

 

(―――――まだだ)

 

 鳴嶋メルトは食らいつく。少しでも劣化すれば最後、一瞬で焼き尽くしてくる光へと、必死に。

 

(まだいけるでしょ、今のあんたは!)

(まだまだいけるだろ、俺!)

 

 そして、限界の更に先を求め、目指す。

 

「『でも!』」

「『一人にさせねぇよ!』」

 

 声に、動きに感情を乗せる。二人と共に学び、読み込んだシーンに、文字通り全てをぶつける。

 

「………この短期間で、どうやってここまで」

「プライベートでも結構やってたみたいだからね。あとは、アクアくんの焚き付け上手か」

 

 鏑木がそう笑い、場の空気を支配している二人へと視線を向ける。

 

「かなちゃんが本当にギリギリを攻めて、メルトくんがそこに食らい付く。どちらかが間違えたら最後、その瞬間に作品が崩壊しかねない荒業だけど、メルトくんはその逆境に臆さず足掻いて、どんどんスキルアップしてる。お陰で、あの二人だけのシーンはどれもすこぶる評価が高い」

「………実質、鳴嶋くんの一人勝ちですよね、これ。いいんですか?」

「彼の努力の成果さ。上にも納得してもらわないと」

 

 水音が静かに響く。ストーカー役、アクアが水溜りを踏み締める音だ。

 

「………っ」

「流石、ルビーちゃんの兄ってところかな。()()()()()ね」

 

 空気が一層暗くなる。かなの心を期待が、メルトの心が強烈な緊張が満たす中、アクアは平然と振る舞い、ごく自然に演技を始める。十年近いブランクを感じさせぬ堂々とした、そして視線を、空気を我が物とするその演技にかなは歓喜し、メルトは圧倒される。そう、圧倒されて―――

 

(―――圧倒されてんじゃねえよ、俺!)

 

 激情を燃やす。圧倒された自身への怒り、二人に遠く及ばない自身への、湧き上がる怒りをだ。

 

(一番ダメな俺が圧倒されてたら、全部ダメになっちまうだろうが!)

 

 そして、食らいつく。この陰鬱な空気を食い破り、感動のシーンへと繋げるべく、全力で。

 

(いいぞ。そうだ、まだいけるだろ!)

(っ、ああ!やってやるよ!)

 

 アクアの視線の訴えに、メルトは持てる全力で応じる。積み重ねた全てを、躊躇なくぶつける。

 

「『何をしたって無駄だ―――諦めて流されろよッ!』」

「そんなに見せつけられると、惜しく思っちまうじゃねえか………無理しやがって」

 

 そう零した見学者は、同時に彼の演技の先も見据えていた。

 

(っべ………ッ!)

(止まるな。アクシデントも全力で活かせ!)

(っ………ああ、クソ!やってやるよ!)

 

 足が不自由な男に、殴られたフリなんて器用な真似は難しく。

 メルトの拳をモロに受け、しかし一瞬の視線で彼の躊躇を殺し、即座に次に繋げる。カットなどさせない、させてはならないと訴えるように三人が没入し、そこだけ現実から隔離されたかのように錯覚させる。事実、彼らは今過去最高のポテンシャルを引き出せており、監督を含むソレを理解している者たちは、そもそも止めようという気すら起こしていない。

 

「ったく………庇わねぇからな」

 

 過保護者二名を思い出し、アクアに演技指導した人物が溜息を吐く中、シーンは進んでいく。

 カットがかかった瞬間、場の空気は現実に戻る。二人が仮面を投げ捨て、駆け出す。

 

「悪い!」

「いや、いい。こうなるのも織り込み済みだ」

「それなら先言ってくれよ!心臓に悪いから」

「気を遣われたら、違和感が出るだろ。今のお前じゃ、そこまで器用な真似は無理だし」

「そう、だけどさぁ」

「だからって………!」

「けど、二人ともよかったぞ。これまでで一番だった」

 

 明るく、屈託のない笑顔でそう言われてしまえば、二人はそれ以上何も言えない。

 

「………それと、悪い。ちょっと手、貸してくれ」

「え、あ、ほら!」

 

 反射的にかながアクアの手を取り、引っ張る。予想していたより軽い手応えに驚く中、当の本人が立ち上がり、そこに杖を手にした人物が歩み寄る。何者か、と視線を向けたかなが絶句し、メルトがその反応でただならぬものを察し、スタッフの中からどよめきが生まれる中、注目を一切意に介さぬ少年はアクアへと杖を手渡し、先程の演技への評価を伝える。

 

「ほとんど付け焼刃の割にはよかったぞ、お前の演技」

「大輝さんにそう言って貰えると、俺も捨てたもんじゃないって思えますね」

「ま、どうしようもないのもわかるけどな。特にさっき殴られたのとか」

 

 アクアが黙り込む中、大輝―――姫川大輝は軽く彼の肩を叩く。

 

「黙っといてやるから、オンエアまでに言い訳考えとけよ」

「あ、庇ってはくれないんですね」

「冗談じゃねえ。鴨志田さんとやんちゃしたときは俺たちが悪かったけど、今回は自業自得だろ」

「………ハイ」

 

 二人が離れていく中、完全に凍り付いたかなへと、メルトが恐る恐る尋ねる。

 

「えと、あの眼鏡の人、そんなスゲー人なの?」

「………役者やりたいなら、その辺のアンテナしっかりしときなさいよ」

 

 一周回って肩の力が抜けたかなは、紛れもない天才の一人の名を、まだ粗削りな後輩に教える。

 

「あの人は姫川大輝。劇団ララライの看板役者で、月9主演経験もある実力者よ」

「………はっ?」

 

 メルトが凍り付く隣で、かなの思考は別の方向に向かっていた。

 

(………わかってる、つもりだったけど………あいつの足)

 

 歩いている時から、違和感はあった。だが今回、アクアは殴られたように見せることが出来ず、敢えて殴られることで、演技に不自然さを出さないようにした。メルトがそこまで器用に動けない、という点においては同意しかないが、それを実行することを許容できるかは別問題だ。

 

(これで最後、が一番よね)

 

 胸が痛むが、仕方のないことだ。あんな様を見せつけられては、そう思うしかない。

 

「………」

「かなちゃん?そろそろ休憩」

「わかってるわよ、それくらい」

 

 だからこそ、その献身が嬉しくて、彼の無茶を喜ぶ自分が嫌になって。

 ………自分のことなのに、何が何だかわからなくて。

 

「ラストでミスったら、洒落になんないもんね」

 

 そんな複雑な感情を押し込め、有馬かなは休憩に入る。

 

 

 ―――――小休止を挟み『今日は甘口で』全話の撮影が完了した。

 

>>>>>>

 

「アークーア♪」

「おーにーいーちゃん♪」

 

 苺プロダクション―――その二巨頭が、天使のような笑顔で名を口にする。

 

「待ってくれ、言い訳させてくれ」

「「は?」」

「いえ、なんでもありません」

(しまった、二人のスケジュールを確認しておくんだった………!)

 

 二人の怒りの原因、星野アクアマリンは椅子に座り、冷や汗を浮かべていた。

 

「まず、その頬は?」

「………転んで」

「それじゃあ鏑木さんに聞いてみるねー」

「演技で!やりました!」

 

 即落ちである。

 

「………は?演技!?お兄ちゃん、足は?!」

「それで?殴ったのは誰?」

「俺が殴られにいっただけだよ。相手は悪くねぇ」

(誤魔化せるかと思ってたんだけどなぁ………やっぱ慣れないことはするもんじゃないな)

 

 これはアクアの見立てが甘いのではなく、二人の観察眼が異常なだけである。

 

「鏑木さん、ってことは今日あま?………あの人が?お兄ちゃんを?」

「俺は代役。ストーカー役やる予定だったヤツがドタキャンした穴埋めだよ」

「だからって………ていうか、なんで殴られたのさ。相方に伝えておけば、それくらい」

「どーせ二人は見てるだろうから言うけどさ。あの新人に、そんな細かいコト出来ると思うか?」

「「………」」

 

 沈黙。回答としては何よりも雄弁だった。

 

「最高のパフォーマンスを引き出せるチャンスなんだ。これくらい、安いもんだよ」

「「はぁ!?」」

「怖い、怖いって!そこまで怒らなくてもいいだろ!」

「アクアがバカなこと言うからでしょ!?」「お兄ちゃんがバカなこと言うからじゃん!」

「いや、別に大怪我したとかじゃないんだからいいだろ」

「こーら。その調子でやってると、その内取り返しがつかないことになるわよ」

 

 アクアの頭を軽く叩き、斎藤ミヤコが呆れ気味に溜息を吐く。

 続けて、感情的になっている、仲が悪いようでいい、いいようで悪い母娘に視線を向けて

 

「二人も一回落ち着きなさい」

「う………はーい」

「ごめんなさい」

 

 実質育ての親、娘の居候先という事もあり強く出られない二人は、すんなり従う。

 

「まず、アクアが悪いところは、二人に無断でやったことね」

「………しょうがないだろ。二人に言ったら反対されるし」

「そうね。けど、代役くらい都合して貰えたんじゃないかしら?」

「俺だってあくまで予備の予備だったよ。代役が見つからなかったからやっただけだ」

「その割にはしっかり演技指導して貰ったのね。ララライの姫川さん、だったかしら?」

「スケジュールが合ったのが大輝さんくらいだったんだよ」

「「うぐぐぐぐ………!」」

「二人とも売れっ子だし、そこは仕方ないわ。杖を使わなかった理由は?」

「ストーカーはあくまで端役だ。余計な要素を入れて作品を乱したくなかったんだよ」

「………だ、そうよ。納得してくれたかしら?」

 

 アクアの、作品に真摯に向き合う姿勢を突き付けられ、二人は何も言えなくなる。アクアを大切に想う気持ちに嘘偽りはなく、彼の望みを妨げることも彼女たちの本意ではないからだ。無茶をされるのは怖い、怪我をされるのは嫌だ………だが、束縛がしたいわけではない。

 

「………今度から、ちゃんと事前に知らせること!」

「アイは大前提として!私も忘れちゃダメだからね!」

「わかった、わかったから!」

 

 競うように念押しする二人に気圧され、アクアは限界まで身を引き了承の意を伝える。

 納得した二人が離れたところで、アクアは一息吐き、直近で入っている予定を伝える。

 

「今晩、今日あまの打ち上げあるから」

「「ちょっと待って!?」」

「いや、そこは仕方ないでしょ。それじゃあ、私が送るでいいわね?」

「いや、私が送るよ!?いいでしょ!?いいよね!」

「えぇ!?それなら、私だって」

「いや、ルビーは免許持ってないでしょ」

「………!」

 

 成人女性対未成年女子、勝者は成人女性。決まり手は普通自動車免許の有無であった。

 

「うぅぅぅぅ………!」

「ふふん!」

「いいもん!免許取ったら、今度は私がお兄ちゃんを送り迎えするんだから!」

「あと三年待たないとだけどね~?」

「あれ?アイは聞いてなかった?ルビー、今バイクの教習頑張ってるんだ」

「………あっ!?」

 

 アイが悲鳴を上げる。ルビーの顔に優越感に満ちた笑みが浮かぶ。

 

「ふっふっふ………お兄ちゃんの送り迎えは、もうアイの専売特許じゃないんだから!」

「16の誕生日まではまだかかるけどね」

「それは言わないでよぉ~!」

「気長に待ってるから、焦るなよ。ただでさえスケジュールカツカツなんだから」

 

 アイドル、女優を両立しているルビーの生活は多忙を極める。中学にしても、目標とする学校を受験できるギリギリしか出席できておらず、定期テスト前にはアクアに泣きつくこともしばしば。当のアクアも、五反田や鏑木、アイ、ルビーのコネで現場見学ができるときは学業をすっぽかしている為、出席頻度は低い方だ。

 万一怪我でもされてはたまらないアクアとしては、焦らずゆっくり頑張って欲しいのが本音だ。

 

「い、一応入学準備とかで落ち着けてるから………今は」

「なら、尚更無茶せず休めよ。また忙しくなるの、ほぼ確定なんだから」

「体調崩すと後が怖いよ~?」

「アイは脅さないでよぉ!」

 

 ルビーを慮ってはいる一方、業界人としては洒落にならないジョークである。

 アイがルビーにポカポカ殴られるのを尻目に、アクアは自身の予定を確認し、アプリを開く。

 

「姫川さんの?」

「指導料代わりに奢ることになっててさ。その辺の調整」

「一応聞くけど、あのプリン頭は」

「鴨志田さんな?あの人舞台俳優としては一流も一流だからな?」

「女遊びはダメだよ、お兄ちゃん」

「しねーよ。ていうか今回は姫川さんだけだよ」

 

 アイ、ルビーの重圧がアクアにのしかかる。尚、鴨志田とは予定が合わず、電話越しに軽くコツを教わる程度しか出来なかった。アクアとしてはお礼したいところではあるのだが、当の相手は軽いものだから、と取り合ってくれないでいた。仲が悪いわけではなく、ララライ関係者の中でも気心知れた部類だからこそ、といったところだろうか。

 

 問題は、どちらも女好きであるため、アイとルビーに兎に角警戒されていることか。

 

「………まあ、今日は関係ないからいっか!」

「鏑木さんもいるし、大丈夫でしょ!」

「はぁ………あんまり、羽目を外し過ぎないようにね?」

「何をどう外せと?」

 

 呆れ混じりの台詞にミヤコの苦笑が返される中、アクアは打ち上げの為着替えに向かう。

 

「あ、待って!一人じゃ危ないから!」

「いや、アイが一緒にいる方が危ないから。立場的に」

「なら私が!」

「いらん!そこまでして貰わなくて大丈夫だから!」

「………なにやってんだか」

 

 アクアが無事更衣室に向かえたのは、通りすがりのぴえヨンが声を掛けてからのことだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。