青い星は翳ることなく 作:にわか物書き
(し、死ぬ………)
鳴嶋メルトは息も絶え絶えに、打ち上げパーティー会場の隅へと逃げ込む。
(ただ頑張っただけだろ!?なんでオーラの違う人たちが………)
「よかったじゃない、評価されてて」
グロッキーのメルトを揶揄うようにグラスを手渡すのは、彼の師とも言える共演者。
「よかねぇよ………なんだって、こんなことに」
「次の仕事に繋がりやすくなった、ってことだ。前向きにいこうぜ」
「いや、そうは言われてもさぁ………こ、心の準備が」
「一人だけ際立ってたんだから、注目されるに決まってるでしょうが」
「注目されるのは苦手か?」
「………顔がいい、って言われることは多かったけどさ。その、それ以外は………」
自信なさげなメルトに、二人は同情するように顔を歪める。
顔には自信があった。そこを誉められ続け、増長して―――二人が、それをへし折ったのだ。
「俺も精一杯やったけどさ。やっぱ、もっとやれたんじゃないか、って、怖くって」
「あんたがどう思ってようが、オンエアされたあれが全てよ。それで、現場を見てない人間はあの映像であんたを、鳴嶋メルトがどういう人間か、ベストを尽くしていたかを判断するの。声を掛けたってのは、つまるところあんたの努力を認めてるってことよ」
「もっと胸を張れよ、新人。今回の成功の立役者は、間違いなくお前だよ」
「―――お二人の言う通りですよ、鳴嶋さん。もっと胸を張っていただかないと」
メルトが弾かれたように姿勢を正し、振り返る。
「それと、言い遅れましたが………撮影、お疲れさまでした」
微笑を浮かべる吉祥寺が頭を下げる。纏う空気は、ただただ穏やかだ。
「皆さんのお陰で、アシスタントの子たち共々、最終話まで見続けることが出来ました」
「いえ、そんな………」
「拙いところが多かったのは事実ですし、不満も勿論ありますよ?」
メルトが呻くが、吉祥寺は構わずに続ける。
「でも、画面越しでもよく伝わってきましたから。少しでもいいものにしよう、って想いが」
目を剥くメルトの背中をかなが力強く、肩をアクアが優しく、それぞれ励ますように叩く。
「この作品を支えてくださったのは、間違いなく皆さんです。本当に、ありがとうございました」
胸が、目が熱くなる。初めての感覚に戸惑うメルトに、二人は優しい視線を向けている。
「アシスタントの子たちも、お二人の熱演を高く評価してました。最終回は特に」
「………あ、ありがとう、ございます………!」
「へし折った私が言うのもなんだけど、ホントあんた自信無いわね~」
「う、うっせ!」
かながガチガチになっているメルトを突くのに仄かに笑んで、続けてアクアに一礼。
「星野さんも。鏑木さんに聞きました。有馬さんと、鳴嶋さんの指導をしてくださってたと」
「メルトが望んだからやっただけです。礼を言うなら、メルトに言ってやってください」
「いや!俺がここまでやれたのは、アクアとかなちゃんがしっかり指導してくれたからだよ!」
「そこは否定しないわ。私一人じゃ、あんたをやる気にさせるとか無理だったし」
「うぐ………」
「ふふ………三人共、本当にありがとうございました」
改めて、深々と頭を下げられる。
「次があるようでしたら、またお願いしますね」
「あ、あはははは………」
「その頃には、メルトも一人前になってるでしょうし、大丈夫ですね」
「え゛!?」
「また起用して貰えるようでしたら、その時は今よりキツくしごきますので」
「嘘だろ!?」
「期待していますね、鳴嶋さん」
「先生まで!?」
思わぬ方向からの重圧にメルトが呻き、三人から軽い笑いが漏れる。
少しして吉祥寺が離れると、それを合図に他の業界人たちから三人も声を掛けられ、自然とばらけていく。アクアが声を掛けられたのは、主に出演モデルの所属事務所の関係者たちで、関わりの薄い者にはメルトが跳ねたことに対する皮肉を、勝手知ったる相手には他のモデルの撮影に来ないかとの誘いを受ける。とはいえ、この場で正式な話を持ち掛けてくる者はそう多くはなく、誘いも程々に世間話に入る場合が殆どだ。
「相変わらずモテモテだね、アクアくん」
「可愛い同年代か、綺麗なお姉さんが理想ですけどね」
「ははは。アイくんは綺麗というより可愛いだからね」
鏑木との会話も、そんな些細な雑談から始まった。
「今回は大手柄だったね。お陰で当初の目標を随分と上回った」
「メルトの頑張りですよ、全ては」
「だが、彼という原石を見出し、粗削りながら磨き上げたのはキミだ」
付き合いが長いからこそ、鏑木は適切に事態を見ている。
「彼、モデルより俳優として力を入れていきたいそうだ」
「メルト本人が?」
「うん。折角だから、とオファーをかけたのだけど、一足遅くてね」
寂しげに笑い、すぐに表情を引き締め、本題に入る。
「アクアくん、リアリティーショーの経験はあるかい?」
「いえ。そっちの方はさっぱり………スタッフとしても、演者としても」
「流石に出演してくれ、とまで言うつもりはないよ。大きな借りも出来ちゃったしね」
「ご冗談を。アレを貸しにカウントするなら、俺なんて首が回らなくなっちゃいますよ」
苦笑を浮かべるアクアに優しく笑い返し、鏑木は軽い調子で話を続ける。
「それじゃあ、出演してみるかい?」
「俺みたいな無名の人間が出ても………もしかしてですけど、メルトに持ち掛けたのって」
「うん」
あっさりと答えられ、アクアは少しばかり脱力。
「………そうなるでしょうね」
「いや、惜しいことをしたよ。彼の気持ちもわかるけどね」
「メルトはなんて断ったんです?」
「暫くは役者として経験を積みたい、ってさ。余所のドラマに取られちゃったよ」
軽く肩を竦め、鏑木が笑う。つられて、アクアも。
「殊勝なやつですね」
「本当、随分と綺麗にへし折って、叩き直したじゃないか。最初と今とじゃ別人だよ、彼」
「立ち直れたのはあいつ自身の成果ですよ。俺たちはただ、少し手伝いをしただけです」
「ただ、少々理想が高くなりすぎてる気がするんだよね」
「いいじゃないですか。低いところで変に満足されるよりは、そっちの方が」
「………まあ、その辺りはキミに任せるけどね」
グラスの中身で口を濡らし、鏑木が話を戻す。
「恋愛リアリティーショーの『今からガチ恋始めます』なんだけど………どう?」
「んー………裏方としてなら」
「妹さんが怖い?」
「というより、番組の希望に沿った画を提供できる気がしない、といいますか」
「いやいや、そこまでは求めないよ。元々、出演まで頼むつもりはなかったからね」
「そう言って貰えると有難いですね」
「詳しい話はまた、追って事務所の方に通しておくよ」
「お願いします」
そこで話は終わり、二人はまた別の業界人に声を掛け、掛けられて。
そうしている内に打ち上げが終わり、各々が帰路に着く。
「アクア」
その声に画面から視線を外し、アクアは顔を上げる。
「あんた、帰りどうするの?」
「今保護者に連絡したとこ」
「………そ」
どこか安堵したような、残念なような、そんな声だった。
「………実際のところ、どうなの?足、平気なワケ?」
「問題ねぇよ。あの時も言ったけど、転ぶのには慣れてる」
「そういう問題じゃ、ないでしょ………!」
かなの手がより強く握りしめられたが、アクアは気付かない。
「………話は変わるけどさ。あんた、苺プロだっけ」
「急にどうした?………そうだな。B小町の広報動画の撮影、編集くらいしかしてないけど」
かなの頭の中を占めるのは、三人で臨んだあの撮影。
地面に転がった姿を、立ち上がるのに苦労していた姿を、引き上げた軽さを、鮮明に思い出す。
(………見て、られなかったものね)
眩いばかりの輝きには、代償が伴う。それが今の星野アクアだ。
放っておけない、放っておきたくない―――傍に、いたかった。少しでも離れてしまえば、また取り返しのつかないことになってしまう気がして。今度こそ、もう二度と会えなくなってしまうような、そんな漠然とした危機感が、彼女に一つの決断をさせた。
「わかった。それじゃあ、くれぐれも気を付けなさいよ」
「何にだよ」
「一目でわかるくらい細くてひ弱なんだから、気を付けるものなんて幾らでもあるでしょ」
自覚アリとはいえ、面と向かって言われると辛いのか、アクアが胸を抑えて呻く。
「自覚があるならいいけど。防犯グッズでも持ち歩いたら?」
「いや、引くほど持たされてる」
アクアがバッグの中身を見せれば、かなは数秒沈黙し、数歩後退り。
「おい」
「いや、防犯ブザーは兎に角、熊除けスプレーってなに?他もチョイスが可笑しくない?」
「それは思ってたけどさ」
「なら言いなさいよ」
「流石に「いらない」とは言い難いだろ。あっちは本気で選んでくれてるんだし」
「だとしても、熊除けはダメでしょ。ていうか、どれも殺意が高いのよ」
アイ、ルビー共に最悪の事態を知るからこそ、総じて殺意が高い。悪く言えば、アクアに危害を加えるような相手の命など考えておらず、後遺症を負おうがアクアさえ無事ならそれでいい、とまで思い詰めてしまっている。なまじ、目の前で大切なヒトの命が失われかけたからこそ、執着と呼べる域にまで悪化してしまっているのだ。
モノの殺意の高さのせいで、却ってアクアが使い難くなっているのだから、皮肉な話だが。
「使う時は気を付けなさいよ」
「大丈夫だろ………たぶん」
「どうかしらね。星野ルビーといえば、今をときめくトップスターの一人だし、厄介ファンの一人や二人じゃ足りないでしょ。兄がいる、って明言してるとはいえ、中には兄だろうが何だろうが男の影がある、ってだけで癇癪起こす困ったちゃんもいるでしょうし」
ふと、車が止まる。
「迎えに来たぞ………ったく、人のコト顎でこき使いやがって」
「夜遅くにすみません、壱護さん」
斎藤壱護。苺プロの社長だが、現在は実質的にアイの専属マネージャー。
そして、ルビーにも頭が上がらない、ある意味苦労人である。
「気にすんなよ。ほら、乗れ………そっちの嬢ちゃんはどうする?」
「あ………」
かなが思い描いていたシナリオを実現するチャンスが、目の前に来た。
恐れはあるが、躊躇ってはいられない。その一心で、口を開く。
「あ、あの―――」
>>>>>>
「というわけで、今日から世話になるから!」
「一発OKかよ。てか色々すっ飛ばし過ぎだろ」
「バッカお前、『今日あま』の熱演で再評価来てる有馬かな直々の売込みだぞ。逃せるかよ」
「そこは同意するけど、一言相談くらい欲しかったわねぇ………!」
「本っ当にすんませんでしたぁ!」
斎藤壱護、ミヤコに平謝りである。
「なにはともあれ、苺プロへようこそ、有馬。歓迎するよ」
「よろしく、アクア―――早速だけど、あんた今なにしてんの?」
パソコンに向き合うアクアを背後から覗き、尋ねる。
「俺抜きでやってた配信のチェックだな」
「へー。なにしたの?」
「みんなでゲーム。まあ、ルビーは綺麗にビリだったけど」
「うわ、リーダー苛め?」
「いや。視聴者参加型で、一人以外似たり寄ったりのボロ敗け」
「いや容赦無っ!?」
思わず叫ぶかなに、アクアも苦笑を向ける。
「リアクションを見る動画になってるからな。だから視聴者側も容赦しないし」
「うっわぁ………けど、あの生意気なのとか絶対いいリアクションするでしょ」
「だからこういう時、真っ先に苛められてる」
「………あ、ホントだ」
内容はレースゲームだが、ルビー筆頭のB小町メンバーに視聴者の攻撃が集中していた。生配信のアーカイブを見ても、アイドルらしい可愛らしい悲鳴から、らしからぬ汚い悲鳴まで飛び交い、かなが思わず声を上げて笑う。しかし、そんな中でも一人だけテクニカルに攻撃、妨害を潜り抜けてトップを独走する猛者がいることに気付き、絶句。
その様子に微笑を浮かべて、アクアは穏やかに説明する。
「ルビーは今や、トップアイドルの一人だ。それに食い潰されないように、他の子たちが持ってる魅力を発信していこう、ってのが、配信とか広報動画の切っ掛けでさ。ルビーより歌える子もいれば、ダンスが上手い子もいるし、スタイルがいい子もいる。そういう魅力を押し出して、ルビー一人だけじゃないアイドルグループにしていこう、って」
「シスコンここに極まれり、ね」
「………アイの頃のB小町がどんなだったか、知ってるか?」
「あー………前言撤回するわ。よく考えられてるのね、今のは」
ミヤコに平謝りする壱護が思わぬ追撃に血を吐く中、かなはその視線をアクアに向ける。
「………もしかしてだけど、そういうのも全部アクアが?」
「最初の頃は、そうだったな。今じゃルビーたちからも企画持ってきたりしてくれるけど」
「ふぅん。頻度の方は?」
「ルビーのスケジュールの都合、B小町全体では週一。そっからプラスアルファって感じ」
「ミヤコさーん!………あ、社長さんこんにちは~」
(いや軽っ!?)
悪魔角のカチューシャを着けた女性の軽い対応から、壱護の立場をかなが実感する中、爆弾が。
「『今ガチ』からオファー来たんですけど!」
「あら、よかったじゃない。そういえば、アクアもオファー貰ってたわね」
「アクたんも!?って、有馬かな!?」
「あ、そういえばMEMには紹介してなかったわね。ウチの所属になったの」
「よ、よろしく………待って、アクアが?今ガチ?恋愛リアリティーショーに!?」
「裏方だけどな」
ほっと胸を撫で下ろすのは、かなだけではない。
((よかった………))
斎藤夫妻も、安堵に胸を撫で下ろしていた。
その安堵が、数日とせず打ち砕かれるとも知らないで。