青い星は翳ることなく   作:にわか物書き

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紅い星と青い星

 晴れて苺プロ所属となった有馬かなは、事務所でスマホを弄っていた。

 

(アクアに注目する人もいるけど………やっぱ鋭い人は鋭いわね)

 

 彼女が目を通しているのは、アクアに対する評価が主だ。

 たった一度限りの特別ゲスト、一瞬のシーンを最高に輝かせた、正体不明の星。メルトの能力が低かった、かなもそれに合わせて抑えていた等の要因もあるとはいえ、あの場の質を限界以上に引き上げたのは、間違いなくアクアの演技。

 

(カメラワークは完璧だった。けど、完全には誤魔化し切れない)

 

 同時に、その星の欠落………この場合、アクアの足の事情を見抜いている人間も、一定数いた。

 それを信じる者もいれば、信じない者もいる。演技を称賛する者がいる一方、その無茶を嘆く者から、売名のために必死だと嘲笑う者。彼を起用したスタッフへの反感を示す者まで様々で、自身の評判を気に留めないアクアには響かない一方、演技と関係ない場への非難は、有馬かなにとって看過し難いものであった。

 

(難癖、揚げ足取りもいい加減にしろっての)

「づがれだ~………どちら様!?」

 

 驚く声に視線を上げれば、紅玉の瞳を持つアイドル女優の驚愕に染まった顔。

 

「あー、あんた、あいつの妹の………移籍してきた有馬かなよ。よろしく」

「ああ!重曹舐める天才子役の!」

「ハッ倒すわよコラ」

 

 かつてと同じ間違いをされ、額に青筋が浮かぶ。生意気な後輩で、今では遥か高みにいる相手。

 自身が失った、持っていなかったモノを全て持っている、知名度ですら遥か上を行く少女を前にして、かなは特に礼儀正しく取り繕うでもなく、自然体のままに振る舞う。宜しくないのは百も承知であるが、二度も間違えた相手にそこまでしてやろうと思えないのも止む無しか。

 

「で、何の用?アクアなら今日は監督のトコ行ってるわよ」

「うぇえ~!?折角アイがいない日なのにぃ………」

「あんた、あの大物を呼び捨てって………」

 

 呆れるかなだが、当のルビーは訂正するつもりもない様子。

 

「で、元売れっ子先輩はなにしてるの?」

「元つけるな。事実だけど………ちょっとした調べごと」

「なになに?仕事探し?」

「ハッ倒すぞマジで!」

「はいはい、やめなさい」

 

 ご機嫌に絡みに行くルビーの襟首を引っ張り、ミヤコが強引にストップをかける。

 

「どれだけ昔のこと引き摺ってるのよ、全く」

「いいじゃん!折角デビューしたのに、仕事殆ど掻っ攫われてたんだよ!?」

「責められるべきは有馬さんじゃなくて、仕事を持ち込めなかった私たちの方よ」

「そんなことないもん!ミヤコママだって、頑張って仕事取ってきてくれてたし!」

「そう思ってくれてるなら、そのウザ絡みをやめなさい」

「………はぁい」

 

 子役時代のかなとルビーにあった明確な格差の一つに、事務所の力がある。

 今でこそ中堅程度の力はあるとはいえ、ルビーが子役デビューした際は弱小も弱小。ルビー自身も努力していたが、この根本的なパワーバランスは中々覆らず、散々に辛酸を舐めてきたものだ。一応、かなの斜陽と同時にルビーが追い上げ、追い越し、輝きを放っていたのだが、最も辛い時期の経験だけに、中々忘れられる、水に流せるものではないのだ。

 

「ごめんなさい、先輩」

「………いいわよ、別に。あの頃は私もバカだったし」

 

 必要とされたい一心で片っ端から仕事を取っていた少女は、自身のツケとして受け入れた。

 

「これからよろしく、アイドル後輩」

「よろしくね、ロリ先輩!」

「………」

(我慢、ここは我慢………!)

 

 ぴくぴく震えるかなに気付くことなく、ルビーは無邪気な笑顔で手を差し出す。それを握って、いっそこのまま全力で握ってやろうかという邪念が脳裏を過るも、かなは普通の握手で済ませて、改めてルビーを見つめる。子役卒業と同時にアイドルデビューを果たし、今では女優としてもアイドルとしても高みに在る少女は、そんな視線に首を傾げ、自身の髪に手を伸ばす。

 

「ゴミとかはついてないから安心しなさい」

「あ、ホント?寝癖とかも?」

「大丈夫よ。ていうか、暇なら大人しく休んでた方がいいんじゃないの?」

「だからお兄ちゃん成分を補給しに来たのに、いないんだもん」

 

 かなの対面のソファに崩れ落ち、独占したルビーは、溶けるように沈んでいく。

 

「うぇぇ~………!」

「家に帰ればすぐ会えるでしょうに、大袈裟ね」

「あー………なんて言えばいいのかしら」

 

 ミヤコは言葉に窮した。果たして、双子の事情を教えていいものかと。

 

「お兄ちゃんなら居ないよ」

「………は?」

「それより、今は先輩の話を聞かせてよ」

 

 声色は変わっていないのに、有無を言わさぬ重圧がある。

 何かがある。そう確信は出来ても、深入りすることを許さないだけの圧が、そこにはあった。

 

「なんでウチにしたのか、とかさ」

「………アクアがいるからよ」

「へぇ?」

 

 一瞬、真冬かと錯覚するほどの寒気が奔った。

 

「き、今日あま見たでしょ!?あいつ、あんな体で無茶して!傍で見てなきゃ怖いじゃない!」

「「………そう(だ)ね」」

 

 ルビー、ミヤコの声が重なり、寒気が霧散する。

 

「アクアってば、自分のことは考えないものねえ」

「そうよ!確かに、出来得る限りいいものを作りたいってのは同じだけど、万一のコトがあったらそれどころじゃないじゃない!ああいう時はね、クオリティを下げてでも安全を優先しなきゃいけないの!それなのに、あいつは!」

「そうだよね!お兄ちゃんってば、他人に対しては安全第一なのに、自分のことになると例外扱いしてさ!何度怒っても懲りてくれないんだよ!?」

「二人とも、声を抑えなさい」

 

 ミヤコがタブレットで軽く頭を叩けば、二人は一度口を噤む。

 

「………有馬さんの心配はご尤もよ。だから、きつくお灸を据えてるわ………何度も」

 

 そして、その疲れ切った姿に、何も言えなくなる。

 

(………いえ、これはアクアのせいじゃないのだけど………言うべき、なのかしら?)

 

 尚、その疲労の原因には、土壇場も土壇場で飛び込んで来た仕事も関係しているのだが。

 

「ただ、今回ばっかりはどうしようもなかったのよね………」

「今日あまのこと?」

「いえ。実は、ちょっと困ったことになっててね?」

 

 腹を括り、ルビーの激情の矛先がアクアに向かないようにと、ミヤコは意を決して口を開く。

 

「今ガチ、キャストとして出演することになっちゃったの」

「ちょっと鏑木さんとっちめてくる」

「待って、お願いだから待って!今回ばっかりは鏑木さんも被害者だから!」

「えっと、どういうこと、ですか?」

 

 かなが困惑する隣、ルビーも驚きより困惑が勝ったらしく、訝し気にミヤコに視線をやる。

 

「ドタキャンよ、嘆かわしいことに。で、最初の収録は明日」

「「………うっわぁ」」

 

 その瞬間、二人の声が、心が一つになった。

 

「ダメでしょ、ソレ………いや、絶対駄目でしょ」

「やらかした奴、終わったわね………で、その代役がアクアですか」

「そう。内容が内容だし、危険はない筈だけど」

「うー、うぅぅぅぅ………!」

(お兄ちゃんに恋人ってだけでも複雑なのに………もし、お兄ちゃんが)

 

 ルビーに浮かぶのは、『あの日』のアクアの笑顔。病室でアイが語っていた『先生』の特徴。

 初恋の、最愛の人とよく似たあの笑顔の真相を知りたくて、知るのが怖くて踏み出せなくて。

 

(どうすればいいのぉ!?)

 

 事が事である以上、そんな私情を持ち込んでいいものかという、成熟してしまったが故の葛藤。

 本人には真剣で、真面目な悩みだが、傍目には重度のブラコンにしか見えなかった。

 

>>>>>>

 

 それは、出会いと呼ぶにはあまりに一方的で、勝手なものだっただろう。

 仕事の先で、ただ一方的に目撃したそれは、果たして出会いと呼べるのか。

 

『んー………もう一度。次は―――』

『うぇぇ………こ、今度こそは………!』

 

 B小町の、星野ルビー。だが、彼女の視線を奪ったのはルビーの輝きではなかった。

 

『今度は力み過ぎだ。もっと自然体を意識しろ』

『きっついよぉ………』

『じゃあ、ベストショットは諦めるか?』

『………やってやらぁ!』

 

 陽射しに照らされる、星の如き紅色の輝きを引き出すのは、静かな青い輝き。

 

『これでもいいと思うんだけどねぇ』

『あいつはまだまだやれますから。厳しくする程よく伸びるんで、遠慮せずやってください』

『ふぅん………それじゃあ、僕からも幾つか注文させて貰おっかな』

『ひえぇええええ!?』

 

 柔らかな光を宿す青い瞳の、金髪の美少年。儚げな雰囲気に反し、経験者として同情してしまう程に難しい注文を遠慮なく突き付ける様に、最初は引いた。だが、星野ルビーは少女の予想に反し、その難題に対応してみせた。それこそ、目を見張る程的確に、適切に、指摘されたポイントを修正して。

 

『これ、どうです?俺はこれ以上は無いと思ってますけど』

『だね。考える限り、最高の出来だ』

『やったー!』

 

 眩いばかりの笑顔で、無邪気にはしゃぐ美少女。

 だが、彼女が目を奪われたのは、その紅い輝きではない。

 

『流石、やればできるじゃん』

 

 自慢するような称賛と共に浮かんだ、柔らかな笑みに目を、心を奪われた。

 

(もしかして、とは思ってたけど………)

 

 寿みなみの瞳に映るのは、あの時と異なる微笑を浮かべる美少年。

 

「―――ちゃん?みなみちゃん?」

「ふぇ?ああ、ごめんなさい。うちとしたことが」

「大丈夫か?疲れてるなら」

「いや、大丈夫です。うちなら大丈夫ですから、ハイ」

 

 見蕩れていた、などと言える訳もなく、みなみは冷や汗を滲ませ、大丈夫であることを強調。

 

「ならいいけど。あ、これが私のお兄ちゃんの、星野アクアマリン!」

「フルで言う必要あったか?………よろしく。俺のことはアクアでいいよ」

「あ、どうも。うち、寿みなみって言います。みなみ、でお願いします」

「よろしく、みなみさん」

「みなみちゃんねー!なんとねー!」

「や、やめてぇ~!」

 

 流石に異性相手に暴露されてはたまらないと、みなみはルビーに手を伸ばす。

 

「やめてやれよ、ルビー」

「えー?グラドルだよ?Gカップだよ?!」

「わーっ!?」

「お前………」

「楽しそうだね」

 

 二人のじゃれ合いは、完全に想定外な声で強制停止を余儀なくさせられた。

 

「初めまして、不知火さん」

「初めまして、星野さん。今日あま、よかった―――鳴嶋メルトの売り出しも」

 

 ルビーが、みなみが驚く中、マルチタレントの不知火フリルは続ける。

 

「鏑木さんと、あとは五反田監督ので多かったよね。意外なヒトが、意外な形で売れるパターン」

「本人の実力だよ」

「けど、それを見出した人がいる。あなたの名前、意外と知られてるんだよ?」

 

 猫のような瞳に射貫かれ、しかしアクアは態度を変えることもない。

 

「買い被り過ぎだ。俺は大したことはしていないよ」

「じゃあ、そういうことにしとく」

 

 すんなり引き下がった………かのように見えたフリルだが、その視線はアクアに向いたまま。

 

「でも」

「?」

「あなたが関わってた作品、どれもよかった」

「………監督たちの手腕だ」

「ううん。あなたが関わった作品は、どれも特有の輝きがあった」

 

 この学校において、間違いなくトップの一人だろう知名度を誇る少女の言葉には重みがあった。

 

「B小町の動画、次はどんなの?」

「………お楽しみ、ってことで」

「わかった」

 

 ほんの少しの会話の中、ルビーは冷や汗を浮かべていた。

 

(待って、お兄ちゃんがアレ編集してるって、なんでわかったの!?)

「え?ど、どういうこと、です?」

「B小町の広報動画、星野さんの編集でしょ?」

「アクアでいいよ、不知火さん………隠してもしょうがない、その通りだ」

 

 諸手を挙げ降参を示し、苦笑する。

 

「本当、よくわかったな」

「言ったでしょ、特有の輝きがあった、って。人を惹きつけるだけじゃない、照らす輝きが」

 

 表情にほぼ変化を見せず、しかしフリルはアクアへと顔を近づける。

 

「私のこと、照らしてみる気はない?」

「………はい?」

「「………へ?」」

 

 アクアだけではない。ルビーも、みなみも、完全に思考が凍り付いた。

 

「………冗談だろ?」

「結構本気だよ。あなたなら、私の知らない私を見つけてくれる気がするから」

 

 なにせ、大手も大手に所属する、日本有数の学生タレントが、自らを売り込んだのだから。

 

「「………えええええええええええ!?」」

「………まだ、そこまでは無理だよ」

「それは残念。それじゃあ、今後に期待してる」

 

 本当に残念そうに、そして期待を隠さず、フリルは顔を離す。

 

「それと、不知火さんじゃなくてフリル。よろしくね、アクア」

「………よろしく、フリル」

 

 そして、最後はフレンドリーに。

 

「あ、あっという間に名前呼びまで………恐ろしい人やわ」

「もし監督として活動するようなら、いつでも呼んで。喜んでとんでくから」

「いやいやいや!お兄ちゃんの初めては私のだからね!?」

「ルビーちゃん、その言い方で叫んだらアカンよ!?」

(今、俺の大切なものが木っ端微塵に吹っ飛んだような………)

 

 その日、アクアは知名度の爆上がりと同時に、色々と大切なものを失った。

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