青い星は翳ることなく 作:にわか物書き
重い空気を打ち消すように、努めて爽やかな声を出す。
「ご飯できたよ、母さん」
「ありがと」
アイがいる時、決まってアクアがキッチンに立つ。
「手は大丈夫?怪我してないよね?」
「大丈夫だよ。心配性だな、母さんは」
アクアが刺されて以来、アイは刃物に強い忌避を示すようになっていた。当然、収録で使用する場合もあるが、そういった際には必ずアクアが付き添う必要がある程であり、料理など以ての外。また、来客の類も怖がっている為、出前の類も控えており、必然的にアクアが料理をする形となっているのだ。
「………恋愛リアリティーショー、出るんだって?」
「仕方ないだろ。タイミングが悪すぎた」
二人だけの食卓。だが、アイの多忙を考えれば、二人いる日の方が珍しい。
「ふーん………で?」
「で、って?」
「いやー?アクアは誰が狙いなのかなーって思ってさ」
アイの視線の先で流れるのは、『今からガチ恋始めます』の広報映像。
「そういうのは考えてないよ。MEMちょと適当に駄弁ってお茶濁すつもり」
「ふむふむ、つまりアクアは年上好きと」
「違うよ」
「それじゃあ熟女好き?もしかして私も狙われてる?きゃーっ♪」
「MEMは熟女じゃないだろ。ていうか、ソレ外ではやらないでくれよ」
MEMちょの年齢ネタについて、知っている人間は星野家含めても少ない。MEMちょ自身も星野家の事情について深く知っている為、おあいこではあるが、憧れの先輩、年上等の要素から彼女がアイを弄れることはなく、専ら弄られ専である。なんなら、芸能界キャリアの差からルビーにも弄り倒されている………その境遇、そして成果に対しては、二人とも最大限敬意を払いながら、である。
「それじゃあ、今度会う時釘刺しとかないとね~♪」
「パワハラで訴えられるぞ」
「う………そ、それはちょっと困るな~」
「それじゃあ、やめといてやってくれよ」
(って言うけど、アクアだってさぁ~!)
尚、アイとルビーがMEMを弄るのは、先輩後輩以上にアクアとの気安い関係への嫉妬もある。
投稿者としての経歴はアクアの方が長く、その為アドバイスや相談も良くしていたのが切っ掛けではあるのだが、身内二人が危機感を覚える程度には距離が近いのだ。曰く、弟が増えたような感覚、とのことだが、それはそれで認められない、認め難いモノがある様子。或いは、自分たちに向けられる愛情が減ってしまう、とでも思っているのか。
「だって、ずるくない?私がアクアのご飯食べられないときも、MEMはさー!」
「俺だって、余裕があるときは母さんの弁当とか作ってるじゃん」
「それはそれ、これはこれ!だって―――――」
尚、アクアの弁当はルビーも貰っている為、アイの中ではカウントされていない。
(………やっぱり)
アイの振る舞いは、昔と変わらない。いや、昔より少女らしくなっているように思える。
外ではまだ大人らしさがあるのだが、家ではそれらの仮面を投げ捨てて振る舞っている。甘えるようなその行動に思うところがないでもないが、アクアはその理由も察せている。察せているからこそ、強く言う事が出来ない。アイとルビーの間に溝を作ってしまったのも、それを深める要因を作ってしまったのも、自身なのだという自責があるから、少女のような母を受け止めるしか出来ない。
アイ自身が組んだ、健康状態を度外視したスケジュールが落ち着きを見せたのは、ルビーが子役として芸能界入りを果たしてから。アイに対抗しようとルビーが、ルビーにばかり負担をかけまいとアイが、それぞれ過密スケジュールを組み続けたことに激怒した斎藤夫妻がいなければ、今頃二人とも体を壊していたことだろう。
………その二人の行動の元凶が自身だと考えている以上、強く言える訳が無いのだ。
「聞いてる?」
「聞いてる聞いてる………暫くは撮影の後の打ち上げとかあるから、夜は」
「わかったよ~」
言い切る前に、どこかご機嫌なアイが返事をする。その様子にアクアはジト目になり、
「………いやに聞き分けがいいな。何か企んでる?」
「ひどくない!?」
おちゃらけたように振る舞うアイだが、内心は不安と不満でいっぱいだ。
(………別に、いいじゃん………あの子が、ルビーが帰ってこないのが悪いんだから)
最大の不満は、家にいないルビー。
アイ自身、自分が悪いという事は理解しているのだ。自分が不用心だったから、アクアは生死の境を彷徨い、一命こそ取り留めたものの、二度と自由に歩くことが出来なくなってしまった。その上、最愛の息子が死にかけていた時も、リハビリに苦しんでいた時も、彼に付き添うことなく仕事に打ち込んでいたのだから、嫌われて、恨まれて当然だ。
だが、辛いものは辛いのだ。ルビーのことは今でも大好きで、心の底から愛していて。苦しくて苦しくて、仕方がない。謝りたかった、一緒に居たかった、成長する姿をもっと間近で見ていたかった………なのに、その機会すら貰えず、一方的に突き放され続けた結果。アイの胸の中には、確かな黒いモノが芽生えてしまっている。
(帰ってくれば、あの子だって………ッ!)
「何も企んでません―!おーぼーだー!」
皮肉なことに、この母娘の亀裂を深めているのは、その才能だった。
辛いときに辛いと言えず、意地を張って取り繕えてしまうからこそ、周囲も気付けない。互いに気付ける筈なのに、必要以上に意地を張ってしまうせいで気付けるものを見逃して。互いに想い合っていながら、素直になり切れない。アクアを間に挟まなければ、穏やかな会話も難しいのだから、重症という他ないだろう。
「わかったわかった。疑って悪かったって」
「許さないよー。美味しいお菓子作らないと許さないよー」
「何がいいんだ?」
「アクアの手作りなら何でも♪」
「そういうのが一番困るんだよなぁ………」
「えへへ~♪」
年頃の少女のように、或いは想い人に甘える乙女のように。
その胸に秘めた感情をただ『愛』と定義して、母は息子に与え、求め続ける。
その正体を知らないことは、きっと幸せなことなのだろう。
>>>>>>
朗らかな声が響き、明るい笑顔が生まれる。
その空間を、彼女は遠巻きに眺めるのみだった。
(姫川さんたちといる時と似てるけど、また違う………どんな関係なんだろ)
ネットタレントのMEMちょと談笑する少年が纏う空気は、彼女が知るどれとも異なっていた。
「なになに?アクアくんのこと、気になってるの?」
若手ファッションモデル、鷲見ゆきの茶々に、劇団ララライの若き天才は戸惑い気味に肯定。
「う、うん………姫川さんたちと喋ってる時とは、また違うなー、って」
「そういえば、知り合いなんだっけ?」
「うん。仕事の関係で、何度か」
ただ、彼女は………黒川あかねは、ある種の完成を迎えていた。
「姫川さんたちと仲良くしてたり、鴨志田さんたちと演技の相談してたり………」
言い換えるなら、自称素人のアクアのアドバイスを必要としない状態であり、彼も理解している為、仕事での会話はあまりない。雑談等に興じることはあったが、大輝のようにプライベートでも交友がある訳でもなく、舞台関連の仕事の頻度もそう多くなかったため、精々顔見知り程度の仲と言えるだろう。
「ってことは、あかねはアクアくんとは仲良くなかったの?」
「うーん………良い悪いって言える程、踏み込んでなかったから」
「じゃあ、あくまでお仕事上だけの仲だった、ってことになるのかな」
カメラに気付いたゆきの要約に気付かないまま、あかねは続ける。
「そうかも。姫川さんたちと違って、個人的に遊んだりはしてなかったし」
「へー。もしかして、気になってたり?」
「………んー」
ゆきの踏み込んだ疑問への答えは、なんとも歯切れの悪いもの。
「どっちかって言うと………今は、MEMちょとの関係の方が気になる、かな」
「ふふぅん?」
「姫川さんのと似てるんだよね、MEMちょの接し方………まるで」
弟と接してる、みたいな。
「―――――ひぅ!?」
「どうした?」
「いや、今猛烈な寒気が………!具体的には、ウチの二大看板からの圧というか」
「諦めてくれ。無理ならドタキャンかました奴を恨んでくれ」
「おのれ~!暫く金欠になれ~!衝動買いをやめられなくなれ~!贅肉増えろ~!」
「地味にキツいのいったな」
(あの二人に睨まれると冗談抜きで辛いんだってばぁ!?精神的に!)
あかねの発言が放送された場合の未来を無意識に予知したMEMちょは、それはもう慌てていた。
「だって、アイさんとルビーちゃんだよ?あの二人、圧が凄いんだよ?!」
「まあ、アイからすれば俺は息子みたいなもんだし………ルビーは言わずもがなだしな」
((まあ、本当の息子なんだけど))
秘密を打ち明けられる程信頼されている成人女性と心の声を一致させ、自然な雑談を続ける。
「いや、お兄ちゃんの味が恋しいのはわかるけどね?」
「二人とも、俺のことを買い被り過ぎなんだよ」
「アクたんも二人に尽くし過ぎなような………うん、この話はやめよっか!」
藪蛇を恐れたMEMは話を切り上げ、もっと個人的な話に移る。
「そういえばだけど、顔合わせの時あかねが驚いてたよね。もしかして知り合い?」
「演劇の仕事に噛ませて貰った時に、何度か顔合わせした程度だけど」
「はへー」
「大輝さん、鴨志田さん程の付き合いはないよ。本当に、軽く話した程度」
「アクたんにしては珍しいね。女優なんでしょ?」
暗に、アドバイス等はしていなかったのかと聞かれるが、アクアはごく平然と答える。
………その裏にある、別の意味には気付いていない様子だ。
「あかねは完成してるからな。俺にできるようなアドバイスは無いよ」
「………え?」
「俺どころか、金田一さんも認めるくらいにあかねは完成されてる」
「もしかしてあかねって、超すごい子?」
「演劇方面じゃ有名だぞ。ララライの若き天才、って」
天才、というフレーズに凍り付くMEMと裏腹に、アクアはのほほんとしたまま。
「何度も間近で見たけど、彼女は本物だよ」
(………ただ、完成してるってことは、言い換えれば打ち止めってことだからな)
未完成という事は、言い換えれば幾らでも伸びしろがあるという事。アイも、ルビーも未だ成長を続けており、完成まではまだまだ遠く、その過程で多くを吸収し、自己流に昇華している。アクアが時折気になり、助言する相手もまた、そういった未完成の者が多く、あの姫川大輝ですら、未だ完成には至っていない。
だが、あかねは違った。
「へー………今度、観に行こっかな」
「いいと思うぞ。ララライの役者は兎に角粒揃いだから、退屈することはないだろうし」
「へー、アクたんに、ちょっと悪い遊び教えようとした人たちとかも?」
「あの人たち、普通に実力派も実力派だぞ」
ルビーにドギツく怒られ、苦手意識を植え付けられた鴨志田にしても、実力は本物も本物。月9主演も務めた姫川は言わずもがなであり、演劇、舞台というメディアの性質を加味しても十分過ぎる高水準を有しているのが、劇団ララライだ。アイもルビーも、演劇分野においてはまだ学べることが多くあり、機会を掴め次第貪欲に挑んでいる程だ。
「そもそも、演劇はカット編集が出来ない一発勝負だから、必然的に質が上がるんだよ」
「ほうほう………言われてみれば当然だけど、成程ねー。あかねって凄かったんだ」
「すごいぞ?………凄いから、惜しいんだけどな」
その小さな呟きは聞き取られることなく、虚空に溶けていく。
(大輝さんも鴨志田さんも気にしてたし、俺も頼まれてるし………力になってやれるといいけど)
「ただ、暫くはこっちにかかりっきりだろうから、観られるのは今ガチの後かな」
「おー。こまめにチェックしとかないと」
離れたところで聞き耳を立てていたあかねが真っ赤になっているが、二人は気付かない。
「アクたんのイチオシ、見逃せないねぇ………もしかして、狙ってたり?」
「んー………」
(カメラもあるし、馬鹿正直に言うのは悪手か)
「気になってはいる、とだけ」
そう口にしたアクアの表情から、MEMは即座に察した。
(あ、コレ異性としてじゃなくて、監督見習いとしての方だ)
(うん、察してくれてありがとう。口裏合わせの協力、よろしく)
(ハメたなアクたん!?)
番組の趣旨がある以上、堂々と『恋愛する気はない』とは言えない以上、それらしい言い回しでお茶を濁す必要がある。問題があるとすれば、アイとルビーの過保護者二人が今の発言の真意を読み取れない可能性が高いことで、MEMはアクアの弁護人として選ばれてしまったのだ。映像作品の利点はカット、編集ができる点であるが、言い換えるなら一連の場面から一部を切り抜き、見せ方を変えることも容易なのだ。
それこそ、映し方一つでシーンの印象は幾らでも変わる。アクアはそれを熟知していた。
「おー………よかったね、あかね」
「………今の、なんか違う気がする」
尚、聞き耳を立てていたあかねは、アクアの発言の意図を薄っすらと感じ取っていた。
軽い雑記
・星野アイ
アクアと二人の時は基本、星の輝きが消えている≒嘘偽りのない本心で振る舞っている
ルビー含む外部の人間が加わると輝きが戻る
アクアに対し向けている感情は………